創造祭 その三
「結婚なんてまだ早い!」
「「えー……」」
≪くわっ≫と目を見開いて叫んだのはクローラで、不満そうに口をタコにしたのは私とモーラだった。
「お、奥方様? せっかく長年の想いが通じたというのにそれは」
「長年じゃありませんわ! たったの数か月ですのよ! ま、まあだから軽い想いというわけではありませんが」
レイハの耳の先を垂らしての抗議にもクローラはびくともしなかった。
あれ? さっきまで彼女は私の腕の中でしおらしく震えていたはずなんだがこれは?
あの流れは二度とこないと踏んだ私が、『じゃあさっそくみんなに、王妃が決まったと報告してこよう。今年最後の大ニュースだ』とさりげないプロポーズをしたとたん、この有様である。私なりに頑張ったんだがな。
「そもそも皆、貴人の婚姻を軽く見てるんじゃねーですの? リュウスの地方貴族の娘程度ならいざ知らず、アンデル家長女たるこの私を娶るということは、北方の王国の古き血筋に連なるということですのよ? であるならば、まずは貴方自身が北方の王国に認められた正式な王とならねば『王法』が許しませんわ」
「いや私はもともと『王法』なんか……」
「黙らっしゃい!」
クローラは私のささやかな抵抗もピシャリと断ち切った。
が、まあ言わんとすることはなんとなく分かってきた。
まず、私自身はこの世界の国際法ともいえる『王法』に認められた王ではない。一方、クローラは『王法』の元締めである、北方の王国の血を引く貴族だ。私とジーテイアスの皆、同盟している勢力、そして多分クローラ自身が良いとしても、このまま結婚すれば、北方の王国との関係が悪化する可能性は高い。
……もっとぶっちゃけていえば、北方の王国からジーテイアスに難癖をつけられるポイントをつくることになる、というわけだ。
私も三十代中盤からは恋愛=結婚=結婚後の生活みたいに考えていたふしがあるが、クローラのような貴族の子女は恋愛をすっとばして結婚=政略なんだよな。
慎重になるのも当然だろう。
「しかし、それは今更だよ。戴冠式だって『王法』に則ってやったわけじゃないし。もし彼らが私たちに喧嘩を売るなら、婚姻に文句つけるより、王位自体に文句つける方がよほど先だし、簡単じゃないか?」
普段なら『黙らっしゃい』が出たら何も言えなくなるのが私だが、今回ばかりはそう簡単に引くわけにはいかない。
何しろこの機会を逃したら、また改めてさっきのようなやりとりをしなきゃならんのだ。今の時点で既に血管が破裂しそうなほどの動悸がある。四十路男にあまり修羅場を潜らせないでほしい。
「そんなに早く私と結婚したいんですの? ……ま、まあ、私も同じ気持ちですけれども」
「そこだけ可愛くしても無駄だと思いますけど」
「お、お嬢様っ」
私の反論を誤解(いや理解か)したクローラが頬を染めるのを見て、モーラがジト目で突っ込み、レイハが慌てる。どうもこの場の全員、浮足立ってるな。
「確かに、いまさら『王法』や北方の王国の顔色を伺う必要はございませんわね。しかし」
「しかし?」
「貴方は北方の王国とも力づくではなく話し合いで同盟したいんですわよね? それでしたら、まずはあちらから見て話のできる立場になった方が良いに決まってますわ」
「まあ、そりゃあそうだ」
本来、セディアの正式な王は北方の王国の聖王のみ。他の王は聖王から権限を貸与されているに過ぎない、というのが一応この世界の建前だ。
そして政治の世界において、建前というのは非常に重要視される。
「だから来年はなるべく早く北方の王国を訪問して、正式に王位を認めさせる活動をしようって話はしてたよな」
「ええ。ですから、私と結婚するなら先にそちらを進めるべきですわ」
そこらの貴族の女性程度ならともかく、北方の王国の大貴族に連なるアンデル家の長女を嫁にしようというなら、必要な手続きは山程あるということか。まあ、確かに市役所に婚姻届一枚だしてハイ結婚、てわけにはいかんわなぁ。
「私個人の気持ちとしては、君と円満に結婚するという理由の方が重要だが」
「……そ、それは。嬉しゅう思いますけれど」
私なりの理解と気持ちを整理しはじめると、クローラはまた頬を赤くして髪を弄り始める。
自分の感情を受け入れた後だと、こういう仕草一つとってもあれだな。その、あれだ。愛しさが違う。
「ただ、この国や私たちの目的からすると、まず私が王として認められ、しかるのちに君と結婚するという順番でやるべきなんだな」
目的としての結婚、手段としての結婚。ややこしいことこの上ない。
だが私は王で、魔法使いで彼女はその私と添い遂げると決めてくれたのだ。世間一般のカップルと同じような振る舞いは諦めるほかない、か。
「お分かりいただけまして? そういうことですから、結婚のことや……その、私と貴方が、お、想い合っているというのも、当面は内密にしなければいけませんわよ?」
「うーーん……そうだな……」
政治的な混乱を避けるため、というのが理由もある。
さっきは勢いで報告しそうになったが、まあ、正直なところ私も照れくさすぎて仲間たちにこのことを言いたいとはあまり思わない。
セダムはニヤニヤするだろうし、レードは無言でどついてきそうだし、イルドがモーラを第二夫人に推薦してきたり、ジルクやテッドはそれ見たことかとはやしたてるだろう。エリザベルやディアーヌあたりは刺してくるかも知れん。
「私も当面は宮廷魔術師としての仕事に専念いたしますわ」
「そうしてくれ。まあ、いつかは公然といちゃつける日もくるだろう」
「……ぁっ」
クローラの肩に手を置くと、上質の絹を通じて感じる彼女の体温と肉の柔らかさが異様に生々しかった。私の視界が一気に狭まる。これは、ヤヴァイ。
「……クローラ」
「ジ、ジオ」
「はいはいはーい! そこまでそこまで!」
モーラの高い声が甘ったるい空気を吹き払った。
「お話は終わりでしょ!? あと一刻くらいで『冬塔戻し』が始まっちゃいますから!」
「そ、そうですわね」
城内を引き回した『冬塔』と呼ばれる山車を集めて焼くのが『冬塔戻し』だ。その着火役と、炎を見守るのはその土地の代表者、すなわち私の役目である。
「はい、二人ともこれを羽織って! 早く早く!」
「わぶっ」
モーラはてきぱきと、私とクローラに灰色の外套を引っかぶせた。フードも引っ張られ、頭からつま先まで全身灰色の不審人物二人ができあがる。
「モーラ? これは……」
「まだ時間はありますから! 『冬塔戻し』までの間は、せめて二人で遊んできてくださいね」
「お二方の警護は身共たちが万全に……ですのでどうぞごゆるりと」
モーラとレイハが私たちを扉へ押しやっていく。
「し、しかし……」
「モーラ、レイハ。……心から御礼申し上げますわ」
モーラの笑顔が硬いことに気づいた私が躊躇していると、右腕を強く掴まれた。クローラだ。
「……そうだな。ありがとう、モーラ。レイハ」
「いってらっしゃい、ジオさん、クローラさん。私ここで待ってますから!」
モーラの言葉が胸に染み、クローラの体温が全身を温める。
怖いほど幸せだが、それは、私にそれだけの責務があるということなのだ。
「今日だけは、モーラの気持ちに甘えよう」
「……はい」
私とクローラはただの祭りの参加者として、踊り騒ぐ人々の中に紛れていった。
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