ラウリス奪還戦 その七 (イラスト有り)
5月22日
城戸・ししゃも・一輝 様 に頂いたファンアートを掲載しました。ありがとうございます!
私はギリオンたちを背に、異形の巨大暗鬼と対峙していた。
いやあ、間一髪。カルバネラ騎士団と戦闘の家のドワーフたちが焼き殺される寸前で、【時間停止】の詠唱が間に合った。
『ちょっと、別のところで巣の相手をしていてな……』と、言ったのは本当だ。
十数分前に戦族から報告を受け、慌てて本陣を飛び出した私は、ラウリスの地下空洞で『暗鬼の巣』を破壊してきた。
一仕事終えたと安堵しつつ地上へ出たところで、巨大暗鬼とその上空の火球を目にしたというわけだ。
運が良かった……と正直思ったが、しかしこれは私の運なのだろうか? もしかすると、ギリオンやリオリアたちの誰かの持つ『運』なのかもしれない。
ともあれ、停止した時間でいくつかの呪文を使い、カルバネラ騎士団とドワーフ戦士団を護ることができた。
「マ、マ、マルギルス殿っ!」
「い、いつの間に……」
「炎が! 炎が……止められてる……!」
騎士と戦士たちは、絶望から一転しての安堵に呆然としていた。空を見上げる者、へたり込む者。
彼らを守って空を覆う透明な壁が、巨大火球を完全に払い除け青空が広がる。
「グルウウオオァァァァ!」
自分の渾身の攻撃を防がれたことに怒ったか? 不気味な形の怪物は両腕を振り回し、胸元にある巨大な口から怒号を上げた。
「風の精霊よブチのめせ!」
ゴウ!
私の命令で、『風』が渦巻き、奔る。
火球を防いだのは、お馴染みの【力場の壁】ではなく、【精霊使役】で召喚した風の精霊なのだ。
力場の壁は堅固だが、あれほどの広範囲の攻撃を防ぐほど大きくはできない。苦肉の策で風の精霊を召喚し、防御させたのである。
十六レベルモンスター相当の能力を持つだけあって、完全に仕事を果たしてくれた。そして、今も。
「グギャアアアッ!?」
竜巻となって突撃した風の精霊は、見事に巨大暗鬼を地面に叩きつけていた。実体を持たない精霊相手とあっては、いくらでかかろうと暗鬼に為す術はない。
「ふう」
意識の一部を、精霊を使役するための回路として使いながら、私は一息ついた。あの暗鬼は確かに異形だが、このまま押しきれないほどではない。ただし、万一にも他に似たような暗鬼が潜んでいた時に備え、攻撃呪文はある程度温存する必要がある。さっき、『巣』を破壊するのにもいくつか大技を使ってるしな。
「魔法使い殿ぉ!」
などと考えていると、ギリオンが大声を出した。騎士たちの中で、元気だったのは彼くらいのもののようだ。
「礼は言うけどよぉ! 別に大丈夫だったのによぉ! 余計なことしやがって! ……まあリオや他の連中はやばかったかもだから、礼は言うけどよぉ!」
「あ、兄貴あんたねぇ……」
「それは悪かった」
ギリオンの台詞にリオリアは呆れ果てたようだったが、私は口元が緩むのを感じていた。リオリアには、口調と真逆に嬉しそうなギリオンの顔が見えなかったのだ。
何であれ、彼らは勝ち目のない強敵相手に一歩も引かない勇気を見せてくれた。私などでは到底真似できないが、少しは力になりたいものだ。
「……とりあえず、一旦後退してくれないか? 私にも少しは仕事をさせてくれ」
「そうか? 俺様がこれから格好良くあのデカブツを退治してやろうと思ってたんだがよぉー! ここは魔法使い殿に譲るとするか!」
ギリオンは私の肩をバシバシと叩いて振り返った。
「後退だ! 魔法使い殿の邪魔になるぞぉ!」
「そ、そうだねっ。……魔法使い殿……ありがとうございましたっ!」
「りょ、了解っ!」
「分かったっ!」
余力のある者が、体力の尽きたもの、へたり込んでいた者に肩を貸し後退しはじめる。大通りの先にある簡易な防壁へ戻るのだろう。
ギリオンは意気揚々と。リオリアは、こちらをじっと見つめたあと、ぺこりと頭を下げていった。
「さてと」
私は改めて、風の精霊と戦う巨大暗鬼を見た。
すでに、暗鬼の漆黒の身体には無数の傷が刻まれている。肩口から生えていた妖鬼(?)の上半身らしきものも千切れ飛んでいた。ただし、巨大暗鬼の頑丈さはかなりのものだし、戦意も衰えていない。
風の精霊の攻撃力だと、負けはしないが勝つまでに時間がかかりそうだ。
考えるのは、時間のことともう一つ。
「……風の精霊よ、戻って私の身体を運べ!」
その命令で、巨大暗鬼にまとわりついていた竜巻は一瞬で私の側へ移動した。身体を下から押し上げられる感覚。
【飛行】の呪文で飛ぶよりも大分怖い。感覚としては、ジェットコースターに近い。
「う、おっ……!」
私は風の精霊に運ばれ、暗鬼と同じ程の高さの屋敷の屋根に立った。
「ガアアアッ!」
その私の姿を見つけた巨大暗鬼は、怒りに任せて瓦礫を掴み、投げつけてきた。石壁や柱の破片などが砲弾のように向かってくる。
「……ふ、防げっ!」
ゴウ!
言葉よりも、私の『内界』に形成した回路から直接意思が伝わっているのだろう。風の精霊は実に的確に動き、私に命中しそうな瓦礫を上下左右に吹き払い、守ってくれた。
「よし! 移動!」
私は最初よりさらにスムーズに風の精霊に『乗った』。大通りの反対側、十数メートル離れた別の屋敷の屋根にふわりと着地する。運動神経というより、風の精霊との連携が上手くいくようになっている感じだ。
「グウルゥゥッ」
年経た暗鬼でも、こんなにヒラヒラ動き回る人間を見たのは初めてなのだろう。巨大暗鬼は苛立たしげな唸り声を上げてこちらを睨んだ。
「アァァァァァーーー!」
「アルウウゥゥゥ!」
首と肩。残った二体の妖鬼の上体が声を合わせて魔術を使う。
十数本の火炎の槍が私に向けて発射されたが……。
「かき消せ! 精霊よ!」
私が突き出した戦闘用杖の前で渦巻いた精霊によって、全弾かき消される。……ちなみに別に杖を突き出す必要はないのだが。まあ、気分で。
「……やっぱり滅茶苦茶便利だな、これ……」
我が事ながら、この呪文の効果に感心する。
【精霊使役】の効果は、地水火風から一種類の精霊を召喚し、操るというものだ。重要なのは、効果時間が『術者が精神集中している間』であることと、『効果時間内であれば何度でも命令できる』ことである。
ちなみに、『術者の精神集中』は、ダメージを受けたり、激しい運動をしたり、別の呪文を使用した場合に途切れることになっている。
つまり私がいま別の呪文を使えば、精神集中が途切れ風の精霊は支配下から離れてしまうわけだ。
「まあそれくらいの制限は当たり前なんだが、しかし」
そう、考えているもう一つ。
この制限を回避する方法がありそうな気がするのだ。時間停止の呪文が、その鍵になりそうだが……。
「グルウウウウアァァァ!」
巨大暗鬼が、両腕を振り回し建物を破壊しながらこちらへ突っ込んできた。
いかんいかん。考え事をしながら戦うなんぞ、十年早い。実験は後でやろう。
ゴウッ!
「グギャアァァァッ」
風の精霊が巨大暗鬼の足元をなぎ払い、転倒させる。あれだけの図体だ、起き上がるまでに新たな呪文を使う余裕は十分ある。
「精霊よ、故郷へ還れ」
まず、風の精霊を解放してやる。
使う呪文は……。
【隕石】や【全種怪物創造】は残っているが、万一に備えて温存しておこう。それに、できるだけ市街を破壊したくない。
向いているのは【破壊】だが、『巣』に使っちゃったんだよなぁ……。
では。
「……この呪文により」
屋敷の屋根からひっくり返った巨大暗鬼を見下ろしながら、私は自分の『化身』を『内界』へ、『魔道門』から『呪文書庫』へ潜らせる。
仮想の私は、私自身が意識の中に構築した螺旋階段を下り、呪文書庫八階層に辿り着いた。
呪文書庫には、混沌のエネルギーを固定した書物が並んでいる。その内の一冊に触れれば、古びた重厚な書物は勝手にページを開く。
仮想の私は、懐かしさを感じながらそこに記された呪文を読み上げた。
「右手に業炎。左手に氷華……」
現実の私も呪文を紡ぐ。
杖は屋根に突き立て、フリーになった両手にそれぞれ炎と氷がまとわりついていく。普通の呪文にこんな視覚効果は存在しない。
「合して虚無の弾丸とせん!」
両手を目の前で組み合わせる。炎と氷、二つが混じり合い、目が眩むほどの白い光球となった。
そう、これは学生時代の私が、『ジオ』に研究させ、ゲームマスターと交渉して習得させたオリジナル呪文。
「……【極大魔撃】!!」
光球は直径二十メートル近くまで拡大し、私の気合とともに発射される。
「グ――」
ゴオオン!
巨大暗鬼は絶叫する時間も与えられなかった。
光球は容赦なく巨体を飲み込み――消滅させる。その身体の下、数十メートルの大地とともに。
「おおー……」
屋根から見下ろすと、大通りにぽっかりと大穴が口を開けているのが良く分かる。この世界にきて初めて使ったが、やはり派手だな……というかこの大穴は後で苦情がきそうだ。まあ、隕石や火球で破壊されるよりはマシだと思ってもらおう。
「……それにしても、今思うと恥ずかしいな。私も若かったなぁ……」
ビュウ、と精霊ではなく自然の風に吹かれ、私は苦く呟いた。
もしあの呪文を、私と同年代のゲーマーか漫画読みが聞いたら、即座に当時大流行したファンタジー漫画のパク……オマージュだと気づいただろう。
あの漫画の技を再現したくてマスターに無理をいって開発した呪文で、実は見た目ほどの威力はないのだ。何しろ、生物一体にしか効果がない。大地が消滅したのはオマケである。……まあ、今回役に立ったのだから良しとしよう。
カルバネラ騎士団と戦闘の家のドワーフは、残念ながら多くの戦死者を出していた。
もっと上手く立ち回れれば被害は減らせたと、申し訳なく思う一方で……人の死に以前ほど動揺しない自分にも気づいていた。まあ、直接この手で人を叩き潰したり、処刑の決定を下したりしてれば、そうもなるか。
重傷者の手当や搬送を手伝い、戦族とも合流して残敵を掃討する。
幸い、ラウリス城も含めて残った暗鬼は少数で、これ以上の被害なかった。
「……」
「……」
「ん?」
本陣の指揮所へ戻った私は困惑した。
ソダーン司令官や諸都市の代表。意識を取り戻したらしいレイティア王女に、クローラ、ペリーシュラ。ヘリドールに、何とかいう老魔術師たち。顔ぶれは多少変わっているが……みな、無言で私を見つめている。
それどころか、暗鬼本隊との戦闘を終えて本陣前に集結していた連合軍の兵士たちまで、硬直したように無言だった。あの中にはディアーヌやテッド、ソラスたちもいるのだろう。
うーむこれは。さすがに何度も同じ反応を見てきたのだから察せられる。
これは、畏怖だ。
【気象操作】にはじまって、締めの【極大魔撃】まで少しばかり派手にやり過ぎたらしい。……まあ、もともと私の力を認めさせるというのが目的の一つではあったんだけれども。
「……マルギルス様」
こういう時、一番適切に動いてくれるのはいつだってクローラだ。
黄金の髪の女魔術師は、両手を胸にあてうやうやしく私に跪いた。
「皆に、お言葉を。……盟主として、勝利の宣言を」
なるほど。
私はもう一度皆をみまわした。しまったな。気の利いた台詞が思いつかない。……とりあえず、ぐだぐだ長口上は避け、皆の心が一つになり、盛り上がるようなフレーズが良いだろう。
となれば、我らが地球のハリウッド映画の力を借りるのがベストだ。
「……」
私は黒い杖を高く掲げた。皆が、その場の二千人が固唾を飲むのが分かる。
「ラウリス万歳!」
幸い、裏返ることなくそれなりに良く通る声で宣言できたと思う。全員の目が輝いた。
『マルギルス万歳! マルギルス万歳!』
『マルギルス! マルギルス万歳!』
『マルギルス万歳!』
……んん?
沸き起こったのは天が割れんばかりのマルギルスコール。
感極まったらしいレイティア王女に抱きつかれ、接吻の雨を浴びながら私は首を傾げた。
奪還戦自体はこれで終わりとなります。




