モーラの事情
「ごちそうさまでした。美味しかったですよ」
「そうですか? 良かったです」
日は暮れ、暖炉の炎が広間を暖め照らしている。
私とモーラは主塔の広間にいた。
二人とも空腹であることに気付いたため、まずは食事を摂ったのだ。
幸い、食料は山賊たちがたっぷり貯蔵していたためそれを拝借した。
もちろん、干し肉やチーズを炙ったり、パンを切り分けたり、豆のスープを煮込んだのはモーラだ。いや私が何もする暇なく、てきぱきてきぱき動いてくれたので。……今度は手伝おう……。
空腹のあまり味わう余裕も無く、がつがつと平らげてしまったが実際なかなか美味だった気がする。調味料などは日本よりかなり限られているのだろうが、天然かつ新鮮な食材が多いだけあって意外なほど食が進んだ。まぁパンは黒くて硬かったけれども。
「ええと、では改めて……」
「あ、はい」
私はひとまず自分の事情を説明することにした。モーラからこの世界の情報を聞きたいのは山々だが、まずは彼女にもう少し信頼してもらわねばならないだろう。
「私はここから遠いーー多分、海の一つや二つは越えた、ジーテイアスという国の出身です」
「はぁ」
ジーテイアスというのは『D&B』のキャンペーンで使っていた国の一つでジオの出身国という設定だった。だからあながち嘘とはいえないだろう。
「ここへやってきた理由は、はっきりとは分かりません。ただ恐らく何らかの魔法、貴方のいう魔術の事故に巻き込まれてしまったのだと思います。事故でこのあたりまで飛ばされ、意識を失っていたところを山賊たちに捕まった……そういうことだと思います」
「……なるほど」
モーラはちゃんと聞いてはくれたが、明らかに納得はしていない顔だ。自分でも胡散臭い話だと思うしな……。
「そんなわけで、この地方? 国かな? の常識からしたら少しおかしいところがあるのだと思います。しかし、誓って人に害をなすような、ジャーグルのような魔術師ではありませんので、それだけは信じてください」
深く頭を下げる私にモーラは言った。
「……分かりました。信じます」
「ありがとうございます」
「……正直、前半はさっぱりですよ? でも、貴方が悪い魔術師じゃないっていうことだけは確かだと思います」
「今のところそういっていただければ十分ですよ」
私はやれやれと胸を撫で下ろした。とりあえず、今後他の人間に対してもこの説明で押し通そう。
「本当、変わってますよジオさん。魔術師で、家名までおありなのに私なんかに親切にしてくれるし」
「私の国では女性に親切にするのは当たり前ですよ。魔術師で家名があるからって偉いわけでもないですし……」
「少なくとも私が住んでるレリス市のあたりじゃ、家名をもてるのは貴族様だけですし、魔術師になれるのも大抵は貴族様か、平民でもかなり裕福な家の人ですよ」
やはり中世ヨーロッパに近い世界だな。身分制度はしっかり存在するようだ。
「私の国とはだいぶ違うようですねぇ……。あ、これも美味しいですね」
私はモーラが淹れてくれたお茶……シル茶というらしい……を一口飲んだ。爽やかな苦味がある。
「さて、モーラさんがここに捕らわれることになった事情を教えてもらえますか?」
私の質問にモーラはまた口を『へ』の字にして頷いた。
モーラはレリス市を拠点にする交易商人の娘だ。
レリス市は、巨大な湖『リュウス湖』の周辺に存在する小国の連合『リュウス同盟』に所属する都市国家である。
モーラの父イルドはそれなりの財を成した交易商人だが、今でも自ら隊商を率いて旅をすることが多い。モーラも、父の助手として隊商に同行する生活だったという。
いつものように街道を旅していたイルドとモーラ父娘の隊商が山賊に襲われたのが、昨日の朝のことだ。
山賊に遭遇したのは実は初めてではない。むしろ、交易の旅の3回に1回程度はあったそうだ。ただし、山賊たちは大抵、通行料と称して積み荷や財貨の3割程度を奪っていくだけだった。3割といえばかなりの損害だという気がするが、もっと治安の良い街道を旅する場合にも、地方領主の関所などで通行税を同程度とられるので、収支としてはさほど変わらないのだとか。モーラの父も、山賊たちへの通行料は必要経費として割り切っていたようだ。
ところが。今回に限って、山賊たちは積み荷と所持金を根こそぎ要求してきた。護衛はついていたが、もともと山賊を排除することを想定した規模ではなかったため、全く抵抗できなかったという。さらに山賊たちはモーラを誘拐し、父親に身代金として金貨五千枚を要求していた。
「それで、山賊がこの砦に貴方を連れてきたと……」
「はい……。今までここまで酷いことはなかったんですが……」
これまで通行料を支払っていた山賊と、この砦の山賊は同じ連中らしい。それまで、(比較的)穏健だった彼らが急に方針変更したのはどういうことなのだろうか?
あー、ジャーグルの石化を解除して事情を聞けば分かるのだろうな……。正直まったく気が進まない。
モーラの記憶によれば私が牢獄に運び込まれたのは、私が目覚める数時間前だったそうだ。そう考えると、彼女を救うためには良いタイミングだったとも言える。
「いまごろ父は近くの村にたどり着いているころだと思います。そこで、騎士団の方々に私の救出をお願いするか、もしかしたら身代金の準備をしようとしているかも……」
「なるほど……。では、明日なるべく急いでその村までいきましょう」
「はい。よろしくお願いしますっ」
「まったく、とんでもない日だった……」
モーラは主塔の3階、私は2階で寝ることにして解散した。
窓から見える月は、もとの世界と同じに見える。
ようやくリラックスできる状況になったが、考えることは山積みだった。慣れない環境や行動(『慣れない』にも程がある!)に、身体の芯まで疲労が溜まっている。
山賊たちが戻ってきたらどうするか? モーラを家まで送る手段は? そしてこれから私はどうやって生活するのか?
幸い、夜はまだこれからだ。シル茶でも飲みながらゆっくり考えるとしよう……。
「ちょっと! いつまで寝てるんですかっ!?」
「……はっ!?」
翌朝は、あっという間にやってきてしまった。
私は司令室のテーブルに突っ伏していたところを、モーラに揺り起こされた。
色々と考えているうちに寝てしまったらしい。昨夜一晩は全くの無防備だったわけだ。……気をつけなければ。
「朝食も用意できてますよっ。早く食べて出発しましょう!」