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電光石火

 夜のとばりが下りて久しい時間では、帝都と言えど道を歩く者達はまばらになる。


 昼間では路面電車がさぶいぼを立てそうな甲高い金属音を上げ、車からは黒煙を上げながら、鼓膜を震わせる音が占めている。

 それらを省いたとしても、立ち並ぶビル群の下を、笑い声を上げながら歩く群衆からの声も多い。


 昼に響いていた多くの音が、夜遅くには鳴りを潜める。

 次の日にまた騒ぎ出すための力を溜めるように、寒々しく感じてしまう程、静寂に包まれていた。

 歓楽街や風俗店が立ち並ぶ通りでは、多くの人で賑わっているが、昼の世界が賑やかな場所は反対に静かなものだ。


 静寂が包む帝都の大通りを、千鳥足でふらつきながら歩く影があった。

 片手には、酒が入っているものと思しき瓶をだらしなく垂らして、右へ左へと体を揺らしながら歩く。

 警戒心の欠片もない酔っ払いを、遠くから見据える者がいた。


 目が煌々と赤く、開いた口からは尖った歯がかみ合うように生えており、長く尖った舌を垂らした。

 舌から垂れるよだれを拭うことなく、息を荒げたと思うと、両手を横に広げる。


 広げた両手は服を破り、通常の倍以上に太く伸びると、伸びた手から膜のようなものが生えて、大きな翼となる。

 足は太くはならなかったが、長く伸びて、爪先が長く尖り、かかとが伸びて1本の爪の長い指となった。


 体に一部の衣類を残したまま、羽を広げてビルの上から飛び降りる。

 翼を操って滑空しながら、落ちる力を利用して風に乗ると速度を上げた。


 妖魔の目指す先は、酩酊めいてい状態の男だ。

 一直線に向かって、翼を静かに何度か羽ばたかせる。

 男に狙いを付けて、逃さないように一瞬だけ速度を落とした時、酔った男を装ったコウキが振り返った。


 妖魔は捕えようとしたコウキの顔を見ることはなかった。

 コウキが振り向き様に酒ビンを妖魔の顔に投げつけ、素早くショットガンで散弾を放つと瓶を破壊し、銃弾と薬液が妖魔を襲ったからだ。


 「ぎゃあぁぁぁ! ひぎぃぃ!」


 銃弾と溶液を顔面に浴びた妖魔の不快な悲鳴が響く中、コウキは地面に体から着地した妖魔に向けて、ショットガンをもう1発放つ。


 「あぎゃあぁ!」


 妖魔はまた悲鳴を上げた。だが、決定的な攻撃ではなかった。

 妖魔は長い足に力を入れて立ち上がり、態勢を立て直そうとしている。

 手に力を込めて羽ばたき、この場から去ろうとしていた。


 「モっさん! サヤ!」


 周りの建物の窓から警官が身を乗り出して拳銃を構えている。


 「全員、撃てぇ!」


 帝都中に響かせんばかりな声を張り上げたモリタカの命令に従って、警官達が銃弾の雨を妖魔に浴びせた。


 「あがぁぁ! ぐぎぃ! あぁぁぁ!」


 ただの拳銃ではさして長い時間は続かないであろう、銃弾の雨が止む前にコウキは動き出した。

 近づいて来たサヤに向けて駆け出し、すぐに後ろに回る。

 サヤはその姿にすぐ反応して、髪を分けて、五光稲光の柄をうなじから出す。


 「抜刀」


 暗い声で呟き、サヤから五光稲光を引き抜くと、苦痛を訴える声をコウキは無視して駆け出した。

 すでに拳銃の発砲音が途絶えている。ここで決めなければと、刀を握る手に力を込めた。


 「稲光伝身・『迅雷』」


 五光稲光から発せられていた電光が鳴りを潜めると、コウキの足に電光が溢れて来る。

 地を蹴って駆ける足が地面を滑るように変わる。足が速くなったのではなく、一歩が氷の上を滑るように高速で動いているのだ。


 目で追えない程の速さで、妖魔に肉薄できたと思われた時、妖魔が急に宙に上昇した。

 コウキは目を見開く。警官達も同様だ。驚いていないのは妖魔だけだった。


 コウキはその状況を作り出した方法と、対処法を考える。

 見れば背中と胸に魚のえらの様な物がいくつもあった。


 これに空気をめいっぱい溜めて、急上昇した。

 ただ滑空するだけや、羽ばたいての飛び方だけではない。

 妖魔の奥の手とも言えるものを使われた。


 飛び上がった妖魔は血を垂らしながら、羽ばたいて逃げようとする。

 誰もが呆気に取られ、逃げられることすらも考えられなかった。


 だが、コウキだけは違った。妖魔の動きを察知すると、次の動きに移った。


 「稲光伝身・『翔雷しょうらい


 暗い声で呟いた言葉が、妖魔と戦うための別の力を身に宿す。

 体中に電光が走り体を包み込むと、腰を屈めて、力任せに飛び上がる。


 飛び去ろうとしている妖魔は山に体を向け、大きく羽ばたこうとした。

 後ろから青白く目に痛い光を放つコウキが、空中を真っ直ぐではなく、尖って飛び、鋭角に向きを変える。

 闇夜を切り裂く雷は、逃げようとする妖魔を猛追した。


 眩い雷の光が羽ばたき加速しようとする妖魔の背中を照らす。

 その光が妖魔に伝わったのか、首だけを光に向けると、電光に包まれたコウキが刀を振り上げていた瞬間だった。


 「死ねっ」


 一言だけ告げ、刀を電光石火の如く振り下ろすと、妖魔は両断された。

 帝都の大通りに2つの肉塊に分けられた妖魔が落ちるよりも早く、コウキはサヤの近くに下り立つ。

 すぐにサヤの後方に回り、刀を逆手に持つと口を開く。


 「サヤ、納刀」

 「うっ! うぅぅぅ……」

 

 コウキはサヤに届くかどうか分からない声で呟くと、刀をうなじに刺し込んだ。

 うめき声を上げたサヤは、少しすると平然とした顔に戻る。


 落ち着いたサヤをコウキは見ると、2人で妖魔の死骸の近くに寄り、散って行く中から魔精骨を拾った。


    ・    ・   ・


 陽明社はモリタカによって、お祭りムードになっていた。


 「お前も警官の力を少しは認めたろう? いやぁ、狩人に引けは取らんなぁ」


 同じような事を何度も言っているモリタカに対して、カズマは半笑いを浮かべている。

 コウキはあながち間違いではないので、適当に相槌を打っていた。


 「そうだ、モっさん。あいつが向かった先には、死体があったんだろう?」

 「んお? ああ、結構な数が喰われていたな……」

 「その中に、この女はいなかったか?」


 少し顔を曇らせたモリタカに向けて、コウキは1枚の写真を差し出す。

 それはウカジの愛人の写真だ。


 「いや、身元を調べた中じゃいなかったな。こいつがどうかしたのか?」

 「行方不明でな。調査依頼があった」


 コウキは下手にヤクザの依頼である事を、モリタカに伝えるのも悪いと言葉を濁した。

 間違いではないことを聞くと、モリタカは首を傾げている。


 「あ~…、だが、最近になって女が行方不明になる事件が、ちょいちょいあるな」

 「共通点はあるか?」

 「ん~、夜に出かけたくらいだな」


 モリタカの情報は、1つの重要な情報になる。

 だが、それだけでは足りない。何故、女を狙うより、どうやって女をさらったのか。

 コウキの頭の中では、その方法を考えていた。


 「まあ、何か分かったら、情報を持って来てやるからよ」

 「頼む。どうにも嫌な予感がする」

 「珍しいな。こりゃ、えらいことになりそうだな」


 コウキが深く考えながら、少しだけ眉をひそめてモリタカに言うと、少し冗談めいた感じで返してきた。

 モリタカは比較的上機嫌のまま、ドアを壊さない程度の力で閉めて、陽明社を後にする。


 モリタカとは対照的に、更にコウキは顔を曇らせている。

 コウキは何かが帝都の裏にうごめいている感じがしていた。

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