ラウリス奪還戦 その四 (三人称)
ゴオゴオと、天と地を繋ぐ黒い柱が唸る。
黒い柱――巨大な竜巻は、長大な身体をくねらせながら大地を薙ぎ払っていく。小鬼や巨鬼の群れ、翼鬼たちは為す術なく巻き込まれ、切り刻まれ、吹き飛ばされる。
『大魔法使い』ジオ・マルギルスがセディアに唯一無二の『魔法』によって引き起こした奇跡だ。
「……」
ジオやソダーンらの本隊と、荒れ狂う竜巻の境界である土壁。
特等席で魔法の威力を目の当たりにするのは、良民軍第二即応大隊の面々だ。彼らのうちの半分は口をあんぐりと空け、残りの半分は眼球が落ちそうなほどに目を剥いている。両方同時にやっている者も多い。
本来、彼らの指揮をとらねばならない立場のソラスたちも例外ではなかった。呆然と竜巻を見上げるソラスに、のっぽの剣士ウォッドが掠れた声をかける。
「……なあ」
「な、何だ?」
「経理部のガヤンだったっけ? あいつ、ハリドの手下になって俺たちとマルギルス殿をかち合わせようとしてたんだよな?」
「あ、ああ。そういう調査結果だったな」
こんな時に何だ? という顔になるソラス。良民軍最高の剣の使い手であるウォッドは、蒼白になって呟いた。
「下手したら、あの竜巻が俺たちを狙ってたかも知れんのだよな? ……あの野郎、帰ったら一発殴る」
「私もだ」
「……」
憎らしげなウォッドの宣言に、横幅の広いダリーも同意した。
大湖賊ハリドに買収され、スパイとして活動していた兵士は既に捕縛されている。そう簡単に殴ることはできない。だが、二人とも『そう』でも言って気を紛らわせねば、目の前の驚異に心が萎えてしまうと、直感したのだ。
「ガヤンや、町の噂に踊らされていたのは自分たちの愚かさだ。今後は情報収集と分析にももっと力を入れなければ」
ソラスはソラスで、生真面目に反省し改善案を考えることで、崩れ落ちそうな足を支えていた。
「何でも結構ですけども」
竜巻の轟音や兵士たちの叫びに負けない、硬質で澄んだ声。先程、最後に土壁に登ったクローラだ。彼女に先んじて土壁に到達したラウリス義勇兵たちは、安全な本陣への退避に移っている。
「魔術師殿っ」
「クローラ殿……」
ラウリスの濃い青空を背景に凛と立つ女魔術師の姿に、三人の熟練兵は一瞬見惚れていた。
「そろそろ、程よい数になっておりますわよ?」
クローラは男どもの視線をそよ風のように無視した。ズビシ! と大魔法使いの杖で眼下の光景を指した。竜巻が往復するたびに吹き飛ばされる暗鬼たちの数は、確かに激減している。
「た、確かに。……おおよそ、三百というところでしょうか」
直前まで囮部隊を追撃してきていた暗鬼は、千に近い数だっただろう。それが、あっという間に半数以下である。残る暗鬼にも無傷な者は少ない。
これは、事前にジオやソダーンたちが想定していた状況である。
「ク、クローラ殿のおっしゃるとおりですなっ。伝達手! 旗振れ、四回だ!」
「了解ぃ!」
我に返ったソラスは、クローラに敬礼してから指示を出す。
ちょっと奇妙なほどに力の篭った動作と声だった。精悍な顔に、かすかに赤味がさしている。まあ、金髪美女を前にした実直な青年の反応としては、妥当だったろう。
「本陣からの返信ありましたぁ! 四度です!」
本陣の指揮所で、『導星』の大旗が四度振られた。同時に轟音を立てて荒れ狂っていた竜巻が、幻のように姿を消す。暗鬼の軍団はまだ三百は残っているが、散々に蹴散らされた彼らが体勢を立て直すまで、しばらくはかかるだろう。
「よぉぉぉし! ここでやっと出番だぜぇ!」
場違いな少女の声が響き渡った。ソラスやクローラの立つ土壁に、本陣側から上ってきた集団からの声だ。
「姫、お気をつけて」
「うへぇ、まだあんなに暗鬼残ってるっすよ……」
赤い瞳をギラギラ輝かせるのは、毛皮で装飾された革鎧に銀髪、神剣を携えた女戦士、ディアーヌだった。シュルズ族の戦士たち五名と、緊張気味のテッドが彼女に付き従っている。
「ディアーヌ、作戦通りしかと頼みましたわよ」
「おうよ、任せろ!」
居並ぶ熟練兵たちに全く気後れもなく、堂々たる態度のディアーヌは右手首を口元にもっていくポーズをとった。
そして、叫ぶ。
「ロボ一号! 起動!」
少女の叫びに呼応して、土壁の先、大地がぼこぼこと隆起する。大量の土を跳ねのけ、地中から立ち上がったのは――石像だった。
ジオが錬金術によって創造した動く石像、『ロボ一号』である。
土壁を呪文で立てる前に埋められていたのだ。
「デザインはともかく、迫力はでてきましたわね」
「そーだろそーだろ!」
身長、三メートルに届こうかという動く石像。シンプルな全身鎧の騎士をデフォルメしたような造形は、試作時そのままだったが。
ジーテイアス城から出発するまでの間に、ジオはドワーフたちに協力を求め、様々な武装を施していた。全身に無数の武器を装着した姿は、勇壮とも下品ともとれる。
「あ、改めて見ると凄まじいな」
「こんなものが本当に戦うのか?」
ゴーレムといえば、操り人形のようなものしか見たことこのないソラスたちは、冷や汗を浮かべてその巨体を見下ろす。他の兵士たちも同様である。彼らは、リュウシュクに上陸した動く石像の、ノシノシと歩く姿しか見ていない。
「チビどもの分も、俺がこいつを活躍させてやるぜぇ!」
拳を突き出したディアーヌが、力強く宣言する。
もともと、ジオによって『ゴーレム担当』に任命されていたのは、元魔術兵の少年少女だった。ジーテイアス城で様々な武器の使い方をゴーレムに『学習』させ、その操り方を一番心得ているのも彼らである。
当然、少年少女……特にログは今回の戦いに参加することを強く希望した。しかしジオは、さすがに子供を戦場で戦わせるわけにはいかない、と却下している。いま彼らは、モーラやエリザベル、シィルオン等と共にリュウシュクで待機中だ。
そのログたちから、ゴーレム操作のレクチャーを受け、今回の『お披露目』担当に抜擢されたのがディアーヌとテッドたち、というわけである。
「グ、ギギィッィ」
「グルァァァァァ……!」
「おあつらえ向きに、奴らも立ち上がってきたようだな」
ディアーヌは竜巻で半壊させられた暗鬼の軍団を睨みつけ、不敵に微笑んだ。
小鬼も巨鬼も、無傷なものは少なかったが人間への憎悪はまったく衰えていない。さらに、ディアーヌの目から見ても、通常の暗鬼よりも体付きが一回りは大きくなっているのが良くわかった。
「よおし! まずは飛び道具からだな! ロボ! 前に出ろ!」
「おおっ」
ガコン!
本来なら微動だにするはずのない、石の関節が小気味よい音を立て、動く石像は大股で前進、仁王立ちになる。
陣形はもとに戻したものの、この異様な援軍に視線を釘付けにされていた兵士たちも大きくどよめいた。
「いっくぜぇぇ! ゴォォォレムゥ! ブウゥゥメラン!」
ガコン!
ディアーヌはゴーレムに命じた。何故か、豪快な抑揚と声量で。
ゴーレムは別に騒ぐでもなく、淡々と、しかし恐るべき力を込めて命令に従う。背中に装着されていた武器の一つを手にとり、大きく一歩踏み込んだ。
サイドスロー。ジオならばそう呼ぶであろうフォームでゴーレムが投げ放ったのは「く」の字型の巨大な鋼鉄の刃。操縦者が呼んだとおりの、『ブーメラン』だった。
全長三メートル近い、研ぎ澄まされた鋼鉄の刃。もちろん、ドワーフ製だ。しかも、ジオによって前日に【魔力付与】の魔法がかけられている。なお、これはいま『ロボ一号』が持つ全ての装備について同様だ。
「ギャッッ」
「グギャアァッ!?」
「ゲヒッ」
ゴーレムの超パワーによって高速回転し、黒い円盤と化したブーメランは、ゆるやかなカーブを描いて暗鬼の軍団へ突入した。
ギィィィ! と凄い音を立てて飛翔する円盤は、軌道上にある全ての暗鬼の首を胴を手足を両断していく。
ブーメラン、といっても流石に手元に返ってくるほど繊細な操作はできない。だが、遥か彼方へ飛び去るまでの間に、十数体の暗鬼に致命傷を与えていた。
「げぇ……」
「何だよ、ありゃぁ」
「こえぇぇぇ!?」
見守る兵士たちも驚嘆するやら、怖がるやら。破壊の規模は竜巻と比較すればごく小さいが、『でかい刃物』という想像しやすい武器だけに、その痛さはリアルに想像できるのだ。
クローラは、上品に片手を口元にあてて賞賛した。
「あら、まあ。中々のお手並ですわね」
「へへへっ。まだまだこれからだぜ! ゴーレムゥゥジャァァァベリン!」
ガコン!
次にゴーレムが手にしたのは長大な槍。先ほどとは違う、槍投げの見事なフォームで鋼鉄の塊を投擲した。
「グェッ」
重さ三十キログラム以上ある鉄の槍は、一匹の小鬼の身体を簡単に貫通し地面に縫い止める。
「……今のはほとんど偶然だなあ。ちょっと、効率悪いや」
「ですわね」
青ざめるソラスたちを差し置いて、ディアーヌとクローラはゴーレム搭載武器について、淡々と評価していく。投げ槍のようにピンポイントで狙いをつけなければならない武器は、ゴーレムには不向きであるということだ。
「次はこいつだ! ゴーレムヘルファイヤー!」
次の命令に、ゴーレムは一度後退する。自分が埋まっていた穴へ手を伸ばし、数個の黒い塊を拾い上げて、暗鬼たちへ向けて投げつける。
狙いは粗いが、黒い塊は概ね暗鬼たちの間に落下し――爆発した。
「何だ何だぁ!?」
「あれも魔法か!? 魔術か!?」
兵士たちがどよめく。正確には爆発というよりも、爆発的に広がった火炎、である。戦斧郷の特産品である重火水、すなわち石油を使用した原始的な爆弾だった。
これは予め用意したのではない。リュウシュクにやってきたドワーフの戦士団が持っていたものを、ジオが借りたのだ。
とにかく、出自はなんであれ、一発の『ゴーレムヘルファイア』は数体の暗鬼を火だるまにする威力があると、確認されたわけだ。
「これは、使えますわねぇ」
「そんじゃ、接近戦だぁ! ロボ! とおぉつげきぃぃ!」
ガコン、ガコン!
ディアーヌの命令に従い、ゴーレムは駆け出す。テンポはゆったりだが何しろ一歩が大きい。総合的に言えば人間のダッシュと同じ程度の速度がでている。
「グルオォォ!」
「ギグルァァァ!」
暗鬼の軍団も、ようやく竜巻のダメージから立ち直ってきていた。
武器を持つ者は武器、ないものは牙や爪を振りかざし、土壁……その上に立つ人間たちへ……殺到していく。
数は減ったとはいえ三百余。黒い津波のようにも見える。
その黒い津波へ正面からゴーレムが激突し――。
「ゴォォレム! ダブル! ハンマァー!」
ゴーレムが両手で振り回す星球連結棍棒によって、津波の先端は木っ端微塵に粉砕された。
「グギャッ!?」
「ギアァァッ!?」
何せ、バレーボールほどの鎖に繋がれた鉄球が、重機並のパワーで振り回されているのだ。それも、長い腕と棍棒の柄のリーチを合わせ、五メートル近い間合いを全て殺傷圏内において、だ。
体格だけならゴーレムに匹敵する巨鬼も、あっさり頭部を粉砕され、小鬼などは全身破裂する有様である。何しろ鉄球の回転速度が凄まじい。その上、暗鬼はただでさえ攻撃を回避するという概念が薄い。
自ら殺されるためにゴーレムに向かっていくに等しい状況だ。
これが人間の戦士であれば、どれだけ剛力だろうがすぐに疲労で動けなくなるだろう。しかしゴーレムに活動限界はない。最初とまったく同じ勢いで、淡々と『ゴーレムハンマー』を振り回し、暗鬼を潰し続ける。
ゴギャ! グシャ! 鉄球が暗鬼を肉袋のように粉砕する音が響く。
ゴーレムの周辺は暗鬼の血肉が飛び散る凄惨な地獄絵図が広がっていた。
「え、えげつねぇー……」
「お、おおぉ……」
テッドなどは、血の気の引いた顔で呟くが。土壁の上の良民軍兵士たちの顔には、徐々に興奮が浮かんできていた。
「い、いいぞぉ!」
「すげぇぞ、石の騎士!」
「暗鬼どもをやっちまえぇぇ!」
良民軍の兵士はほとんどが暗鬼のとの実戦経験を持つ。つまり、暗鬼の恐ろしさを骨身に染みて知っている。
その恐ろしい暗鬼を、小バエを払うような勢いと力強さで駆逐していく巨大な石像。これが、彼らの心を掴まないわけはない。
「ゴーレム頑張れぇ!」
「あぶねえ後ろだぁ!」
「そこだ! 叩き潰せぇ!」
土壁の上の良民軍だけでなく、後方の本隊からも歓声と声援が湧き上がっていく。
「よ、よし。我らも負けておられん。射手は各自で射よ! 他は暗鬼どもをここで食い止めろ!」
「了解!」
暗鬼の全てをゴーレムが相手することは流石にできない。暗鬼の多くが、あれほどの脅威であるゴーレムも無視して人間たちに向かってくることもある。
良民軍の兵士たちは、今度は地上の暗鬼たちに向けて矢を放ちはじめた。土壁に到達した暗鬼には、槍や石で応戦する。
「なかなか、いい感じじゃねえか。みんなも喜んでるし」
「マルギルスの計画どおりですわね」
「俺、我が君の役に立ってるかな? な?」
赤い目をドロリと輝かせるディアーヌが、豊かな胸を自慢気にそらしたクローラに聞く。
「え、ええ、無論。この私が保証しましてよ」
ディアーヌの目つきに若干引き気味になったが、クローラは断言した。実際、ゴーレムの効果はいままさに証明されている。
ジーテイアス城での模擬戦の時点で相当な戦力であったのだ。それが、ドワーフ製の武器を装備することによって、とてつもない効率で暗鬼を殺すことが可能になっている。
その様子をこうしてリュウスを代表する兵士とその指揮官たちにお披露目しているのだ、宣伝効果は激烈だろう。
「だよなぁ! よぉぉし、ロボ! ゴーレムソオォォド!」
「……どうでもよろしいですけど、何でいちいち変な抑揚をつけますの?」
腕組みしたクローラが、片眉を持ち上げて聞いた。隣のソラスや、兵士たちも気になる様子で耳を済ませる。
「あ? いやあ、何でか知らないけどさ。我が君が、そうした方が盛り上がるって言ったんだけど」
「はぁ?」
「ほう」
「なるほど……わかる」
ディアーヌの説明に、クローラはさらに眉を持ち上げ、ソラスたち男どもはうんうんと頷いていた。




