表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
237/240

秘術の試し

 ことは、創造祭の数日前に(さかのぼる)る。


 魔術師ギルドレリス市支部。

 ドーム状の天井を持つ、『試しの場』と呼ばれる訓練場である。

 そこで、二人の女魔術師が睨み合っていた。


「あんた、正気なの?」


 不機嫌の極み、という顔をした黒髪の魔術師はペリーシュラ。魔術師ギルドリュウシュク支部の長であると同時に、超級魔術師としてリュウス同盟所属魔術師の頂点に立つ女性だ。


わたくしはこれ以上ないほど正気ですわ」


 ペリーシュラに対し一歩も引かないのは、金髪の魔術師クローラ。レリス支部の第五席で、有名冒険者で、名門アンデル家の長女で、現在はジーテイアス国の魔術顧問でもあるという、エリート中のエリートだ。


「超級への昇格条件は、『超級魔術師二人以上の推薦、もしくは一人の超級魔術師に試合……【秘術の試し】で勝利すること』でしたわよね」

「私はあんたを超級に推薦するつもりなんかないわよ。魔力量も研究実績も足りないもの」

「その二つは絶対に必要な条件ではなかったはず。ですから、師に挑戦するのですわ」


 セディアの魔術師は、見習い、入門者、修行者を経てようやく初級の正魔術師と認められる。そこから魔術師としてさらに中級、上級、超級と昇格していくわけだが、実際にはほとんどの魔術師の昇級は中級で終わってしまう。

 上級に昇格するためには、莫大な魔力量や難度の高い魔術文字を持つこと、さらに魔術師としての実績を挙げることが必要だからだ。これが超級ともなれば、条件はより厳しくなる。

 条件とは、さきほどクローラが口にしたように、二人以上の超級魔術師からの推薦か、一人の超級魔術師との魔術試合に勝利することだ。そして、ほとんどの超級魔術師は赤の他人を自分と同格に引き上げたりはしない。引退する時に後継者を推薦するのが一般的だ。

 したがって、クローラが超級に昇格したければ超級魔術師との試合――【秘術の試し】に勝利するしかない。


「あんた、【光芒】の魔術文字が発現したんですって? ……魔力量も前よりは増えてるみたいだし、マルギルス殿のおこぼれ・・・・で名は売れてるし? ……それで調子にのってるってわけね」


 ペリーシュラは苛立ちを隠さず言った。まあ嫉妬も混じっている。

 魔術文字は、魔術盤に投影される、魔力を制御するための概念としての文字であり、魔術師は学習や訓練を通じてその種類を増やしていく。クローラはジオと出会って以来の冒険の中で、希少な魔術文字である【光芒】を発現させていた。また、魔力量も去年の測定よりも大幅に増加し、現在は三百以上となっている。

 そして実績は、言うまでもない。


「事実を認識しているだけですわ」

「希少魔術文字一種に、魔力量三百四十で? そこらの上級よりちょっとマシって程度でしょ。超級っていうのはそんな甘いもんじゃないのよ」


 事実、リュウス最強の魔術師である彼女は希少魔術文字を十数種類所持しており、魔力量も歴代最高の五百六十だ。レリス支部第一位であるヘリドールですら上級どまり、魔力量は三百ギリギリといったところである。


「……無理だ。いくらなんでもペリーシュラ師には勝てないぞ」

「そうですな!」


 二人の美女から離れたところで事態を傍観していた男たちは頷きあう。ヘリドールとヤーマン、この支部の長とNo.2だ。もっとも、にらみ合うクローラとペリーシュラからは完全に無視されている。


「そもそも何でペリーシュラ師がここに居るんだ!? 彼女だってリュウシュク支部の統括で忙しいだろうに」

「どうも事前にクローラが呼び出しをかけていたようで。まったく、ジーテイアスとアンデル家の権威を笠に着てやりたい放題ですな!」

 誰だって創造祭の近いこの時期は忙しいのがセディアの常識だが、クローラはあえてそれを無視していた。格下の魔術師からの呼び出しに応じる義務はペリーシュラにはないが、そこはジーテイアス=ジオの威光というものだろう。権威を利用するのはクローラにとっては当然の発想だ。もちろん、私利私欲のためにここでこうしているわけではない。


「ま、良いわ。私が勝ったらジーテイアス国の宮廷魔術師に推薦するって話が本当ならね」

「嘘偽りなどございません。最強の魔術師こそがジーテイアスの宮廷魔術師に相応しいのですから」

「魔術師ギルドの長と兼務は大変そうだけど、それだけの価値はある立場ね。……分かった。相手になってやるわよ」

「上等ですわ」


 ペリーシュラは好戦的な笑みを浮かべた。やや青ざめたクローラは頷き、数歩下がる。

 ペリーシュラはヘリドールに、クローラはヤーマンに自らの杖を預けた。二本の杖は魔術の神の祭壇へ置かれる。魔術行使を補助するアイテムの類は使わないというルールであり、勝敗を天意に任せるという儀礼だった。


「……では、両名ともよろしいか? これより上級魔術師クローラ・アンデルの昇格をかけて【秘術の試し】を行う。立ち合いはレリス支部第一位ヘリドール・サイラムと第二位ヤーマン」


 実に嫌そうにヘリドールが試合開始を宣言した。




 魔術師同士の戦いは生身で銃を撃ち合うのに似ている。

 いちいち試合や訓練で死んだり重傷を負いたくない魔術師たちは、試合のルールを厳格に定めていた。【秘術の試し】の場合、1.サイレンスは禁止 2.相手を戦闘不能にするか、魔力切れにした側の勝ち となる。これは純粋な魔術の技量として『強力な魔術文字の所持数』『的確な魔術の選択』『魔術行使の正確さと速さ』を競うためのルールだ(『魔力量』については魔具で測定できるので、単純な量よりも効果的な使い方ができるかどうかが重視される)。

 なお、魔術師同士の試合における『戦闘不能』とは、主に拘束や魔力阻害の魔術によって魔術が使用不可能になることと、戦意喪失を意味する。攻撃魔術で負傷させるのも当然認められるが、防御魔術を常に使い続けるのが定石となっており、ほとんどの試合では魔力切れで勝負がつく。


「クリスタルウォール!」

「ウィンドウォール!」


 よって、二人の美女魔術師はそれぞれの前面に防御魔術を展開した。ここから、次手でさっそく相手の防御を破るか、阻害魔術を使うか、自分の防御を厚くするかの駆け引きが始まる。


「アイスファング!」

「くっ、ウィンドウォール!」


 ペリーシュラは冷静だった。

 自分の水晶の壁はクローラの攻撃魔術を防げる、と見切っている。ならばとるべき選択肢は当然、攻撃だ。氷の牙を叩きつけ、あっさりとクローラの風の障壁をかき消した。いまの激突では、氷と風は互角である。が、アイスファングはペリーシュラにとっては小手調べの上級魔術だ。クローラもその思考は読んでいる。彼女は防御魔術を使い、再度暴風の障壁を展開した。お互い二つの魔術を使い、開始時と同じ状況になったわけだが、クローラにとってウィンドウォールは最強の防御魔術だ。魔力の消耗は確実にクローラの方が大きい。


「これはもう勝負ありですな。クローラの防御魔術ではペリーシュラ師の攻撃魔術をしのげないのがはっきりしました」

「そんなことは最初から分かっているはずなのだがな? クローラは阻害魔術は使えないはずだし……例の【光芒】の魔術に賭けているのか?」


 野次馬……いや立会人である男二人が囁きあう。

 阻害魔術の多くは【闇】の魔術文字を必要とするのだが、クローラはそれを持っていない。【光芒】の魔術文字は光と熱と輝きを司り、強力な攻撃魔術を構成することができるはずだった。クローラがペリーシュラに対抗するにはそれを使うしかない、というのが魔術の専門家であるヘリドールたちの見解だ。


「例えあんたが【光芒】系の魔術で攻撃してきても、クリスタルウォールで相殺できる。そして、私の超級攻撃魔術はあんたの風の障壁を貫通する。……止めるならいまのうちよ?」

「御託おっしゃってないでさっさとかかってきやがりませ、ですわ!」

「……んなっ!?」


 クローラは青い瞳にギラリと殺意を輝かせて叫んだ。

 魔術師としては確かにペリーシュラが格上だが、潜った修羅場の数ではクローラが圧倒的だ。さすがの超級魔術師も気押され、足が一歩下がる。


「このっ……! 私だって泥水啜ってここまでになったんだから! 覚悟しなさい!」


 ペリーシュラは両掌を足元へ向けて巨大な魔術を行使する。視界の文字盤に映るのは【氷結】【棺】【怒涛】などの希少な魔術文字。


「アイスコフィン!」


 それはリュウス同盟どころかセディア大陸に鳴り響く超級攻撃魔術だった。

 クローラの周囲の空間に人の頭ほどの氷塊が無数に現れ、渦巻きながら一点……クローラ自身……に向けて突っ込んでいく。一つ一つの氷塊に人体を粉砕する硬度と質量と速度が込められていた。多数の敵を磨り潰し、巨大な氷の塊に閉じこめることができる。

 超級魔術師としての理性とプライドを失ってはいないペリーシュラは、威力を加減してはいた。クローラが全力で防御魔術を使えば死にはしない、という程度には。


「ちょっ、あんた! 死ぬわよ!?」


 だがクローラは立ち尽くしていた。奥歯を食いしばり青い目を細め、極限まで集中している。


「防御しろ、クローラ!」

「ギルド内で人死には困りますよっ」


 男二人も絶叫するなか、氷塊の竜巻はクローラの金髪をかき消し……。


「レーザーウィップトルネード!」


 灼熱の光線によって内側から切り裂かれた。




「何ですってぇぇ!?」

「これはっ……!」


 ペリーシュラもヘリドールも、目を見開き叫んだ。

 クローラの鋭く美しい詠唱とともに出現した光の線……いや鞭が彼女を中心に乱舞し、全ての氷塊を打ち砕き蒸発させたのだ。


「【光芒】の魔術! だがそれは……」

「そういう使い方をする魔術じゃない!」


 そう、クローラの掌から伸びる光の鞭は、広範囲の敵をまとめて薙ぎ払うか、拘束し焼き切るための魔術だ。リュウスの上位魔術師たちに、それを防御に使うという発想はなかった。そもそも、ただの鞭でさえ防御に使うというのは難しいのだ。それを、四方八方から高速で降ってくる氷塊を全て打ち砕くなど、神技と言って良い。現代風にいえば、マシンガンの銃弾をこちらもマシンガンで撃ち落とすことに等しい。


わたくし、鞭の扱いには慣れてましてよ」


 そう、クローラは冒険者としての経験を重ねる中で、固定観念に囚われない魔術の使用方法をいくつも身に付けていた。単純な魔力量や知識では測れない、彼女だけの強みだ。


「ちっ! 曲芸で! ロックマイト!」


 ペリーシュラは舌打ちしつつ、次の手を打った。巨大な岩の塊を叩きつける力技。鞭の防御を圧倒的な質量で押し破ろうという判断である。さきほど張り巡らせた水晶の壁はまだ健在だ。いまだ、ペリーシュラの優位は明らかだった。


 クローラは新たな魔術は使わなかった。光の鞭を素早く振るう。天井へ。


「鞭にはこういう使い方もあるんですわ!」


 訓練場の天井を貫いた鞭は十分な強度と力で主を持ち上げる。クローラは大きく体を揺らし、床に激突する岩塊を飛び越えた。


「うぐっ!」


 残念ながら、クローラは身軽ではあるが体術の達人ではない。着地に失敗して床に転がる……ペリーシュラの水晶の壁のすぐ前に。壁はいまや、ペリーシュラの魔術からクローラを遮る盾になっていた。


「……ふっ!」


 ぼんやり透ける水晶の壁に囲まれたペリーシュラは唇を吊り上げて強気に笑った。レーザーウィップの魔術は一撃の破壊力では他の超級魔術に劣る。水晶の壁を一撃で破ることはできない。ならば小技で牽制し、クローラを後退させれば良い。そうでなくても、あの魔術は鞭を出現させる時間に応じて魔力を消費する。クローラの魔力が尽きるまでの時間を、ペリーシュラの頭脳は弾き出していた。


「あんた、あと十秒しか魔力がもたないじゃない」

「ひ、ひやひやしましたがここまでですな」

「やはり魔力量が違い過ぎるとこうなるな……」


 それは見守る男性魔術師も同意見だったし、クローラ自身もそのようだった。


「十秒……それはわたくしたちにとって無限の時間ですわ!」


 クローラは砂埃を巻き上げて立ち上がった。光の鞭が、渦を巻いて金髪の女魔術師の右腕に絡みつき、収束し、輝きを増す。長大な鞭を形成するための魔力の全てが、一点に集中したのだ。

 セディアの魔術師にとって、魔術とは魔術文字の組み合わせによって『あらかじめ定められた』現象を起こす技術である。すでに発動させた魔術を本来と別の用途に使うなどありえない。


「ちょ! 何なのよそれは!?」

「これでも召しませ!!」


 クローラは光り輝く弾丸と化した拳で、水晶の壁を思いきりブン殴った。

 ……まさかペリーシュラも、魔術の常識を覆すクローラの発想が、ジオが雑談で語った『ジオの故郷で流行った動く絵物語(戦闘機と宇宙戦艦とアイドルが活躍する)』から来ているとは思うまい。


「そ、それはもう魔術じゃな……くっ!?」


 腰の入った見事な右ストレートはペリーシュラの防壁を貫いた。破片と衝撃に襲われたペリーシュラは両手で顔を覆い、後ずさる。その目の前で、壁の穴から突き出たクローラの拳がひらいた。


「ファイアーアロー!」

「熱っ! きゃあぁぁ!」


 正真正銘、最後の魔力で放った初級の火魔術が最強の魔術師のローブを焼いた。魔術の直撃を受けるなど駆け出し時以来だったペリーシュラはパニックに陥り地面を転がる。


「ペ、ペリーシュラ師!」

「大変だ!」


 ヘリドールとヤーマンが慌てて水の魔術でペリーシュラを救出した。

 ダメージよりも驚愕と恐怖で立ち上がれないペリーシュラは、クローラを見上げる。


「……信じられないことするわね……鞭の魔術を障壁にするわ、束ねて殴るわ。……てか、殴るって何なのよ。魔術師としてどうなの」

「魔術師は魔力を制する術を極め他を導く者。ギルドの教えや常識の上を行く気概なくして『師』を名乗れまして?」


 三人を見下ろすクローラは両手を腰にあて、偉そうにいつものように言った。


「っ」

「むぅっ」

「……」


 ペリーシュラははっと息を飲み、ヘリドールは思わず頷き、ヤーマンは口元を歪める。

 男二人を放置し、ペリーシュラはローブを払いながら立ち上がった。『どっこいしょ』と呟きながら。黒髪の魔術師は、少し疲れた笑みを浮かべて、クローラに告げる。


「私には、あれをやれと言われても無理ね……。はぁー、負け負け。もう良いわよ、あんた超級で」

「恐悦ですわ」


 まったく恐悦と思っていなそうに平然たるクローラに、ペリーシュラは肩をすくめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ナイスアクション。魔術は応用してナンボですな。(TRPG脳)
[一言] ダイダロス・アタッ○ですかwww じゃ次は「私のこの手が真っ赤に燃える、悪を倒せと轟き叫ぶ!」あたりでwww
[一言] 普通の鞭ならともかくレーザーウィップを腕に巻き付けて大丈夫なん? 拘束して焼き切る術とか恐ろしい説明があるんだが……ジオさんツッ込んでくれ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ