狩人
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「いてぇ……、いってぇよぉ~。ちくしょう、何でバレちまったんだよぉ」
街灯が闇の一部を消すような光を放つ中、男が左の二の腕を右手で押さえて走る。
その腕からは服を赤く染める血が、手を伝って指先から滴り落ちている。
息を切らしながら走り続けている男は急に転び、地面に顔から倒れ込んだ。
「いってぇ! ぐぅぅぅ……、くそっ!」
男が地面に突っ伏したのは、右足に突き立っている鈍い光をぎらつかせたクナイのせいであった。
うめいた男に向けて、街灯に一瞬照らされた何かが空気を貫き、襲い掛かる。
「あぁぁーー! 痛い痛い痛い! な、何なんだ、お前!?」
倒れた男の背中にクナイが突き刺さると、絶叫し、その痛みを怒りに変えて、振り返る。
怒りの矛先には闇からゆっくりと青年と少女が、街灯の照らす丸い光の下に現れた。
青年は優男顔ではあるが双眸は暗く、冷めた無表情。背は高く、長めに伸びた無造作な髪と、くたびれたスーツに黒のロングコートを着ている。
それに比べて少女は外国人形のように目が透き通っており、目鼻立ちが上品だ。男の腹部程の背丈で、長く艶やかな髪をし、薄い橙色の簡素な着物に、黒い羽織という出で立ちだ。
どちらも電灯の光からでは、その表情は乏しいものに見える。
「始末する。サヤ」
青年の暗く、抑揚のない声が静かに、サヤと呼ばれた少女と傷ついた男に届いた。
サヤと呼ばれた少女は青年の元へと近づき、首を気持ち下げて、髪の毛を両肩に分けてうなじを露出する。
傷ついた男は暗い声を聞くと、体を震わせ、見る見る大きく太くなっていく。
傷ついた男は目の色が黄色になり、肉体は筋骨隆々を通り超して、着ていた服を破りながら太くなり破裂しそうだ。
傷ついた男…妖魔はその力を見せ、青年を目掛けて躊躇なく飛び掛かる。
「抜刀」
青年が呟き程度の大きさで抑揚のない声を発すると、サヤのうなじからいつの間にか現れた刀の柄を握り、勢いよく抜いた。
「ああぁぁ!」
サヤが小さいながらも叫び声を上げると、青年の手には光輝く鍔のない刀が握られている。
いや、光だけではなく刀身から暴れるような電光が発せられている。
飛び出そうとするのを刀身に引き戻すように、刀に電光を滞留させていた。
「死ねぇぇぇやぁぁぁぁ!」
妖魔はその刀の放つ光と力を感じる前に飛び掛かっており、青年が刀をぶら下げたところまでしか認識できていなかった。
次の瞬間、妖魔は自分の下半身を自分の目で見ている。青年の刀が妖魔を撫で斬りにし、体が二つに断たれたからだ。
両断された妖魔が、地面に叩きつけられるのを青年は確認し、素早く首を刎ねる。
妖魔の首が道の上を転がるのを見て、青年はサヤの元へ歩き出した。
サヤは肩で息をするように呼吸がやや荒く、少し辛そうな顔色をしている。
青年は刀を軽やかに逆手に持つと、サヤのうなじへ切っ先を向けた。
「納刀」
男の暗い声が少女に向けて発せられると、刀を素早く刺し込んだ。
「うぁ! うぅ……」
刀を抜かれた時と同様に、小さな叫び声を上げて少しうめくと、すぐに何事もなかったような顔をし、姿勢を正した。
青年はサヤを一瞥して、妖魔の死骸の元へ歩き出す。
近づいている間に、切り捨てられた妖魔は体が風に吹かれた灰のように散り、存在の痕跡を消した。
「どう? 今日のは?」
「雑魚だ。たいした物じゃない」
青年はしゃがんで何かを見ていると、サヤが興味あり気に青年の背中から覗くように見た。
その手には小さな骨のような物があり、青年はそれを見るとポケットに雑に入れる。
「今日は帰る?」
「ああ。たいしたヤツはいないだろう」
サヤは青年の顔を覗き込むように、首を傾けた。
「コウキ」
「何だ?」
「源平食堂に行きたい」
「…明日な」
コウキと呼ばれた青年は、街灯がいくつも照らす道をサヤと共に歩く。
『命刀・五光稲光』を振るうコウキと、それを宿すサヤは妖魔を狩り、家路についた。