何も起こらないはずがない
堅牢な防波堤とその上の防壁に囲まれた港は、まさに水上要塞。リュウシュクの港に、私たちは上陸した。
「リュウシュクの賓客に対し――敬礼!」
「応っ!」
『中央良民軍』の兵士たちが一斉に槍の石突で地を打ち、敬礼する。機敏かつ整然とした動作と、引き締まった表情。お揃いの鎖帷子に方盾、槍に剣。全て使い込まれ磨き抜かれている。
しかも、船から次々に港に降りてくる私の仲間や財宝を目にしても、ほとんど動揺を見せていない。
動く石像やダークエルフ、戦族などはこの世界において十分畏怖の対象になるはずだ。それでも、息を飲む程度の反応はあるが、浮足立つような者は一人もいない。
正直、これほどの練度を感じる軍隊は初めて見た。
「ジーテイアス城主ジオ・マルギルス殿! リュウシュクは貴殿を歓迎いたします!」
歓迎?
指揮官らしい若い兵士が列から前に出て、口上を述べた。髪を短く刈り込み、精悍な風貌に頑丈そうな体格という、これまた兵士の鑑みたいな青年である。
私は内心首を傾げるが、彼らのきびきびした動きが疑問を投げるタイミングを与えてくれない。
「自分は中央良民軍、第二即応大隊長、ソラス大尉であります! リュウシュクでのご案内と警護は、自分たちが担当させていただきます! ご要望などあれば、何なりとお申し付けください!」
「……うむ。よろしくお願いする」
彼らの勢いにやや圧倒されつつも、何とか大物ぶって頷いてみせる。一応は、ちゃんとした客として対応してくれるようだ。
「まずは、迎賓館へご案内いたします。そちらでお休みいただき、明日の朝には司令官との会談を予定しております!」
「ああ。予定のとおりに頼む」
すでに、エリザベルを通じて司令官と私とのトップ会談を申し込んでいた。それが了承されたわけで、喜ばしいことなのは確かだ。シルバスの時のようにグダグダにならなくて良かったが……しかし少し、想像とは違う反応である。
規模は違ってもこのあたりの都市の構造はおおむね似たようなものだった。港から都市の中心部へ伸びる通りは、広場に繋がっている。広場は都市の中心であり、良民軍や各種ギルドの本部、神殿などが立ち並ぶ。
通りから広場まで、動く石像を先頭に進む私たちを、リュウシュク市民はある種の熱気を持って迎えてくれた。
確かに、シルバスや他の都市のように手放しで歓迎するという雰囲気ではない。
私たちの道を作るため整列する兵士の壁の向こうには、市民たちの顔・顔・顔。あるいは興味、あるいは不審、あるいは畏怖。様々な表情を浮かべていたが、嫌悪や恐怖のそれは少なかった。まぁ、好意的な表情も少ないのだが。
「……あ、あれが魔法使いか……」
「しかし凄い行列だな……」
「まるで昔話みたいだ」
シルバスやレリスの時のような熱狂的な騒ぎになっていないぶん、彼らのざわめきがよく聞こえる。
動く石像に、二頭の陸走竜、獣革の鎧のシュルズ戦士、ダークエルフ、とどめに青銅の戦士が掲げる『輝く浮き彫り細工』。
大名行列ならぬ『大魔法使い行列』だな。
なお、『大魔法使い行列』の中に、最近仲間に加わったシィルオン元男爵とその仲間は含まれていない。船で留守番してもらっている。さすがに、シルバスであれだけの愉快な騒動を起こした直後に私とともにいるのは、世間体がよろしくないという判断だ。
「なあ、マルギルス。あの大尉殿だが……」
「ソラス大尉か。確か、ソダーン司令官の息子さんだったか?」
「左様でございます、主様」
行列の中央で幻馬にまたがるのは、私とセダム、クローラ。セダムと小声で話していると、どこからかレイハが答えてくれた。まあ多分、彼女はどこかで私の護衛をしてくれているのだろう。
「わざわざご子息を案内と護衛に寄越してくださるとは、司令官はお考えを改められたのかしら」
「だと良いがな……いや、そうであってほしい。たまには、十回に一回くらいは物事がすんなりスムーズに進むシナリオがあっても良いはずだ」
先頭を歩くソラス大尉の背中を見ながら、祈らずにはおれなかった。まあ、これが八木がマスターしているTRPGだったら、まずありえない展開ではある。現実だからこそ、たまには都合のいい展開があってもいいはずだ。
リュウス大会議など、各国の使者が大勢あつまることも良くあるリュウシュクだけあって、迎賓館は非常に立派なものだった。
大所帯の我々を十分に収容してなお、部屋にはだいぶ余裕があった。使用人たちも良く訓練されているようで、てきぱきと世話をしてくれる。
モーラやダークエルフ四姉妹などは、自分の仕事がとられたと少し不満そうだったが。
荷物の片付けなどが終わったので、広い応接間にみんなで集まり、お茶会を開いた。
「とりあえず、全ては明日だな。なんとかソダーン司令官に分かってもらえると良いが」
「ラウリス奪還の目処もある程度立っていますし、こちらが対暗鬼同盟についても主導権を良民軍に預けることとすれば、そう反対されはしないと思います」
外交の専門家エリザベルの分析は心強い。
「そうだな。そもそも彼らが警戒していたのも、ハリドが流した悪評のせいだしな。うむ。上手くいくような気がしてきたぞ」
「きっと大丈夫ですよ、ジオさん!」
などと談笑していると。遠慮がちにドアがノックされ、迎賓館のメイドが顔を出した。ふむ。悪い予感がするぞ。
「あ、あのう。魔法使い様。め、面会をお願いしたいのですが」
来客の名を聞くとなんと『良民軍司令官ソダーン』と、『魔術師ギルド支部長ペリーシュラ』の二名だという。
「……短い夢だった……」
少し椅子からずり落ちながら私は呟いた。司令官? 司令官ナンデ?
それにペリーシュラといえば、リュウス同盟内の魔術師の頂点に立つ超重要人物だ。確か、レイハの調査だと『親や他人から見捨てられた孤児であるという、過去へのコンプレックスから逃れるための名声を得るため』に、私との同盟を否定したのだという。
そんなやっかいな連中。しかも明日、面会する予定になっているのに何故わざわざ向こうから会いに来るんだ? もう面倒事になる気しかしない。
「もしかして、ただご挨拶にこられただけかも知れませんっ」
「そ、そうですよ! ほら、司令官さんたちもジオさんと仲良くなりたいのかも!」
「俺が出て、うるせえ帰れって言ってこようか?」
レイハ、モーラ、ディアーヌがそれぞれの語彙で励ましてくれている(まあレイハは自分の台詞を自分で信じてはいないだろうが)。
「さあさあ、ぐずっていても仕方ありませんわよ? まず私が対応いたしますから、準備なさいな」
クローラがパンパンと手を叩いた。まったく彼女の言うとおりである。私はやれやれと立ち上がり、モーラに手伝ってもらって身支度を整えていく。
迎賓館には、面会用の別の応接間もあった。
ローブを整えた私は、来客と面会する。同席するのは魔術顧問のクローラと、外交官であるエリザベルの両名だ。
「お疲れのところ申し訳ない。私が中央良民軍司令官、ソダーン・マクサリー大将だ」
部屋に入った私を立ったまま出迎えてくれたのは、まず白髪に白い髭、屈強な体躯の壮年男性だった。良民軍の鎖帷子にサーコート。腰には長剣、左手に短い杖を持ち身体を支えている。『厳格』という言葉を絵に描いたような、凄みのある人物だった。
着替えながら唱えた【達人の目】の効果で、私の視界には彼の上に【人間/男性/五十歳/戦士レベル九】という情報が表示されていた。
「……魔術師ギルドリュウシュク市支部長。ペリーシュラ」
ソダーンに続いて名乗ったのは、緑と黒のローブを着た中年女性。手には身長以上ある、魔術師ギルドの紋章をかたどった杖を持っていた。黒髪のボブカットに眼鏡。美女ではあるのだが……まあ、ちょっとキツそうな目つきである。
【達人の目】の評価は【人間/女性/三十五歳/魔法使い十三レベル】とあった。おぉ、魔法使い判定で十三レベルは確かに強いな。
「ジーテイアス城主、魔法使いジオ・マルギルス。こちらこそ、わざわざのご来訪痛み入る」
それから、クローラとエリザベルを紹介しソファに座る。
ソダーンとペリーシュラは私の向かいに並んで座り、クローラとエリザベルは私の背後に立ったままだ。
「マルギルス殿。我らがここにきた用件は二つある。一つは、謝罪だ」
モーラが緊張の面持ちで運んでくれたお茶を一口味わってから、ソダーンは重々しく言った。
「謝罪?」
「ああ……。実はつい先日、良民軍と魔術師ギルド双方に、湖賊のスパイが潜んでいたことが発覚したのだ」
「ほう」
ソダーンの説明によれば、数日前から急に湖賊たちの動きがおかしくなったのだとか。仲間を売ったり自首する者、別の都市の盗賊ギルドから急に情報が入ってきたりと、とんとん拍子に湖賊の逮捕件数が増え、ついにリュウシュク内部のスパイまで発見した、と。
やはり、首領であるハリドを倒し幹部どもを脅しつけたのは正解だったのかも知れないな。私が内心頷いていると、ソダーンは深く頭を下げた。
「スパイが全て自白した。ハリドの計略で、我らと貴殿を争わせるために情報操作をしていたと」
「う、うむ……そのようですな」
「そちらの外交官殿と会談した時にもいったように、私はマルギルス殿のことを……リュウス同盟で権力を得ようとする奸物と思っていた。誤った認識をしていたこと、その誤りを元に貴殿との同盟を拒絶したこと、まことに申し訳ない。このとおり、謝罪する」
ソダーンは見事な白髪の頭を下げたっきり、動かない。いや、肘で隣に座るペリーシュラをつついた。彼女も、嫌そうな顔をしながら頭を下げる。
「……魔術師ギルド支部長として、迂闊であったことは認めます。謝罪を」
重鎮二名に頭を下げられ、正直なところ非常に居心地が悪い。別にこの二人が悪いわけじゃないしな。まったく、何度やってもトップ会談というやつには慣れない。なんだか冷や汗が出てきた。
……が、まあ。誤解が解けて謝罪してくれた、そのこと自体は歓迎すべきだろう。
一応、ちらりと背後のクローラとエリザベルの方を見る。彼らの謝罪を受け入れることの確認だ。二人も賛成してくれるだろうと思っていたのだが、エリザベルが軽く首を振った。
「失礼いたします。それは、良民軍、魔術師ギルドからの公式な謝罪ではないという理解でよろしいでしょうか?」
「……遺憾ではあるが、おっしゃるとおりだ。これは、私とペリーシュラ師からの個人的な謝罪と思ってほしい」
ソダーンは済まなそうに言った。……なるほど。公式な謝罪ともなれば、今後の交渉で彼らに損害がでるかも知れないしな。
しかも、逆に考えれば。
「分かった。非公式という認識で構わない。謝罪を受け入れよう」
「そうか。有難い」
「……」
ソダーンとペリーシュラは少し緊張を緩めて顔を上げた。だが、どこか不審そうなのは、私がもっとゴネると思っていたのだろうか。
「そもそも、スパイの存在は公表していないのだろう? リュウシュクの私への公式見解というものだって別に出してはいないはずだ」
「……なかったことにしてくれる、ということか?」
「ああ。私はリュウシュクの人々と協力したいと思っているだけだ」
「うむ……」
ソダーンは納得してくれたようだ。ペリーシュラの表情も少し和らいでいる。
何だか、良いじゃないか?
説得の手間が省けたということもあるが。首領がいなくなったためとはいえ、彼らは自力でハリドのスパイを捕らえ、自分たちで事実を明らかにしたのだ。……彼らは、私が手取り足取り救わなければならないNPCではない。それを再確認できたことも嬉しかった。
「ただし、だ」
「なぬ?」
「まだ市内の貴方の評判は、せいぜい中立まで戻った程度。そして、良民軍でも魔術師ギルドでも、まだまだ貴方を疑うものは多いのです。スパイの件を公表しないならば、なおさら」
ペリーシュラが口元を歪めて言った。まあ、彼らとしては『今までの魔法使いの評価は湖族に騙されたものです』とは、言い辛いわな。
「そして、貴殿の人柄を見込んで正直言うが、貴殿自身の能力についても多くの者は半信半疑だ」
「特に、魔術師ギルド内では。……はっきり言えば、私もその一人ね」
おっと、ここにきてペリーシュラが爆弾を落としてきたな。後ろの二人が息を呑む気配がした。……まさかここでも隕石を落として脅すことになるのか?
「そこでだ。二つ目の要件を言わせて頂く」
「良民軍と、ジーテイアス城一党。私と貴殿。それぞれ、リュウシュク市民の前で模範試合を行ってほしいの」
「……」
……。
まあ何だ。トラブル、ってほどでもない。試合だもんな。楽勝、楽勝。
私は自分に言い聞かせた。




