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模範試合 その2

 中央良民軍最強の二兵士対、ジーテイアス城最後の一人。

 素人目にも興味をそそる、好カードだろう。……リュウシュク陣営の人々にとっては。


 案の定、レードが木製の大剣を二度振り回しただけで、彼らは地面にぶっ倒れていた。


 「……な……は?」

 「嘘でしょ?」


 私に並んで観戦していたソダーン司令官とペリーシュラ女史も、目と口をあんぐり広げていた。

 それは当然、市民や他の兵士たちも同じだった。広い訓練場が凍りついたように静まり返っている。


 「……見事な腕前。さすがは『暗鬼狩り』」

 「……」


 なので、ただ一人残った良民軍選抜、ソラス大尉の声はよく響いた。相も変わらず仏頂面(といっても悪魔的な兜で隠されているが)のレードは、微かに頷いたようだ。


 「あの異形の鎧にあの強さ……やはり。彼は戦族の戦士ですな?」


 ソダーンが呟いた。まだ少し呆然としているようだが、さすがの眼力と言えるだろう。


 「そのとおり。彼は個人的に私に協力してくれている。……ジーテイアス城にいれば、わざわざ暗鬼を探す手間が省ける、とね」

 「なるほど……」


 事前にレードと打ち合わせしておいた答えを返す。ソダーンは特に不審には思わなかったようだ。


 「自分ごときとても勝ち目はないが……。これも試合。お構えあれ」

 「……」


 「おおっ!?」

 「ソラスさん、まだやる気か!?」

 「無茶だろあんな化物に」


 観客席のざわめきも気にせず、ソラスはまっすぐにレードを見つめ木剣を構えた。レードも無言で大剣を肩に担ぎ直す。


 「ソラス……」


 ソラス大尉はソダーン司令官の実の息子だ。それも、三人の息子のうちたった一人だけ生き残った子だ。それでも、ソダーンは小さく呟いただけで、冷静に息子……いや、ソラス大尉の姿を見守る。


 「うおぉっ!」


 気合の声をあげてソラスは突撃した。小細工もなにもない、正面から全力で木剣を振り下ろすつもりだろう。


 「しっ」

 「うわっっ!?」


 レードがどう思ったかどうかわからないが。私には彼が紳士的・・・に見えた。間合いで遥かに勝る大剣を地面すれすれに旋回させ、ソラスの足首を払う。

 強烈な足払いをかけられたように跳ね上がるソラスの胴体へ、真上から大剣を叩きつけた。


 「がふっ!?」


 ソラスの身体は地面で大きく一度バウンドしてから転がった。凄まじい攻撃だが、まあレードにしてみれば『人間向け』に手加減したつもりなのだろう。


 「…………」

 「あ、赤一番戦死!」


 私の周辺も、観客席も静まり返った中、審判役の神官が我に返ったように叫んだ。それを受け、主審である神官長が白い旗を上げる。


 「赤、指揮官戦死判定につき、勝者はジーテイアス城! 両兵士にランガーの誉れあれ!」

 「…………」


 主審の宣言があっても、観客席はまだ戸惑ったままだった。私の見たところ、市民たちも、兵士同士の激闘には感じ入っていたようだった。精鋭二人とレードの勝負にも、ソラスの敢闘精神にも純粋に感嘆している。

 それでも反応できないのは、この結果を受け止めることがリュウシュク市と良民軍の恥になるのではないか? と心配しているのだろう。

 そこに。


 パチパチパチ、と。

 ソダーン司令官が無骨な手を叩いていた。戦場の風雨に晒された厳つい顔には、うっすらと微笑みすら浮かんでいる。それが、市民や兵士たちのタガを外した。


 「うぉぉぉぉ!」

 「そこのデカイのぉー! すげえぞぉー!」

 「ランガー! ランガー!」

 「ソラス大尉ぃー!」

 「両者良く戦った!」


 割れんばかりの、とはこのことか。観客席からも、兵士たちの待機場所からも、大歓声が巻き起こった。

 聞いてみれば、良民軍への賛辞はもちろんだがジーテイアス兵士や、レードへの賞賛の声も結構混じっていた。どちらの軍へも、貶めるような声は一切ない。


 そんな歓声の中、よろよろと両軍兵士が立ち上がっていく。


 「いやー、さすが良民軍っすねぇ。強い強い」

 「君たちの根性もなかなかだった」

 「最後の奇襲は驚いたぞ」

 「……今度はぜってーころす……」


 などと、お互いの健闘を称え合う。


 「凄まじい腕だな……」

 「私たちもまだまだだ……」

 「貴方がたのような強靭で強力な兵とともに戦えるとは、光栄です」

 「……」


 精鋭三名とレードも、和やかなムードになっていた。多分。


 「そうか。これは親善のための試合、だったものな」


 私は訓練場の光景を見つめながら呟いた。ジーテイアス城の兵士たちの必死の戦いが、良民軍精鋭の軍人としての挟持が、自然とお互いの『親善』を深めたのだ。

 良民軍も市民も、全力のジーテイアス兵士たちの戦いを認めてくれたのだ。彼らの度量を私が小さく決めつけていただけだ。

 ……なんだか、色々と小賢しいことを考えていた自分が馬鹿みたいだな。



 「一体何を笑っているの? これだから男は……」


 ……ソダーン司令官の向こうで、実に悔しそうに良民軍兵士を睨みつけるペリーシュラ女史。そのつぶやきが耳に入らなければ、いい気分でいられたのだが。




 私とクローラは、訓練場に降りてきていた。

 反対側には、ペリーシュラと魔術師ギルドの精鋭五名が待機している。親善試合の第二戦がこれから始まるのだ。


 クローラは、昨日のうちに私に魔術師同士の決闘について講義してくれていた。

 まず、原則としてお互いの魔術を阻害する「サイレンス」は禁止らしい。これをやってしまうと、「初手サイレンス」から延々とサイレンス合戦になってしまい、単なる魔力量比べで試合が終わってしまうのだ。


 生身で攻撃魔術を撃ち合うというのは、裸で銃撃戦を(至近距離で)するに等しい。よって、通常の試合では初手はお互い防御魔術を使う。岩の柱や風の壁を立てるわけだ。


 二順目からは、1:相手の防御魔術を破壊する攻撃魔術を使う。2:防御魔術の隙間を縫って敵を直撃する攻撃魔術を使う(高難度)。3:防御魔術でさらに防御を厚くする。4:移動して魔力を温存しつつ攻撃ポイントを確保する。の四択になるのが普通、ということだった。


 もっとも、相手が私という『魔法使い』だった場合、このセオリーは完全に通用しなくなる。なにせ、一ラウンドの概念が違う。魔術師は十秒もあれば二つ三つは魔術を行使できるのだから。


 そこでクローラは機転を利かせ、最初の防御の部分を彼女が担当できるよう団体戦……『狂門の儀』を提案してくれたというわけだ。


 「クローラ、言っておきたいのだが」

 「なんですの?」

 「君と私なら絶対に勝てる……だけでなく、リュウシュクの人々の信頼を得ることができると信じてる。よろしく頼むよ」

 「……」


 黙って聞いていたクローラは、しばらくして晴れやかに微笑んだ。


 「わたくしを誰と心得ますの? このクローラ・アンデルに全てお任せなさいな! ……が」

 「?」


 清々しいまでに偉そういつものように言い切ったクローラ。だが。直後に言葉を付け足し、私の目の前にうやうやしく片膝を着いた。前にも見た、両手を胸の前で交差させる姿勢だ。


 「ジーテイアス城主にして大魔法使いジオ・マルギルス殿。アンデル伯爵家長女、レリス市魔術師ギルド第五席正魔術師クローラは、貴君のため全ての能力と全ての意志をもって戦い、勝利を捧げることをここに宣誓いたします」

 「……」


 クローラはたまにこれ・・をやってくる。美女に跪かれると、頬が勝手にニヤけるから止めてほしいのだが……。彼女は少し視線をあげ、客席やペリーシュラたちの方をチラリと示した。

 ……そうだな。ここは、城主らしく……英雄らしくせねばならない場面だ。


 「我が親愛なる魔術師クローラ・アンデル。貴公の忠誠と魔力が我が手に勝利をもたらすことを確信している」

 「はっ」


 再度、深く頭を下げたクローラ。私が軽く手を振ると立ち上がった。


 「……」

 「……」


 今のは中々の名演、良いコンビネーションだったと思う。観客席からも、ざわざわと感心したような声が聞こえた。その中で少しの間見つめ合うが……何となくお互い照れくさくなって視線を逸らす。


 「それじゃ、行くか」

 「参りましょう」


 私は彼女を従え、訓練上の中央に向けて歩き出した。

 ペリーシュラ女史を先頭に、六人の魔術師は先に整列していた。お互い、しきたりどおり二十歩の距離を置いて立つ。


 最初、試合と言われた時にどうやって接待しようか悩んだものだが。ディアーヌやテッドらの頑張りに、ソラスたちの爽やかな言動を見て少し考えが変わっている。

 ペリーシュラたちの顔を立てる、という部分については、悪いがクローラに任せよう。その後は、きっちりと私の――兵士たちやクローラが主と認めてくれる――大魔法使いの力、存分にお見せしよう。


 ……いや、やっぱり殺さないようにだけは、気をつけないと。


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[一言] レードを戦力に数えるの普通にずるいな?暗鬼狩りのアピールには良いか。
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