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宴の後

 戦族たちは粛々と野営地を立ち去った。徒歩で少し移動してから、例の『月光船』で『宿』に帰るのだろう。


 彼らと兵士たちとの思いがけない交流を見ることができた私は、ちょっと良い気分だった。今なら、戦勝の宴の酒ももっと旨く飲めるかと思ったが、宴は既にお開きになっていたようだ。不運な夜番兵士を除いて、ほとんどのものは既に眠りについているらしい。


 それならそれで、部屋飲みでもするかと『盟主用』の天幕に戻る。だがそこには、事務仕事に励むセダムの姿があった。クローラも居たが、彼女は自慢のマントにくるまって寝息を立てている(ついでに言うと、入り口で番をしていた新兵たちも居眠りしていた)。

 微かな靴音を残してレイハの気配が消える。彼女は彼女で、周囲の哨戒をしてくれるのだろう。


「よお、遅かったな」


 セダムは天井に吊るしたランプの明かりの下、何枚もの羊皮紙や巻物とか格闘していた。ランプの光量はかなりのもので、その書類どもが今回の戦いにおける部隊ごとの戦功報告であることが分かる。ちなみに、ランプがここまで明るいのは私が【永続する明かりパーマネントライト】をかけておいたからだ。いまやジーテイアス城にはこの手の備品が増えた。


「悪いな、二人に作業を任せっぱなしにして」

「あんたにはあんたの仕事があるんだ、気にするな」


 セダムはそう言ってくれたが、彼もクローラも私以上に休みなく働いてくれていたのだ。私は彼の周囲に散らばっていた書類をかきあつめ、作業を始める。


「いやいや、手伝うよ」


 私はセダムの対面に座り、書類の山を分け合う。


「ふむう……」


 ここに集められたのは、戦闘の状況を把握するための報告書だ。

 今回の奪還戦の論功行賞については、変則的に半月ほど先のリュウス大会議の場で行うことになっている。だが、各都市の部隊の功績や被害状況はいまのうちに確認をしておく必要がある。明日になれば、各部隊は引き上げてしまうからだ。


「しかしこれ自己申告なんだよな?」

「一応、良民軍の監察士が確認してるから、少なくとも戦死者数だけは正確なはずだぜ」

「そうか……」


 どの部隊の報告書も、自分たちが如何に勇敢に戦い、暗鬼を多数倒したか、被害はどれほどだったかをアピールするために工夫を凝らしている。


「『ソレール市民軍所属コレルなにがしは、小鬼二体に噛み付かれたものの一体の首をへし折り、二体目は大地に叩きつけて倒し、後に気絶して後方へ搬送された』……なるほどねぇ……」

「……中々面白いだろ?」

「確かに興味深いな」


 この内容を連合軍の司令部と盟主(私だ!)が吟味して、リュウス大会議の場で各都市各勢力の戦功に対して報奨を与えることになっているわけだ。今回の報奨とはすなわち、復活した『ラウリスの慈母』やラウリス復興事業に対する利益配分になるのだからそりゃ、どこの部隊も必死にアピールするよな。


 まあ報奨について実際に細かい調整は、この後リュウシュクで行うのだが、いまのうちに一応すべての報告書に目を通して印章を押しておかねばならない。


「うーむ……この部隊は被害が結構でたな……」


 基本的に私は印章を捺すだけ(それだって特に問題のないものなら代理で構わないのだが)なのだが、やはり被害についての冷酷な数字を見ると気が滅入る。カルバネラ騎士団やドワーフたちにもかなり死者が出たしな……。


「あまり気にしない方が良いぜ? もしあんたが居なきゃ、この千倍の被害が出てしかも作戦自体失敗してたはずだ」

「そりゃあそうだが、そもそも私が言い出したことだしな、これ」


 セダムは気を回してくれているのは分かっていたし、これは私が飲み込むべき事実なことも分かっている。彼ら兵士たちだって自分の事情(自分の意志とは限らないけども)でここで戦って、死んだのだ。軽々しく、誰も死なせたくない、などという資格は私にはない。


「……ま、愚痴だ。聞き流してくれ」

「了解だ」


 お互い肩を竦め、仕事を続ける。

 最後の報告書に目を通すと、私はまた顔をあげた。それは、ラウリス義勇兵たちからの報告書だった。レイティア王女の奮戦や負傷の様子が詳しく、正直に書かれていた。……どうもうちのクローラがすいませんでした。しかし、彼女の判断については私も同意する。

 気になったのは……。


「『魔術師クローラ殿は危険も顧みず殿しんがりを努め、暗鬼の追撃から味方を護った』か」

「……クローラらしいな」


 私とセダムが視線を向けても、金髪美女クローラは驚くほどあどけない寝顔のままだ。そりゃあ、これだけ活躍すれば疲れるよな。


 あー、やはり駄目だなこれは。これだけは言っておかないと。


「ただし」

「ん?」

「さっきの話だけどな」


 セダムの顔をじっと見つめる。まったく、知的でスマートで凄みもある、嫉妬するのもアホらしい美丈夫だ。これが私の友人で部下で、建国なんぞしたら『家臣』になってしまうっていうのだから、世の中は理不尽だ。


「ただし、君は死なないでくれ。テッドもジルクもフィジカもトーラッドもディアーヌも、兵士たちも。もちろん、クローラも。レイハやレードは殺しても死にそうにないが、それでも死なれては困る。私は、ジーテイアス城の仲間を誰一人死なせたくない」

「……」


 セダムは数秒、真剣な顔で私を見て、それから頷いた。子供っぽい駄々をこねている、と思われない・・・・・くらいの信頼関係はすでにできている。軽々しくではなく、万感の思いを込めて言っていると分かってくれてる顔だ。


「あんたなら、そういうかなと思ってたよ。……ま、努力するさ」

「頼む」

「まったく、我儘な兄貴だな」

「そうかもな。……ん?」

「……」


 彼の返事に、凄く意外な単語が混じっていたことに気付いた。じっと見つめると、セダムは何気ない様子で立ち上がり、弓や矢筒を背負いはじめた。


「……その報告書で最後だろう? 俺はそろそろ寝るよ」

「うむうむ。助かったよ、ありがとう。弟者君」

「くっ……!」


 顔を真赤にした(非常に珍しい)セダムの横に立って、その肩を抱く。私はさぞや、にやにやしていたことだろう。


「そうかそうか、心の中では私は兄貴だったのか。これからも、兄貴の面倒を見てくれよ?」

「……たまたま、たまたま言い間違えただけだ……」

「いやいや遠慮するなって」

「そこまで言うなら俺にも考えがあるぞ」

「むむ?」


 セダムは私の手を振り払い間合いをとると、にやりと笑った。


「このまま寝ているクローラを置いて帰るし、レイハにもそう伝える」

「いや待ってくれ」


 当然だが、クローラやディアーヌたち女性陣には専用の天蓋があてがわれている。そろそろレイハが戻ってきたら、連れて帰ってもらおうと思っていたのだが。

 すやすや眠るクローラをチラチラ見ながら、私は考える。

 この状態のクローラと一晩過ごす?

 …………うーん……万が一、万が一にも間違いが起きない、と断言はできないなぁ……。それに、間違いがあろうがなかろうが、彼女が起きた後が怖い。


「分かった分かった。もう言わないって」

「……本当か?」

「お兄ちゃんを信じなさいって」

「「……」」


 私とセダムは一瞬睨み合った。そして。


「くくくっ」

「ふははははっ」


 二人して爆笑した。深夜の残業テンションというやつか? 二人とも目に涙を浮かべ、咳き込むほど笑ってしまう。


「はっはっはっ」

「うはははっ」

「あんたがこんな冗句を言うなんてな」

「実は割とユーモアを愛する方でな」


 さすがにここで、『いや冗句じゃないぞ弟者』と言ってしまうとアウトだろう。それくらいは分かる。


「じゃあ、ま、本当に帰るわ。レイハに会ったら『奥方様』を迎えに行くように言うよ」

「ああ、頼む。お疲れ様」

「おやすみ」


 天幕から退出するセダムを見送って、私は大きく伸びをした。


「ふーっ」


 報告書を読んで少々暗くなっていた気分が、思いがけず明るくなっている。


「しかし、セダムもセダムで悪い冗句を言うもんだ」


 マントにくるまって長椅子ベンチで眠るという姿でも、絵画のように美しいクローラを有り難く鑑賞する。……あんまり見てても失礼だな。


「レイハが帰ってくるまで、奥に引っ込んでた方が良いかな……」


 『盟主』用の天幕は無駄に広々としていて、衝立で区切られた奥にはちゃんとした寝台まである。いや、むしろそこに彼女を運んでおいた方が良いのか?


「……」


 いやいや、それこそあらぬ誤解と万一の間違いを起こしかねない。と首を振りながら、私は何故か吸い込まれるように眠る彼女に顔を近づけ……。


「……何ですの?」

「……」


 青い目をぱっちりと・・・・・開けた彼女と至近距離で見つめ合うことになった。


「お疲れ様だったな。悪いと思ったが、そろそろ自分の天幕に戻ったらどうかな? ……と、言おうとしてたんだよ」


 うむ。多分、嘘じゃない。


「まさかとは思いますが、わたくしが無防備なのを良いことに、不埒な真似に及ぼうとしたのではありませんわね?」

「『見守る者』に誓って、そんなことはない」

「……」


 クローラは少し眉を上げ、不機嫌そうに私を見詰めてから立ち上がった。『見守る者』も、こんなことに使われるとは思わなかったろうなぁ。


「ま、仮にも一国の王となろうという殿方が、そのような不名誉な行いをするはずがございませんわね」


 彼女は手早く黄金の髪を手櫛で整え、床に落ちていた杖を拾う。


「そういえば。こちらはお返ししておきますわ」

「ああ。本当に、危険な役目を良くやってくれた。ありがとう。ただ……」


 それは、私が預けておいた大魔法使いの杖ウィザードリィスタッフだった。いまや、クローラはこれを安心して預けられる得難い仲間だ。……セダムたちには悪いが、クローラやフィジカなど女性陣にはより一層・・・・死んでほしくない。ついつい、小言めいたことを言おうとすると。


「貴方の思いは良く分かりましたわ。わたくしも……暗鬼に怯える必要のない世界を貴方と見るまで、たおれません」

「そ、そうか。それなら良いんだ」


 クローラは私に背を向けて、強い口調で断言した。

 あれこれは、もしかしてセダムとの話も聞かれていたのか?


「では、ごめんあそばせ? ……レイハ」

「はっ」


 クローラが呼ぶと、見慣れた女ダークエルフが姿を表した。なんだ戻ってたのか。


「主様……」


 と、なにかとても、訴えるような目で私を見るが……。私が『間違い』を起こさなかったことが残念でならないらしい。

 私もいろいろ言いたいことはあるが、彼女はこのあと私とクローラ双方の天幕の護衛をしてくれるつもりだろう。なので、彼女の追求は視線を反らして誤魔化すだけにしておく。


「おやすみ。クローラ、レイハ」


 こうして、ラウリス奪還戦と、その夜は終わった。

大変長らくお待たせいたしました。

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