作戦会議の作戦会議
明日はラウリス奪還のための作戦会議だ。
もともとの予定では、リュウス大会議→ラウリス奪還という流れになるはずだった。それは、シルバスとリュウシュクというリュウス同盟の有力都市からの協力を、大会議で取り付けるつもりだったからだ。
ところが、大会議の会場に向うまでに、両都市と予想以上に早く強力な協力関係を構築することができた。
さらに、私の元へ当のラウリス難民たちからも『奪還作戦を進めてほしい』という要望が届いたのだ。後回しにする理由はない。
が、だからといって事前の根回しや調整が不要かといえばそんなことはなかったぜ。
例によって、リュウシュクの迎賓館。
「……では、明日はよしなにお願い致します」
「何から何まで、本当に感謝します」
「あまり気にしないでくれ」
応接室で私に淑やかに一礼したのは、妙齢の美女。腰までの金髪に純白のドレス、少し下がった目尻が柔和な印象を与える。
ラウリス王族の生き残り、レイティア・ラウラ・ラウリス王女だ。王女の横には、ラウリス偵察の案内をしてくれたライル青年もいた。
「それにしても……本当に、夢のよう……。命がある間に、ラウリスの地を踏める……『ラウリスの慈母』を目にすることが、できるなんて……」
レイティアは言葉通り、夢見るように呟いた。
彼女はまだ十代のころ、『喪失戦争』の先触れとなった暗鬼の軍団の発生により家族を失い、故郷を追われた。それ以来、難民の精神的な支柱となりながら自身も貧しい生活に耐えてきたというから、夢心地になるのも無理もない。
「明日の作戦会議では、貴女を差し置いて私が『盟主』を務めさせてもらうつもりだが、よろしいか?」
私は念のためもう一度彼女に聞いた。
『盟主』とは、今回のように様々な陣営から軍隊を出し合った連合軍の、政治的なリーダーのことだ。作戦面については『総指揮官』も選出することになるが、そちらは良民軍司令官であるソダーン氏しか適任はいないだろう。
今回の作戦の目的は聖都ラウリス奪還なのだから、本来ならラウリス難民のトップであるレイティア王女が『盟主』になるべきなのだが……。
「それはもう……。マルギルス様がおいででなければ、誰も本気でラウリスを奪還しようなどとは、思わなかったでしょうから……」
レイティア王女は青い目を潤ませていった。物腰といい、口調といい、とても窮乏生活をしてきた女性とは思えない。王族としての優雅さが染み付いているようだ。……少々、テンポはゆっくりだが。
「マルギルス様、本当に『例の話』は事前に他の都市の代表にしなくてよろしかったのでしょうか?」
両掌を合わせて感動の面持ちの王女の横から、ライル青年が心配そうに言った。
『例の話』。すなわち、聖都ラウリスのシンボルであった『神聖樹』が(私の呪文のせいで)完全復活している、という情報だ。
神聖樹はそれ自体が無限に魔力を生み出す奇跡であり、枝や葉は最高級の魔具の材料として高値で取引される。
『喪失戦争』がはじまった時にはすでにほぼ枯れていた神聖樹が、先日から復活しているという情報を知っているのは私たちと、ライルたちラウリス難民のごく一部だ。
「事前にこの情報を知っていたら、各都市は今の三倍の兵を送ってきたかもしれませんわね」
「五倍かも知れません」
同席していたクローラとエリザベルもしみじみと言った。
ラウリス難民は、これまでにリュウス同盟の各都市から多大な支援金を受けている。平たくいえば全て借金だ。もともとは回収できるアテなどない寄付扱いだった支援金だが、もしラウリス奪還に完全な神聖樹がセットになると知れば、各都市はこぞって支援金を取り立てるだろう。そこに、どんなドギツイ利子がつくか、分かったものではない。
ただし、ラウリス奪還後にどの程度これまでの貸金を回収できるかは、どれだけラウリス奪還に貢献したかにも関わってくる。『私のお陰でラウリス奪還できたんだから、お返ししてください』というわけだ。
ただしそれは、戦力面だけ考えれば悪いことではない。
「困ったときに助けてくれる人こそ、一番信用できる。現在、各都市が出してくれている戦力が、そのまま君たちへの友好の度合いだと思ってくれ」
「さすがマルギルス様……。素晴らしい、深謀遠慮ですわ」
「な、なるほど」
王女と青年貴族は頷いたが、今度はエリザベルが少し不満そうに首を傾げた。
「逆に、リュウシュクにシルバス、そしてレリスといったもともと信用できる都市には、お教えしておいても良かったのでは?」
「それも少し問題があってな。……モーラ?」
「はい。マルギルス様」
私は腕組みした。終わると思っていた話がまだ続きそうだったので、控えていたモーラに軽く頷く。彼女はうやうやしく一礼して、新しいお茶の準備をはじめてくれた。
「確かにそうしたいところではあるが、先のことを考えてみたまえ。ラウリスが……というより、『私』が一部の都市だけを贔屓した、と思われるのは長期的に見ればやっぱり損なんだ」
ラウリスだけのことを考えれば、友好的な勢力とそうでない勢力を分けて対処するというのは悪くない戦略だろう。それを、あくまで公平に扱うというのは私自身の都合もあるので、そこは申し訳ないけどな。
「マルギルスが『盟主』になるのも、同じこと。もし、レイティア様が盟主となられれば、誰もがこれまでの支援を盾に様々な要求をするでしょう。一番危険なのは、論功行賞の場ですわね」
ある戦いにおいて、誰がどの程度の功績を挙げたのか、それに対してどのように報いるか。それを決めることを論功行賞というが、『盟主』はこれにも大きな権限を持っている。権力基盤のないラウリス王女にやらせると、そこにつけ込もうというよからぬ考えを持つものも出るだろう。
「ええ。マルギルス様が『盟主』となられれば、皆様も安心して戦うことが、できますでしょう。あら……ありがとう?」
「い、いえっ。きょ恐縮です」
モーラが見事な手際で、私や王女の前に新しいお茶と茶菓子を並べた。レイティアは微笑ましいという顔でそれをみやり、モーラにも会釈する。
モーラにとっても、(落ちぶれているとはいえ)聖都ラウリスの王女といえば強い敬意の対象なのだろう、珍しく顔を赤くしてお辞儀をしていた。
「美味しいお茶に、お菓子ですねぇ」
「……そうですな」
クローラやエリザベルを見ていると、この世界では高貴な女性でもかなりしっかり食事は摂る傾向がある。というか、ダイエットという概念自体なかった(さすがに、肥満の方が美しい、とまでは言われていないが)。
その二人に比べても、レイティア王女は良く食べる。いや、別に食べて良いんだが。私はほとんど手を付けていないのに、話をしている間にお菓子がなくなったぞ?
「あ……あの、申し訳ありません。私ばかり、ぱくぱくと……。つい、美味しかったもので……」
「いや、気にされずに」
私が空の皿を見ているのに気付いた王女が、頬を赤らめて言った。何故か、そのまま身を乗り出してくる。
「あのぉ、マルギルス様? このような、大食いの卑しい女は……お嫌いでしょうか?」
「は?」
「レ、レイティア様っ」
レイティアは私の手を両手で握り、さらに顔を寄せる。視界の隅では、ライル青年が泡食った顔をしていた。ということは、これは王女のアドリブか……?
「私たち、ラウリスの民はこれまでずいぶん、苦しい思いをしてまいりました……。無事、ラウリスを奪還できても、独立を保つことすら難しいと……。もし、マルギルス様がよろしければ……貴方様をラウリス王家にお迎えできればと……」
「と、ラウリス貴族に言われたんですわね?」
「ええ……マルギルス様が私のお婿になってくだされば、怖いものなしだと……あら?」
王女は見事な誘導尋問に引っ掛かっていた。アドリブじゃないのか。まあそりゃそうか。
私が納得している間に、いつの間にかレイティアの左右に立っていたクローラとレイハが、ガシッ、と王女の両腕を掴んだ。
「そういうお話は、外交官たる私を通してくださいますか?」
「お召し物をどうぞ」
エリザベルがドアを開け、クローラとレイハが王女を引きずり出していく。王女の頭に、モーラがばさりと彼女のマントを引っ掛けた。
何このチームワーク。
「レ、レイティア様ぁっ」
「あら? あら?」
色っぽく目尻の垂れた目をパチクリしながら、レイティア王女は連行されていった。
前回で「いよいよ」とか言ってたのですが、今回はおさらいのような話になってしまいました。




