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裏の世界の抗争

 障子が朝日に照らされ、住宅街に張り巡らされた道に活気が溢れてきた。


 コウキは日差しと人々の声、鳥のさえずり等を聞き分けながら、静かに目を閉じている。

 家の鍵が開くと、いつもの足をするような歩き方で、ウメが入って来たのを耳が捉えた。


 毎度毎度、同じ瞬間に顔を合わせるのも不自然なため、静かに寝入っている振りを続ける。

 その時、あまり聞きなれない足音が、家の敷地に入って来たのが分かった。


 玄関の戸を鳴らすと、ウメが応対している。

 相手の声から察するに男だ。決して強い口調ではなく、ほがらかな口調でウメと話している。

 その内容はコウキに関するものであったことから、寝ぼけ眼を装って、ふすまを開ける。


 「あら、コウキさん、おはよう。丁度、あなたにお話しがあるって方がいらして」

 「あ、どうもすいません。コウキさんですよね? 旦那様から、コウキさんに言伝を頼まれまして」


 ウメが応対していた若者は、丸刈りでにこやかな顔をし、背中を丸めて何度も頭を下げている。

 その姿からは、商家の小僧のようにも見えるが、最初にコウキを見た時の目の色を逃さなかった。


 ただの男ではない。コウキの中で色々と頭の中で顔が浮かんだ。

 いくつもの人物が浮かんだが、見当が付くと笑顔を小僧に向ける。


 「相変わらず、あの旦那も人使いが荒いねぇ。で、言伝って?」

 「はい。今日の何時でも良いので、店に来てほしい。とのことです」

 「分かった。じゃあ、朝ごはんを食べてから伺うと伝えてもらえるかな?」

 「はい、分かりました。朝から失礼しました」


 若者は終始にこやかに用件を伝え終わると、深々と頭を下げて戸を閉めた。

 ウメは特に不信感を持ったような顔をしていない。

 コウキは朝食が出来上がるまで、新聞に目を通し始める。


 新聞の隅には人が行方不明になったという記事があった。


    ・    ・   ・


 コウキは自分が住んでいるような木造平屋建てのような安物ではなく、職人の技術の粋を集めたような屋敷がいくつも並ぶ通りを歩いていた。


 簡単に言えば、金持ち達が集まって出来た高級住宅街である。

 道自体は土ではあるが綺麗に整備され、道幅は広く、個人で車を所有する者は悠々と運転して帝都に向かえる。


 洋風の大きな屋敷や、昔ながらの瓦屋根の古風な屋敷が混ざるように立ち並んでいる。

 一見、無秩序に見える光景だが、戦争を利用しての成り上がりと、生粋の金持ちを建物から見分けることができそうだ。


 そんな中をコウキは歩き、1つの屋敷の前に立った。

 外からは中が見えない、コウキよりも二回りは大きい木造りの門で遮られている。

 重々しい門を力強く3度鳴らす。門の奥の屋敷から誰かが戸を開けて出てくる音が聞こえた。

 

 「申し訳ございませんが、どちら様でしょうか?」

 「コウキと申します。そちらのご主人に呼ばれて参りました」

 

 声を掛けてきた女性に対して、コウキはまだ余所行きの顔をしながら優しい声を出した。

 少し待つように言われると、当て所なく周りを見る。


 屋敷を囲む木の壁も、かなり厚みがあり、おそらくは内側から厳重に固定されているだろう。

 更にそれを上回るような高さで、植木がなされている。


 家を守るための木の壁は洋風の屋敷の鉄柵に比べると弱々しく見えるが、それが比にならない程に裏は強固なもので固められていることを、コウキは漂う雰囲気から察する。

 訪れようとしている所が、生易しい所ではないと知っているから、感じ取れるというものではない。

 その筋の世界で生きている者には、容易に近づくと命の危険さえ感じる力を放つ屋敷である。


 コウキは一通り眺めながら考えを巡らせていると、門が重々しく開いた。

 女性が力一杯引いて開けているのを見て、コウキは門を素早く押さえて、女性を介助するようにゆっくりと押した。

 軽々と開く門と、すぐに手助けしてくれたコウキに女性は見惚れている。


 「中に入ってもよろしいでしょうか?」

 「あ、はい。どうぞ、ご案内をいたします」


 女性に向けて何事もなかったかのように笑顔で言うと、女性は我にかえって、すぐに屋敷に向けて手を伸ばして促した。


 待つように言われた座敷に通されると、竜の掛け軸が壁に飾られており、木目が綺麗な一枚板の座卓が置かれていた。

 コウキは下座に敷かれている座布団の上に座る。

 部屋に置かれた座布団は残り2つ。呼び出した人物だけではないようだ。


 ふすまが開けられる音で、目だけをそちらに向けると、髪が全て白髪で短く揃えられ、頑強な顔と体付きをしている老人が入って来た。

 その後ろから、壮年で頬に深い切り傷がある、鋭い顔つきの細面の男も入ってくる。

 自分の向い側の座布団に白髪の男が座り、2人のふすま寄りに鋭い顔つきの男が座った。


 「わりぃな、わざわざ来てもらってよぉ」

 「いや。で、ライゾウさん、何の話だ?」


 白髪の男はライゾウとコウキから呼ばれて、少しだけ岩のような顔が笑みを浮かべる。

 だが、横にいる男の目が鋭くなった。


 「おい……。何だ、その口のきき方は?」


 鋭い目つきの瞳が、刃物のように切れ味の鋭い色に変わった。

 それをコウキは横目で見ているだけで、反応はしない。


 「貴様! きこ、」


 目だけではなく、おそらく短刀を懐から出して、ぎらつかせようとした男の口は、途中で閉ざされた。

 何が起きた訳ではない。ただ、コウキが顔を男に向けただけだ。それが男の動きと口を封じ込めた。


 「ゼンスケ、止めておけ。お前でも、まず勝ち目はねぇぞぉ」


 ライゾウはゼンスケという男に向けて厳しい言葉を放つと、低く笑い出した。

 掛けられた言葉で目が覚めたように、ゼンスケは動かしかけた全てを元の位置に戻す。

 その姿を見たコウキは表情を変えず、ライゾウに顔を向ける。


 「喧嘩を売られに来たつもりはないが?」

 「わりぃわりぃ、勘弁してやってくれ。こいつはうちで一番の使い手なんだが、ど~にも義理堅いってぇのか、妙に荒っぽいところがあってなぁ。ダァメだ、っても付いてきちまってよぉ」


 顔をライゾウに戻したコウキは、当然の質問をする。

 その質問に対するライゾウの返答は、詫びてはいるがゼンスケを擁護し、褒めているようなものだった。

 どうでもいい返事に、コウキは少しだけ肩を落とす。


 「おおっと、すまねぇ。本題に入ろうや……。今、うちの組がある有力な政治家から目を付けられているんだ。

 どうやら、その政治家の愛人が行方不明になったらしいんだが。それを他の組のヤツが、うちが怪しいとか言いやがって……」

 「なるほど。あんた等に嫌疑を掛けさせて警察にがさ入れをさせ、その隙に他の組が島を乗っ取ろうって話か」

 「さっすがはコウちゃん、話がはえぇな」


 岩の様に険しい顔をしながら話していたライゾウはコウキの理解した言葉に、先に見せていた顔からは出るとは思えない笑みを浮かべた。


 「でだ。その組がうちがやったっていう、微妙な証言や証拠らしき物を出してるようなんだよぉ。ただ、決定的なもんじゃねぇようだ。だもんで、妖魔が絡んでやしねぇかと思ってな」

 「妖魔と人が組むか……。無い話ではないだろうな」

 「そうだ。だから、そいつを調べて欲しい。報酬は弾むぜ?」

 「報酬よりは時間だな。すぐに尻尾は出さないだろう。その組への張り込みは済ませているんだろう?」


 成功報酬は当たり前として、ライゾウの提案に答える様な言葉をコウキは口にしなかった。

 コウキが気にしているのは、ライゾウの組に対しての捜査だ。それをできるだけ先延ばしにしなければならない。


 そして、その組に出入りしている者で怪しい者がいないかだ。

 こればかりは狩人と言えど警察に頼めるようなことではない。ライゾウの子分達の仕事になる。

 

 「時間か…、それが問題なんだよなぁ……」

 「知り合いに詳しいやつがいる。愛人を囲ってたんなら、政治家としての印象は良くはないだろうし、ほじくれば他にも出てくるだろう」

 「確かに叩けばホコリが出そうなヤツだ。ただ厄介なことに、どうも最近になって権力を持ってるようなんだが…、金の力か……?」


 ライゾウが固い表情を崩し、少し首を傾げて疑問を浮かべるような顔をした。

 気になる顔をしているライゾウに向けて、コウキは単純明快な言葉を返す。


 「政治家と金持ちの大半は悪人だ。こちらも金を掛けて、あくどい方法で相手にするしかないだろう」

 「分かった。そこら辺も、うちで負担しよう。頼んだぜ」


 頑強な顔が引き締まると、尖った鉱物のような顔でライゾウは軽く頭を下げた。

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