錬金術 中級その2
私は生徒三人、クローラとともに久々の錬金工房にいた。
目指すは、生徒たちだけでゴーレムを作製できるようにすることだ。
「えっと、この場合もう少し温度を上げた方が良いでしょうか?」
「そうだな、もう少し空気を送ってあと二十度くらいあげとこう」
ちょっとした才能の片鱗を見せたテルは、彼の背丈より大きい錬金炉の操作に習熟しつつある。だるまストーブみたいな形の錬金炉には無数の計器とレバー、ダイヤルなどがあるが、それらを的確に確認・操っていた。私の助言もほとんどいらないようなもんだな。
錬金炉の上部に設置された蒸留器から、青白く輝く液体がガラス管を通ってビーカーに溜まっていく。これが『水の元素』だ。
「……」
そうして抽出した元素を、石の粉末を入れた別のビーカーに注ぐのはダヤ。さらに黄金のガスのように見える霊素も注ぎ、ガラス棒で混ぜ合わせていく。三種の原料は徐々に薄っすらと輝く灰色の粘液へと変性していく。ゴーレムの材料、『生きている石』である。
動作だけなら何ということはないが、雑念があると生きている石以外のわけのわからない物質ができてしまう。ダヤもしっかりと錬金術師として成長しているな。
「上手くいくとよろしいのですが」
生きている石で一杯になったビーカーを、クローラが手にした。そのまま、輝く粘液を工房の床に設置した大型の漏斗状の器具に注いでいく。漏斗から管を通り、地下のゴーレム製造用の鋳型に溜まっていく仕組みだ。
これも生徒たちのアイディアで、わざわざ地下まで運ぶ手間を省くためのものである。
テルたちの作業が問題ないことを確認すると、私は工房の隅へ向かった。運び込んだ古い机で、ログが熱心に書き物をしている。
「調子はどうだい?」
「け、結構慣れてきたと思います」
ログが羊皮紙に書き込んでいたのは、動く石像の『心』にあたるプログラムだ。『ジオ・マルギルスとコマンドワードを唱えた主に服従する』とか、『人間を攻撃しない』といった基本的な行動方針や禁忌事項を記した紙を、鋳造した生きている石に植え込むことで動く石像は完成する。
使う文字自体は普通のこの世界の言語だが、文法や構成は独特で、ただ文章が書ければ良いというものではない。なので、彼にはその習得に励んでもらっていた。
ちなみに最初に作ったゴーレム一号の時は竜皮紙を用いたが、さすがにコストが高くなり過ぎるので羊皮紙で代用している。
ガタイの良いログの肩越しに羊皮紙を覗き込んだ私は、その肩をぽんと叩いた。
「良いじゃないか。これなら実用に耐えると思うぞ」
「やった!」
ログは小さく拳を突き上げた。彼はもともと日常の読み書きも不自由していた。それがトーラッドに教わりながらとはいえ、複雑なゴーレム制御のプログラムを作れるようになるとは、大したものだ。
……彼がもう少し大人になったら、彼の、彼らの作ったゴーレムが暗鬼を蹴散らす現場を見せてやりたいな。
「よし、ちょっと休憩しながら聞いてくれ」
数刻後、私は手を叩いて皆を集めた。
「みんなかなり上達してきたな。下の鋳型を見てきたが、生きている石は順調に溜まってきている。このまま作業を続けて、プログラムを植え込めばひとまず完成するだろう」
「わぁ!」
「ここまで長かったですわね……」
確かに時間はかかってしまった。しかしやっと、動く石像作製に必要な工程の九割までは、私抜きでも可能なことは確認できた。
「えっとすいません、先生。質問があります」
「何だね、テル」
「上達っていうことなんですけど。錬金炉で元素を抽出したり、元素と霊素と石を混ぜ合わせて生きている石を作る時に、前からずっと同じようにやっていたと思うんです。でも、前は上手く水の元素だけを抽出することができなかったり、生きている石じゃなくて別のものになってしまったりしました。どうして、やり方が同じなのに結果が変わるんでしょう?」
「……良い質問だな」
最近分かってきたがテルは本当に頭が良い。というか考え方が科学的だ。実は、だから彼は三人の中で錬金術の習得が遅かったんだが。
「同じ条件で同じ作業をすれば同じ結果になる。これが科学の基本だ。だが、錬金術は科学じゃない。同じことをやっても、やる人間の知識や感情によって結果が変わるんだ。錬金術がただの知識ではなく『修行が必要な技術』っていうのは、そういうことなのさ」
あくまで、私や八木が設定した『錬金術』の話である。人間の意識の深層から汲み上げる混沌のエネルギーを扱う『魔法』と同様の効果を生み出すためには、やはり精神的な要素が強くなるだろうという理屈である。
「要するに、できると思い込めば良いってことっすね」
「そ、そうだな」
さらに数刻後。
私たちは錬金工房の地下、いくつも並んだ石の棺桶の前にいた。動く石像の鋳型である。
鋳型の蓋はあけられ、中に全身鎧の騎士を模した石像が横たわっていた。石像は二・五メートルほどもある巨体だ。ただし、クラゲのように表面が波打ち、それが生きている石の塊であることを示している。
「……私、ダヤは生きている石に心を授け、忠実にして強靭なる動く石像へと生まれ変わらせん」
ダヤが普段クールな顔に汗を浮かべ、それでもしっかりと呪文を唱えた。続いて手にしていた羊皮紙を石像の頭部へ落とす。
「……」
私たちが固唾を飲んで見守る中、石像の表面は徐々に硬質化していった。これは上手くいきそうだ。
「ロ、ログ」
「お、おう……。立ち上がれ、ゴダー!」
テルに肘でつつかれたログが、動く石像の名前とコマンドワードを叫ぶ。ダヤが彼の袖をきゅっと握っていた。
「ど、どうなんですの!?」
少し下がって私と並ぶクローラもハラハラしていた。まるで父兄参観だが……実は私も緊張している。
ガコン!
「あっ!」
石棺に横たわっていた石像、ゴダーは岩がぶつかるような音を立て、ゆっくりと立ち上がりはじめた。生徒たちも私とクローラも思わず手に汗握る。
「ゴダー、立って!」
「お立ちなさい、ゴダー!」
ガゴッ
ダヤとクローラの声に励まされるように、ゴダーはついにしっかりと直立した。
「やった! やった!」
「ログ、ダヤ! 僕たち作ったんだ、ゴーレムを!」
三人の少年少女は涙目で抱き合い、歓声をあげた。それを見ながら私とクローラは胸を撫で下ろす。
「先程も言いましたが……長かったですわ」
「ああ、彼らを引き取ってからずいぶんかかってしまったが」
「いいえ」
「ん?」
クローラの青い瞳を久しぶりに至近距離で見た私はちょっと驚いた。彼女の瞳もうっすら潤んでいたからだ。
「彼らを、魔術兵候補として非道に扱っていたころから長かった、ということですわ」
「……そう、だな」
レリスの魔術師ギルドで彼らと出会ったころを思い出し、私もしんみり頷いた。あの時はクローラも、暗鬼と戦うための必要悪として魔術兵という非人道的な存在を認めていたのだ。
「先生、ありがとうございました!」
「クローラ師もありがとう!」
「……ありがと」
ログが深々と頭を下げ、テルはクローラを見上げて微笑んだ。ダヤはクローラの腰あたりに抱きついて顔を埋めている。
「貴方たち……そんな。いいえ、そんな。私は」
「クローラ師もずっと俺たちに文字や瞑想の仕方とか教えてくれたじゃないですか!」
「大事な本も貸してもらえて、凄く勉強になりました!」
戸惑うクローラに、生徒たちは惜しみない感謝の眼差しと言葉をかけていく。クローラもクローラなりにちゃんと彼らの面倒をみてきたんだよな。
ダヤの金髪をちょっと不器用に撫でるクローラの姿にほっこりしながら、私は今後のことを考え始めていた。
これで、ゴーレムを生徒たちだけ、もしくはクローラだけで作製する目処はたった。ただし、それはこの錬金工房の中のことだ。何故なら、錬金炉は一つしかないし、霊素を抽出できるのはまだ私だけだからである。
まあ、当面の目標はゴーレムを複数体、良民軍やリュウス同盟の各都市に配備することだ。それは生徒たちに任せられるだろう。
その後、ゴーレム作製技術をレリスの魔術師ギルドへ伝達するという約束についてはもう少し時間をもらうしかないな。というか、百パーセント魔術師ギルド製のゴーレムは作れないような体制にした方が良いんじゃないかと最近は思い始めていたり……。
「ゴダー! 百連斬鉄脚!」
ゴガガガッ ズガアアンッ
「ゴダー!?」
「なあにやってますのぉぉ!?」
ログ独自のプログラムに入っていた『必殺技』を無理に実行しようとしたゴダーが、盛大に石の床にめり込んでいた。




