坂の上の高嶺の花について
「まったく、ロイスは昔からああなんですわ。このクローラ・アンデルを子ども扱いしてっ」
さすらい狼亭から主塔への帰り道。
クローラはぷりぷりと怒っていた。腕組みしたまま、大股でどんどん先にいってしまう。まあ、私にも似たような経験はあるので、気持ちは分からないでもないけどな。それに怒るといっても、本気というわけでもないだろう。
「それくらい仲が良いっていうことだろう? 信頼できる友人が近所にきてくれて良かったじゃないか」
「それはそうですけれども……」
「なかなか貴重な話だったが、誰にでも喋ってるわけじゃないんだろ?」
「あ、当たり前ですわ。貴方を信頼していない人間はこの城、いえ国におりませんもの」
「ありがたいことだよ。……うーむ」
内門へ向かう少々の坂道を歩きながら、私はふと考えた。
ロイスの『クローラをよろしく』は、まあそういう意味なんだろう。ジーテイアスの仲間の数名も同じことを考えているようだが、私にクローラを嫁にしろというわけだ。
「うむむ」
いや分かるんだよ。確かに国王とかになっちまったし、後継ぎは絶対に必要になる。となれば妻を娶らなきゃならん。で、リュウスあたりを見回して血筋的にも政治的にも能力的にも彼女以上の適材はいない。……レイティアもそうだったのかもしれないが、すでに彼女は王位についているしな。
そりゃあ、私だって別に女嫌いで独身を通してたわけじゃない。性欲だってもちろんある。クローラみたいな、美人で性格も頭もスタイルも極上な女性が嫁になってくれたら、嬉しいのは当たり前だ。
でもなあ、それでクローラはどうなるのか? 二十も年上のおっさんとの結婚なんて嫌に決まっている。いや万一、クローラにその気があったとしても……。
「すでにそういう対象に見れなくなってるんだよなぁ……」
私は歩きながら、真紅のマント越しでもはっきり分かる見事なボディラインをぼんやり眺めた。大変、魅力的な光景だということは分かる。実際、出会ったばかりのころはうっかり胸やお尻に視線がいってしまい、セクハラと言われないかヒヤヒヤしたしな。
しかし、今は彼女に性欲とかそういうものをほとんど感じていないし、『恋愛』特有の足元がふわふわするような高揚感もない。
「ただあの時はちょっとヤバかったが……」
そう、リュウス大会議の後の夜。あの時のクローラはやけに色っぽかった。だがまああれは、お互い大仕事の後の興奮状態だったからだろう。
今や私にも彼女にもお互いのために命の一つや二つは賭けるくらいの信頼はある、と思う。多分。私は賭けるよ! しかし、その思いに名前を付けるならばそれは恋愛ではなく、友愛だ。なんなら家族愛、でも良いかもしれない。
「うん。そうだな、そうそう。そういうことだよ」
「何をブツブツ言ってますの? 置いていきますわよ!」
「わかったわかった」
……でもなあ。
国王としてやっぱり早めに嫁さんをもらわにゃならんのは確かで。『嫁さんのいる自分』ってのを想像した時。隣に居ることが一番自然なのが、いま坂の上で腕組みして偉そうに胸をはってる美人なのも、確かだったりするんだ。
「ごちそうさま。今日も美味かったよ」
「光栄でございます、陛下」
昼食同様、夕食も主塔の一階に皆で集まって食べた。メインディッシュは塩漬け豚のステーキ。脂じゅわじゅわの熱々肉は、本来の私には少し重かったかもしれないが、『ジオ』の能力、CON十六の今の私はぺろりと平らげている。
淑やかに一礼したモーラメイド長に混じって、黒い肌の美少女たちも食器の片付けや食後のお茶の給仕を始めていた。
「では陛下」
イルドがお茶を飲みながら、この席で決まったことの確認をはじめた。
「内務官にはノクスを任命するということで。ギルド設立については私の方でロイス女史と検討しておきます」
「ああ、頼む。……ノクスは大丈夫かな?」
「私が当分手伝いますし、補佐もつけますから大丈夫でしょう。彼が適任です」
「そうだな。私も後で声をかけておこう」
「ご配慮感謝いたします」
などと、結構重要な人事が夕食の場で決まったりもする。
「陛下、もしお暇がありましたら、明日は是非とも兵士の訓練をご視察下され!」
「そうそう、陣形の組み換えとかだいぶ慣れてきやしたからね」
「俺たちだって、結構整列とかできるようになってきたんだぜ!」
丁度、話題が切れるタイミングを見計らっていたのだろう。ジーテイアス軍司令官となったサンダールを筆頭に、ジルクとディアーヌの中隊長二人も声を上げた。
ちらりとイルドを見ると、微笑んで頷いている。予定は空いてるか。
「喜んで見学させてもらうよ」
「ありがてぇ。兵たちも歓びますぜ」
「では、勇壮な模擬戦をご覧にいれましょうぞ!」
「よっしゃぁ! 腕が鳴るぜ!」
「うぇぇ」
拳を打ち合わす中年戦士と美少女蛮族。ガハハと笑いながら豪快に盃をあける老騎士。
相変わらず軍隊嫌いのシィルオンだけは首を竦めているが、他のものはエリザベルなど文官も含めて好意的な目で彼らを見ていた。
「なんとか今日も一日、無事に過ごせたかな」
「はい! これもジオさんのお陰です!」
例によって風呂で一日の疲れを落とす私の呟きを、モーラが律儀に拾ってくれた。仕切りの向こうで、私の衣類の片付けや寝具の整頓などに動き回っている気配がする。
「そういえばジオさん、もうすぐ創造祭ですよね、楽しみですね!」
「……大晦日と元旦のお祝いをまとめてやるようなやつだったか。というか、それはどんなお祭りなんだ?」
「あれ、ジオさんの故郷にはないんですか?」
「ないなぁ。多分」
「楽しいですよ! 街中で灯明を飾って、食べ物やお菓子やお酒を好きなだけもらえて、みんなで踊るんです!」
楽しそうなモーラの声。何となく、厳粛な儀式を想像していたのだが、割とアッパー系の祭りなんだな。
「それで、大きなハリボテのお人形を作って行進するんです。年の最後の日が沈んだら、評議員さんや区長さんがお人形を燃やして、新年の朝までその火を守るんです。いまだったら、ジオさんの役目ですね!」
「え、じゃあ徹夜なのか」
「寝ちゃ駄目なんですよ! 朝になったら、神官様にその年の吉凶を占ってもらって皆に結果を報告するのまでが創造祭なんですから!」
「うーむなるほど。面白そうではあるな。呪術的な意味が気になる」
すでに人形制作や神殿との調整はイルドやノクスを中心に進んでいるという。あいつら過労死しないだろうな……。ともかく、私は湯の中で腕組みして頷いた。新しい国の最初の行事としては、最適かも知れない。
「……でも、クローラさんってどうするんでしょう」
「ん?」
モーラは少し声のトーンを落とした
「創造祭って、『自分の故郷』で過ごすのが普通なんです。私やお父さん、セダムさんたちなんかはもうこの国が故郷ですけど……」
「……そういえば、そうだよな」
そう、クローラは未だに『魔術師ギルドから出向してきた魔術顧問』という扱いだ。実家は当然、レリス市のアンデル家屋敷である。アンデル家は歴史もあり、いくつもの村を領有しているという本物の貴族だ。そのあたりの儀礼にはうるさそうだ。
「まあ、良いんじゃないか? たまには実家に帰るのも。のんびりできるだろ」
「そうかなぁ……」
モーラは納得できていないようだ。
……まあ、創造祭に間に合うかどうかは別として、一国の重役が外国籍というのは問題は問題なんだよなぁ。ただ、それが分かっていないクローラではないだろうし、何か考えがあるのだろう、と思って放置していたんだが……。
「何かもう、結婚するしかないような感じになってきちゃってるんだが……」
モーラに聞こえないよう、小声で呟く。
私の顔は歪んでいただろう。この問題と私の後継者問題を一挙に解決するグッドアイディア! と打算できてしまう自分が、嫌になってきたのだ。




