心が純粋な乙女
「模範試合、か」
楽勝、楽勝。
まあ確かに、『ただ勝つだけなら』何の問題もない。
良民軍との試合というのが、どの程度の規模なのか分からないが。その手のことならば、うちのほらあれだ、レー何とか君に任せれば大丈夫だろう。むしろ、相手が心配だ。
魔術師ギルド支部長ペリーシュラ女史と私との試合についても、事前に防御や移動用の呪文を使用しておけば、負ける方が難しい。
……もしも、私が騎士道精神を発揮して、そうした事前準備をしていなければ話はまったく逆だがな。何しろ、魔術師と魔法使いはいわば、マシンガンとミサイルのようなものだ。こっちがミサイルの発射準備をしている間に、マシンガンで蜂の巣にされるだろう。
しかしこれは、高校の部活の親善試合とはわけが違う。
市民の目の前で、これまで彼らを守ってきた良民軍や魔術師をこてんぱんにでもしてみなさい。我々への印象は最悪になる。
「うーむ」
「あの、試合とは具体的にどのように行いますか?」
私が考え込んでいると、エリザベルがフォローしてくれた。本当に気が利く子だ。
まず、良民軍との試合については、以下のような答えだった。
・お互いに指揮官一名、兵士十名を用意する。
・制限時間内に指揮官を倒した側が勝利。お互いの指揮官が残った場合、倒した兵士の数を比べる。
・倒す、とは気絶もしくは武器を失うこと。降伏も認める。
・武装は自由だが、木製もしくは布などでカバーしたものを使う。
予想はしていたがかなりバイオレンスだな!
気絶するまで殴り合うって相当痛いぞ……。まあ、ソダーンはもとより、エリザベルやクローラも平然としているので、これくらいがこの世界の普通なのかも知れないけども。
「では、ペリーシュラ殿との試合は?」
「それは当然、『秘術の試し』を執り行います」
なるほど。分からん。
「ペリーシュラ師。念のため確認いたしますが。お互いに二十歩の位置から開始し、『サイレンス』は禁止、魔力が尽きるか、戦闘不能になるか、降伏することで決着……でよろしゅうございますね?」
「ええ、もちろんよ」
私の頭上に「?」が浮かんだことを察したのだろう、クローラがすかさず確認してくれた。まったく、私にはもったいない仲間だ。
まあ、このルールなら事前に呪文を使っていても反則じゃないっぽい。私が無駄な騎士道精神を発揮しさえしなければ、何とかペリーシュラ女史に恥をかかせないような穏当な勝ち方もできるか、な? ……と思っていた時。
「はぁ……。申し訳ございませんが」
「何か?」
背後に立つクローラが、優雅に嫌味っぽいため息をついた。それだけで、目の前のペリーシュラ師の額に薄く青筋が浮かぶ。見事な煽りスキルだが、一体どうした?
「師は少々、マルギルス様を見誤っておられますわね。本来、『秘術の試し』は互角の腕前の魔術師同士の決闘のための決め事。師とマルギルス様では成立いたしませんわ」
「……なっ!?」
おいおい、どうした?
クローラは立板に水の見事な口上で、ペリーシュラのプライドをブン殴りにいっている。これまで彼女が公式の場でこんな暴走をしたことはないのだが……いや。
「おね……クローラ様?」
「エリザベル。せっかくのクローラの意見だ、聞いてみよう」
たまりかねてクローラを止めようとするエリザベルを制止する。……そうしつつ、視線で仏頂面のソダーンと今にもキレそうなペリーシュラも牽制していた。
そう、クローラが意味もなくこんなことをするわけがない。
「たかが五席の分際で言うようになったわね……。では、どうせよと言うのかしら?」
「ここは、お互いの力の差を考慮して『狂門の儀』といたしましょう。であれば、リュウシュク市民もマルギルス様とジーテイアス城の力を、正しく評価できましょう」
『狂門の儀』とは、個人ではなく一族や一門同士での揉め事を解決するための決闘のルールで、要するに団体戦のことだった。
団体? つまり……。
「正気なの? リュウシュク魔術師ギルドの正魔術師三十名と、そちらの二人で試合すると?」
「もちろん。何なら、私一人でお相手して差し上げてもよろしくってよ?」
最後に『オーッホッホッホ』と悪役笑いしないのが不自然なほど、挑発的な台詞は似合うクローラ。いや、感心している場合でもないんだが。いや本当に、何か考えがあるんだよな?
「よくまあそこまで大口が叩ける! 良かろう、我がギルド全員が出るまでもない。直弟子五名と私で、相手をしてやろう!」
「……本当によろしいのか? ……まあ、こちらが言い出したことですしな。日時や詳細な条件については、後ほど使者に説明させよう」
と、怒り狂ったペリーシュラと不審気なソダーンは帰っていった。
「お、お姉さま! あれはいくらなんでも……越権行為ですわ!」
客人が帰ると、我慢できないというようにエリザベルがクローラに食ってかかった。エリザベルにとっての要点は『越権行為』なんだな。つまり、エリザベルも私が試合で負けるとは思っていないわけだ。
「まぁまぁ。……正直、私にも良く分かってないんだ。クローラ、説明してくれないかね?
「ええ」
クローラは腕組みしてため息をついた。
「魔術師とマルギルスの試合……申し訳ないですが、マルギルスに勝ち目はございませんわ」
「んん?」
「マルギルスが呪文を唱えている十秒の間に、相手は何回も魔術で攻撃できますもの。……ですが、私がご一緒していれば」
「……」
「私の身命を賭して、最初の十秒の間は貴方の身をお護りしますわ。その間に、有効な呪文を使っていただければ、相手が何人だろうと勝利は間違いございません」
「う、うむ」
あれ? もしかしてこれは、あれか。
クローラは、私が事前に呪文を使ったりせず正々堂々と試合に挑むと思っている、ということか。
思わず、隣のエリザベルと顔を見合わせる。彼女も同意見のようだった。何ということか。この部屋でもっとも純粋なのはクローラなのだった。
「マルギルスなら、そんな不利な状況でもどうにかなさるだろうと、信じてはおりますが……どうしても、その、心配で」
クローラは、青い瞳を私に向けた。気のせいか、少し潤んでいるような。
「それに、私も魔術顧問としてはあまり仕事をしていないと申しましょうか……。相談役としても、最近加入したシィルオン殿のように発言しておりませんし。その」
だんだん、彼女の声が細くなってきた。まさかシィルオンのことを気にしているとは……。
「私、余計な口出しを致しましたか? そのう、お役に……立っておりましょうか……?」
「む……ぅ……」
心細そうなクローラなど、滅多に見られるものではない。心の中の画像フォルダにその姿を保存しながら、隣のエリザベルとアイコンタクトをとる。
「あ、ああ! もちろんだとも! いやあ、本当に助かった! どうやって試合に勝てばいいのかと、内心途方にくれていたんだ!」
「そ、そうですね! 私も心配で心配で……お姉さまの機転、素晴らしいですわ!」
「まぁ」
心の汚い二人の言葉に、クローラはぱっと顔を輝かせた。
「ま、まあ当然ですわね! 魔術のことについてでしたら、全てこのクローラ・アンデルにお任せなさいませ!」