模範試合 その1(三人称)
三日後。
リュウシュク郊外の訓練場に、リュウシュク市民がどっと押し寄せていた。無論、中央良民軍&魔術師ギルドリュウシュク支部VSジーテイアス城という、模範試合を観戦するためである。
もっとも、好カードを期待しているという雰囲気はあまりなかった。
「良民軍が悪い魔術師とその手下をやっつけてくれるんだな!」
「ああ。ママギルスとかいうやつは美人をさらっては城に連れ込む助平野郎らしい。ぶん殴ってもらいたいぜ!」
「あれ? マルガルスじゃなかったっけ?」
「何でもいいよ。どうせレリス市と手を組んで美味い汁すすろうっていう悪党だろ」
このように、良民軍による悪党一味への制裁を見物したいという者が多かった。他の都市と交流を持つ船乗りや商人などの中には、「いや、マルギルスってのは結構立派な人らしいぜ?」とか、「俺のレリスの親戚はマルギルスのお陰で助かったって言ってたが」という擁護意見もあったが少数派だ。
模範試合は、良民軍の慣習にのっとり「赤軍」と「白軍」に別れて戦う。
白軍側、ジーテイアス城一党は訓練場の西側に集合していた。「白軍」を表す白いタスキをかけている。タスキには個人識別のためのナンバーもふってある。
参加メンバーは十一名。ディアーヌとシュルズ族戦士四名、テッドに兵士四名、そして指揮官役にレード。レードは前日の作戦会議の場で、「君が先頭で突っ込んだら余計反感を買うから、訓練だと思って指揮官役をやれ(意訳)」とジオに言われたのだ。
「あー、諸君。日頃の訓練の成果を発揮して、怪我のないよう励んでもらいたい。本当に、無理はしなくて良いから」
城主ジオ・マルギルスが試合に参加するメンバーに向けて訓示を述べた。剣にも酒にも劣る(セディアの格言)台詞であったが、兵士たちは拳を突き上げて叫ぶ。
「おう! 俺に任せといてくれよ我が君! この町のへなちょこ兵士なんざ皆殺しにしてやりますぜぇ!」
「やってやりますよぉ! サンダール爺さんの特訓の成果を見せてやるっす!」
「見ててくださいマルギルス様!」
「俺たちだって良民軍相手に負けませんから!」
ディアーヌは平常運転であったが、遠征チーム内では比較的一般的な感性の主であるテッドもかなり興奮している。それは、兵士や戦士たちも同じだった。気合に満ち溢れた表情だ。
彼らがジーテイアス城に集まってから日数は過ぎているが、実際の戦いはほとんど経験していないのだ。ジオが知ったならば複雑な顔をしたであろうが、彼らは忠誠心を発揮できる舞台を求めていたのである。
一方の赤軍側。
中央良民軍のチームの士気も高かった。ソダーン司令官も、負けるつもりで試合を申し込んだわけではない。対暗鬼、対人間ともに経験豊富な良民軍の中から選びぬいた精鋭を集めている。
指揮官役に抜擢されたは、ソラス大尉。ソダーンの実子であるが、決して親の七光りではない。
精悍な顔をさらに引き締め、兵士たちに声をかける。
「あの大剣の戦士。あれは多分、暗鬼狩りだ。まともに戦うわけにはいかない。こちらはできるだけ余力を残して彼を引っ張り出さねば負ける」
「逆にいえばそれ以外は雑魚ってことだな」
「……うむ。作戦はどうする?」
良民軍チームで特に目立つのは二名。
言い方は下品だが、ジーテイアスチームの弱点を言い当てたのはウォッド。レードに匹敵する長身で、体重は半分以下だろうか。影法師のように縦にひょろ長い男だ。両手に木剣をぶらさげている。
重厚に頷いたのはウォッドと正反対に横幅が広く背の低い男、ダリー。木製の巨大な戦槌を担いでいる。
この時、反対側からジオが【達人の目】で観察して目を剥いたのだが、彼らの『D&B』換算レベルはウォッドが十レベル、ダリーは八レベルだった。この世界においては十分以上に達人を名乗れる実力である。
さらに、他の兵士たちも平均して三レベル。リュウス同盟最強の軍事組織という看板に偽りはなかった。
ちなみに、ジーテイアス側は二十一レベルを筆頭に、ディアーヌが六レベル、テッドが四レベル。兵士のレベルは平均一レベル。シュルズ族戦士は三レベル。
そのお互いの実力を見抜いているのだろう、ソラスの作戦は明快だった。
「ウォッドとダリーは自分と待機。残り八名は鋏陣だ」
「八人で相手をできるだけ削って、とどめは俺たち三人? ちょいと馬鹿正直過ぎないか?」
鋏陣とは、兵士を「V」型に配列する陣だ。日本の戦国時代でいう鶴翼の陣に似ている。突入してきた敵を包囲することを狙う、どちらかといえば防御に適した陣形でもある。
「兵法書にいわく、『軍の最上は正道にて勝利すること』。全体の練度はこちらが圧倒的に上だ。ならば、下手な小細工をしない方が足元をすくわれる危険を減らせる」
「ふうむ。……まあ、そうだな」
「これより、中央良民軍選抜部隊と、ジーテイアス城兵士隊の模範試合を執り行う。戦神ランガーの目にとまるほどの武勇を!」
主審として呼ばれた、戦神神殿の神官長が中央で声を張り上げた。訓練場には他にも、参加者一人一人の勝敗や不正のチェックを行う審判役の神官が配置されている。
「……ランガー!」
「おおおぉ!」
「やっちまえー!
戦の神を称える叫びとともに、試合が開始される。観客のボルテージが一気に跳ね上がり、歓声が轟音のように訓練場に満ちた。
「ん? あれは」
作戦通り見事な陣形でジーテイアス側を待ち受けたソラスは、首を傾げた。こちらへ向かってくるの相手は、ほぼ横一直線の陣形だったからだ。
「兵法を知らんのか?」
このまま彼らと激突すれば、簡単に包囲し殲滅できるだろう。いや、一人だけ後方に待機しているものがいた。見間違えようのないあの巨体、異形の鎧。
「こちらと考えることは同じか。構わん! 前進!」
「おおっ!」
ジーテイアス側も、最大戦力である戦士を温存するつもりだろうとソラスは見抜いた。同じ戦術ならば余計に、軍としての地力がモノを言う。
「ぬああっ!」
「ぐへっ!」
「白三番戦死!」
両軍の左右が最も早く接触した。良民軍兵士の突き出した槍がジーテイアス兵士――あの、最古参の志願兵レンドだった――の胸を突き、吹っ飛ばす。審判役の神官が素早く旗をあげ、脱落を宣言した。
「……いや、まだまだぁ!」
「!? ……白三番生存!」
仰向けにひっくり返っていたレンドが、ふらつきながら立ち上がった。慌てて宣言を取り消す審判を尻目に、彼は戦列へ戻っていく。
「これくらいサンダール爺さんのシゴキに比べればぁ!」
「くそっ未熟者のくせに!」
槍と槍が激しくぶつかり合う。レンドの気迫が、一瞬だけ相手の良民軍兵士を押し込んだ。
「ぎゃあ痛い!」
「痛がるなっ! 判定負けするぞ!」
「うぁぁぁぁ! キナぁぁぁ!」
痛みと恐怖で叫びながら必死で槍を突き出すのは、『淵の村』で徴兵された若者三名。その時は新兵だったが、今やレンド以上の古株である。
惚れた少女への想いと、若さゆえの体力が、良民軍との実力差を一瞬だけ埋める。
双方とも主力を温存する戦術だったが、良民軍からは三人抜けている。今、激突している人数だけでいえば、十人対八人とジーテイアス側が有利だった。
しかしもちろん、それだけで実力の差を覆すことは不可能だ。
ジーテイアス側の戦列はジリジリと押され、ソラルの狙い通り包囲されていく。すでに根性ではカバーできないダメージを受けて、数名が脱落している。
「おらおらおらぁっ! 死にくされぇ!」
「殺しちゃダメですからねディアーヌさんっ!」
それでも、ジーテイアス側の中心であるディアーヌとテッドは奮戦した。ディアーヌは木剣、テッドは木製の槍を手にしている。二人は流石に良民軍兵士相手にも互角以上に戦い、戦列を支える。
「ダヤー!」
「姫様だけに頼るな! ダヤー!」
「ちぃっ蛮族め! くねくねするな!」
特にディアーヌとシュルズ族戦士の、リュウス地域とは型のことなる戦い方は良民軍兵士の戸惑いを誘った。
だがそれでも。ソラスが言ったとおり『軍の最上は正道』であった。
「ぐはっ……」
「キナァっ!?」
「白の二番、五番、六番戦死!」
一瞬の勢いが受け止められれば、良民軍の実力がものを言った。ジーテイアスの兵士たちは確かにこの数ヶ月辛い訓練に良く耐えてきた。だが、それと同じかより辛い訓練を、良民軍の兵士はより長い年月くぐり抜けてきているのである。
「うごっ……ここまでっす……!」
鳩尾に木製の槍の一撃を受けたテッドがディアーヌに頷く。すでに、ジーテイアス側の兵士も戦士も地に転がっていた。
「……おうよ!」
だがテッドの言葉は諦めではなく、ディアーヌへのゴーサインだった。シュルズ族『武の頭』の娘は、テッドの肩に手を置き、思い切り跳躍した。
「何ぃっ!?」
テッドの肩を使って跳躍したディアーヌは、目の前の良民軍兵士の頭を踏みつけ、さらに高く遠く跳んだ。
「死ねやぁぁぁぁ!!」
振り下ろす木剣の狙いは、指揮官役ソラス。
「甘いぜお嬢さん!」
「ぎゃんっ!?」
だが、ディアーヌの刃はソラスまで届かなかった。縦にひょろ長い男、ウォッドの木剣が、空中の彼女を叩き落としたのだ。
地面に叩きつけられ、ディアーヌが気絶したのは幸運だった。ウォッドや良民軍兵士にとって、だ。もしもその時点で意識があれば、ディアーヌは理性を失い……お互いにとって惨事になっていただろう。
「勝ったな」
「あとはあいつだけだ」
ディアーヌの奇襲を切り抜けた良民軍は、素早く隊列を整えた。彼らの前には圧倒的な巨体。木製の大剣をかついだまま微動だにしなかったレード。
「……」
貴賓席でソダーンやペリーシュラらとともに観戦していたジオは、ずいぶんと歯がゆい思いだったが。指揮官役に指名されたレードが何もしなかったのは、実を言えばテッドやディアーヌからの願いだった。
「……なるほど。感服した」
「お気づきになりましたか」
隣り合って座るソダーンの呟きに、ジオは内心首を傾げながら頷いた。
「貴殿らの理念は、暗鬼からリュウス同盟を守ること。……ジーテイアス城の兵士はあくまでも防衛のためにあることを、証明されたのですな。最後の奇襲はまあ、おまけのようなものであろう」
何十年も前線で戦い、司令官をやってきただけのことはある。ソダーンは戦いを通じて軍隊の意志を感じることに長けていた。
「……うぅ」
一方、もちろんそんなことには長けていないジオであったが、ソダーンの解説を聞いて目頭を熱くしていた。テッドやディアーヌだけでなく、言い方は悪いが末端の兵士たちにも強いモチベーションがあることに感激したのだ。
「……な、なに。彼らには良い指導者がついているのでね」
「こちらの勝ちとはいえ、見事な戦いだったと言えよう」
ジオは、ここでようやく余裕を取り戻す。
「ご冗談を。ジーテイアスに勝ったと言われるなら、彼を倒してからにしていただきたい」




