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波紋

 大会議閉会後の、大広場。

 祭が始まっていた。

 いつもは、退屈な年中行事から解放されたことで喜ぶという意味が大きい祭だ。しかし今年は少々、趣が違う。


「うおおぉぉぉ!」

「マルギルスばんざーい! リュウスばんざーい!」

「俺も暗鬼と戦うぞー!」


 若者たちは肩を組んで歌い、踊る。

 子供たちも、いつも以上に元気に遊び回る。特に今回は『戦族と暗鬼』が人気だった。彼らは会議や、ジオの演説の意味が分かったわけではないが、それでも『今日は何か特別善い日なのだ』ということは感じていた。


「飲み過ぎちゃダメよ!」

「ほらほら、転んだくらいで泣かないの」

「女の子に暗鬼の役なんかさせんじゃないよ!」


 母親たちは、そんな若者や子供を嗜め、苦笑を交わしながらもその目には誇りが浮かんでいる。




「おらそこぉ! 道端で吐くなって。ほら、肩に掴まれ!」

「荷物をこんなところに置きっぱなしにするなー!」


 若い警備兵たちも、会議前とは気合が違っていた。


「まったくお前ら、影響されやす過ぎるだろ……。その気合をせいぜい忘れるなよ?」


 年配の上司は呆れながらも、嬉しそうに言った。



 もっとも、ジオの演説に影響を受けなかった人間は、少なくとも現在のリュウシュク市内には居ないだろう。義手義足の元兵士、屋台の店主もそうだった。


「おっちゃんおっちゃん! はさみ揚げもう一個な!」

「聖薬茶もいーけど締めはおっちゃんの『鉄槌』が一番だよなー」

「お前ら良民軍の支払いだからって遠慮ないな……」


 片手片脚を失い、兵士を引退してから年金で始めた屋台も、もう二十年来の相棒だった。その相棒の古びたコンロで揚げたパンや、度数を上げることだけを重視した安酒を若者たちに配っていく。この手順も、もうすっかり身体に染み込んで、もはや何の意味ももたないただの作業になっていた。ただ、過去の『死』を思い起こしながら作業を続けるだけの人生だと、そう思ってきたのだが。


「イフリ隊長、みんな。良かったなぁ……。いま、若い奴らが平和に暮らしてられるのは、みんなのお陰なんだと。あんな偉い、凄いお人に言ってもらえたんなら……救われるよなぁ……」


 似たような言葉を、他の兵士や市民から聞いたことはあった。だがそれは結局、同じ立場の人間同士の傷の嘗め合いだと分かっていた。

 『遠い異国からやってきた』『大魔法使い』。ジオ・マルギルスは、まるであの演説でリュウスの民の心の刺を抜くためにやってきたかのようだった。




 大会議後。とはいえこれは少しだけ先の話だ。


 北方の王国シュレンダルの地方都市ブリークヴィル。『諸侯会議』の重鎮、ミーレスト侯爵の居城。


 『諸侯会議』は、北方の王国シュレンダル内に数多い封建貴族たちが集う、利害調整組織である。北方の王国シュレンダルにおいて、王と諸侯が直轄する領地の比率は三対七ほど。国力だけでいえば、王権の基盤は弱い……のだが。軍事力においては、王直轄の軍は諸侯全ての軍を圧倒する規模を持っていた。これは、暗鬼に対する軍を指揮するのが王の義務であるという、『王法』に基づいた体制ではあるのだが、王は軍事力を諸侯を締め付けるためにも活用していた。

 最初はゆるやかな調停組織であった『諸侯会議』だったが、今では諸侯が団結し王から利益を守ることが主な存在意義なのである。


「ポーリネン、これが『魔法使い』からの信書なのか?」

「はあ、そうですが。父上」


 ミーレスト侯爵は息子のポーリネン子爵がもたらした『外交の成果』を見てため息をついた。年は四十そこそこか。息子と良く似た、金髪碧眼の美形ではあるが、その目はどこか荒んでいた。


「……まあ、魔法使いは別に阿呆ではないということだけは分かったな」

「そ、それだけですか、父上?」

「それだけだ。神聖樹とラウリス王家が復活したことがはっきりしたのは良かったがな。もう下がれ」


 ジオ・マルギルスが息子に託した信書の中身は、実に無難かつ無意味な内容だった。こちらが何のカードも切っていないのだから、当たり前といえば当たり前である。むしろ、息子の愚行を目にしてこの対応をしてくるなら、よほど理性的な人物なのだろう。……それくらいの洞察はできる。


「いやあ、本当にほっとしました。ご子息には後でよくよく注意していただかないと……」


 息子が不審そうな顔で退出した後、部屋に残ったもう一人、フランド伯爵が胃のあたりをさすりながらブツブツ呟いた。

 身なりは立派だが顔色は悪く、頭髪も薄い中年だ。ミーレスト侯爵に並ぶ『諸侯会議』の中心人物にはとても見えない。


「そんなことより、年明けにさっそく会議を招集するぞ」

「どうされるおつもりで?」

「当然、『王法』に則って神聖樹の使用権を……そうだな、最低五割は差し出してもらう」

「……そんな王法ないと思いますが……」

「確か十年前のなんとか・・・・戦争のおり、ラウリス王家が救援依頼をしてきたろう。あの時、救援と引き換えに王家のものは何でも差し出すと言っていたはずだ。正当な要求だ」


 ミーレスト侯爵は冷徹に言い放った。自分の言っていることが、屁理屈であることを理解しながらも、『だからどうした』と本気で思っている顔だ。


「しかし……彼らがそれを飲むとは思えませんが? もしマルギルスが怒ったらどうします?」


 フランド伯爵はますます顔色を悪くして聞いた。彼はジーテイアスの司令官に就任した騎士サンダールの前主で、サンダールの従者である密偵からジオについての情報はかなり聞いている。顔色を悪くするのも無理はない。


「ふん。ジーテイアスとかいう連中は、リュウス同盟ではないのだろう? 文句を言われる筋合いはない。仮に、リュウスの田舎者どもが泣きついたとしてもだ。貴公と私の領地が貿易を制限すれば、やつらはたちまち干上がるのだぞ? 特に最近は、こちらからの麦や豆を多く買い付けているらしいしな」


 非常に大雑把ではあるが、ミーレスト侯爵の見立ては大きく間違ってはいない。もっとも、ところどころに抜け・・もある。


「いや、リュウスとの貿易は我らにとっても」

「うるさい! 神聖樹がもたらす富があれば、王からの理不尽な要求にも対抗できるようになるかも知れんのだぞ!」


 侯爵は何百年来かの重厚な机を叩いて叫んだ。王は強大な軍を維持するための費用の多くを諸侯からの税で賄っていた。これが、長年に渡る諸侯の不満の原因である。


「そうだ、何ならマルギルスとやらをこちらで雇うか、貴族として取り立ててやってもいい。いや、もう建国などと粋がっているのだったか。ならば、正式に国として認め、栄えある北方の貴族の列に加えてやろうか。そうすれば喜んで、我らのために魔法とやら・・・を使うことだろう」


 侯爵は自分の考えに満足したように頷く。


「……」


 青ざめ、を通り越して土気色になった顔を伏せ、フランド伯爵はため息をついた。




 同じ頃。

 北方の王国シュレンダル、王都。


「それは、ご苦労でした」

「ははっ」


 とある、ろうそく一本で照らされた薄暗い部屋。

 あの、密偵ジャドと、もう一人の人物が密談していた。ジャドは『大魔法使い』に関するあらゆる情報を、目の前の男……北方の王国シュレンダル宰相、マルール・ミニス・エンティスに報告し終わり、ほっとため息をついた。


「ポーリネン子爵が使者になったと聞いた時は、正直もうダメかと思いましたがね。ジオ・マルギルスとは、私の想像以上の人物だったようで」

「私には分かりませんが……なんといいますか、穏やかな方ではありましたな」

「くくっ」


 熟練の密偵が、思わず口にしてしまった、というような人物評にマルールは小さく笑った。影に隠れていた細い身体が、ろうそくのか弱い明かりに照らされる。


「……」


 ジャドはいつもどおり、痛ましそうに目を細めた。

 宰相マルールはゆったりしたローブ姿だったが、その身体には素肌が見える部分がないほどに包帯がぎっちり巻かれていた。もちろん、顔全体もだ。

 ほんの少しの包帯の隙間からは、黒く、歪んだ肌が覗く。マルールの全身は、重度の火傷の後遺症に覆われていたのだ。


「陛下のまわりがどうも臭い。いや、臭いのは私ですがね。……春になったら、何とかして彼と直接話をしてみたいものです」

「ま、まさか大将自らリュウスへ?」

「必要があれば」

「もしかすると、ジオ・マルギルスならば私の夢を理解してくれるかも知れない……く、くくくっ」


 愕然とする密偵を前に、マルールは笑った。もっとも、白い包帯の顔に裂け目ができたようにしか見えなかったが。


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