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『魔法使い』のいる世界 そのニ(三人称)

 猟師ハンクの息子が暗鬼を見つけた翌日。

 村人たちは夜を徹して防備を固めていた。


「お、そこに補強をもう少し頼む!」

「俺も手伝う!」

「矢羽が足りない! 誰か余分はないか!?」

「ああ、うちのを持ってけ!」


 木製の防壁を少しでも強化しようとするもの、武器の準備をするもの。大人も子供も必死の表情だ。


「くそっ。こんなことなら夏のうちに壁を補強しとけば良かったっ」

「俺も鎧の一つも作っておけばな……」


 もちろん、普段から備えを怠ってはいない。だが危機が間近に迫ってみれば、あちこち心細いところが見えてくるものだ。


「いいかい、合図があったらあんたたちはすぐにここに隠れるんだよ?」

「大きい子が小さい子の面倒見てね?」


 女たちは、子供たちを地下の避難所の前に集めていた。暗鬼は人間の気配を本能的に感じて追跡する。村人たちのできる範囲で深く広く穴を掘り、頑丈な隠し戸を設置してはいたが、効果は疑わしい。


「僕がみんなを守るよ!」

「そうだね、ラザは強いからね。頼んだよ?」


 玩具の木剣を手にして力強くいったのは、ハンクの次男だった。母親は無理矢理に微笑みを浮かべ、彼を抱きしめる。


「お菓子もおもちゃも入れておいてあげるから」

「水は大事に飲むんだよ?」

「う、うんっ!」

「はい!」


 子供たちだって、暗鬼がどれだけ恐ろしい存在かはさんざん聞かされて育つ。しかし、恐怖に震え、涙を浮かべても、泣きわめいたり駄々をこねるものはいなかった。彼らも、小さいながらにこの世界セディアの住人なのだ。





「ギギイィィィ!」

「暗鬼だぁ! 小さいヤツだ! こっちに来る!」


 その日の午後には、暗鬼が村の防壁に迫ってきた。森の奥からいくつかの小さい黒い影が飛び出す。それに気付いた村の見張りも、負けずに絶叫した。

 粗末な武器を振り回し突進してくるのは小鬼。幸い数は多くない。見える範囲で五体だった。


「来やがった!」

「あれくらいの数なら……」


 防壁の上で待機していた男たちが素早く弓を構える。みな熟練の猟師だ。


「射て射て!」

「くらえ!」

「ギイ! ギイィヒャアッ!」


 村を囲む防壁と森の間には、ささやかだが木々を切り開いた平地がある。そこをただ突っ走ってくる小鬼たちは、本来なら良い的ですあらあった。しかし、あたらない。

 次々に放たれる矢は虚しく地面に突き立っていく。


「わ、わわわ……!」

「くそっ来るなっ! 来るなぁ!」

「しっかりしろ! よく狙え!」


 猟師たちが浮足立ち、本来の技量を発揮できないのも無理はない。実戦経験者は一握りだし、暗鬼の強烈な殺意と叫びは彼らの心を怯えさせるのに十分だ。


「ギィィ!」

「ギイイイヒィィ!」


 防壁にたどり着いた暗鬼たちは、木製の壁をよじ登りはじめる。まるで猿のように身軽だった。


「槍だ! 突き落とせ!」

「ちくしょう! ちくしょう!」


 怯えながらも猟師たちは不慣れな槍や斧を手にした。間近に迫った小鬼たちの威嚇の叫びや黄色の瞳、ギラつく牙は恐ろしい。とはいえ、防壁をよじ登る小鬼たちを上から攻撃するいまの状況は、猟師たちが圧倒的有利だった。


「死ね! 死んでくれ!」

「ギィアァッ!?」


 まだ若い猟師が必死に突き出した槍が、小鬼の口から後頭部まで貫通する。


「ギキィッ!」

「うあわっ!? ぎゃっ! ぎゃぁぁ!」


 初老の猟師が振り下ろした斧をかいくぐり、小鬼が彼に飛び付く。初老の猟師は鋭い鉤爪で顔や胸を引き裂かれ悲痛な悲鳴をあげる。


「このっ! このぉっ!」

「離れろぉ!」


 周りの猟師が、山刀や短剣でなんとかその小鬼を引き剥がし、とどめをさした。


「はあっ! はあっ!」

「な、なんとか……お、終わりか!?」

「……お、おう」


 初老の猟師に酷い傷を負わせた小鬼を倒した時、他の小鬼たちも地面に転がっていた。あたりに不気味なまでの静寂が戻ってくる。




 だがもちろん、これで終わりなどということはない。


「村長! また暗鬼を見つけたぞ! 古老の大樹よりだいぶ西こっち側だ。二十匹以上いたな……」

「そ、そうか……」

「しかも悪いことに」

「これ以上悪いことがあるのか!?」

「小鬼に混じってデカイのもいた! 巨鬼だ! それも三匹も……!」

「な、なんだって……!?」


 偵察をしてきた猟師ハンクが村長に報告した。暗鬼の群れは最初にハンクの息子が見つけたときよりも村に近づき、数も増えている。さきほど襲撃してきたのは、斥候か、はぐれなのだろう。

 そして、最悪な知らせもあった。巨鬼。完全武装の兵士や騎士が十人以上いても倒すことは難しいと言われる化物だ。しかも、小鬼だけならば持ちこたえられるかもしれない村の防壁も、巨鬼の力では破られるかもしれない。

 村長も、まわりの村人たちも緊張に顔を強張らせた。


「暗鬼がまた二十……それに巨鬼まで! きっともっと増える! 逃げよう、いますぐ逃げればきっと間に合う!」


 緊張に耐えきれなくなった若者が叫んだ。


「ここからシルバスまで二日以上かかるんだぞ! 子供や年寄りを連れていけるものか! それに途中で暗鬼に見つかったらそれこそ全滅だ!」

「だからってここで守ってたって暗鬼に勝てるわけない! シルバスの騎士団なんか何時くるか分からんし……」

「だから、いまできる限りの準備をするんだろうが!」


 若者とハンクが怒鳴り合う。村人たちは複雑な表情だ。気候の問題、戦力の問題、そして時間の問題。いくら考えても村は八方塞がりの状況であり、『こうすれば確実に助かる』方法などありはしなかった。


「それにきっと、魔法使い様が助けて下さる!」

「う、うむ。そうだな」

「魔法使い様が来てくだされば大丈夫だ! 天から星を降らせて暗鬼どもをやっつけてくださる!」


 ハンクが若者に断言した。村長や他の村人たちも頷く。実際に『魔法』を見たことがあるのはハンク親子だけだが、リュウス地域では既にその力を疑うものはいない。親戚やら近くの村、町の人々まで辿れば一人二人は『俺は魔法をこの目で見た!』という者がいるのである。


「そんなこと言ったって! 暗鬼はもうすぐきてもおかしくないんだぞ! 魔法使い様は法の街道の東の果てに住んでるんだろう! どうやってこの村まで来るっていうんだ! いつ来るんだ!」

「そ、それは……」


 『魔法使い』がどれほど強い力を持っているかは、リュウス全域に散々広まっていた。だが、村から『魔法使いの国』までは遠すぎる。若者の悲痛な叫びに、ハンクも村人たちも視線をそらした。一度は振り払った絶望的な空気が、村を覆い始める。


「あー、取り込み中すまないな」

「!!??」


 その村人たちへ、何とも緊張感のない男の声がかかった。

感想返し遅れてすいません。

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