創造祭 その一
例によってセダムが言うには、『死者王』とは、神話上の強大な魔道士のことだった。創造神を騙して、汚れた死者の魂を支配する権利を得たのだという。
しかし実際に『死者の嵐』事件が起きたのは、百二十年前に過ぎない。歴史的なスケールがちょっと合わない気もするな。
『まあ、それはあくまで神話伝説の話だ。実際には、死体を操る独自の魔術を身につけた古代部族の王、というところだと俺は思う』
セダムはそうも言っていた。
いわゆる死霊術というのは魔術師ギルドには認められていないが、在野にはそこそこいるらしい。もっとも、文字通りの『死』や『霊』という概念を操るのではなく、単に魔力を動力として死体を動かしたり、寿命を無理矢理伸ばす技術だそうだが。
また、調べて対処しなきゃならないことが増えたか、とがっかりもした。が、考えてみれば、もともと『黄昏の荒野』からアンデッドは駆逐しなきゃならんのだ。相手の大将の名前が分かったことは前進だ……と思おう。
「……さん!」
とりあえず、『実験結果』は期待以上だった。
『昇格』まで果たしていた『彼』のことは呼び名を『死の隊長』と改め、引き続き軍団の増員を命令しておいた。黄昏の荒野の中心部、つまり『死者王』がいるらしいラストランド大要塞にはまだ手出ししないようにも、言ってある。
春になったら改めて大要塞を偵察して、それからカルバネラ騎士団とフィルサンド公爵に計らって、奪還戦をはじめるか……いやその前に、北方の王国へ行かにゃならんかも……。
「……さん! ジオさん!」
「はっ」
遠くから聞こえていたモーラの声で、ようやく私は目覚めた。
ジーテイアス城の私室だ。
枕になっていた白紙の分厚い書物――絶賛作成中の予備の呪文書――に涎が滴っていたので慌ててローブの裾で拭き取る。
「いやあ、ついうたた寝してしまったよ」
「大丈夫ですか? これから徹夜ですよ?」
モーラが心配そうに聞いた。
いつものメイド服姿ではなく、簡素だが可愛らしいデザインのワンピースだった。花柄のマフラーと手袋、帽子が異常に似合っている。天使かな。
「大丈夫大丈夫! せっかくのお祭りだからな」
「ジオさんは初めての創造祭ですもんね!」
そう、今日はセディアの大晦日である。
創造祭。
言葉のとおり、創造神が世界を創った最初の日を祝う祭りだ。年の最後の日から、翌年最初の日の朝まで続く。
人々は山車を引き回し、無料で配布される豪華な食事に酒、お菓子を堪能する。吟遊詩人や旅芸人たちもここが稼ぎどころと奮闘して、明るい楽曲、愉快なパフォーマンスを披露した。
「もう一曲いこうぜ!」
「今日はもうパーッといくからな!」
「おー!」
兵士も村人もシュルズの人々も、みんな楽しく笑い、踊っている。戦族連中もなんとか仏頂面を保っているが、目が穏やかになっていた(しかし城に常在している戦士の半数は外を巡回しているらしい)。
「おー、これは大したもんだな」
「素敵ですよね!」
私はモーラと城内をぶらついていた。見上げているのは、多くの灯明で飾られた山車だ。『冬塔』呼ばれる山車には、英雄や神々の姿を模した人形が載っている。高さ四・五メートルはあるだろう、本当に大したものだ。
先頭の『冬塔』には、青いドレスの貴婦人像は冬の女神アシュギネア。二番手には……ローブに杖のおっさん……。
「あれ、私か!?」
「ですよぉ!」
「みんなで頑張ってつくりました!」
驚きと恥ずかしさで目を丸くした私に跪いて、しかしどこか自慢気に言ったのはダークエルフ四姉妹。
「そっくりだ! 素晴らしい!」
「国王陛下、ばんざーい!」
「マルギルス様ばんざーい!」
「わーい、ばんざーい!」
美少女たちや祭りに浮かれた人々が万歳をはじめてしまった。
「あー、疲れた」
「まだお祭りははじまったばかりですよ!?」
人々をかきわけて主塔へ逃げ帰った私は、モーラのお茶でなんとか一息ついた。なんだろう、うん。よくよく考えてみると、日本に居たころもこういう何とかカップとか何とかカウントダウンの時の渋谷みたいなノリは苦手だったんだ……。
「モーラは元気だな……。私は良いから、ログたちかアルガたちと遊んできなさい。何ならたまにはイルドを誘ってやっても……」
「もう! 私はジオさんとお祭りにいきたいんです! もう帰ってきちゃったけど」
大変不甲斐ない王で申し訳ない……。
「やっぱりジオさんてクローラさんがいないと駄目なのかなあ」
「うーむ、この様では否定しても説得力がないなあ」
ぶつぶつ言いながらも、お茶をお代わりや熱いおしぼりを用意してくれるモーラ。彼女の言う通り、クローラは絶賛実家に帰省中でまだ戻ってきていなかった。
「いやそんなことはないさ。クローラがいないと駄目ってことは」
「私がなんですの!?」
「あれ!?」
「クローラさん!?」
バン! と蹴破るような勢いでドアを開けたのは黄金の髪の女魔術師、クローラ・アンデル嬢だった。
「主様。奥方様を無事、お送りいたしました」
「あ、ああ。レイハ、ご苦労さん」
当然のようにクローラの背後から現れ跪いたレイハに、私はがくがくと頷いた。視線はクローラから離せない。
「や、やあクローラ。えー……」
「私が不在の間、何かありまして?」
「お城では特に問題なかったですよ。創造祭も無事に始められましたし」
「それは何よりですわね」
マントをレイハに預けながら、クローラはモーラに話しかけていた。
「いやそれはそうだが、ちょっと例の件で進展はあって……」
「来賓の方々への贈答品や神殿への供物は予定どおり?」
「はい、間に合いました。クローラさんがレリス市の業者に声をかけてくれたお陰です」
何だろう、凄い、敏腕奥方とお嬢様感がある。
「奥方様……奥方様っ」
「……」
ちょっと寂しくなった私を見て焦ったのか、レイハがクローラの袖を引いた。金髪美女は一瞬ぷいとそっぽを向いたが。
「陛下、いえマルギルス。これを御覧なさい!」
「うむ……いや、はい」
つかつかと私の前にくると、クローラは手にしていた『杖』を私に突きつけた。それが、さっきから私が注目していたものだ。
いつもの、彼女の魔術師の杖ではない。
木製は同じだが、すっきりシンプルなデザインだ。ただし、先端から中程までにかけて、いくつもの輝く宝石が埋め込まれている。魔凝石だ。
「い、いい杖だな? もしかして杖の新調のための帰省でもあったのか……」
「良い杖なのは確かですし、この杖を『得る』ためにレリスに戻ったのも確かですわ!」
クローラは杖の向こうからぴしゃりと言った。
顔が赤らんでいる。私を睨みつける青い瞳はどこか潤んでいた。……どういう状況なの、これは。
「奥方様、主様にはご説明が必要かと」
「そ、そうですわね」
レイハのナイスな助言で、クローラは杖を下ろしてくれた。
「この杖は、超級魔術師の証ですわ。つい先日、昇格試験に合格いたしましたの」
「お、おお。君も昇格か! それは凄いな」
前に聞いた話だと、現在リュウス同盟に超級魔術師は二・三名しかいなかったはずだ(一人は、リュウス最強のあのペリーシュラ女史だ)。一つ下の上級だった彼女も、そのランクになったというなら目出度いことである。
「『も』? ……それはともかく。超級魔術師となれば、独立することが可能でしてよ」
「ん? 独立?」
「ですので私、つい先日、魔術師ギルドを正式に脱退してまいりましたわ。……代わりの魔術顧問は連れてきておりますから、ご安心を」
「代わり? じゃ、じゃあ君はどうする?」
クローラのまくしたてるような話に、私は混乱していた。何となく、不安も感じる。独立とか脱退とか、不穏じゃないか。まさかジーテイアスからも出ていくってことは……。
「私、超級魔術師クローラ・アンデルは」
彼女は片膝をついて頭を垂れ、苦労して獲得したであろう杖を目の前の床に置いた。両手を胸の前にあてている。
「改めて、ジーテイアス国王陛下に忠誠を誓うとともに、この身命および杖を捧げますわ。御身に降りかかる災いを防ぎ、御身の敵を滅ぼす炎を喚び、御身の領地を安んじることをお約束いたします。……そして、ともに暗鬼を滅ぼさんことを」
「……クローラ……」
さすがに、セディアの事情に疎い私でも分かった。彼女は魔術師ギルドを捨て、家も捨てて一魔術師として私の家臣に、ジーテイアスの人間になってくれる、ということだ。しかも、それは……。
「つきましては、僭越ながら現在空席である宮廷魔術師の座をお預けいただけますよう、伏してお願いいたしますわ」




