伝える思いと、さらけ出す素顔
高層ホテルを街灯の灯りの下で、見上げている男女がいた。
男は綺麗な金髪を横に流した蓬髪で、顔は鋭くも凛々しく、威厳を感じる雰囲気を醸し出している。
装飾を施された白シャツと赤いマントの着こなし方、立ち方から厳しくしつけられた上流階級のような者に見えた。
女は男とは逆に綺麗に伸びた髪を、2つに均等に分けておさげにしている。
顔は引き締めているが、緩めれば愛らしい笑みがこぼれそうな、可愛らしくも大人になりかけの顔だ。
男とは逆に、薄紅色の着物で、黒い羽織を着ている。
2人で、ホテルの一番上の一画を眺めている。
その目には険しいという程ではないが、少しだけ力がこもっていた。
「シュライク、どうするの?」
女はシュライクと男を呼び、ホテルを見たまま聞く。
出した声は柔らかいものではなく、やや険しいものだった。
シュライクは、ホテルから目を離して女に目を向ける。
「どうしようもないな。本国も我の報告を受けて、厄介なヤツを寄こしたものだ」
「ミハエル……。本気具合が分かるわね」
「どう転ぼうが我の目的は変わらん。…行くぞ」
シュライクの傲岸ともいえる物言いに女は頷くと、街灯が照らす道を歩き出した。
・ ・ ・
ハルの言葉を聞き、コウキは眼光を鋭くして見つめ返した。
「そうか……。意味のないことを」
眼光を鋭くした割には、返した言葉はあまり強いものではない。
「意味がない…ことはないです。私は好きなんです。そのままのコウキさんが……」
ハルは抑えていた気持ちを口にした事で、溜めていた思いが噴出するように思いを次々と伝える。
何度も言いたかった気持ちが溢れ出たようなハルの言葉を、コウキは内心しのぐだけで精一杯な状態だった。
「それで? 俺に言って、俺が何かを思うと?」
「…いえ、私の気持ちを言いたかっただけです……」
「そうか。…どう思おうと勝手だ」
「はい……。でも、1つだけお願いしてもいいですか?」
コウキの鋭い目を受けながらも、ハルは自分の思いを伝えた。
受け止めているコウキは少し押されて、返答に窮していると、ハルから更に押される。
「私にも本当の顔を…、サヤちゃんに見せる顔を見せてください」
ハルの願い事に、コウキは少しだけ目を開かされる。
食堂でもサヤの前ではできるだけ笑顔を装っていた。それを見抜かれていたのだ。
思わぬ言葉にコウキは口を引き締めて、詰まる口から言葉を出す。
「…それに何か意味があるのか?」
「あります……。私のことをちゃんと見てくれるから」
「どういうことだ?」
「コウキさんが、私を受け入れてくれるからです」
ハルが口にする言葉が、コウキには理解できないものばかりで、頭をできうる限り回転させて、何とか返答している。
頭がまとまらず苦しまぎれなコウキに対して、ハルはひたすらに自分の思いを伝える。
「……理解できん」
「できなくても良いです。ただ、素のままのコウキさんで、私に接して欲しいんです」
思わずハルから目を逸らしそうになる。
ハルは何を好き好んで、コウキの冷たく凍りつきそうな顔を見たいというのだろうか。
コウキは更に理解に苦しみ、返す言葉が1つしか見つからなかった。
「分かった……。これ以上、隠す必要はないということだな」
「ありがとうございます。…また、お店に来てくださいね」
「うちの大飯食らいが毎日でも行きたがる。…嫌でも行くことになる」
冗談めかした言葉ではないが、コウキの言葉を聞いて、ハルはいつも以上に優しく微笑む。
その顔にコウキは遂に目を逸らした。
負けたという訳ではない。ただ、微笑みと見つめる目に因って胸がざわつくからだった。
「帰る」
「はい、お気をつけて帰ってくださいね」
「ああ」
ハルの言葉が何故か照れくさく、コウキは足早に源平食堂に向かう。
コウキの胸の中には、ハルの言葉が刺さり、感じたことがない思いが滲み出してきた。
・ ・ ・
陽明社にはいつもの3人に加えて、モリタカが来ていた。
モリタカからもたらされた資料に、コウキは目を通していた。
それを厳しい表情でモリタカは見ている。
「なかなか興味深いな」
「感心してる場合かよ!? 何人もさらわれてんだぞ?」
「空高く飛ぶ妖魔だ。今まで殺ったことがない」
モリタカの怒鳴り声に対して、コウキは淡々と答えて、資料に今一度目を通す。
そこには空高くから人の悲鳴が聞こえて、暗い空を何かが人と思われるものを掴んで、飛んでいたとのことだった。
机に片肘をついて頬杖をつきながら、考えを巡らせる。
空を飛ぶ妖魔とどう戦うか。空高く飛ばれてしまえば手が出せない。それこそ重火器でもないと撃ち落とせないだろう。
だが、街中でそんなことはできない。できたにしても、下手をしたら余計な被害者が出る。
「戦い方を考えないといけないが……。妖魔は自分にとって好条件な場所でしか、狙わないだろう」
「そうなるな。となると、お前でも厳しいってことか?」
「1対1じゃ、逃げられるのがオチだ。殺れるとしたら、勢いを殺して飛ぶ瞬間だろう」
妖魔にとっての好条件な場所。コウキは頭の中で、妖魔の動きを想像した。
おそらくは1人で歩いている者に高速で近づき、口か、もしくは足で掴んで飛び去る。
妖魔の襲撃方法は分かっても、その動きに対抗するには、それ以上の素早さが必要なのは間違いない。
『五光稲光』を使えばできるかもしれないが、失敗してしまえば逃げられ、帝都から去ってしまうだろう。
そうなってしまえば、他の町や村に行き、犠牲者が増えかねない。
短絡的な方法で失敗し、犠牲者を増やすなど何のための狩人なのか。
殺るなら高確率な方法で戦うとコウキは決めた。
「モっさん……。これは警察の出番かもな」
「おっ? たまには嬉しい事を言うじゃねぇか。で、どうすんだ?」
「人海戦術になる。より多くの人間を集めることができる日に決行だ。それまでは警邏を少し増やして、ヤツを焦らしてくれ」
素早く察したのか、モリタカは険しい顔を更に厳しくして大きく頷いた。
それを見てコウキはまた資料に目を落とす。
妖魔に因る、人さらい。ライゾウの件に繋がるかもしれないと思いながら、今一度資料に目を通した。
・ ・ ・
家路につくコウキとサヤは、踏み固め作られた土の道の上を歩いていた。
「ねぇ、今日は源平、」
「昨日、食っただろう」
淡い期待を一瞬で打ち砕かれたサヤは、唇を尖らせて、コウキの先に足を進める。
その姿を見て、コウキは軽くため息を吐いた。
源平食堂が見えると、サヤが未練がましく、首を回しながら店を見ている。
コウキはその姿を無視するように歩くと、戸が開く音がして目を向けた。
「あ、サヤちゃん、コウキさん、こんにちは」
雑巾を持ったハルが店の中から出てきた。
先日の件もあり、コウキは目を逸らそうとしたが、それができなかった。
「ハルさん、こんにちは」
サヤが行儀よく頭を下げると、ハルもつられて頭を下げた。
それをただ見ていると、頭を上げたハルはコウキを見つめる。
「コウキさん、また来てくださいね」
ハルは愛らしい声と、輝く様な微笑みを浮かべて言った。
コウキは逡巡して、返す言葉を選ぶ。
「ああ」
今まで自由自在にかぶることができた仮面を出すことができず、そのままの顔をハルに見せる。
少し目を大きくしたハルは、また柔らかな笑顔を見せた。
コウキの顔をサヤは不思議そうに見ていたが、進みだしたコウキの後を追いかけた。