表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/73

招かれざる者

 帝都の大半を闇が覆って久しい時間に、1隻の商船が港に接岸した。


 夜中に寄港することは、珍しいことではない。

 ただ、作業員などは夜にはいないため、船に近寄る者はいなかった。

 波に揺られる船は、その胴体を緩衝材に押し当てている。


 港の中にも街灯があり周囲を淡く照らしていたが急に霧が立ち込め、光が拡散し、暗闇に光を放てなくなった。

 更に霧が深くなると、濃霧となって港全体を白く覆った。


 霧に覆われた船からタラップが降ろされると、いくつかの影がタラップから下りていく。

 暗闇に含めて、この濃霧でありながら、その影は何事もないようにタラップを軽やかに下り、港に立った。


 ただのぼやけた光を放つ街灯によって、微かに照らさらた影は進んで行く。

 その影が突然止まった。今まで進んでいた方向とは、別な方に影が向いた。


 「ご苦労様です。もう少しだけ頼みますよ」


 1つの影から暗がりに向けて、労いの言葉が発せられた。

 優しい言葉を掛けられた者は、この声色に酔いしれてしまうだろう。

 それほどの力強さがありながら、自分を本心から労ってくれているように感じるものであった。


 影はまた歩みを進めると、4つの光が霧の中を照らしている。

 それが何か分かっているように影は進み近づくと、靴のかかとを強めに地面に打ち付けた。


 「こ、これは失礼いたしました」

 「いえいえ。この霧の中では、分からないのも無理もありません。では早速、車に乗せていただけますか?」

 「はっ、こちらです、ミハエル様」


 車の運転手と思われる者が、後部座席のドアを開けると、それに合わせて中に乗り込んだ。


 「長旅でお疲れでしょうが、もうしばらく御辛抱ください。ホテルまでお連れ致します」

 「よろしくお願いします。…霧が薄くなってきましたね」


 立ち込めていた霧が薄くなると、ミハエルと呼ばれた者の顔が車の窓ガラス越しに分かる。

 肌が白く、長い金髪を後ろになで上げている男は、優しげで甘く緩んだ顔で不敵な笑みを浮かべていた。


    ・    ・   ・


 陽明社ではいつも通り、コウキとカズマが机の上に山積みとなっている、紙束と格闘をしていた。


 妖魔は共通点を持つ者が多くいる。必ずしも同じ姿形ではなくても、特徴が似ていることが多い。

 コウキやカズマはそれらをまとめ上げて、警察や他の狩人に情報を提供する仕事もしている。

 そんな2人を他所にサヤはソファに座り本を読んでいた。

 

 書類と壮絶な死闘を繰り広げていると、ラウンド終了のゴングのようにドアがノックされる。

 コウキが招く言葉を発すると、キョウコが少し膨れっ面で部屋に入って来た。


 「コウキくん、人を呼び出すのは良いけど、もう少し理由ぐらい話してくれてもいいんじゃない?」


 少しだけ目をつらせ、挨拶を省いてコウキの机の前に近づく。

 キョウコが不機嫌さを感じさせているのは、コウキが色々はしょって雑に呼び出した事に因るもので、それを厳しく指摘するように言った。


 「すまない。下手に声を上げて話して良い内容ではなくてな」

 「それは何となくは分かるけど……。で、話っていうのは?」

 「ウカジという政治家を知っているか?」

 「あ~、最近、波に乗っている政治家ね。それがどうしたの?」


 必要な事だけを言ったコウキに、キョウコは知っていることを素早く返した。

 その反応を見て、コウキは右手の人差し指を招くように動かし、もっと近づくように無言で伝えた。

 キョウコはコウキの机に手を乗せ、顔を乗り出すように近づける。


 「その政治家の後ろに付いたヤクザが色々と動いて、知り合いのヤクザの島に手を出そうとしている」

 「ふ~ん。ウカジにはあまり良い噂はないわね。となると、そのヤクザが見返りを求めて、何かをしているってこと?」


 コウキはキョウコの言葉に頷くと、背もたれにもたれ掛かって、目を閉じて口を開いた。


 「だろうな。前も俺達の住宅地に、色々と手を出そうとしたヤツ等だ。今度もそれが狙いだろう」

 「無理やり地上げしようとしたやつ? 確か、色々と揉めたのをコウキくんと、そのお知り合いが止めたのよね?」

 「俺は少し手助けしただけだ」


 目を開き、鋭い眼光を見せながらコウキは言うと、少しだけ眉間にしわを寄せた。

 キョウコは背筋に寒気を覚えて、机の上に置いた手を強く握り締める。

 何がコウキにあったのかは理解はできなかったが、かなり嫌なことであったのは理解するに難しくない雰囲気を感じたようだ。


 「で、私に何をしろって言うの?」

 「ウカジの情報の中で、やつの動きをしばらく抑えるネタが欲しい」

 「難しくはないと思うけど……。相手のヤクザはどうするの?」

 「政治家の後ろ盾がなければ、無茶はできん。あとは知り合いの組が締めに掛かるだろう」


 キョウコが懸念したことについて、コウキはライゾウ達の力を匂わせるようなことを言った。

 長年、裏の世界で生きてきた者に対して、新興の者達がおいそれと勝てるものではない。

 そのことをキョウコも理解しているようで顔を引き締めた。


 「分かったわ。…人を情報屋みたいに使うのは良いけど、ちゃんと費用は持ってよね?」

 「ああ、もちろんだ。いつも助かる」

 「……仕事に関しては素直ね……」

 「何だ? 何か問題でもあるのか?」

 「別に。じゃあ、頼んで来るから、お金の準備をお願いね」


 コウキは不思議な顔をしてキョウコに聞いたが、返ってきた言葉はそっけないものだった。

 少し不機嫌そうにキョウコはドアを強めに閉めると、コウキは閉められたドアを呆けるように見ている。

 コウキは何があったのか理解できないでいると、その姿を見ていたカズマが笑いを堪えていた。


 「何だ?」

 「いえいえ。コウキさんもそこら辺は残念ですね」

 「意味が分からん。…そろそろ帰る」


 意味深な笑顔でカズマはコウキに楽しそうに喋ったが、コウキはいつも通りの冷たい目をして返事をした。

 コウキは言葉通り椅子から立ち上がり、スーツの上着に袖を通す。


 「サヤ、今日は飯を食って帰るぞ」


 サヤに目もくれず言うとドアを開けて、陽明社を後にした。


    ・    ・   ・


 源平食堂にて、コウキとサヤは夕飯を食べていた。


 相変わらずサヤの前には大量の料理が並び、食事のお預けをくらい続けた犬のようにがっついている。

 対してコウキは変わらず、魚定食を食べていた。夕飯時は昼ほどに忙しくはなく、店に入る人の時間はバラバラだ。


 そのためか客が少ないように見えて、絶えず客がいる店の中でハルは注文を取りながら、元気よく父親に伝えている。

 兄や母は混雑していないからか、店内には見えない。


 「コウキさん、今日も魚定食なんですね。新作も色々ありますよ?」


 仕事が一段落ついたのか、ハルはコウキに向けて単純な疑問を投げた。


 「ここの魚料理が好きなんだ。あとはサヤが食べているから、それを見るだけでお腹がいっぱいになるよ」


 コウキは余所行きの顔と声で、ハルに少し言葉多めに返す。

 お互いに笑顔を見せ合っていると、店の戸が乱暴に開けられる音がした。


 ハルがそっちを見ると体が、急に強張った。

 それを見て、コウキは張り付けていた笑顔を剥ぎ取り、音がした方向を見る。


 「まだこんな店が残ってんのか!? とっととたたんで、どっかに行った方が身のためだぜぇ?」


 ガラの悪いチンピラが3人、店の中に我が物顔で入って来た。

 ハルの体が震えているのが分かる。それをコウキは見て、すぐに椅子から立ち上がった。

 コウキはハルの前に立ち、チンピラを見せないように背中で隠すようにして、3人に目を向ける。

 

 「あ!? 何だ、お前。俺達がどこの組の、」

 「外に出ようか」

 「んだと!? 人に命れ、」

 「出るぞ」


 チンピラの頭と思われる男がうるさくわめくのを、コウキは静かに遮った。

 それに対して怒りを増して返そうとした時、コウキは更に深く強く言うとチンピラの顔色が変わった。


 別段、力んだ様子は見せず、ただ真っ直ぐコウキはチンピラ達の元に向かう。

 何かをコウキがしている訳ではない。ただ歩くだけだった。

 チンピラはコウキの放つ、見えない力に押し出されるように後ずさりをしながら、店の外に出た。


 「て、てめぇ、舐めた、」

 「2度と来るな」

 「あ、あん!? だ、だから、てめ」

 「2度も言わせるな。次が聞けないようにするぞ」


 チンピラはコウキの迫力に対抗するために、大声を上げて自分を大きく見せようとした。

 その大声はコウキの心には響かずに、ただの耳障りで不潔なものにしか聞こえず、更に迫力を増して脅す。


 コウキは目だけを暗いものに変え、チンピラの目を、命を喰らうように見つめていた。

 目だけで伝わる迫力にチンピラの顔が引きつり、汗が伝う。


 「くっ、威勢が良いのも、今の内だからな! すぐにここ等はうちの天下になんだからよ!」


 後ずさりをしばらくすると、チンピラは大声で言いたいことだけを言い放ち、背中を見せて足早に去った。

 コウキは闇に溶けて行く、情けなさを感じる背中をしばらく見ていると、後ろから近付いてくる気配を感じる。


 振り返るとハルが店の外に出てきて、コウキを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ