大魔法使い 対 大魔術師
私とクローラはだだっ広い訓練場の中央に立った。
正面、十メートルほど先にペリーシュラとその弟子五名が並んでいる。
「これより、魔術師ギルドリュウシュク支部所属ペリーシュラ首席魔術師以下五名と、ジーテイアス城主ジオ・マルギルス以下一名との『狂門の儀』を執り行う。戦神ランガーおよび夜遊神ソールの御前にて、双方の優劣を決すべし」
横にいた戦神神官長が朗々とした声で告げる。私も、相手も軽く杖を挙げ同意を示した。
「さっきの試合は良かったが……今度はどうだ?」
「マルギルスってのが本当に詐欺師なら、ここに出てこないんじゃないか?」
「そもそも、あんな凄い戦士が詐欺師の部下になるかな?」
客席の声は細かくは聞き取れない。が、罵声や石が飛んでこないだけマシというものだろう。これも、テッドやディアーヌ、兵士たちが頑張ってくれたおかげだ。
だから、私も彼らに相応しい主であると、証明しなければならない。……いやまあ仮面ではあるが。
「最後にもう一度だけ機会を与えましょうか? 今すぐに杖を置き降伏するなら、悪いようにはしませんが?」
眼鏡を光らせながらペリーシュラが降伏勧告してきた。彼女の身長よりも長い杖が、ギラギラと緑色に輝き威圧してきている。彼女もあれで実際、親切心で言ってくれているのかも知れない。
「こ」
「ご配慮痛み入るが、結構だ。よくよく考えてみると、今後のためにもこれは確かに良い機会だった。遠慮せず、全力を見せていただきたい」
クローラが何か言いかけたが、それをすかさず遮って丁重にお断りする。これ以上クローラに切れ味魔剣並の嫌味を言わせると、後に差し障る。
「では……試合開始する。ランガー!」
空気を読んで、主審が試合開始を告げた。
実際、勝つだけなら本当に簡単なのだ。
例えば、事前に見えざる悪魔を六体召喚しておいて、試合開始と同時に相手を拘束させればいい。が、このやり方だと観客はもちろん、やられた当人たちにしても何が何やら理解できないだろう。下手をすればこれまで以上に詐欺師疑惑を強めてしまう。
なので、クローラが集団戦にもちこんでくれたのは、本当にナイスアシストなのである。
「ウィンドウォール!」
「アイスウォール!」
「この呪文により……」
定石どおり。まずクローラとペリーシュラが防御魔術を使った。私は私で、予定どおりの呪文を唱え始める。
私たちの前に暴風、リュウシュク陣営の前には透明な氷の壁が出現した。一対一の試合なら、この後駆け引きが始まるのだが。今回は集団戦だ。ペリーシュラ以外の五人の魔術師からさっそく攻撃魔術が飛んでくる。……と、思っていたのだが。
「六連式共晶術! 準備!」
「了解!」
ペリーシュラの背後に妙な陣形で並んでいた高弟五人。彼らが杖を高く掲げると、杖を虹色の光線が結び、宙に何かの紋様を描き出していた。
なんだ?
しかしやはり、魔術は『早い』。
「共晶術クリスタルトルネード!」
五人の弟子に加え、ペリーシュラも声を合わせて一つの魔術を行使した。空中の紋様から荒れ狂う竜巻が生まれ、蛇のように私たちを飲み込もうとする。竜巻は全体に白く見えた。内部で氷の結晶がミキサーの刃のように渦巻いているのだろう。
「しゃら……くせぇですわっっ!」
氷の竜巻をクローラの暴風の壁が受け止める。暴風の壁は耐えたが、大きくたわみ今にも突破されそうだ。
クローラは杖を掲げ、ぎりりと歯を食いしばる。
彼女は全ての魔力をここで消費するつもりだ。そうでなければ、簡単に暴風の障壁は破られていただろう。
彼女が必死に稼いでくれる時間を無駄にするわけにはいかない。私は詠唱を続け……。
「……時の歯車を止め世界を我が一人の支配下に置く。その支配期間は1D4足す一ラウンドなり。【時間停止】」
ワンパターンと言うなかれ。相手を圧倒する呪文の使い方となれば、初手時間停止は鉄板中の鉄板だ。
無事、呪文の詠唱は終わり世界の時間が止まる。今回の停止時間は四十秒だった。
「この呪文により彼等を守る力場のドームを造り出す。【力場の壁】」
「この呪文により森の巨人三体を創造し一時間の間使役する。【怪物創造】」
「この呪文により森の巨人三体を創造し一時間の間使役する。【怪物創造】」
(呪文の効果が表れるのは同時だが)まず、力場の壁でペリーシュラたち六人を囲む。これは攻撃というより彼等を守るための措置だ。
さらに怪物創造の呪文で森の巨人六体を作り出し、ペリーシュラたちを取り囲むように配置する。ちなみに、今回の巨人たちはいつもの土木作業スタイルではなく、お揃いの鎖帷子に巨大な方盾、剣という戦士の出で立ちである。
巨人たちには出現し次第、方盾を並べてペリーシュラたちの周りに防壁を作るよう命じてある。
そして、もう一度。
「……時の歯車を止め世界を我が一人の支配下に置く。その支配期間は1D4足す一ラウンドなり。【時間停止】」
時間停止中に時間停止の呪文を使う。どういう処理がされるのかと思っていたが、私の感覚的には停止する時間が延長されたようにしか感じなかった。
もちろん、停止した時間の『外』にいるみんなには何もわからないだろう。
ともあれ、新たに獲得した二十秒で、私は追加の二つの呪文を使った。
「この呪文により赤竜三体を造り出し三十分の間使役する。【全種怪物創造】」
「この呪文により天空から八つの流星を招来し、我が敵の頭上に降らす。【隕石】」
止まった時間の中で立て続けに呪文を使うというのは、やはり疲れる。
とりあえず、やるべきことをやり終え、時間停止の効果が切れるのを待つ。待つまでもなく、体感で二秒も立たないうちに時間は動き出し、全ての呪文が効果を表した。
「ひぃぃぃぃーっ!?」
「うわぁぁぁぁ!?」
やはり最も強烈だったのは、天空から飛来した隕石だろう。
八つ全てを訓練場に落とすほど非常識ではない。慎重にコントロールした一番小型の隕石が、ペリーシュラたち六人の魔術師の頭上で炸裂した。
事前(というか同時に)力場の壁で覆っているので彼女たちにダメージはないが凄まじい爆音と衝撃、爆炎が襲いかかる。
魔術師たちは悲鳴をあげた。頭を抱えて蹲るもの、へたり込むもの。ペリーシュラ本人は杖を支えにしてどうにか立っているのが、むしろ立派だ。
「あ? い、生きてる……」
「どうなってるんだ……」
そして、凄まじい爆発にも関わらず自分たちが無傷であることに気付いたペリーシュラたちは、別のことにも気付く。
「ぎゃぁぁぁ化物ぉぉぉ!?」
「きょ、巨人! 巨人だぁぁぁ!」
「しかも……か、囲まれてるっ!」
そう、彼らの周囲を取り囲み盾で壁を作っていた森の巨人たちである。隕石の爆風や破片が客席やこちらに飛び散るのを防ぐための命令を、彼らは忠実に実行していた。
さらに。
「ギュォォォォォ!」
「ギガァァァ!」
「ド、ド、ドラゴンだぁぁぁ!」
「ひいっっ」
「うひゃああっ」
上空で旋回していた三体の赤竜たちが低空飛行で接近し、灼熱の炎を彼らの頭上に浴びせていく。力場の壁で無事ではあったが、もはや魔術師たちの心は完全に折れていた。
ペリーシュラも、へなへなとへたり込んでいた。
最初に弟子たちが作った奇妙な光の魔法陣もとっくに消滅している。
試合開始前に書いていたシナリオ通りに進めることはできた。観客席の市民たちも、魔術師たちと似たような反応である。
『大魔法使いの本気』は十分に見せることができた。
その上で、巨人たちが呪文の効果時間切れで消滅するところを見せたりして、私の力にも限界があることを知らしめる。
接待にはほどとおいが、これくらいが『落とし所』としては丁度良いんじゃないか……と、思ったのだが。
「あ……あぁ……嘘よ……こんな……こんなことって……」
ペリーシュラ女史は、虚脱した表情でドラゴンや巨人たちを見上げていた。……なんだか地面に染みが広がっているような気もするが、これは無視した方が良さそうだ。
下手に手加減して遺恨を残すより、すっぱり真剣で一刀両断した方が回復は早い……そんな期待でこのシナリオを採用したんだが。……大丈夫だよな?




