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密談

 ラウリス奪還戦から十日ほど経った。明日はいよいよリュウス大会議が開催される。

 ラウリスから帰還した私たちは、大会議の会場であるリュウシュクにそのまま滞在していた。この十日はエリザベルやクローラ、シィルオンなどが目まぐるしく働き、大会議に参加するリュウス同盟各都市との事前打ち合わせをしていた。


 通常、年の終わり近くに開催される大会議では、その年のリュウス同盟全体の経済状況や暗鬼の被害の報告、次年に向けての税率や各種条約の変更・更新についての調整などが行われる。今年はそれに加えて、ラウリス復興の発表と神聖樹利用についての調整も行われる予定だ。

 私たちジーテイアス勢がこの会議に参加するのは、リュウス同盟全体との正式な対暗鬼同盟の締結と――ジーテイアス建国の承認を求めるためだ。ラウリスの件も含め、リュウス同盟にとって大変なビッグニュースが目白押しだ。

 リュウス同盟の最有力者の一人、レリス市評議会議長ザトー・ブラウズは『百年に一度の慶事けいじがまとめてきたようなものですな』と評している。


 確かに多くの重要案件を抱える大会議だが、実際のところ話し合いの結論は事前の担当者レベルの調整によってほとんど出ているのだ。もちろん、ジーテイアス建国などについても同様である。これは、レリス、シルバス、リュウシュクというリュウス同盟内で最も影響力のある三都市の指導者たちが、私を信頼してくれるようになったから、というのが大きい。ラウリス奪還によって私個人の名声がリュウス全域に恐ろしい勢いで広がった、というのもある。


 とにかくこのように、大会議が無事に終わることは約束されていたようなものだったのだ。が。


「……」


 いま私は、リュウシュク市内の高級料理店の大テーブルに座り困り果てている。

 山海の珍味が並ぶテーブルには他に、レリス市評議長ブラウズ、シルバス女男爵フィリィネ、リュウシュク中央良民軍司令官ソダーン、そしてラウリス王女レイティアの四人がいた。

 極秘の会談、ということであったためそれぞれ付き人もない。


「では、どうあっても貴国ジーテイアスがリュウス同盟に加入するのは無理だと?」

「……うむ」


 『厳つい軍人』という題名の絵画にして額縁に飾っておきたくなるような渋みと威厳を備えたソダーン司令官が、私に確認する。私は頷くしかない。

 そう、リュウスの首脳というべき人々が集まったのは、大会議のための事前調整で唯一担当者たちの手に余った問題……『ジーテイアスがリュウス同盟に加わるのかどうか?』について相談するためだった。


 リュウス同盟というのは主に経済面での各都市の結びつきを強化するためのものであるが、当然のことながら安全保障体制や法制度なども共有している。

 つまり、もしジーテイアスがリュウス同盟に加われば、万一各都市間や外部との争いが起きた時に積極的に関与する義務が生じるということだ。これは、『人間同士の戦争や政治権力の争いには極力関与しない』という大魔法使いとしての基本方針に反する。


 いや、私だってブラウズ氏やフィリィネ嬢が困っていたら助けてやりたいとは普通に思う。

 私という個人が国を持つことは、『恐ろしい力を持つ個人だが、国という俗世との接点もある』という安心感を周囲に与える意味がある。

 だが、その私が『リュウス同盟の一員』として政治や軍事の世界に出ていくということは、リュウスにとっては良いことでも、外国からはどう見えるのか? 現代の地球でいえば、交易と農業で平和にやってる小国が、いきなり核武装するようなものだ。

 メリットよりもデメリットの方が多すぎる。これは、エリザベルたちジーテイアスの皆の意見でもある。


「私が心配しているのは、復活した神聖樹です。リュウス内でしたら、何とか利害を調整できますが……北方の王国シュレンダル西方の王国レインドダルがどう出るか」


 少々ふくよかだが、貴婦人としての気品と包容力に溢れたフィリィネも、思案気に呟く。

 そう、これが『ジーテイアスがリュウス同盟に参加しないことのデメリット』だ。復活した神聖樹の経済効果は、国の一つや二つは賄えるほどの凄まじいさだと言われている。北と西の大国はいままでリュウス同盟にあまり意識を向けてきたことはないらしいが、これからはだいぶ変わるだろう。


「特に北方の王国シュレンダルは、『王法』やラウリス王家との血の繋がりを盾に神聖樹の利権……いや、所有権そのものを奪いにきても不思議ではないですな」


 髪も白く痩せた老人だが、その目に叡智を宿すレリス市評議長ブラウズも付け足した。要するに、そうした諸外国からの圧力に対抗するためにジーテイアス(私)の力が必要ということだろう。


「ラウリス王家はシュレンダル王家の分家ですからね。『王法』をこねくりまわせば、そういう手法も可能かも知れません。……困っているときには何もしてくれなかったのに、酷いお話です」


 金髪に少し垂れた目の美女、レイティア王女は、うんざりだ、とばかりにため息をついた。そんな仕草にも気品があるのがやはり王女だ。


「うーむ……」


 豪勢な料理に手もつけられず、私は唸った。

 彼らはそれぞれの都市、そしてリュウス同盟に対して責任を持つ指導者だ。なので、自都市の保護を最重視するのは当然だろう。

 この十日間でエリザベルたちも頑張ったのだが、この点だけは担当者レベルでは妥協点を見出させなかったそうだ。

 それで、こうして私たちががん首を並べているわけである。


「貴殿のご懸念は、私も承知しております。確かに、貴殿が軍事的にもリュウス同盟に加担するというのは諸外国から見て脅威と映るでしょう」

「……理解していただけて、幸いだ」


 いつもそうだが、ブラウズ評議長の落ち着いた声と言葉を聞くと、本物の政治家との格の違いを思い知らされる。


「しかし今のままでは、我らは分不相応の財宝を溜め込み蔵に鍵もかけない小人のようなもの」

「……かといって、周りを脅すほどの軍隊を抱えるのも、争いを呼び込むようなものですわね」


 ソダーンはあくまでも軍事の観点から心配しているようだが、フィリィネはある程度公平に私の意見も聞いてくれているらしい。

 ブラウズも、それに頷いてくれた。


「正直に申し上げれば、私にもどちらが最善なのか読めぬのです。何しろ、北方の王国シュレンダル西方の王国レインドダル、双方の権力者の情報が少ない」

「今年も、北方の王国シュレンダルは諸侯会議の代表を、西方の王国レインドダルからは外交官を派遣してくださるでしょうから、彼らの発言を聞けばある程度は分かるかも知れません」


 そう、リュウス大会議には北と西の大国からも参加者がいる。もっとも、例年は単なる挨拶というか視察程度のものらしいが。今年も、移動時間の関係上、神聖樹の復活について自国の権力者から指示を受ける余裕はないだろう。大国からの反応がわかるのは、もっと先の話だ。


「マルギルス殿」


 ブラウズが姿勢を正して私を見た。


「貴殿は、自らのお力が争いを呼ぶことを恐れていらっしゃるのでしょう。それは理解しております。ですが、私たちも守るべきものがある。……そこで」

「ん?」


 ブラウズは懐から一本の巻物を取り出した。魔術で刻印された最高級品だ。


「今回の大会議ではジーテイアスのリュウス同盟加入は保留といたしましょう。その代わり、万一、大国から理不尽な要求や軍事的な圧力があった場合、こちらのお味方していただけると……ここに念書を記して頂きたい」

「むう」


 念書、ときたか。


「そうして頂ければ、私どもでジーテイアスへ対する経済援助は同盟加入国よりも手厚くいたします。関税などについても……」


 評議長がさらっと口にしたのは、エリザベルたちが必死にこぎつけた各種経済協定よりもさらにこちらに有利なものだった。これは、こちらにとっては飴と飴だ。強いて問題があるとすれば、『念書』とやらの中身だな。


「……なるほど……」


 ブラウズは私に念書を見せてくれた。それによれば、私がリュウス同盟に力を貸すのは『神聖樹に関わる案件について』『他国から理不尽な要求や圧力を受けた場合に限る』となっていた。

 まあ、神聖樹があんな・・・になったのは私の責任だし、これなら妥当かな……いや。


「確認したいのだが、何を持って『理不尽な要求』と判断するのかな? 神聖樹に関わる案件、というのも少し範囲が広すぎるかと思うのだが」


 ずいぶんケチケチしているような気もするが、ここは政治の場だ。いくら信頼に値する人々が相手だとしても、安請け合いをするわけにはいかない。


「……確かにそうですな。では、そこに書き加えましょう。『問題に介入するかどうかの最終的な判断は魔法使いジオ・マルギルス個人に委ねられ、リュウス諸都市にはその判断に従う義務を負う』と」

「それはよろしいですわね」

「問題ないと思いますよ」


 ブラウズはあっさりと『安請け合い』してくれた。レイティアとフィリィネも同意している。……良いのかそれで?


「それだとかなり私に有利なように見えるが……」

「なるほど。そこはマルギルス殿を信頼するということか」


 ソダーンが大きく頷いた。


「戦略的に考えてもその方がよろしかろう。真に必要な時にはマルギルス殿が助力してくださると考えれば、まずはいままで通りのリュウス同盟であった方が良い。最初からマルギルス殿の力を背景にするよりも、大国どもの思惑が見えるでしょうからな」


 確かにソダーンの言う通りだ。私が所属しないリュウス同盟に対しても、誠実な対応をしてくるのであれば北方の王国シュレンダルでも西方の王国レインドダルでもある程度信用できるかも知れない。


「マルギルス殿。政治というのは確かに騙し合いもありますが……最も大事なのは、長期的に見てお互いが利益を得られるようにするということです。貴殿と私たちはそのような関係になれると。つまり、信頼しているということです」

「ええ。これまでにお見せいただいたマルギルス様の行動。全て、信頼に値する方であると証明していますもの」


 老獪な政治家であるブラウズとフィリィネからも、信頼という言葉が出た。信頼か……そうだなあ、現代日本でもさんざん聞いて、ずいぶん軽いと思っていた言葉だが……ここでは、ちゃんと生きている概念なのだなあ。……まあそれでも念書は書くのだが。


「そこまで信じていただけて光栄だ。私もその信頼に応えられるよう、今後も魔法使いとして公正に働くことを約束する」


 私は『念書』に署名し、印章を押した。



 さて。明日はいよいよ、『リュウス大会議』。

 ジーテイアス建国の日だ。

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