ラウリス奪還戦 その五 (三人称)
リュウス同盟軍の頭脳にあたる指揮所。
そこからは、戦場であるラウリス南側の平野全体を見渡せる。
「夢のようですな。あの暗鬼の大群をたった一体のゴーレムで……」
「素晴らしい……素晴らしい……」
「あのゴーレムが我が都市にもあれば……」
各勢力の代表者たちは、土壁の向こう側で暗鬼をなぎ払い続ける動く石像に目を奪われていた。
ジオの竜巻が暗鬼の軍団そのものを蹂躙していた光景にも、もちろん衝撃を受けた。だが、暗鬼を間近に見てその恐ろしさを知る彼らからすると、『接近戦で暗鬼(特に巨鬼)を圧倒する存在』から感じる頼もしさ、高揚感は格別であったろう。『あの存在が自分たちのものになる』ことを知っていれば、なおさらだ。
「あれがゴーレムだと? 馬鹿なっ。魔力の伝達は、制御はどうなっている? そもそも、関節もない石像をどうやって動かしておるのだっ? しかもどう見ても一部は自己判断までして……」
この世界における『ゴーレム』を良く知る者……老魔術師ウィラートにとっても、『ロボ一号』の性能は衝撃だった。両手で顔を覆い、全身を震わせながらも、指の隙間から覗く光景から視線を外すことができない。
「ウィラート師……私たちの魔術と、彼の魔法を比較しない方が良いですよ……。悔しいですが、今はただ学ぶべきです」
老魔術師の身体を支えるヘリドールは、とても複雑な顔で言った。
「マルギルス殿、そろそろ頃合いですな」
「……うむ」
指揮所の中央から戦場を見守っていた総司令官ソダーンが、盟主マルギルスに告げる。だが、それに横から口を出す者たちがいた。
「ソダーン殿、もう少し様子を見ても良いのでは?」
「さ、左様。ゴーレムのあの働きなら、さらに暗鬼の数を減らすことができましょう。総攻撃はそれからでも遅くないかと」
消極策を提案したのは、各都市軍の代表たちだった。現場の指揮官ではなく、政治的な調整を行う文官である。
彼らとしても、ここまで派遣されるだけの能力と覚悟は持っている。ただ、ジオの魔法とゴーレムの活躍が想像以上過ぎたため、ついつい自都市の損害を抑えたい欲が出てしまったのだ。
「……ううむ」
「否」
ジオは盟主ではあるが、指揮権はソダーンのものだ。人死にを最低限にしたいジオは、腕組みして唸る。しかし盟主をちらりと見た総指揮官は、左手の杖で床を突いた。ゴ、という重い音が、その場の人間の胃を震わす。
「これ以上はゴーレムでも防ぎきれない。何より、暗鬼どもを取り逃して各地へ分散させてはならん」
「……そ、それは、そうですな……」
「やむを得ませんか……」
元々、作戦として決まっていたことではある。だが、兵士に攻撃を命じるとは、すなわち死を告げることだ。その重みを受け止めながら、ソダーンの声に一切のブレはない。
「両翼軍に伝達。作戦どおり暗鬼どもを挟撃せよと」
「突撃! 突撃だ!」
土壁は一キロ以上の範囲をカバーし、暗鬼の軍団の攻撃から本陣を護っていた。ゴーレムによる撹乱と良民軍の奮戦によって、まだこれを越えた暗鬼はいない。
その暗鬼たちへ、ソダーンの指示を受けた同盟軍が東西から襲いかかった。
「うおぉぉ!」
「ランガー! ランガー!」
暗鬼の軍団の残存数は三百ほど。それに対し、東西から千に近い数の兵が挟撃していく。ソダーンは、数は少ないが機動力のある騎馬兵たちに北側までまわってから突撃させることも忘れていなかった。
もともと、巨大な竜巻によって無傷の暗鬼は少ない。その上、暗鬼が乗り越えようとしていた土壁が、今は退路を塞ぐ形になっている。
完璧なまでの包囲殲滅。
人間の軍隊であればこの時点で士気が崩壊しているだろう。しかし暗鬼たちはむしろ、『手の届くところに人間が自らやってきた』とばかりに凶暴さを増していた。
「グルゥゥゥ!」
「グギャァァ!」
「恐れるな! 隊列を維持せよ!」
「巨鬼には近づくな! 矢を浴びせろ!」
大盾を構えた兵士の列が、飛びかかってきた小鬼の群れを押し止める。盾の隙間から突き出す槍が、後列から放たれる矢が確実に暗鬼を倒していく。
「前に出すぎるな!」
「おいしっかりしろ! お前は下がれ!」
数的にも戦術的にも戦力的にも優位。そのような戦場はこの場の兵士全員にとって、初めての経験だった。
暗鬼たちの威嚇と突破力にいつもならすぐズタズタにされる戦列がしっかりと、黒い津波のような攻撃を食い止める。指揮官の指示を冷静に聞き、隣の仲間を気遣う余裕もある。
単に、有利な状況だからというだけでは、ない。
「……やるぞ! 勝つんだ!」
「暗鬼はリュウスから居なくなれ!」
恐怖の根源だった暗鬼に打ち勝つ。
ソダーンがソラスに諭したこの戦いの意味を、兵士たちは本能的に理解していたのだ。
囮部隊によって誘き出された暗鬼たちを、連合軍本隊が包囲殲滅しようとしているころ。廃都ラウリスに突入した部隊が二つあった。
そのうちの一つ、西側から廃都制圧を目指す部隊が、戦族たちである。
真紅を基調とし、角や刃を植え付けられた鎧に身を包む異形の戦士たち。彼らは数人ずつ小隊を組み、迷いなく通りを、廃墟を、広場を駆け抜けていく。
「グルウウゥ!」
「ギギギィ!」
二体の小鬼と一体の巨鬼が、狭い路地を駆けていた。南から遥かに聞こえる人間との戦いの音にやっと気づいた連中だろう。一刻も早く、人間を切り刻みたいと、涎を零しながら南へ急いでいる。
先頭の小鬼が、路地から大通りへ飛びした瞬間。
「むっ」
「ギャッ」
角で待ち構えていた戦族の戦士が、大剣でその首を斬り飛ばす。
「ギギィ!」
「……っ」
驚くより先に突進してくる二体目の小鬼も、大剣が正面から串刺しにした。別に、彼が特別の腕利きというわけではない。戦族はみな腕利きなのだ。
「グオルゥウッ!」
最後尾だった巨鬼が咆哮し、両手で丸太を振りかざしながら迫ってくる。戦士は流石に後方に下がった。
「しっ」
「グゲェガァァァ!?」
後退する戦士を追い、通りに飛び出した巨鬼の頭上に、別の戦士が飛び降りた。角の建物で待機していたのだ。槍を巨鬼の延髄に突き刺している。
「っ!」
「グギャアアァッ」
槍を手放した二人目の戦士は、地面を転がって軽やかに起き上がる。槍を突き刺された巨鬼の腹を、大剣の戦士が薙ぎ払って止めをさす。
戦族たちは廃都の地理と地形を完全に把握し、それを活用していた。この十年、彼らだけが廃都に籠もる暗鬼たちを監視していたのだ。市街の地理程度は把握している。
怒声も歓声も、愚痴すらない。ただ機械的に、戦族たちは暗鬼を狩り続けた。
もちろん、戦族たちはただ闇雲に廃都を駆けずり回って、目につく暗鬼を狩っているのではない。廃都の西方から中央部へ向けて、確実に暗鬼を排除し支配地域を広げていく。
「戦将! ご指示をっ」
戦将カンベリスは、左右を廃墟に挟まれた通りを進む。
いつものように、羽を模した装飾が目立つ派手な鎧姿だ。背後には、二メートルを超える巨体……戦士長レードと数名の護衛が続く。
「五番隊、西アニエル通りの掃討完了しました」
「よし。通りを北上し、商人ギルド会館を確保しろ」
「警備隊詰め所跡に変異体巨鬼を発見。応援をっ」
「二番隊と十一番隊を向かわせろ」
戦族の偵察兵/密偵/伝令兵である耳目兵が、ひっきりなしに状況を報告し、指示を運ぶ。
この部隊の戦族の、(『D&B』換算での)平均レベルは8~10。百人からなる戦士団の全員が、良民軍の中なら最強を名乗っておかしくない。
その、最強の部隊を手足のように指揮するカンベリスは、ふと足を止めた。
「やはり『聖母』に接近するほど、暗鬼が活性化しているな」
眼の前には、先行していた戦士が倒したのだろう、巨鬼の死体が転がっている。その頭部に、普通は見られない枝分かれした禍々しい角を認めたのだ。また、小鬼の類にしても通常より遥かに体格が良くなっている。
戦族の知識のよれば、そうした変異は魔力の濃い土地に出現した暗鬼によく見られるものだった。
「……アレが余計なことをしたせいだな」
「っ?」
上司の言葉に、レードが呟く。周囲の戦士たちは、ぎょっとしたように巨体を見上げた。いまやジオは、多くの戦族が知る『戦族初の(非公式の)同盟者』だ。その大魔法使いを『アレ』呼ばわりしたこと……ではなく、単純にこの無口な戦士が上司の独り言にわざわざ答えたことに驚いたのだ。
「お前はマルギルス殿のことだと、おしゃべりになるな」
「……」
カンベリスも、異形の兜の中で苦笑を浮かべていた。当の本人は、例によってそっぽっを向いている。
「確かに、彼に関わっていると不安になる気持ちも分かるがな」
戦将は歩き出しながら言葉を続ける。レードだけでなく他の戦士たちにも語りかけているようだった。
「戦族五百年の歴史の、今は転換期なのかもしれんな」
「……」
カンベリスの言葉に、戦士たちは息を飲んだ。
『連合軍の一員として、その作戦の一端を担う』。十年前の喪失戦争でさえ、彼らが『一員』などという扱いを受けたことはなかった。
社会の影に潜み、人々から畏怖されながら暗鬼を狩る。そんな戦族の生き方が変わる?
屈強な戦士たちにとっても、それは大きな不安だった。
一方、廃都の東側。
リュウス連合軍別働隊、カルバネラ騎士団と戦斧郷戦闘の家に所属するドワーフ戦士たちがいた。
彼らもまた、廃都ラウリスを制圧奪還すべく奮闘している。ただしその闘い方は、戦族たちとは少し違っていた。
騎士とドワーフの混成部隊は、ラウリスの東門から中心部へ向かう大通りを進んでいた。戦族のように部隊を分散させるのではなく、本隊を中心として襲いかかってくる暗鬼を迎え撃つ作戦なのだ。
「盾車の列は崩さないように! この先の広場の手前で一旦停止しますから減速を!」
よく通る声で全体に指示を出すのは、アルノギア。正騎士の重厚な全身鎧ではなく、鎖帷子を金属板で補強した板金鎧姿だ。
アルノギアが指示を出した『盾車』とは、文字通り車輪によって移動させられる大盾のことだ。鋼鉄製で、騎士二人がかりでようやく進ませることができる。これを並べ、持ち手を支柱にすることで、ちょっとした防壁を部隊ごと移動できるという算段だった。
設計したのはアルノギア本人で、作製はもちろん戦斧郷のドワーフたちだ。
これを前後に並べて大通りを移動することで、彼らはかなり効率的に戦うことができていた。
「また来ましたぁ! 巨鬼二体、小鬼が……三十!」
「後ろからも襲撃! 巨鬼一、小鬼十!」
「前後とも、盾車接地! 機械弓発射用意!」
もちろん、大通りを二百名近い人間とドワーフが進めば、市街に残っていた暗鬼たちは押し寄せてくる。これが人間相手の市街戦ならあっという間に取り囲まれ、身動きできなくなって全滅するだろう。しかし、暗鬼たちは作戦もなにもなく、グループごとばらばらな襲撃を繰り返すだけだった。
「グルアアァァ!」
「こなくそっ!」
文字通りの鋼鉄の壁である盾車を、巨鬼が棍棒でぶんなぐった。
グワン! という物凄い音と衝撃がそれを支える騎士たちを襲う。並の兵士や騎士の防御では太刀打ちできない一撃。実際のところ、普通なら百人の軍隊でも一体の巨鬼を無傷で倒すことなど不可能なのだ。
だが、盾車は耐えた。『盾』の部分が垂直水平な板ではなく、衝撃を逃がすための曲線を描いていたことが功を奏している。ドワーフ製品の頑丈さあればのこと、ではあるが。
もちろん、巨鬼の半分の体格の小鬼がいくら武器で殴ろうが、体当たりしようが盾車はびくともしない。
「機械弓、狙えっ」
「おうともよ!」
部隊の前後からの襲撃を、盾車の防御が受け止めたのを確認したアルノギア。すぐさま、攻撃を指示する。
それに応えたのは、小柄だががっちりしたドワーフ戦士たちだった。彼らは彼らで、数人がかりで運搬していた機械弓を設置し、弦を巻き上げていく。
「……射て!」
「くたばれ暗鬼!」
「グッギャァァァァァ!?」
金属の弓と弦が撃ち出した銛に近い矢が盾車の隙間から、巨鬼の胸板を貫いた。すかさず、騎士たちが槍を突き出し小鬼や手負いの巨鬼を攻撃していく。
「暗鬼に滅びを!」
「白き剣に名誉を!」
戦族には及ばぬとはいえ、カルバネラ騎士たちもこの世界では強者の部類だ。アルノギアが考案した盾車戦術も、彼らの練度と体力あってこそである。
ラウリス市街に突入してから、何度も繰り返した戦術がまたも成功し、暗鬼たちは為す術なく全滅していた。
「前後の敵影ありません……いや、また前方から集団きます!」
「前方盾車、あと五メートルだけ前進して接地!」
「……ふんっ」
かように、人間の騎士とドワーフの戦士たちはこれまでのセディアにない発想の闘い方で、順調に進んでいた。
その部隊の中央付近にはしかし、面白くなさそうに鼻を鳴らす男もいた。
「ったく、何だよこのチマチマした戦術は! アルの野郎めっ」
「兄貴! 失礼だろ! てか、声でかい!」
男はもちろん、白銀の全身鎧がパンパンに膨らんで見える巨漢ギリオン。そのギリオンの腹に肘打ちを叩きつけているのが、赤毛の女騎士リオリアである。
カルバネラの兄妹も部下である第二中隊の精鋭を引き連れて作戦に参加しているのであるが。アルノギアが考案したこの戦術にまったくついていけず、軍列の中央でくすぶっていた。いや、実際には細い路地や廃屋から飛び出してくる小鬼を迎撃するという役割もあったが。
「……でも確かに、このままじゃ不味いよ兄貴。アルの功績が一番ってことになったら」
リオリアは快活な美貌を青ざめさせて、ギリオンを見上げた。
ギリオンとアルノギアは、カルバネラ騎士団の次期団長の座を何年も争っている。今年の終わりには騎士たちによる投票があり、その争いに決着がつく予定だが……その投票に、今回の戦いの功績が大きく影響するのは明らかだった。
「むうっ……。まあ、あいつはあいつで、結構考えてるみたいだしな……」
「兄貴!」
ゴッ。
顎に手をあてて呟いた兄の脇腹を、妹が再び肘打ちした。今度は、鎧を震わせ衝撃が腹まで届くほどの打撃だった。
「ふざけたこと言ってんじゃないよ! 兄貴がカルバネラ騎士団長にならなかったら、父上がどんなに悲しむか!」
「わ、分かってるっつの! ……むっ」
一瞬、殺気すら滲ませたリオリアの視線から逃れるように周囲に向けたギリオンの目、それが細まった。
「敵襲! 上だぁ!」
「敵襲! 上だぁ!」
「……うっ!?」
前列付近で盾車に指示を出していたアルノギアは、中央部から響いた大声にびくりとした。
振り返れば、大通りに面した屋敷の屋根から、いくつもの影が落下してきていた。人間よりもやや細長く見える影は、よく見ると四本の腕にそれぞれ曲刀を持っているようだった。
「鎌鬼だぁ! ぐわっ!?」
影の正体を告げる声と、悲鳴が響く。
一度、部隊の中央に落下した影――鎌鬼どもは、信じられない跳躍で再び屋敷の屋根へ戻っていく。
「グルァアァ!」
「ぐおっ!?」
「くそ、あいつらにはとても機械弓はあてられんぞっ」
盾車はまだ、襲撃してきた巨鬼や小鬼の攻撃に耐えている。反転させるのは論外だった。
「……落ち着いて! 盾車はそのまま耐えて。ドワーフは盾車と機械弓要員を鎌鬼から護衛! 第一中隊は僕と中央へ向かう!」
「わ、分かった!」
「了解!」
アルノギアはほとんど迷わず指示を出した。後列を指揮している副長のグンナーも同じ判断だろう。素早く的確な指示によって、部隊がパニックに陥ることはなかった。
しかし。
「ヒィィアァァア!」
「ぎゃっ」
「うおぉっ!?」
甲高い、鎌鬼の叫び。
異形の暗鬼は屋敷の上から次々に急降下し、四本の刀――腕と一体化した刃だ――で斬りつてくる。反撃しようにも、即座に跳躍して逃げ去る襲撃者に対し部隊は劣勢だった。全身鎧の上から殴り倒される者もいれば、関節の隙間を貫かれ血飛沫を上げる者も出てくる。
「舐めんなこらぁっ!」
「はあっ!」
隊列を無視してあらゆる場所へ急降下してくる鎌鬼相手に、奮戦したのはギリオンとリオリアだった。ジオの力を借りてオグルとの模擬戦に明け暮れ、サンダール卿の教えも受けたのは伊達ではない。
ギリオンは巧みに盾を使って四本の刃を受け流し、逆に鎌鬼の脚を斬り裂いて跳躍力を奪った。リオリアは猛獣のような瞬発力で鎌鬼の長い腕の内側へ飛び込み、胸板を貫く。
カルバネラ兄妹の指揮下である第二中隊の騎士たちも、二人の特訓に付き合わされていた。騎士団の平均よりはレベルが高いため、それなりに鎌鬼の攻撃に対応できていた。
「こいつらの刃は長柄の鎌と同じだ! 組み付いてしまえ! おらあっ!」
「ヒギァッ!?」
リオリアの戦い方を見たギリオンが、その巨体で鎌鬼を押し倒した。確かに、長い腕の先の刃は、密着したギリオンに有効な攻撃ができていない。
「ふんぬっ!」
「ギヒッ!?」
腰から引き抜いた短剣で素早く鎌鬼の心臓を貫くギリオン。その姿に騎士たちは猛った。
「若に続け!」
「くそっギリオンなんかに良い格好させられるかっ!」
「……うっ」
騎士たちは次々に、急降下してきた鎌鬼に組み付き、地面に引き倒していく。その光景は、前列から戻ってきたアルノギアの目に入る。
少年騎士は唇を噛んだ。
アルノギアにとっても、ギリオンは強力なライバルである。人望や騎士としての知識、指揮能力で劣るつもりはない。だが、もっとも重要な(と、アルノギアが思っている)純粋な『力』においては、遥かにギリオンの方が上だ。
彼とリオリアのカルバネラ兄妹が武功を挙げる度に、自分の虚弱な身体を恨んできた。
ここ最近、『暗鬼を倒すための戦術』については、自分なりに殻を破って成長できた実感はあったのだが……。
「ぜ、前方! あ、暗鬼! でかい! 岩鬼以上だぁ!」
鎌鬼を全て倒した時、また前列から騎士の大声が響いた。
「アルゥゥゥゥゥゥゥー」
「ルゥールルルー」
「アアァールゥゥアー」
『それ』は何か、不気味な歌のような声をあげていた。
基本は岩鬼なのだろう。だが、岩鬼よりも大きいと思われる、さきほど鎌鬼が潜んでいた屋敷よりもさらに巨大な身体だ。
大まかには人型で、短い脚に肥満体、長く太い腕を前脚のように使って、ほとんど四足歩行の姿勢。
その頭部があるべき部分からは、細長い別の人型の上半身が生えていた。同じ人型が、左右の肩にあたる部分からも生えている。合計三体の人型は、魔術師型の暗鬼と言われる妖鬼に近いようだ。
とどめのように、胸元には本来の頭部なのか、憎悪に燃える二つの目と牙の並んだ口が空いている。
「な、なんだありゃぁ……」
「ばばば、化け物だ……」
化け物。そうとしか言いようがない。
「だ、大丈夫だっ! 盾車……!」
『アアアアアルァァァーーー!』
騎士やドワーフたちの動揺も、アルノギアの指示も巨大な異形の暗鬼の『合唱』にかき消された。
その声は暗鬼の魔術詠唱。
化け物の周囲に数えきれない炎の刃が出現し、一斉に騎士たちへ降り注いでいった。




