その日の居場所
翌日の午後。
例によって事務仕事を終えた私は、例によって城内の巡回に出た。イルドからは、『王があまり頻繁に民の前に姿を見せるのはよろしくありません』などと、注意もされたんだが。そうは言われても、皆の様子が気になるんだよなぁ。それに、『ジーテイアス』という国が日に日に形になっていくのを見るのはとても楽しかった。
そんなわけで中門をくぐり、『下の中庭』に降りる。昨日までは建築中だった建物が完成していたり、新しくやってきた隊商が主塔の紋章を見て騒いでいたりと、今日も活気に満ち溢れていた。
「陛下、ごきげんよう」
「警備は万全であります、陛下!」
すれ違う兵士や使用人たちが驚くのは相変わらずだが、以前ほど緊張はしなくなっているように見える。そうそう、親しみやすい国王像を目指していこう。
今日は職人たちの様子でも見ようと思っていたのだが、中庭の端の方にちょっと気になるものを見つけてしまった。
「……何だあれ?」
ちょっとした屋敷くらいはありそうな、大型の天幕だった。飾りも何もないから、中で何か作業でもしてるのか?
「主様、あれは人形作りのための天幕なんですよぉ」
いつものように陰ながら護衛をしていてくれたのだろう。いきなりあらわれて説明してくれたのは、ダークエルフ四姉妹の長女、アルガだった。セミロングの黒髪が艶っぽいが、顔つきにはどことなく幼さがある。
「例の創造祭で使う人形か。せっかくだからちょっと見学していこうか」
「わあ、みんな喜びますよ! それじゃ私はこれで……」
「いやいや、消えなくていいから」
アルガは再び影に隠れようとしたが、それを押し止める。一度会話したのにまた見えなくなるって、何だか気まずいしな。
「じゃあじゃあ、私がご案内しますねっ」
「よろしく頼むよ」
案内といっても百メートルも離れてないんだが、そこは従属する者ということか。弾むような足取りで私の前を歩き出す。
……城のスタッフの皆もそうなんだが、レイハを筆頭とする彼女たちには本当にまとまった休みとかあげないとなあ。ブラック国王にはなりたくない。
「ちょっと三番を上げてくださいーい!」
「布のあまりどこに置いたー?」
「ここんところ補強しとこうぜ」
天幕の中には、高さ五メートルはある木製の骨組みが三つも並んでいた。城の使用人や職人、非番の兵士などが賑やかに作業に励んでいる。なんだろうこの雰囲気。文化祭前みたいだな。
私はちょっと微笑ましい気持ちになった。だがこっそり入り口から覗いていると、アルガがさっと前に立つ。
「傾注ぅー! ジーテイアス国王、ジオ・マルギルス様の御光臨である!」
「ひぇっマルギルス様っ!?」
「国王様!?」
「こ、こんなところにっ!?」
黒い肌の美少女が叫んだ。声自体は可愛いのだが、そこに込められた気迫は凄い。作業をしていた人々は私に気付くと、アルガの気迫に圧されるように跪いていく。
「あ、あー。邪魔をしてすまないな。ちょっと見学させてもらおうと思っただけなんだ。続けてくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
「汚いところですけど、見ていってください」
「マルギルス様っ」
若干申し訳無さを感じながら、私は鷹揚に手を振って見せる。どちらかといえば古株の住人の方が多いからか、彼らもそこまで緊張することなくそれぞれの作業に戻っていった。そんな人々の中から、馴染みの顔が飛び出してきた。
ひょろりとした黒髪の若者。つい先日、内務官に任命したノクス青年だ。
「やあ、内務官殿。精が出るな」
「み、身に余る大役でして……」
作業着姿のノクスは、照れくさそうに笑った。
内務官といえば、国の行政や民政の多くの部分を司る重要な役職だ。昔、『奥の村』から城に雇ったばかりのころの彼なら、自信がないと言って断りそうな人事である。
何かの動物か怪物らしい骨組みと、人の良さそうな青年を見比べながら私は聞く。
「その格好からすると、君も人形作りしてるのか?」
「い、いえ。そうしたいんですけど僕は一応、全体の指揮とかスケジュールの調整なんかをしてます」
「うむ。それが良いな」
ノクスの返事に私は安心した。彼の性格的に、現場の仕事まで手を出して時間と体力を削っているんじゃないかと心配していたのだ。
「何か困ったことがあったらいつでも相談したまえ。呪文で巨人を出して手伝わせても良いし」
「は、はいっ。ありがとうございます!」
「さてじゃあ、職人通りの方へいってみようかな」
「はい、主様っ」
ノクスから人形作成や創造祭の準備について説明を受けた私は天幕を出た。まだ十分時間はあるし、予定どおり職人たちが店を出している通りへ向かう。
少し前まで半円形の城壁に囲まれた空き地だった『下の中庭』は、いまちょっとした建築ラッシュだった。例の、兵士たちの家族五百余名を受け入れるための住居を突貫で用意しなきゃならないのだ。
「国王様っ!」
「魔法使い様っ!」
私が歩くだけで敬意の籠もった挨拶をしてくれるのは、多くは人間の労働者たちだった。今回の建築は、いつものように建築の家のドワーフに頼むことはしなかった。一般の住宅には、特別に高度な技術が必要なわけでもない。なので、レリスやリュウス同盟から人を雇って、仕事と現金をまわした方が良いだろうと考えたのだ。
「このあたりはそこそこ雪が積もるんだよな? それまでに少しでも受け入れ準備が進めば良いんだが」
「えぇっ!? 雪ってもっと降るんですか!? ううっ、寒いの嫌だなぁ」
アルガは自分の肩を掴んでぶるぶる震えた。
……彼女も、ダークエルフ独特のかなり露出度の高い軽革鎧姿である。そりゃ寒いだろう。
以前から城で働いてくれていた鍛冶師や革職人、大工などの様子を見た限り、特に問題は発生していないようだった。
安心して主塔に帰って、その日の夕食の席のことだ。
「陛下、私明日からしばし実家に帰らせていただきますわ」
「んん?」
クローラの何気ない発言。私は一瞬むせ返りそうになったが……考えてみれば別におかしなことは何も言っていない。彼女は未だに魔術師ギルドの幹部だし領主の娘でもあるのだから、用事の一つや二つはあるだろう。
国の要職にある者が、公の場で私に自分の行動予定を報告する。何もおかしいことはない。
「クローラさん、何かあったのかい? お見合いとかか?」
「ちょっ、お姉さまっ!?」
「んだよっ」
例によって空気を読めないディアーヌがストレートな質問をする(そして、例によって空気を読むエリザベルとテーブルの下で蹴りの応酬を始めたようだ)。
「なんでお見合いなんてしなきゃいけませんの。アンデル家の領地経営についての会議に出席するのと……魔術師ギルドにゴーレム作成状況の報告をしてくるんですわ」
クローラは何でもないことのように言った。完璧なテーブルマナーで、香ばしく焼けた鶏肉を切り分けながらだ。家族会議はともかく、魔術師ギルドへの報告は確かに公務だ。
「なるほど、お疲れさんだな。じゃあ、ダークエルフの誰かを護衛につけようか」
「そうして頂けると助かりますわ」
「うむ。……それで、どうなんだろう」
「どう、とは?」
「いや、その、創造祭には城に居られるのかな、と……」
以前モーラから聞いた、『創造祭は故郷で過ごすもの』というフレーズが何となく頭に蘇っていた。別に王の夕食だからって世間話をしちゃいけないとは、『王法』にもないしな。別にこれくらい聞いたって良いだろう。
「そうですわね……」
「……」
何となく皆が静まり返った。私たちの視線を集め、顎先に指をあてて考えるクローラ。
「私は」
クローラは蒼い瞳をまっすぐ私に向けて言った。
「私が居るべきと信じた時、居るべきと信じた場所に居ますわ」