砦の探索
必死に考えているうちに、山賊たちも状況を把握しはじめたのか、三人組をはじめ全員じりじりと私から距離をとりはじめた。
「やっぱりこいつがジャーグル様を石にしたんじゃねぇのか……?」
「で、でもこいつは魔術師じゃねえって……」
「それをいったジャーグルがあのざまだろうがっ!」
「だいたい魔術師だとしたって杖を持ってねえんだぞっ」
一方で、まだ武器を構え威嚇してくるものもいる。……彼らが私に襲い掛かるか、逃げ出すか、僅かな切欠があればどちらにも傾くような緊張感。
もう何でもいい。
考え抜いたというよりはその緊張感から逃れるため、私は新たな呪文を使うことにした。
「この呪文によりオグル6体で構成された1個小隊を無から生み出し3日の間支配下に置く。【鬼族小隊創造】」
第7階層『霊力保持者の呪文書庫』の呪文を唱える。石を投げ込んだ水面のように空間が歪んだ。
「今度はなんだっ!?」
山賊たちが騒ぎ出すと同時に、空間の歪みから次々に現れたのは赤茶けた肌の屈強な鬼……オグルたちだ。
身長3m近い巨体、醜悪な容貌のオグルが6体。私を守るように陣形を組む。
山賊たちの反応は劇的だった。
「ひっ……」
「あ、あ、暗鬼だっ……」
「こいつ暗鬼を呼びやがった! 暗鬼の仲間だっ」
手に手に斧や棍棒、槍などを構えたオグルはそれぞれレベル6。見た目のとおり怪力を活かして戦うタイプだ。モンスターのレベルも36が最高である『D&B』では決して強いモンスターではない。しかし一般兵士と同程度である1レベルの冒険者パーティ6人ならば、1体で蹴散らすくらいの戦力はある。この世界の強さの基準はまだ分からないが、6体いれば山賊の10人や20人は簡単に殺戮できるだろう。
それが分かったのか(まぁ見れば分かる)山賊たちは一気に浮足立った。城門の傍にいた数人は、城門横の通用門を開いて逃げ出そうとしている。
しかし、暗鬼というのはこの世界でのオグルのことだろうか? 言語は理解できているはずなのに、『暗鬼』という言葉が具体的に何を指しているのか分からない。ジャーグルがいっていた『アーファルサール』だとか、分からない用語があると落ち着かないので早いうちに確認したい。
ちなみにオグルの(アルファベットの)綴りは『ogre』だが、普通は英語読みで『オーガ』と発音する。最近のゲームなどでもほとんど『オーガ』なのだが……『D&B』では何故かフランス語読みで『オグル』と表記されていた。昔のゲームにはこういう妙なところが多々あるのだよなぁ。
「う、うわぁぁ!」
三人組の一人が破れかぶれといった形相でオグルに斧を振り上げた。まともに受ければ傷ぐらい負うだろうが、オグルは棍棒で素早く山賊の斧を叩き落とす。
「おまっ……何やってんだっ!?」
「ちきしょぉ! やってやらぁ!」
「うわ、うわぁぁぁっ!」
均衡は一気に崩れた。数人の山賊がでたらめにオグルに立ち向かい、その他の連中は逃げ出しはじめる。オグルが陣形を組んでブロックしているので私に向かってくる山賊はいないが……。
「殺さないでください! 追い払って!」
「グルォォ!」
私の指示にオグルが咆哮で答えた。敬語など使う必要は本来ないのだが、社会人の習性はそう簡単には抜けない。
「ガアッ!」
「ぎゃあぁっ!?」
「ぐふぉっ!?」
オグルたちが棍棒や槍、岩のような拳を振り回すたびに山賊が吹き飛び転がる。それでも致命傷は負っていないのは、オグルが命令を忠実に実行しているからだろう。逆に山賊たちの攻撃はオグルにほとんどダメージを与えられていない。6レベルのオグルがこれだけ圧倒的ということは、やはり山賊連中は1か2レベル程度なのだな。
「やっぱりダメだぁっ!」
「にげろぉぉぉ!」
「ま、待ってくれぇっ」
向かってきた山賊たちも、オグルに一蹴されて完全に心が折れたようだ。足を引きずりながら、先に仲間が逃げ出した通用門へ殺到していく。動けなくなった者はいないようで、私は少しほっとしていた。
狭い通用門から押し合いへしあい逃走しようとする山賊たちを眺めながら、彼らを捕獲するべきかどうか考えてみた。もちろん、捕獲して治安当局に突き出すのが筋なのだろう。手持ちの呪文を無制限に使えばできるだろうが、まだ呪文書も見つけていない。『準備』した呪文を使い切り、なおかつ呪文書が見つからなかったら……。つい先ほどまで感じていた危機感が、私を消極的にしていた。
彼らが別の場所で悪事を働いたら、私にも責任があるのだろうな……とため息をつく。この時点での私の意識は結局その程度だったのだ。
ともかく、数分で山賊たちは目に見える範囲からはいなくなった。
「ふう……」
私は気分を切り替えることにした。
「3体は砦の周辺を見回って山賊どもが戻ってこないようにしてください。2体は塔の中を探索して危険があれば排除してください。1体は護衛をお願いします」
私の頼みを受け、オグルたちは護衛の1体を残して砦の中に散らばっていく。
「あー……痛い……」
静かになった中庭で、私は肩を押さえた。氷の矢はいつの間にか消えていたが、肩口にぽっかり深い穴が開いている。氷の矢の効果なのだろう、傷口や周辺の組織が冷凍肉みたいに固まっているお蔭で、出血はあまりない。
……まだ呪文書を見つけてはいないが、このまま放置したら障害が残りそうだ。何よりも痛いし気持ち悪い。
9レベル呪文、【完全治療】を詠唱する。四度目ともなると、呪文の行使には何の不安もなくなっていた。さすが9レベル呪文の威力で、深い傷が跡形もなく消え去る。しかし、これで回復用の呪文はネタ切れだ。
「……よし、やりますかっ」
不安を振り切るように頬をぴしゃりと叩く。
私は護衛のオグルに手械を破壊させると、砦の探索をはじめた。
『D&B』は戦士、僧侶、盗賊、魔法使いという基本4職業の役割分担がはっきりしているゲームだ。つまり、各職業の長所と短所がハッキリしている。
さきほどからの私の醜態を見ても分かるように、魔法使いはどんなにレベルが上がっても近接戦闘では役立たずである(さすがに36レベルにもなればレベル1桁の戦士やゴブリン数体程度には勝てるが)。
魔法で戦おうにも、呪文を唱えるための1ラウンド(10秒間)は絶対に必要であり、その間は基本的に無防備だ。
回復魔法は僧侶の特権で、ヒットポイントを回復する呪文はさっき使った【完全治療】のみ。
鍵開けやトラップの解除についてはいくつか呪文はあるが、盗賊のように何度でも使えるものではない。
よくよく考えてみるとずいぶん弱い……というより弱点が多いな。やはり、何事も慎重に進めるべきだろう。
そんなわけで最初はどうなることかと思ったが、【鬼族小隊創造】で作り出したオグルを先頭に立たせるという手段で、無事に砦内部の探索は問題なく終わった。終わってみれば罠はなかったし、扉の鍵はオグルが簡単に破壊できる程度のものだった。もっとも、山賊が隠れていたり危険物がないことを確認しただけなので、何か見落としがある可能性は高い。まぁ、別にここに住み着くつもりではないしな。
砦は、楕円形の城壁の内側に主塔が一つと居住用の建物が一つあるだけのシンプルな構造だった。城門や城壁にはちゃんと防御塔が併設されており、実用性を考えて作られている気がする。私のいた牢獄は居住棟に隣接していた。
主塔は四層に分かれていて、大雑把にいうと地下に倉庫、地上部は下から広間、司令室、私室となっている。私室というのは当然ジャーグルの私室で、思ったよりもまともな内装ではあったが、床一面に金貨や宝石、アイテムが積み上げられていたのには驚いた。とはいえそれは私の背負い袋の中身をひっくり返した結果だったので、オグルに手伝わせて必死に回収した。
何よりも、床に呪文書が放置されているのを見つけた時は心の底から安堵したものだ。これで行動の幅がぐんと広がる。
また、ジャーグルの私物らしい書物や巻物も多数発見したので、後で読んでみよう。この世界の情報は一つでもほしい。
ローブやブーツも取り返して身に付けると、ようやく人心地がついた。ちなみに、ウィザードリィスタッフはジャーグルと一緒に石化してしまったので後で回収しなければならない。もちろんジャーグル像はその場に放置中だ。
なお、私室の窓から周囲を見回すと、この砦が険しい山の中腹に建てられていることが分かった。周囲は森だったが城門から細い山道が一本伸びていたので、それを辿って行けば人里にはいけるのだろう。
もう一度砦の中庭をぐるりと見回し、居住棟の横に増築されたらしい牢獄の建物に視線をとめた私は、非常に重要なことを思い出した。
「あ。あの人を助けないと」