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『さすらい狼亭』にて

 量産型ゴーレム第一号こと『ゴダー』君は無事動作テストを終えた。ちょっとしたハプニングもあったが、まあ耐久テストもできたと思っておこう。あの直後、ダヤがログとテルを正座させて、『男子は! これだから男子は!』と珍しくブチ切れているのが見られたのはちょっと面白かったしな(男子二名の気持ちも良く分かるが)。


 ゴダーが無事だったことを確認した生徒三人は、一層やる気を出してくれた。すぐ、二号機三号機の製造に向けた作業に取り掛かっている。すでに彼らだけで問題ないことはわかったので、私とクローラは錬金工房を後にした。


 良い機会なので、城内の様子を視察しておきたい。


 生徒たちには逆に、ご褒美として休みとかあげたかったのだが、彼ら自身に却下されてしまった。あの調子なら春までには十体くらいの動く石像ストーンゴーレムが完成するだろう。


「子どもから搾取しているみたいで心苦しいけどな……」

「搾取はいけませんが、賦役ふえきの取り立ては王の正当な権利でしてよ」

「えぇ……引くんだが……」

「それにあの子たちは、ああやって過去の自分を救っているんですわ。……わたくしも」

「……」


 ログたちは、暗鬼への復讐のために健康を犠牲にして魔術兵としての訓練を受けていた。だからといって、あの訓練施設で受けていた非人道的な扱いに納得できるわけもない。その過去を、今の仕事に没頭することで意味のあるものに変えたいということなのだろうか。……そういえば、私が前にそんなことを偉そうに喋っていたっけな。


「君もか。ならせめて、無理だけはしないように見守っておこう」

「それがよろしいですわ」


 クローラは少し俯き、それでも微笑んでいた。彼女はずっと、魔術兵たちの悲惨な過去に負い目を感じていたのだろう。だからログたちのあの明るい笑顔を見て、私よりずっと喜んでくれたのだ。

 笑みの中に憂いを含んだ横顔を見詰めていると、うっかり心の中の声が漏れ出してしまう。


「……ほんと、良い子なんだよな」

「そうですわね。将来、この国を支える人材ですわ」

「ん!?」

「は?」


 クローラは怪訝そうに目を瞬かせた。ヤバイヤバイ。良い『子』呼ばわりしたと気付かれたらまたお説教コースだ。


「子? 子たち、ではなくって?」

「うんそうそう。ログもテルもダヤもみんな良い子だな、うん!」




 誤魔化すように急ぎ足になった私は、新築の宿屋へやってきた。情報収集といえば、まずは宿屋か酒場と相場は決まっているのだ。宿は石と木を組み合わせた三階建ての立派な建物で、看板には『さすらい狼亭』とある。格好良いけど、どういういわれなんだ?


「マッマルギルス様ぁ!?」

「国王陛下っ!」

「ほ、本物の魔法使い!?」


 宿屋の一階部分は酒場になっている(そうこないとな)。例の『消えない炎』の暖炉を中心に置いた店内に一歩入ると、客たちが驚愕の声を上げた。客はジーテイアスに貿易にやってきた商人や非番の兵士たちだが、立ち上がって敬礼したり逆に跪いたりと大騒ぎである。


「騒がせてすまないな。ちょっと休憩に寄っただけなんだ。気にせず楽しんでほしい」

「これは陛下! ようこそいらっしゃいました」


 なんとか彼らを宥めようとしていると、奥から女将が飛び出してきた。栗色の長い髪に色気のある美人だ。セダムの奥さんにして、宿屋のオーナーに就任してくれたロイスである。



 私とクローラは速やかに奥の個室に案内された。少し店内の様子などを見たかったのだが、どう考えても営業の邪魔なので仕方がない。まあ、十分繁盛しているようで何よりだ。それだけ、ジーテイアスという国が交通の要衝として機能しているってことだからな。


「丁度、フィルサンドから東の国の良いお酒が入ったところだったんですよ」

「あ、いやまだ酒は結構だ。お茶を頼めるかな?」

「では、シュルズの人たちが良く飲むアメル茶をお出ししましょう。とっても爽やかですし、健康にも良いんですよ」


 そういってロイスが用意してくれたのは真っ黒な液体だった。しかもこの香りは……。


「これコーヒーか!」

「に、苦い……」


 そう、『アメル茶』というのは地球でいうところのコーヒーと同じ味がした。ただ、塩やらバターを混ぜているそうで、ちょっと珍しい感じだが。ちなみにクローラは一口飲んで盛大に顔をしかめていた。


「シュルズ族はコーヒーも栽培してるのか。素晴らしい、是非、城でも淹れてもらうようにしよう」

「これをですの!?」

「まあ、さすが陛下。では、後でモーラちゃんに話をしておきますね。……クローラは相変わらず舌がお子様ねぇ」

「デカイお世話ですわ!」


 優雅に微笑むロイスに顔を赤くして抗議するクローラ。これは珍しい構図だ。そういえばこの二人は顔なじみなんだったな。


「陛下、すみませんねぇ。この子の言葉が時々汚くなるの、うちのひとたちのせいなんですよ」

「なるほど、先輩のガラが悪かったのか」

「よ、余計なことを……!」


 ロイスが懐かしそうに語ってくれた話では、クローラはなんと十四歳でセダムのパーティに加入したのだという。魔術師としての訓練を受けていたとはいえ、箱入りお嬢様が何年も冒険者の世界で揉まれたら……いやむしろ良く染まりきらず、気品を保ったものだと思うよ。


「……あの時はもう本当に! クローラちゃんが怒り狂って『こんなクズ野郎は頭をねじ切ってケツにぶちこんでやりますわ!』って」

「ちょ、本当に……堪忍して……」


 親戚のおばさんかな? というレベルで美少女魔術師クローラちゃんの武勇伝を語ってくれるロイス。私も久々に腹がよじれるほど笑ったが、さすがにこれくらいにしとかんと。


「ありがとうロイス。そろそろ思い出じゃなくて今の話をしたいんだが」

「そうですね、陛下。何なりとお聞きください」


 一瞬で怜悧な経営者の顔になるロイス。落差が凄い。


「宿の方は順調そうだな? 何か問題があれば教えてほしい。それと……今後も移住者が増える予定があるのでね。受け入れのための準備などについて、助言があれば聞きたいと思ったんだ」


 これから増えるのは兵士ではなく、一般の『国民』だ。人が増えれば面倒も増える。そのあたりの具体的な問題点や対策は、直に国民と接している者から聞くのが一番だろう。


「そうですね、今のところは城内……いえ国内の生活には問題ないと思います。でも、これ以上人が増えるとしたら揉め事は起こるでしょうね。陛下、私としては、今のうちに国民の生活を管理する役人を任命することと、国民の中で自治ができる体制を整えておくことをおすすめします」

「内務官と評議会ですわね?」

「内務官はそうですけど、評議会はまだ早いでしょうね。まずは商人や職人にギルドを作らせておくべきかと存じます」


 なるほど。確かに今の体制だと城の軍事から経済から全てイルドが担うことになっている。この上、国民生活に関することまで彼にやらせるのは明らかに無理だ。それに、今のところ個人レベルで働いている商人や職人をまとめる組織も必要だったな。放っておいても勝手にギルドとかは作るんだろう。ただ、最初にこちらが主導する形でギルドを結成させれば『国側』で主導権を握ることができる。


「なるほどなぁ……」


 私は腕組みして唸った。ロイスの提言は十分納得できる。しかし、……うーん、さすが『国』だな。考えなきゃならんことが多すぎる。


「しっかりなさいませ、陛下。面倒なのは最初だけ、後は任命した者に委ねればよろしいのですわ」

「そ、そうだな」


 ため息をつきそうになった私の腹を、クローラが肘先でつついた。



「ではな。助言、感謝するよ」

「またいつでもお越しくださいな、陛下」


 そろそろ日も暮れるということで、私とクローラは戻ることにした。宿の客たちが直立して敬礼する中、ロイスはにこやかな顔で私に囁く。


「ごきげんよう、陛下。クローラのこと、よろしく・・・・お願いしますね?」


 やっぱり親戚のおばちゃんだな、これ……。



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