渾身の一言
翌日である。
『親善試合』の結果は上々だったと言えるだろう。
レイハたちダークエルフがさっそく世論調査をしてくれたのだが、リュウシュク市民からの我々への評価は劇的に上がっていた。
これまで詐欺師だの悪党だとと呼ばれていたが、今では『暗鬼からリュウス同盟を守る勇敢な兵士たち』『隕石を降らし巨人と竜を操る大魔法使い』として歓迎されているという。
心配していた、『やり過ぎ』についても許容範囲だったようだ。良民軍の兵士たちは、あの激闘がむしろ評判になっていた。一番問題だった、私の試合についても『魔法使いがあまりにも強すぎた』という好意的な解釈をされていた。ペリーシュラ女史に対する評価は、むしろ『魔術師ギルド本部でも実用化していない共同魔術を成功させ、魔法使いに奥の手を使わせた』と上がっているくらいだった。
いささか、手のひら返しが凄いな、と思わなくもないが……まあ世間の評価などこんなものだろう。そう、決して。気を利かせたレイハたちが情報操作して世論を誘導したなどということはあまりないはずだ。
それはともかく。
テッドたちジーテイアス城の戦士にとってもこの試合は大きな意味があった。これまでサンダール卿の過酷な訓練に耐えてきた彼らが、初めて人の喝采を受けたのだ。志願兵の若者たちとシュルズ族の戦士、そしてレードとの交流が深まったことも嬉しい誤算である。
私自身、彼らの志の高さを改めて知ったことは大きな収穫だった。
そんなわけで、私はその夜の『親睦会』にも内心ホクホクしながら出かけたのである。
「そういうわけで、良民軍の優れた情報網をジーテイアス城と共有させていただきたいのだ」
「なるほど。合理的ですな」
親睦会会場。質実剛健なリュウシュクらしく、立食ブッフェ形式だ。
私はソダーン司令官と杯を交わしながら、良民軍との連携についての構想を語っている。
「さらに、ジーテイアス城謹製の動く石像を、良民軍には優先的に配備させてもらいたい」
「あの動く石像には驚きましたぞ。あれを戦力にできるとなれば、心強い」
「動く石像を先頭に立てれば、兵士の損耗を減らせますね」
まだまだ酒の上での話しだが、ソダーン司令官とソラス大尉の反応は上々だった。
長いことかかったが、リュウス同盟全体を守るための対暗鬼同盟の設立が見えてきた。
「流石に長年前線で戦っていた方々は話が早い」
「いやいや。それだけ組織や人が硬直化していたとも言えます」
などと、和やかに歓談しているところへ。
「……マル……ギルス……!」
「お、お師匠さま!」
足音も高くやってきたのは、魔術師ギルドリュウシュク支部長ペリーシュラだった。昨日の試合直後に弟子たちに連れられた退場して以来だ。
綺麗に整えられていたボブカットの黒髪は乱れ、眼鏡の奥の目は血走っている。しかも顔も真っ赤だ。どう見ても泥酔している。……怖い。
彼女の背後には数名の弟子らしき若い魔術師が何人か居たが、おろおろするだけだった。
「何か御用でしょうか、ペリーシュラ師?」
「我が君はただいま司令官殿と歓談中ですが」
「むー……」
すかさず、クローラとエリザベルが私の前に立った。モーラも私の背後からペリーシュラを睨んでいる。……レイハはどこかからペリーシュラの挙動を見張っているだろう。
ちなみにディアーヌは少し離れたところでセダムに羽交い締めされていた。
「お前……貴方の……あの、あの魔術……いえ、魔法、はっ」
「ペ、ペリーシュラ師。少し落ち着かれては」
息を切らせ、大きく肩を上下させながら言葉を吐き出すペリーシュラ。見かねてソダーンも声をかけるが、全く無視されている。
「何と、何という力なの!? あんなのは、あんなのは獄炎のカルブランでも……いいえ、魔術師ギルドグランドマスターでも、魔術師学院初代学長でも不可能よっ」
ざわざわ、と。喚き散らすペリーシュラに、会場の人々の視線が集まる。ここにいるのは、良民軍の幹部やリュウシュク市の有力者たちだ。彼女にとっては大変にまずい状況なのだが……。
「なんで!? なんであんたなの!? なんで私ではないの!? 私は死ぬほどの修行をしてきたのに! 栄養失調になりながら勉強したのに! なんで!?」
「ペ、ペリーシュラ様っ」
クローラとエリサベルをかきわけ、私に掴みかかろうとしたペリーシュラをさすがに警備の兵士と弟子たちが押さえた。
それでも彼女の怒りと慟哭は止まらない。
「あんたは一体何歳なの!? 何百年修行をしたらあんなことができるようになるの!? 一体、どんなズルをしたら……っ」
「……」
『ズル』か。
彼女は気付いていないだろうが、私の一番の弱みに痛撃を与えていた。まったくもって、胸が痛い。
「いい加減に……」
「クローラ」
私より先に堪忍袋の緒を切らしたクローラを、片手を上げて制する。ここは私が治めるべき場面だろう。
「ペリーシュラ殿」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった彼女をじっと見つめる。
頭の中には、以前レイハから聞いた彼女の過去や動機が浮かんでくる。『親や他人から見捨てられた孤児であるという、過去へのコンプレックスから逃れるため』彼女は力を求め、私という存在を否定してきたのだ。
また、実際にここに来てから知った彼女のことも思い起こす。特に、親善試合で見せた『共晶術』とやらだ。クローラが言うには、あれはセディアの魔術界の革命のような技術らしい。
彼女は間違いなく、多大な努力と時間をセディアのために費やしてきた偉人だ。
偉人であろうが、個人的な感情に飲まれて我を見失いいろいろなものを台無しにすることもある。それを、私は歴史や経験からよく知っている。
「何よ! 私のような力のないものを見下して、さぞいい気分でしょうね!」
「私が今、貴殿に言いたいことは一つだけだ」
うだつの上がらない中年会社員に過ぎない私ではあるが。
二十年の会社員生活と、この世界にきてからの冒険によって、少しは磨かれたと思える能力が一つだけある。それは、人を見る目だ。
セダムたち冒険者、イルドやブラウズのような商人・政治家、フィルサンド公爵のような悪人に、戦族、暗鬼崇拝者。
呆れるほど色々な種類の人間を見てきた経験からして――ペリーシュラ女史には、自らを律するだけの矜持がある。……と、思う。
自分の目を信じ、決断すること。それもまた、大魔法使いの仮面と王としての責任を持つものの仕事だろう。
だから私は、自分の目と『彼女自身』を信じてこう言った。
「ペリーシュラ殿。恥を知れ」
「なっ!?」
「…………っ」
私の暴言とも思える一言に、会場は静まり返った。クローラやエリザベルも息を呑んでいる。
「……」
ペリーシュラは顔を青ざめさせて黙り込んだ。私もまた、無言。
「……ぐっ……うっ……」
魔術師ギルドの支部長として、超級の魔術師として、良民軍の協力者として。彼女はこれまで懸命に努力してきた。そうして認められてきた権威と、信頼を、自分の感情に任せて滅茶苦茶にするのか? 私は、『恥を知れ』の一言にそういう意味を込めた。
ペリーシュラにその意味が通じると、信じてのことである。
「く……うぅぅーっ!」
ペリーシュラはぐっと仰け反って天を仰ぎ……眼鏡を外して涙をぐいと拭った。
息を整えながら眼鏡をローブの裾で拭き、それをかけると私を見つめる。
「……マルギルス、殿」
すでに彼女の声は静かだった。ぎりぎりで激情を押さえつけている震えはあったが、彼女はそれを意思の力で制御している。
両手を胸にあてて、ペリーシュラは深く頭を下げた。
「貴殿への数々の非礼・暴言。心から謝罪いたします。それら全ては撤回し、改めてここに貴殿の偉大な技量に対する尊敬の念を表明いたします。此度の暴言への慰謝料などについては後日詳しくご相談させていただきたい」
しっかりと言い切った彼女の目は濡れていたが、落ち着きは取り戻したようだった。
「……謹んで謝罪を受け入れたい。ペリーシュラ殿。貴殿の克己心に敬意を表する」
ペリーシュラの完璧な謝罪と私の返答に、会場中に『ほう』とため息が溢れた。
……一番ほっとしたのは間違いなくこの私だがな!




