出陣式
翌日。
良民軍司令部で、本当の作戦会議が始まった。
この場に集った各都市・勢力の代表者と、その戦力は以下のとおりである。
1.カルバネラ騎士団:参謀エスピオ:騎士百名
2.戦族:戦将カンベリス:戦士百名(その他、耳目兵多数)
3.レリス市傭兵隊:傭兵隊長フーリ:傭兵二百名
4.シルバス騎士団:騎士団長ナイルズ:騎士五十名
5.ラウリス義勇兵:ライル男爵:兵士三十名
6.戦斧郷:戦闘の家の長ガゾッド:兵士五十名
7.その他の都市からの援軍:兵士四百名
8.中央良民軍:ソダーン司令:兵士千名(各都市魔術師ギルド員含む)
そもそも、カルバネラ騎士団は資金難で参加できないという話を聞いていたのだが。どうも、戦斧郷のドワーフが資金援助してくれたらしい。しかも、『マルギルス殿が助力を必要としているというのなら』と。まったく、コネは作っておくに限る。
ともかくこれで、総数にして約二千。やはり、圧倒的に多数を占めるのは良民軍の兵士だった。良民軍の編成には魔術師も組み込まれており、ペリーシュラ女史なども弟子たちと出撃することになっていた。さらに、レリス市支部長のヘリドールなどの魔術師もやってきている。
また、軍の指揮官以外にもソレイル市のコズマー評議委員など、政治家や外交官も多数集まっていた。
まさに、リュウス同盟オールスターといったところか。
代表者、指揮官がずらりと並ぶ司令部の会議室。
純白のドレス姿のラウリス王女レイティアが、会議の開催を宣言していた。
「……親愛なるリュウス同盟の皆様、そしてリュウス外からのご親切な皆様。どうぞ、聖都ラウリス奪還のため……お力をお貸しくださいませ」
十年の難民生活にも関わらず、王女の気品と美貌は際立っていた。しかもその上で、辛酸を舐めたものにしか出せない悲哀が、瞳と声に込められている。なるほど、これは大したカリスマだ。
居並ぶ代表、指揮官たちも感動したように拍手し、床を踏み鳴らした。
王女が席につき、本格的な会議が始まった。
まずは、今回のラウリス奪還作戦にあたっての『盟主』と『総指揮官』の選出だ。
『盟主』については、(昨夜の打ち合わせどおりに)レイティア王女が私に『どうか盟主となって私たちをお導きください』と懇願し、私がそれを受け入れることですぐに決まった。……実にこっ恥ずかしいが。
『総指揮官』については、私がソダーン司令に就任を要請し満場一致で認められている。リュウス同盟の軍事を長年司ってきた軍の長だ、これももともと確定路線であった。
続いて、セダムから先日のラウリス偵察の報告をあげる。さらに、カンベリスたち戦族が最新情報を付け加えた。
「小鬼千五百、翼鬼三百、巨鬼百数十、岩鬼二か……」
ラウリスで活動している暗鬼の数は、私たちの偵察時よりかなり増大していた。指揮官たちは、腕組みして唸る。
数の上ではほぼ互角だが、空を飛ぶ翼鬼に、兵士二十人に匹敵する巨鬼が百以上、おまけに象並の巨体の岩鬼が二体だ。セディアの常識で考えれば絶対に勝てない。
「お話になりませんわね。いっそ、哀れになりますわ……暗鬼どもが」
「な、何?」
余裕綽々という顔で金髪を払ったのは、我らのクローラ。なるべく被害を減らすためには、私の呪文をフル活用する必要があるが、その説明役を彼女に頼んだである。
彼女から説明した私たちの作戦は、以下のようなものだ。
1.本隊はラウリスから十分距離をおいた平地に陣地を構築し待機する。また、別働隊をラウリスの東西に配置。
2.囮部隊がラウリスに接近し挑発。暗鬼を誘き出す。
3.囮部隊が暗鬼を平地に誘導し、私の呪文で攻撃。
4.本隊は呪文で倒しきれなかった暗鬼を包囲殲滅。
5.別働隊がラウリス市街に突入し、残る暗鬼を殲滅。
「な、なるほど」
「あの隕石や竜が使えるなら……」
ラウリスごと暗鬼を殲滅するわけにはいかないので、このような作戦になったが概ね好評だった。やはり、実際に呪文を見せていると違うな。
問題は、役割分担だ。もちろん、最も危険な囮部隊と別働隊をどこの勢力がやるか、ということだが。
「お、囮部隊は、我らがっ」
「俺たちもご一緒しましょう。長い付き合いですからね」
勢い込んで挙手したのは、ライル青年。つまり、ラウリス難民の義勇兵たちだ。難民からの志願というとなんとなくしょぼいイメージだが、元ラウリス騎士や兵士が多く、練度は高いそうだ。
もちろん、この作戦自体がラウリス奪還という、難民たちの悲願なのだから、彼らが最も危険な役目に就くことには十分な意義がある。
また、その義勇兵に同行してくれるといったのは、レリス市の傭兵隊長。難民たちの多くはレリス市で暮らしていたし、傭兵も練度は高いのでこれは適役だろう。
「別働隊とやらは、俺たちの仕事だろうな」
別働隊は二隊必要だ。
そのうち一隊には、当然のような顔で戦将カンベリスが名乗りを上げる。この世界では畏怖の対象の戦族というだけでなく、ドハデな装飾の異形の鎧姿は大変注目を浴びていた。
もっとも、注目を浴びる理由は外見だけではない。戦族とは『いつの間にかどこかからやってきて、良く分からないうちに暗鬼を狩って消えていく』存在だった。それが、このような公式の場で他勢力と協力する姿勢を見せたということに、皆は大いに驚いていた。
うむ。良い傾向だ。
「あ、あー、ええ、その。我らも別働隊にまわりましょう」
もう一人名乗り出たのは、カルバネラ騎士団の参謀だった。彼の後ろに座ったギリオンとアルノギアにせっつかれたらしい。……まあ、カルバネラ騎士団自体は大丈夫だろう。
ただ、ギリオンとアルノギアの二人には例によって次期騎士団長の座をかけての確執がある。多分、今回の戦いなどは次期団長選挙に大きく影響するだろうし、二人が無茶をしないように気をつけないとな……。
「ワシらもカルバネラ騎士団を手伝おう。他の諸君よりは多少気心も知れているのでな」
戦斧郷における戦闘部門の長、ガゾットもカルバネラ騎士団との同行を宣言し、了解される。
「では、私が残る部隊をまとめて本隊の指揮をとりましょう」
当然のようにソダーンが言えば、皆反論もない。
「最後に。皆様にお伝えしたいことがございます」
大まかな作戦と、全体の行動日程も決まった。
では解散か、というところでレイティア王女が立ち上がった。
事前の打ち合わせのとおり、最後の最後で『ラウリスの慈母』が復活したことを報告し、その証拠として『慈母の枝』を公開したのだ。
「こ、これは……!」
「本物の神聖樹……!」
「素晴らしい……本当に聖都が蘇るのか!」
「……しかし……」
居並ぶ歴戦の指揮官、政治家たちは皆最初感激し、次に困惑する。ほとんどの者が、『何で先に言ってくれないんだ……』という顔をしていた。
もし、事前に知っていれば、もっと多くの兵を集めてきて功績を得ようとしただろう。ただし、ソダーン司令やレリスの傭兵隊長も驚いた顔をしていたのを見て、多くの者は安心したようだった。『抜け駆けしたものがいないのなら我慢できる』ということだろう。
数日後。
輸送部隊などを含めれば、三千以上の大軍勢がリュウシュク郊外に集合していた。
リュウシュク市民だけでなく、他の都市からも見送りの人々が押しかけ、物凄い混雑になっている。
その大軍勢と、大観衆を前にして……行きがかり上、私が演説をかますことになっていた。――あー、緊張する。
「しっかりなさいませ!」
「我が君!」
背後からクローラが囁き、何処かからレイハの励ましの声が聞こえる。
「ジーテイアス城主、魔法使いジオ・マルギルスである!」
片手に大魔法使いの杖の杖を、片手の拳の中に昨夜、クローラたちと徹夜で考えた台本を握り、私は声を張り上げた。
事前に【幻像投射】の呪文を使い、声を拡大している(私自身の姿を大きく拡大して皆に見せることもできるのだが。そこまでは流石に恥ずかし過ぎる)。
「善良にして誇り高き、リュウスの戦士、そして兄弟たち。そして、リュウスの外からの勇敢な友人たちよ」
万を超える群衆が静まり返った。
リュウス同盟の歴史を見ても、これほど多種多様な人々が一つの戦いのために集ったのは『喪失戦争』以来だろう。みな、真剣極まりない目で私に注目している。
「今回、諸君に集まってもらったのは、あの戦争で暗鬼に奪われたリュウスの誇り……聖都ラウリスを奪還するためである。この大いなる戦いは、リュウスの、セディアの歴史に刻まれるであろう。……心せよ!」
私自身も心しておかないといけない。これは、暗鬼という世界レベルの脅威に対して、人類(亜人含む)が団結して立ち向かうための第一歩なのだ。
『喪失戦争』の時も確かに、リュウスの人々は団結した。だがそれはあくまで、襲い来る暗鬼の軍団から自分たちを守るためだった。
今これから行うことは、世界から暗鬼の恐怖を排除するための反撃なのだ。
「我々はこの戦いで、セディアの人々に示すのだ。人間は……人間とその仲間が手を取り合えば、『暗鬼に勝てる』ということを!」
私の言葉が終わると、より重い沈黙が空間を占領した。
人々は固唾を飲むのではなく、凍り付いていた。私の言葉の意味を、それぞれ必死で理解しようとしている。
セディアにおいて暗鬼とは災害であり、負の運命だった。
一度、奴らが出現すれば、できることは逃げるか、可能な限り被害を減らすことだけ。その暗鬼に、『勝てる』と。
私が、大魔法使いジオ・マルギルスが、はっきりと告げたのだ。
おおおおおお!
私の言葉の意味を理解した人々の反応は、想像以上だった。
戦士が、兵士が、騎士が、貴族が、貧民が、魔術師が、冒険者が……叫び、拳を突き上げる。
マルギルス! マルギルス!
リュウス! リュウス!
暗鬼に滅びを! 白き剣に勝利を!
人々の叫びが津波にように広がり、私の身体と心を揺さぶる。
最初に、世界を守ろうと、暗鬼と戦おうと決めたのはレリスのイルドの屋敷だった。そのために、人々が協力して暗鬼と戦うための仕組みを作ろうと、漠然と考えた。
一介の中年サラリーマンには重すぎるその目標に、いま片手がかかったのだ。
いや……片手の指先くらい、かも。




