実験結果
「私が居るべきと信じた時、居るべきと信じた場所に居ますわ」
クローラはきっぱりと言った。
確かに、裕福な貴族の令嬢が魔術師になり、冒険者になったのは全て本人の信念に従った結果である。もちろん、こうしてここに居てくれてるのも、同じだろう。
だから彼女の信念として『創造祭くらい実家でゆっくりしますわ』と言ったとしても、『家臣』でもない彼女を止めることはできない。
いや、彼女はあくまでも『予定は未定』と言っただけだ。
「……まあ、うん。なら大丈夫だな。ははは」
「……」
我ながら締まりのないことこの上ない返しだ。
なんとなく周囲(特に女性陣)から、盛大なため息が聞こえたような気がした。
やや微妙な雰囲気の夕食会の翌日、クローラとレイハはレリス市へ向かった。
創造祭まで十日をきった今の時期、それなりに雪も降るので二人には幻馬を貸してある。
一方。
「しかし、寒いな」
「当たり前だろ」
私とセダムも、それぞれ幻馬に跨って夜空を飛行中だった。
眼下には、月光をうっすらと反射する雪に覆われた荒野がどこまでも続く。『黄昏の荒野』である。
セディア大陸の中央部の東西に大きく広がる『黄昏の荒野』は、かつて『曙の荒野』と呼ばれる肥沃な地域だった。百二十年前、『死者の嵐』というアンデッドの大量発生が起こるまでの話だが。
現在も多数のアンデッドが蠢き、時に外部にまで溢れ出す『黄昏の荒野』はセディアでも有数の危険地帯だ。純粋に大陸に占める面積という意味では、最大の危険地帯とも言える。
私は数ヶ月前、フィルサンド公爵ダームンドと交わした約束を果たすため、遅ればせながらここまでやってきた。約束とはつまり、『黄昏の荒野』からアンデッドを排除し人間が開拓できるようにする、ということだ。
「さて、例の『実験』が上手くいってれば良いんだが」
『実験』。
実はフィルサンドで暗鬼の軍団と戦ったりフィルサンド公爵と外交交渉する間に、私は一つの実験を行っていた。
その実験に使った呪文は【死体操り】。
この呪文で生み出せるのは、ゾンビもしくはスケルトンのみだが、既製品(?)のアンデッドであれば『死霊憑き』だろうが『妖霊』だろうが支配できる(対象のレベルとか、呪文の抵抗とか条件はあるが)。
つまり、【死体操り】で支配したアンデッドに別のアンデッドを支配させ、アンデッドの軍団を作り出すことはできないか? というのが実験の内容である。
一体のアンデッドが支配できる他のアンデッドの数には限界があるので、全てのアンデッドを一つの軍団にまとめてしまうというのは無理だ。しかし、その軍団に他のアンデッドを攻撃させれば、いつかは全てのアンデッドを駆逐できるかも知れない。
ただ、前回のフィルサンド滞在中で一体のアンデッドを支配し、命令を与えることには成功していたものの、そのアンデッドが軍団を結成できるかどうかまでは確認できていなかった。
この年末になってようやく時間の余裕ができて、こうして確認にこれたというわけである。
「確かめたいことは二つだ」
「まずは、あんたの支配した『死の戦士』が無事かどうかだな」
「そうそう。長いこと放置しちまったからなあ」
私とセダムは、雪の白と岩の茶が交じる荒野を歩いていた。さすがに、雪まじりの烈風が吹きすさぶ上空には長時間いられない。夜だと地表が良く見えないしな。
『死の戦士』というのは、私がたまたま発見した兵士のアンデッドで、ゾンビというには迫力があったのでそのように呼んでいる。どうも、セディアのアンデッドは『D&B』とは微妙に違うんだよな……。
「ん、こいつは」
だだっぴろい平地ばかりではなく、岩の隆起や谷間が多く、見通しは悪い。やっぱり飛行してた方が良かったかな、と思い始めたところでセダムが立ち止まった。みれば、足元の地面が踏み固められ、道のように岩の合間を縫って続いている。私一人なら見逃していただろう、さすが特殊兵。
「アンデッドでも実体があれば足跡も残すし、道もできるか」
「そういうことだな。かなり数が多い。あっちだ」
「おい、あれは……」
「どうした?」
セダムの案内で行軍の跡らしき踏み分け道を進むこと半刻。
前方にはかなり広い平地があるようだ。だが、その手前でセダムが立ち止まった。なにやら、平地には蠢く無数の影が見える。
「あれが、あんたの部下の部下たちなら、良いんだがな……」
「うげ」
セダムはやや目を細めて、私は遠見のレンズを覗いて見た。
平地を埋め尽くすように整列した、死者の軍団を。
「うーん。凄いな、開場待機列か?」
「なんだそりゃ」
私とセダムは念のため、【亜空間移動】の呪文を使って亜空間から死者の軍団に接近した。
空間を隔てて、周囲の光景はややぼんやり見えるのだが、それで良かったような気がする。
いるわいるわ。
錆びた鎧の兵士、弓や小剣を持つ冒険者、鎌や鍬をぶらさげる農民、素手に軽装の旅人……。やはり兵士や騎士姿が半分以上で目立つものの、あらゆる職業の死体、死体、死体の列だ。
もちろん、ただの死体ではない。自分の脚で立ち、呻き、霊気のオーラを立ち上らせたり、眼球を失った眼窩の奥に赤い輝きを灯したりと、自分たちが生ける死者であることを主張している。
そいつらが、平地の一角、岩場の上に仁王立ちした一体のアンデッドの前にずらりと並んでいるのだ。いちいち綺麗に整列しているあたり、昔日本でみたとあるイベントを思わせた。
いくら亜空間に居て安全とはいえ、こんな呑気な感想がでるとは、私も少しは図太くなってるな。
「それで、どうなんだ? あいつがあんたの『死の戦士』なんだろ?」
異様な光景を前に呑気なのは私だけではなかった。セダムは死体の装備やらオーラの色やらを興味深そうに観察したり、メモを記したりしていた。とはいえ、亜空間からではあまり細かい部分までは見えない。
どうやら早く直接観察したくて私を急かしているようだ。
「うーん、多分そうなんだが何となく違うんだよな」
前に私が【死体操り】の呪文をかけたのは、装備はまあまあだったもののごく普通の兵士のゾンビだった。いまも、その時の呪文のエネルギーが私の意識の一部に残っていて、コントローラーのような役割を果たしている。
そのコントローラーからの感覚が、前よりもずっと『強い』のだ。
「まあ、近づいてみればわかるか」
【死体操り】でリアルタイムにアンデッドに命令するには一定の範囲内に入る必要がある。
幸い、死者たちの列を縫って、岩に立つアンデッド兵士に近づくと私にはすぐに分かった。
「あ、彼だよ」
「偉大ナル ジオ・マルギルスさまに ヒレ伏せ!」
オオオォォオオォォォ!!
「うへぇ……」
「こりゃ凄いな」
亜空間から出て、『死の戦士』に声をかけると、反応は劇的だった。
一般的な兵士の死体だったはずの彼は、身長二メートル以上の巨体に全身鎧、四本の腕にそれぞれ長剣、戦斧、槍、戦槌を携えた恐るべき怪物に変じていた。というか、鎧のデザインすら禍々しく変化している。ここまで変わると普通なら絶対分からないだろうが、私の意識の中の呪文のコントローラーは間違いなく彼があの時のゾンビだと示している。
実際、彼はうやうやしく私の前に片膝をつき、頭を垂れている。彼の背後の数千の死体たちも一斉に同じ姿勢になっていた。
ちょっと音程の外れた声で号令をかけたのは、彼のすぐ後ろに控える半透明の男……『妖霊』だった。
「えーとこれはつまり……」
「……!」
ちょっと想像以上の光景に、私は思わず呟いた。
それに反応して、いまや異形の死者となった『彼』が頭をあげる。……うん、確かに顔は半ば腐敗した男性のもの、つまり普通のゾンビだ。だが、目の禍々しい赤い輝きは、普通の人間なら見ただけで失神しそうな悍ましさである。
『彼』は言葉を発せないのだろう。私を見上げて、何か訴えたそうにガクガクと首を縦に振る。
「我ガ 長ノ 言葉をお伝えシマス」
どうやら『妖霊』が『彼』の通訳係らしい。アンデッド同士って心が通じるのか……。
「我が長ハ マルギルスさまに創造サレテ 以来 使命を果タソウト 戦い・征服し続ケテ 参リマシタ……」
「……なるほど」
妖霊氏は懇切丁寧に解説してくれたが、最初の話だけで大体事情は察せられた。
要するに『彼』は頑張って他のアンデッドを支配しまくり、軍団をここまで大きくしたと。そして、戦いに勝ち続けたお陰でこんな姿に『昇格』してしまった、ということらしい。
「セディアには『昇格』ってあるんだ……」
「……極稀に、より強力な形態に変化する魔物はいるな。長く生きた暗鬼が形を変えたり知恵を付けるって例もある。しかしアンデッドまでそれに当てはまるとは」
セダムの話では、魔力の影響を受けている生物はそのような変化を起こすことがあるらしい。
「うーむこれは、思わぬ収穫というか。ひょうたんからコマだな」
「……! ……!」
「創造主たる マルギルスさまに お褒めイタダキ 恐悦至極に 存ジマス」
四本の腕で目元を拭う(もちろん涙など流れていないが)『彼』が感動しているのは、死霊氏の通訳を聞かなくても分かった。
ちなみに、『彼』の軍団は現時点でゾンビやらワイトやらあわせて三千体ほどらしい。
「この調子なら、フィルサンドやカルバネラと協力しなくてもこいつらだけで『黄昏の荒野』を綺麗にできそうだが」
「それは……都合が良いような悪いような」
セダムの言う通り、戦力という点では彼らは想像以上だった。
ただし、フィルサンドはともかくカルバネラ騎士団は自分たちの先祖の無念を晴らすために『黄昏の荒野』を奪還したいということなんだよな。私たちが勝手にやっちゃうのも政治的に問題がでそうだ。
「シカシ 我らノミで 荒野を支配するのは 難シイ カト」
「ん? 時間がかかるということかね?」
「……」
ここで初めて『彼』はうつむいた。どうも何かを恥じているらしい。……意識の中で繋がっているとはいえ、アンデッドの表情が察せられるというのは何ともへんな感じだが。
「この荒野ノ 支配者ハ ラストランド大要塞に潜む 『死者王』」
「……!」
オオオオォォォ――
死霊が発した名前に、死者の軍団が震えた。