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冒険者たち

「さあ、お弁当も用意しましたし、出発しましょう!」


 朝食を食べ終えると、モーラはやる気満々といった顔で出発を促してきた。それはまぁ良いのだが……。


「なんですか、その荷物は?」


 ワンピース姿の彼女は、パンパンに膨らんだ巨大な麻袋を担いでいた。火事場泥棒か、火事場から避難する人にしか見えない。


「ここの山賊たちに奪われた、父さんの財産ですっ。荷物全部は無理なんで、一部だけでもって……」


 確かにここは山賊の砦なのだから、探せば被害者から奪った財宝などはあるのだろう。昨日、探索したときに地下の倉庫にそれらしい荷物が積まれていたのを見たな。これが『D&B』なら喜んで全部回収するところだ。……というか、昨日のうちに回収していてその中にモーラの家族の財産があったら……危ない危ない。


「あー、ちょっと待ってください。いま準備をしますから」

 今にも砦から飛び出しそうな勢いのモーラを宥め、私はいくつか呪文を唱えた。


「う、馬ぁっ!?」


 3レベル呪文【幻 馬(ファントムホース)】によって、砦の中庭に黒毛の馬が出現するとモーラは素っ頓狂な声を上げた。薄っすらと青白いオーラに包まれたこの馬は、呪文の使い手のレベルによって水上など特殊な地形を走破できるという異能を発揮する。もちろん、私は最高レベルなので、この馬は水上走行どころか空も走れるし乗り手ごと壁抜けもできる。


「山道を半日も歩くのは大変ですし、早く村に着いた方が良いでしょうからこの馬を使います。それと荷物は他にもあるので……」


 と、中庭に一晩放置していたジャーグル像に視線をやって。朝食を食べながら考えていた次の呪文を使う。


「う、浮きましたっ! そ、そっちも……」


 【見えざる運び手(スプライトポーター)】。不可視の従者を創造し荷物を運ばせる呪文だ。1レベルの呪文だけに、従者には荷物を担いで使い手を追尾する以外の能力は一切ないが、そのパワーは相当なものだ。まずモーラの大荷物が、次にジャーグル像を軽々と持ち上げる。もっとも従者自体は不可視なので、石像と麻袋が並んで宙に浮いているように見えるという……シュールだ。モーラも同じ意見のようで「うわぁ……」とか呟いている。


 ジャーグル像は実際どうしようかと迷ったのだが、この場で生身に戻して情報を聞き出したりする時間もないし、かといって彼と一緒に石化したままのウィザードリィスタッフをそのままにもできないので、運んでいくことにしたのだ。万一、これから出会う人々に悪の魔術師呼ばわりされたときには証人にすることもできるし。


「あといくつか、使っておきたい呪文があるのですが、ひとまずここから出ましょうか」


「は、はいっ」

 私は幻馬にまたがると、モーラを引っ張り上げる。その時掴んだのは、よく小説などでいう『白くて華奢な手』などではなく、日々の家事や仕事で硬くなった暖かい手だった。


「ええと……ハイヨー!」

「……?」


 乗馬なぞ、何十年も昔に北海道の牧場で体験して以来だが、しっかりと手綱を操ることができた。『D&B』の基本ルールブックに、全てのキャラクターは基本的な乗馬の技能を持っている、と書かれていたのを『見守る者』が忠実に再現してくれたお陰だろう。もっとも呪文で呼び出したモンスターだから、別に技能がなくても命令に従ってくれるのだが。

 モーラは鞍の後部に、おっかなびっくり横座りしている。

 幻馬を歩かせて(後ろに石像のジャーグルと麻袋がふわふわとついて来るのはやはり異様だったが)通用門をくぐり、砦の外に出た。

 砦の前庭は非常に狭い。片側が断崖で残り三方も険しい斜面だった。ここを軍隊で攻めるとしたらかなり苦労することだろう。そもそも良くこんな場所に石造りの砦を建築できたな……。


「早く村にいって父さんに無事な顔を見せて、それから戻ってこないと……。積み荷が心配です」


 モーラが真剣な顔で呟いた。


「そうですね、山賊が戻ってくるかも知れませんし。対策しておきます」

「対策ですか?」


 馬上で砦の高い石壁を見上げながら私は次の呪文を使った。


「……【大地を変えるリノベーション)】」

「!? 今度は何ですかっ!?」


 地面、正確には砦の下の大地から震動と地鳴りが広がっていく。


「と、と、とりでがっ!? 地面がっ!?」


 この呪文は地表を自在に移動させることができる。『ゴゴゴ』という音とともに、砦が建っている大地が垂直に伸びていった。20メートルほど砦を持ち上げたところで呪文の効果を固定する。いま目の前に見えているのは断崖絶壁だけだ。


「これでしばらくは誰も入れないでしょう」

「…………」


 絶壁の上の砦を目と口をあんぐり開けて見上げるモーラに、虚栄心が刺激される。……まったく俗物だな私は。

 頭を軽くふってから、あといくつか緊急用の呪文をかけておく。


「お待たせしました。じゃあ出発しますね」

「……あ、はい」


 私は格好つけて足で軽く幻馬の腹を蹴った、その合図よりも意志を受け、黒い巨馬は軽やかに駆け出し……宙に浮き上がった。


「おぉぉっ飛んでる、飛んでるっ」

「ぎゃああぁぁぁぁぁ!?」




「……うっぷ……」

「ほんとにね、もう少し考えてくれないと困りますよ? 私は貴方の魔術? 魔法? なんて知らないんですからね? もし落ちたらどうするんですか?」

「……はい……すいません……」


 数分後、私たちを乗せた幻馬はおとなしく山道を進んでいた。

 馬にまたがって空を飛ぶという何重の意味でも初めての体験に一瞬浮かれたのは良かったのだが、即座に問題が発生してしまった。一つはモーラがパニックになったこと。もう一つは私が酔ったこと。そして、モーラの父親が身代金を持って砦に向かっていた場合、行き違いになってしまうことに気付いたからだ。平地であれば上空から見つけられたのだろうが。

 幸い、大地を進む場合、馬上の揺れは気にならなかった。


 鬱蒼と繁る森の中の山道という悪条件でも快適な乗り心地だ。後ろに乗ったモーラからの小言はずいぶん続いているが。

 とにかくこの山道を半日進めば街道に出る。街道を西に進めばレリス市、東に進めば村(ユウレという名前らしい)だということだった。


 二時間ほど、私たちは幻馬の背に揺られていた。


「……ほんとにジオさんって、魔術師とは違うみたいですね」

「そうでしょう?」


 そろそろ何処かでお弁当を食べようか、と思案しているとモーラがぽつりと言った。


「モーラさんはこのあたりの魔術師と会ったり、魔術を見たことがあるんです?」

「レリス市には魔術師ギルドもありますし、父さんの仕事の関係で、冒険者やってる魔術師さんと一緒に旅することもありましたから」


 やっぱりあるのか魔術師ギルド。そして冒険者。


「でも、魔術師さんが使う魔術って、火の玉や氷の矢を飛ばしたり、風で相手を吹き飛ばすとか……とにかく戦いに使うものばっかりでした」

「ほほう……」


 攻撃用の魔法が発達していて、召還などの便利系の魔法は一般的ではないということだろうか?


「それに結構、平民を見下してるような人も多いんですよね……」

「それは困ったものですね」


 そんな会話をしていると、山道の向こうに何かが見えた。


「ん? 人、でしょうか」

「……あ、ほんとですね」


 曲がりくねった道なので視界は悪いが、10数メートル先に人が一人座っているようだ。新たな接触だな。今度はへんに疑われたり嫌われたりしないように気をつけよう。

 脅かさないよう幻馬の脚を少し緩めて近づいていく。弓を背負っているのと、緑と茶色がベースの動きやすそうな服を着た男性であることが分かった。


「もしもし、こんにちはー」


 もう十分、こちらの接近に気付ける数メートルの距離を置いて私は彼に声をかけた。


「ああ、こんにちはだな。こんなところで散策かい?」


 男性は気さくな感じで片手を上げて返事をしてくれた。年は30代くらいだろうか? 革のフードつきマントに、革製の防具らしきものも身につけている。ゲームの知識でいうならば、レンジャーかハンターといったところか。


「いえ、少々込み入った事情がありまして。こちらの女性を、ユウレ村までお連れするところで……」


 説明を始めようとすると、私の背中から顔を覗かせ男性を見たモーラが叫んだ。


「あっ、セダムさんっ!」

「……モーラか?」


 モーラは幻馬の鞍から飛び降りると、セダムと呼んだ男性に駆け寄った。


「セダムさんっ! 助けにきてくれたんですかっ!?」

「あぁ、親父さんの依頼を受けた」


 おお、ではこの男性は冒険者ということか。山賊、悪の魔術師に続いてファンタジー職業との遭遇だな。

 私も幻馬から下りて彼に近づく。


「はじめまして。私はジオ・マルギルスという魔法使いです。縁あって、モーラさんを助けることができました」

「魔法、使い? ……まぁ何にしてもモーラを助けてくれたのは確かだな。ありがとうよ」


 彼女の救出を引き受けた冒険者なら、もしかして依頼の邪魔をしたといわれるかもと思ったが、セダムは笑顔で片手を差し出してきた。……これは、握手で良いんだよな?

 少し考えながら伸ばした手をセダムは強く握る。


「山賊連中は、新しく魔術師が頭になって調子に乗ってたようだな。良く助けられたもんだ」

「偶然が重なったお陰ですけどね。とにかく良かったです。彼女は傷一つありませんよ」

「後でもう少し詳しく教えてもらえると嬉しいがね。……とりあえず」


 握手した手を離すと、セダムは指を口に咥え鋭く高い音を鳴らした。

 瞬間、私の背後でどさっと何かが落ちる音がする。


「!?」

「敵じゃなかった……のね。モーラが無事なら何でも良いけど……」


 振り返ると、いつの間にか革鎧姿の女性が立っていた。赤毛を大雑把な三つ編みにした美人だが表情が暗い。かちゃん、と音がしたので見れば、腰の鞘に短剣を戻していた。……今まで木の上にでも潜んでいたんだろう。この女性は盗賊か暗殺者に違いない。


「フィジカさん! 凄く怪しいけどこの人は悪い人じゃないですよ」


 モーラが女性……フィジカに抱きつきながらフォローしてくれた。セダムとの会話といい、彼らとずいぶん仲が良いようだ。

 さらに、二人の冒険者が山道の繁みから姿を現す。


「でもこれじゃ報酬が出ませんわね」

「まぁまぁ、良いじゃないっすか」


 長い杖を抱えた女性と、盾と剣をもった少年だ。


「悪いね。偵察で、あんたがこっちに向かってることは知ってたんだ。噂の魔術師かと思ってな。ちょっと準備してた」


 セダムが苦笑を浮かべながら言う。

 なるほど、賢いな。……というより私が無防備だった。準備はしたつもりだったが、【無敵インヴィンシブル】もない今の状況で本当に不意打ちを受けたら、対応できなかったかも知れない。まだまだ危機感が足りないな……。


「下の方にあと2人伏せてあるんだ。そいつらと合流して、昼飯でも食いながら情報交換といかないか?」

「山賊が彼女を取り戻しにくるんじゃなくて?」

「そういう雰囲気はしないんだが……追っかけてくるのかい?」

「いえ、少なくとも砦にいた山賊は逃げ散ってますし首領の魔術師は捕えています」

「大丈夫だと思います! ご飯にしましょう!」

「ほらな?」


 この後、ずいぶん長い付き合いとなるセダムたち冒険者パーティとの、これが出会いだった。

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