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リュウス大会議の日 その三

 どうにかこうにか、リュウス大会議は閉会した。

 台本なしの演説は本当に肝が冷えたが、まずまずの好評で私は冷や汗を拭っている。正直、今までで一番緊張していたかも知れない。いや本当に、演説が終わった後はへたり込みそうになったほどだ。


 会議の最後に、来賓である北方の王国シュレンダルのポーリネン子爵と西方の王国レインドダルのディマット外務官の短い演説もあったが、幸い当たり障りのない祝辞程度だった。

 私としては十分過ぎるほど気疲れしたので、すっかり馴染んだ迎賓館に引っ込みたかったのだが……その後にすぐ、同じ司令部の大広間を使った大宴会がはじまってしまった。司令部の外でも、集まった群衆がそのまま飲めや歌えやのお祭り騒ぎをおっぱじめている。


 立食パーティ形式の宴会であるが、私に飲食を楽しむ暇はなかった。何せ、リュウスの重鎮たちが次々と集まってくるのである。

 私の横にはクローラ、背後にはレイハが控えてくれているが基本的には彼らの相手は私がしなきゃならない。


「うっううっ……マルギルス様っ……私、私……もう、胸がいっぱいで……。素晴らしいです」

「同感ですな」


 略式の王冠と伝統的なドレス姿の金髪の美女、レイティア女王。涙が溢れてくるのを止められないらしい。隣で頷く軍服のソダーン司令官。同じように感じているとは思えない厳しい表情ではあるが、レイティアの私への賛辞に一々深く頷いている。


「見事な演説でしたわね。私も見習わないといけません」


 フィリィネ女男爵もにこやかではあったが、その目は赤くなっていた。


「私も、心をうたれました。思えば……我らリュウスの民は皆、誰かにああ・・言って欲しかったのかも知れませんな。お前たちは良く頑張った、死んだ者たちも無駄死にではなかった、と」


 見事な白髭のブラウズ評議長まで、しみじみと遠い目をしている。


「……そこまで感じ入ってもらえたら、何よりだ。私はただ常々思っていたことを述べただけだが……」


 本当に、私の言葉が少しでも彼らの慰め、励みになったのなら本望だ。どうも効果が出すぎて、私という人間に対する評価が過剰に上昇し過ぎなのは困るが。……いやこれから国王としてやっていかなきゃいけないんだし、困ってる場合じゃないんだが。


「明日からは、対暗鬼同盟としてどのように貴国と連携していくかの検討を始めるといたしましょう」

「私は対暗鬼同盟への資金援助ができるよう、同盟内で検討しておきます」

「……うむ。よろしくお願いする」


 ソダーンとブラウズは、いち早く現実に戻ってきた。特にソダーンの言う、実際どのように各国と連携して暗鬼に備えるのか? という仕組み作りはとても重要だ。基本的には、良民軍が持っている情報連絡網を借りることになるだろうが、そのための人員や費用の確保、ルール作りなどやることは山積みなのだ。




「いつの間にか完全にリュウスの英雄ですな」

「まったく、貴方は人の心の弱みを突くのがお上手なようね」


 次にやってきたのは、ヘリドールやペリーシュラ。リュウス同盟の魔術師たちだった。


「マルギルス殿、元魔術兵たちは順調にゴーレム作製技術を身に着けているかな?」

「何時から共晶術の研究を手伝ってくれるのかしら?」


 金髪オールバックの美丈夫と黒髪セミロングの眼鏡美女は、お互いを押しのける勢いで話しかけてくる。あまり仲はよろしくないようだ。まあ、彼らとの協議も大事なことであるのに間違いない。


「……ああ、その件については」

「よろしくて?」


 リュウスを代表する二人の魔術師に順番に答えようとした私を、クローラが遮った。まるで私を庇うように前に立つ。


「そうした実務的なお話は、宴の席ですることではございませんわよ? 陛下・・はまだ数日こちらに残るご予定ですので、後日個別に相談いたしましょう」

「「……」」


 ヘリドールとペリーシュラはクローラの眼光に、私は耳慣れない呼ばれ方に一瞬絶句してしまった。だが多分、クローラは私を気遣ってくれてるんだろうな。


「そうだな……。皆、今日まで忙しかったしな。お二人も疲れているだろう。今夜一晩くらい、ゆっくり休もうじゃないか」

「まあ……貴殿がそう言われるなら」

「では、また後ほど」


 ヘリドールは素直に、ペリーシュラはちょっとクローラを睨んでから引き下がっていった。正直少し安堵した私はほっと息をつく。


「ふう。悪いな、クローラ」


 ひっきりなしに続いていた私への人々の波が少しの間止まり、私は彼女に声をかける。


「……一番、疲れているのは貴方でしょうに。もう退出いたしましょう」

「それが良う御座います」


 クローラと、レイハも本気で心配そうだった。そんなに疲れて見えるだろうか? 現場で交渉してきてくれたエリザベルやクローラたちの方が、疲れているはずなんだがな。


「……いや、すまないがもう二組だけお客の相手をしないとだな」


 私は、エリザベルに案内されてこちらに向かってくる二人の男性に気付いていた。

 西方風の格式張った礼服を着た紳士、西方の王国レインドダル外務官ディマット氏と、北方風のゆったりした装飾過多なローブ姿の北方の王国シュレンダルのポーリネン子爵だ。


「お目にかかれて光栄であります。ジーテイアス王、マルギルス様。西方の王国レインドダルを代表して、ジーテイアス国の誕生にお祝い申し上げます」


 どういう儀礼なのか分からないが、先に恭しくお辞儀をしたのはディマットだった。ポーリネンは少し下がって突っ立っている。


「ありがとう、外務官。西方の王国レインドダルにも冬の女神のご加護があらんことを」


 当たり障りのない返事。このあたりは、事前にエリザベルたちからレクチャーを受けている。とにかく、西方の王国レインドダルが私やジーテイアスをどう見ているのか? そのあたりを探らないとうっかりしたことは言えない。


「我が国の首脳部は、マルギルス様のご活躍を聞き、大変な感銘を受けております。いずれ、しかるべき立場の者をご挨拶に伺わせたく思いますが、如何でしょう?」

「ほう」


 もっと遠回りに腹の探り合いをしなきゃいかんのかと思っていたが、ずいぶんストレートだな。それとも、これも何かの引っ掛けとかなのか? ちらりと、ポーリネンの隣に立つエリザベルに目を向けると、彼女は小さく微笑んだ。


「……もちろん、大歓迎だ。ただ細かい話は事前にこちらの外交官に相談しておいてもらいたい。小国では、賓客をもてなすにも準備が必要なのでね」

「ご謙遜を。しかしありがとうございます。エリザベル殿ならばこちらも安心してご相談できますな」


 いかにも実直な官僚、という雰囲気のディマット外務官はまた礼儀正しくお辞儀をした。さっきと全く同じ角度のお辞儀だ。


「……これは私個人の意見ですが」

「む?」


 そのまま立ち去るかと思ったディマットは、逆に一歩近づいて囁く。


「我が国と友好を結んでいただくのは大変有り難く存じます。ただし……いま、我が国と北方の国境線は緊張状態にあります。陛下の動き一つで、その緊張が崩れることもありますゆえ……ゆめゆめ、軽挙は慎まれますよう」

「……外務官、それは……」


 西方の王国レインドダル北方の王国シュレンダルの関係が悪いというのは、何となく聞いてはいたが。今の彼の発言は、西方の外務官としてはどうなのか? 思わず問いただそうとした私に、ディマットはまた囁いた。


「陛下の演説には、私にこんなことを言わせてしまうだけの力がございました。それだけです」

「……」


 唖然とする私を尻目に、外務官はさっそうと立ち去った。ちょっと持ち上げ過ぎじゃないですかね? やっぱり罠かもな。



「いやあ、マルギルス殿。なかなか素晴らしい演説でしたな」

「恐縮ですな」


 堅苦しさと誠実さを同居させたディマット外務官と比べれば、まことに残念な態度だったのはポーリネン子爵だった。うまくエリザベルが気を引いていてくれたらしく、ディマットとの会話は全く耳に入っていないらしい。もともと興味もなかったのかもな。


「シィルオン君とエリザベル嬢から話は聞いていると思うが、今後、神聖樹の運用については我らが諸侯会議も『協力』させていただくよ」

「ああ、そのようだな。細かいことは改めて協議することになるだろうが……私からの信書を持ち帰っていただければ、諸侯も感心するだろう」

「そうだろうねぇ! ははは、いや全く、これで北方の王国シュレンダルとリュウス同盟、そしてジーテイアスとやらも安心というものだ」


 何が安心なのか全く分からないが。

 ポーリネンに対してシィルオンが何を話したのかも全く知らん。だが、報告はあった。要するに『神聖樹を利用したければ委員会とマルギルスに筋を通せ』という内容を、彼の耳に優しい言葉で納得させただけらしい。ポーリネンは『協力』という言葉を自分に都合よく解釈しているが、それはシィルオンがわざと誤解するよう誘導したためだ。

 『信書』の中身も『これからよろしく。いろいろ話し合おうぜ』くらいしか書いていない。

 もしポーリネンが任務として神聖樹の利権を勝ち取れと言われていたのなら、大失態も良いところだが。もともとただの挨拶要員だったのだから、この信書を持ち帰ったからといって怒られはしないだろう。多分。





「はぁぁ……確かに疲れたな」


 ポーリネンはその後もしばらく、北方の王国シュレンダルの状況などを自慢気に語ってからようやく退散してくれた。私は今度こそ、クローラとレイハに引きずられるように宴会場を抜け出し、迎賓館の私専用の部屋へ戻っている。


「しかし北方の王国シュレンダルって、もっと優雅な国かと思ったんだがな」

「優雅ですわよ。そうでない部分も多いというだけで」


 私は大きなソファにぐったりもたれて呟いた。クローラは少し離れて横に座り、レイハはモーラたちとお茶の用意をしてくれている。


「明日から良民軍や魔術師ギルドともいろいろ相談して……なるべく早く西や北に行った方がいいかな。ああ、『黄昏の荒野』のこともあるしな……」


 こめかみを揉みながら、一向に減らない『やらねばならない事』を確認していると、その手が柔らかいものに触れた。


「……マルギルス」

「な、なんだ?」


 いつの間にか間合いを詰めてきていたクローラが、私の手を両手で包み込んでいた。思わず、心臓が大きく鳴った。そりゃあ鳴るわな。


「少し、急ぎ過ぎですわ。国を建てたといっても、まだその国に戻ってすらいらっしゃらないのよ? まずは、この冬かけてジーテイアスそのものを整えないと」

「……そ、そうかな」

「ジオ」


 クローラの手の圧力が少し強まった。『陛下』以上に気になる呼ばれ方。


「貴方は……貴方は、人の心はあれほど分かるのに、どうしてご自分のことをかえりみることをなさらないの?」

「それこそ、そうかな? だよ。私には人の心なんてさっぱり分からない」


 例えば、いま青い瞳を潤ませて私を見つめるクローラの気持ちとかな。


「いいえ。貴方は、いつでもわたくしが一番聞きたい言葉を下さいます……ずるい人」

「……」


 えぇ……。この世界セディアにおけるスーパーセレブキャリアウーマンであるクローラですら、そうなのか。先ほど、ブラウズ評議長がいったように、『誰かに褒めてもらいたかった』のか。……まぁ……そうなのかもな。彼女だって、まだ二十歳そこそこなのだ。それで、子供のころから魔術師の修行や冒険者生活して、戦い続けてきたんだ。

 不味いな。なんだか凄く、クローラが健気に思えてきた。


「お願いですから、ご自愛くださいませ。貴方はもはや、『王』なのですわよ?」


 クローラは私の手を白い頬にあて、切ない声で言った。

 その真摯な声と言葉は当然私の心に染みた。一方、私の、筋の浮いた中年男の手がクローラの滑らか頬にあたる感触。何やら冒涜的な気分にすらなって、私は背筋を震わせる。


「君にそこまで言われるとは、光栄だな」

「……もう! 茶化さないでくださいませ! ……んっ」

「うぉっ」


 クローラは私の指の関節に軽く齧りついた。柔らかい唇と舌、そして少し冷たい唾液の感触が、鮮烈なまでに脳を直撃する。ちょっとそれは反則過ぎだ。


「わ、分かった! 休む、十分休む! 有給だな、有給を取ろう!」

「きゃっ」


 疲れもあったし理性がもたないだろうという恐怖心で、私は大声を出し、手は引っ込めた。


「……まあ」


 私の声に驚いたのか、クローラは目を見開いた。……正気に返った、という感じだな。


「わ、わ、わ」

「わ?」

わたくしとしたことがっ!?」


 クローラはソファを蹴倒す勢いで立ち上がった。顔が真っ赤だ。私も似たようなものだったかも知れない。


「いい、今のはお忘れなさい! いえ、休む、ということは覚えていてよろしくてよ!」

「そうだな。それが良さそうだ」


 私は真面目くさって頷いた。それ以外、どういう反応ができる?


久々の連続投稿であります。

少し時間を過ぎてしまったので感想返しは後日とさせてください……。

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