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ジーテイアス城 中期その4

 私は無事、村を襲った暗鬼どもを駆逐することができた。

 フィリィネ女男爵や新騎士団長氏への報告も終わったので、『幻馬』でジーテイアスへ戻ることにする。シルバスまで来る時は【瞬間移動テレポート】を使ったが、この呪文には極わずかだが失敗の可能性がある。余裕のある時は使わない方針だ。



 ジーテイアス城の主塔の前、『上の中庭』に幻馬を着陸させたのは日暮れ間近だった。主塔で輝く青月石ルィリラクレス製の『導星と書物の紋章』が、実に眩い。……成金趣味って思われなければ良いんだがなあ。


「お帰りなさいませ、陛下」

「ごきげんよう、陛下」


 『生活改善プロジェクト』の一環で、中庭のあちこちには【永続する明かりパーマネントライト】の呪文による明かりが灯っている。その中庭で仕事の片付けなどをしていたメイドや兵士たちが集まってきて、敬礼やら黙礼で敬意を示してくれた。


「主様ぁ!」


 城の人々の中から飛び出してきて跪いたのは、『麗しき闇風』さんことレイハ。多分、空から戻ってくる私を見つけて走ってきたのだろう、汗だくだった。しかし毎度申し訳ないが、やっぱり大型犬っぽいよな。


「ご無事で、ご無事で良うございました! レイハはお待ち申し上げておりました!」


 紫の瞳に涙まで浮かべてレイハは喜んでいた。それだけ心配していてくれたということなんだろう。なんせ、私が完全に単独で行動するのは久しぶりだったからな。ラウリス奪還戦の時も一応みんなも同じ戦場フィールドに居たわけだし。


「何の問題もなかったさ。むしろ大成功だ」

「本当に良うございました!」


「やっぱりマルギルス様は凄い!」

「素晴らしいご活躍ですね!」


 レイハは胸を撫で下ろし、城の人々も歓声をあげて喜んでくれる。メイドや兵士たちはレイハと違い、私の出動の詳細を知っているわけではないのだが。『どこかで暗鬼を退治してきた』くらいのことは分かっているのだろう。


「お帰りなさいまし、陛下。今日の出来事はリュウスの歴史に刻まれましょう」

「ブラウズ評議長やソダーン司令たちも、安堵なさっているでしょうね」


 レイハに続いて私の前で片膝をついたのは、相変わらず見事な黄金の髪の女魔術師と、シンプルながら威厳あるローブ姿の王国宰相だった。

 『黄金の炎妃』さんもといクローラとイルドは、もちろん今回の事情を知っている。二人の顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。実際、リュウス大会議後の短い時間で制定した『緊急連絡網』が、無事機能したのだ。『魔法使い』ひいては『ジーテイアス国』が暗鬼対策に有用であることを世界に証明できたわけで、これは本当に大きな成果だ。




 さすがに今日の公務は終わりということで、私は主塔に戻った。

 一階は以前と同じ、いわゆる『謁見の間』というやつだ。ここで毎朝、リュウス地域の貴族や商人からの挨拶やら、村人からの陳情やら、会議やらをすることになっている。二階部分は、以前は司令室だったがいまは『身内』だけが入れる居間とした。というのも、これから私は『王』として生活するわけだ。これまで以上に肩が凝るし胃も痛くなる。そこで、主塔の二階と三階についてだけは、私の私的空間として使わせてもらうことにしたのだ。


「ジオさん、お疲れ様でした!」

「ああ、ただいまモーラ」


 その二階の居間で出迎えてくれたのは、メイド服姿のモーラだった(あと多分、レイハかダークエルフ四姉妹の誰かがそこらに潜んでいると思う)。ここでは『陛下』とは呼ばれないのでほっとする。


「お風呂に入ります? それともお夕食にしましょうか?」

「ぶふっ」

「?」


 モーラが現代日本の新婚ネタを知ってるはずもない。が、完全にナチュラルに出た新妻台詞は破壊力抜群だった。可愛過ぎるだろモーラ。遠い将来(遠いよな?)この子の旦那になる男の首を締めたくなってきた。いやいやいや、そんな。娘同然の子の彼氏に嫉妬なんてしませんよ。モーラのだんなになるおとこはしあわせものだなぁ。

 などと妄想の世界に落ち込んだ私を、モーラが不思議そうに見ていた。


「? どうかしましたか?」

「い、いや大丈夫大丈夫。とりあえず、ひとっ風呂浴びるかな」

「はいっ、すぐ準備しますねっ」


 今まで風呂といえば主塔の屋上だったのだが、いまは三階の寝室の隣だ。遠征に出ている間に建築の家ダウロンのヴァルボ棟梁たちが新しい浴室を設置してくれていたのである。というのも、『王たるものが屋上でぜ、全裸になるなどありえませんわっ』というもっともな助言があったためだが。



「ふ~~……生き返るなぁ」

「ジオさーん、お着替え置いておきますね」

「ああ、ありがとう」


 というわけで、私は豪華で広々した湯船に浸かっていた(モーラはもちろん仕切りの向こうの脱衣所だ)。ドワーフ職人は相変わらず良い仕事をするなあ。浴槽は大理石だし、排水や湿気対策もばっちりだ。眼の前のドラゴン像の口からは、ドバドバとお湯が溢れ出している。


「こんなにお湯をじゃんじゃん使うのは、戦斧郷以来だよな」

「そうですね。本当にドワーフさんたちって凄いです」

「ボイラーにポンプに水道かぁ。ドワーフはハイテクだ」

「でも、一番大事な『火』はジオさんの魔法ですよ!」

「まあそうなんだけども」


 これも、『生活改善プロジェクト』の一環である。担当者であるノクスの計画に従って、ドワーフ職人たちが、暖房機ストーブ湯沸かし器ボイラーを城内に設置したのだ。もちろん熱源は、【炎の壁ウォールオブファイヤ】と【永続化インフィニティ】の呪文を組み合わせて作り出した『消えない炎』である。

 さすがに城全体に上下水道完備、とまではいかないが。何箇所かの大浴場と、国王特権で私用の浴室には手動ポンプでいつでもお湯が供給されるようになっていた。


「ふうっ」


 手足をゆったり伸ばせる湯船に肩まで浸かり、私はばしゃばしゃと顔を洗った。しみじみと呟く。


「……やはり我が家は良いもんだなぁ」

「そうですね、もうここが私たちの家ですもんね!」


 仕切りの向こうから、モーラが間髪入れず同意してくれた。見なくても、暖かく明るい笑顔を浮かべているのが良く分かる。……以前の人生を下げるつもりはないが、もうこの城が私の家で仲間が家族なのだ。




 翌朝。

 王になろうが、私の最初の仕事は呪文の準備チャージ。これはもうずっと変わらないだろう。モーラの淹れてくれた温かいシルを飲みながら、呪文書と睨めっこする。例によって【鉄の壁ウォールオブアイアン】など建築用の呪文や、緊急時のための移動用呪文を多めに『内界』の呪文書庫へセットしておく。……そういえば予備の呪文書作りもこの冬の間に終わらせないとな……。


 朝食は自室で簡単にすませ、身支度を整える。これが、今までより一手間増えた部分だ。


「……よし」


 『王冠』を頭に載せ、姿見で身なりを確認する。シンプルなデザインの王冠の重さ自体は大したことはない。が、導星しるべほしを表す青月石ルィリラクレスで飾られた王冠に向けられる期待の重さに、身が引き締まる思いがする。……絵的には似合ってないと思うんだが、それはしょうがない。




 『ジーテイアス国王』の顔になった(つもり)ところで公務にとりかかる。執務室は主塔の二階だ。二階は他に親しい者は出入り自由の居間に改装している。

 執務机の前に座ると、待ち構えていたイルドが大量の書類を運んできた。王となっても、細々した実務は全て宰相兼家令であるイルドやエリザベルたちに任せっぱなしだ。まったく申し訳ない。クローラやエリザベルなどは『王とはそういうものです(わ)』と言ってくれているが、お陰でイルドは『ジーテイアスで最も多忙な男』などと呼ばれる始末である。


「まずは諜報官殿からの調査報告書をご確認ください。こちらはレイティア女王陛下からの信書です。ソダーン司令官からは対暗鬼緊急連絡網の整備状況についての報告が来ております。これらについては、本日中に返書をしたためた方がよろしいでしょう。今月の貿易収支報告書と兵士の勤務実績表も上がってきておりますが、こちらは余裕のある時に目を通していただければ」

「お、おう」


 とはいえ、いま目の前に積み上げられた書類や手紙を見る限り、私も人のことを心配している場合ではなさそうだった。




 昼食は謁見の間に椅子やテーブルを運び込み、『家臣』たちと会食する。

 本日のメニューは、焼き立ての丸パンに豆のポタージュ、豚の肝臓のパテ、同じく豚のソーセージ、ポテトサラダだった。これをナイフとフォークで食べるのだから、こちら(セディア)に来る前のファンタジーオタクの私が聞いたら『中世ヨーロッパはこんなんじゃない』とか偉そうに薀蓄を垂れてるかもしれない。まあ美味いから良いのだ。


「おかわりをどうぞ、陛下」

「ありがとう、メイド長」

「空の食器を重ねるのは悪いクセですわよ、陛下。そういうことはメイドの仕事ですわ」

「うむ、わかった」


 モーラたちメイドが甲斐甲斐しく給仕してくれたり、クローラ先生からテーブルマナーの指導を受けるのにも慣れてきた。


「いやあ、この城の料理は本当に美味ぇですな! 正直わりと地味で田舎っぽいんすけど、なんでこんなに美味いんだろ?」

「毒殺に怯えながらのぼっち飯しか経験ないからですよ」

「なんだろう、このスープ急に塩味が濃くなってきたよ……」


 最近になって城にやってきた元の……いや元シルバス男爵ことシィルオンとその部下ガイダーの、切れ味鋭いコントにも慣れてきた。アホなやりとりをしながらも、食事作法(いや話し方はダメだが)は完璧なのがシィルオンという男の面白いところだな。まあ、初めてここで一緒に食事をした時、クローラにはっ倒されたのに懲りたんだろうけど。


「そういえば報告書は読んだよ。短時間で良く調べてくれたな、ご苦労さん」

「ふひっ。俺は評議会や盗賊ギルドに指示を出して結果をまとめただけっすから、楽勝っすよ」


 彼の報告書というのは、新しくジーテイアス国へ移住を希望してきた人々の身元確認の結果だった。リュウス大会議以降、かなりの規模で移住希望があったのだが、まずは兵士や使用人たちの家族を優先で『国民』として迎え入れる準備を進めている。ただ、移住希望者の中に他国の密偵などが紛れているとまずいので、シィルオンの初仕事として調査を命じていたのだ。


「それでも五百名以上の情報でしょう? まあ、なかなかの手際ですわ」

「正直に言って助かっています」


 クローラとエリザベルからも彼への称賛の声が上がった。クローラは渋々と言った顔だが、エリザベルは割と本気で感謝しているように見える。外交官として彼女の仕事の分担が減ったのは事実だしな。




 昼食後のスケジュールは基本的に空けている。『大魔法使い』としての活動にあてるためだ。とりあえず最優先してやらなきゃいけないのは、ゴーレム作製と生徒たちへの錬金術講義だろう。

 そう思って生徒たち、ログ・テル・ダヤの三人を探していたら、何故か馬小屋にたどり着いた。先生である私がこれまで落ち着かなさすぎだったために、講義予定が決まってないのが問題なんだよな……。


「やあ、何をやってるんだね?」

「あ、先生!」

「い、いえ陛下っ」

「……先生? 陛下?」

「公式の場でなければ先生で良いと思うぞ」


「ギュルゥゥ」


 どうも三人は、陸走竜ルーザディオの世話をしていたようだ。二頭の恐竜もどきは未だに私を怖れているようで、少し震えながら地面に伏せる。そんなに怯えなくて良いのにな……いやまてよ?


「こいつら、こんなにデカかったか?」


 私は鱗に覆われた巨体を指さして聞いた。確かもともと馬と同じくらいのサイズ感だったのだが……どう見ても一回り以上大きくなっている。


「いえこれはそのう」

「すいません! 僕が悪いんです!」


 口ごもるログの隣でテルが勢いよく頭を下げた。三人の中で一番おとなしく理知的なのが彼だが、一体どうした?


「実は……」

「おいおいっ」


 テルの告白に私はのけぞった。何とテル、というか彼らは錬金術修行で作製した『地の元素アースエレメント』を陸走竜の餌に混ぜていたのだという。


「この子たちが大食らいだから、たくさんお金がかかるって聞いて……」

「お、俺がテルにいってやらせたんです。罰なら俺が!」

「私も同罪……」

「いや別に怒らんし、悪いことしたわけでもないけどさあ」


 ジオがマジックアイテムを作製するための道具としてゲーム内でも使っていた錬金炉。それを使って抽出した元素が、この世界セディアの物質も魔法化することは実験で分かっていた。テルは餌の栄養価を高めることで、食費を抑えようと考えたらしいが……。


「ちょっと、立ってみなさい」

「ギュルウッッ」


 私がちょいちょい指を振ると、本能的に意味を察したらしい二頭の陸走竜ルーザディオは勢いよく立ち上がった。……ちょっとこれ本当に、体高が三メートルくらいになってないか? 前までは普通の馬程度で人を二人乗せられるくらいだったが、今なら五・六人いけそうだ。

 試しに【魔力解析アナライズ】の呪文をかけてみると、本当に魔法力を感知した。こいつらはそもそもセディアの魔力を帯びる魔獣の一種だが、その上、魔法力も兼ね備えてしまったのだ。そのうちドラゴンに進化しないだろうな?


「それにしても、これじゃ余計に食費かかるだろどう見ても」

「そ、そうなんです……すいません」

「ごめんなさいっ!」

「許してください」


 平謝りする三人。彼らにどんどん自習しろと言ったのは私だし、その結果作製される元素や霊素エーテルについての指示はなにも出していない。陸走竜はもともと城の財産でもないし(私の私物扱いだ)、特に罪になるようなことではないと思うが……うーむ。


「しょうがないな。罰として、トーラッド先生に書き取りの宿題を三倍にしてもらう」

「げっ」

「もちろんこれ以上、元素をやるのは禁止な。それと、これからこいつらがどうなるか、ちゃんと記録をつけて私に報告するように」

「わ、わかりました!」


「ギュルゥ……」


 友達が自分たちのことで注意されているのがわかったのだろうか? ディノとジェラも頭を垂れてシュンとしていた(ように見える)。もしかして知能も向上しているのだろうか?


「で、でも先生。もしかして地の元素に生き物を強化する効果があるのなら、お城の兵隊さんに使ったら……」

「それ以上いけない」


 私は、良いことを思いついたみたいに目をキラキラさせるテルの頭にチョップしていた。


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[一言] そのうち錬金ハザード起こしそう。
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