軍事都市リュウシュクへ
元シルバス男爵ことシィルオン(しかし、呼びづらいな)と、彼の護衛騎士のガイダー、盗賊ギルドのアリル嬢という新たな仲間を加え、船は順調に航海を続けた。
目指すは、リュウス同盟西岸に位置する軍事都市リュウシュク。
シルバスから直行すれば一日もあれば十分だが、途中にあるいくつかの都市国家に立ち寄る必要がある。そのため、リュウシュクに到着するのは大体十日後の予定であった。
「いやあ、しかしアレですな」
「アレ?」
船の甲板でくつろいでいた私に、シィルオンが言った。分厚い皮下脂肪は、少し冷たくなってきたリュウス湖の風をものともしていない。
シィルオンの背後には、色男の騎士とメイド服を着た密偵の少女がうんざりしたような顔で突っ立っている。
「マルギルス殿の部下は極上の美女ぞろいで羨ましいですなぁー。まさに男の浪漫っ。ハーレム目指しちゃいますかぁ!?」
「……うちのご婦人方が美しいのは認めるが。あんまりいやらしい目で見ない方が良いぞ」
私は心から忠告した。
現に、私の背後に侍るレイハからは、彼に極寒の視線が向けられている。……それすら、彼には通じていないようだったが。
「ふひひっ。レイハナルカ殿のその目なんか、かなりゾクゾクしますなぁー。アンデル伯爵令嬢の美貌はもともとリュウスでも有名ですしぃ。エリザベルちゃんとディアーヌちゃんも……」
「ちょっと、止めときなさいよ」
「シィルオン様、そのあたりにしといた方が……」
私がいないところだと、だいたいこのあたりでガイダーかアリルが彼を(物理的に)止めるらしい。どうもまだこの二人は私を警戒しているフシがあるな……。
というか、私がシィルオンを気に入っていることを察知していて、彼を止めると私の不興を買うとでも思っているらしい。
「ふうむ。しかしシィルオン。君は一人、大事な人を忘れているぞ」
「はぁ?」
確かに、シィルオンと話していると、私も少しハメを外してしまう傾向がある。年齢は大分違うが、若い頃の友人と話しているような気になってくるんだよな……。
「ほら、ここにジーテイアス城一の美人がいるだろう」
「わ、私ですか? ……えへへっ」
そう、レイハとともに控えていたモーラだ。
私が視線を向けると、モーラは照れ笑いを浮かべる。ただし、栗色の髪に片手をやり、もう片手をびしっと天に向けるポーズをとって。……どうも、モーラなりの『美女のポーズ』らしい。何という可愛さだろう。天使かな?
「な?」
「むぅ」
モーラの可愛さにニヤけそうになる口元を必死に抑えながら、シィルオンに同意を求める。今気付いたが、シィルオンがモーラにメロメロになり過ぎてストーカーみたいになったら困るな……。
「がはは! ご冗談を。その子はただのチビ助ですぞ?」
「……ほう」
その日以降、ガイダーとアリルは私の前でも率先してシィルオンの暴言を(物理的に)諌めるようになってくれた。
新たな仲間たちと親睦を深めつつ航海すること十日。予定通り、船はリュウシュクに到着した。
「これは、壮観だ」
この世界にきてから、レリス市よりも巨大な都市を見るのは初めてだ。
リュウシュクは、西の山脈からリュウス湖に流れる大河の河口、大三角州に築かれていた。三角州は運河で整然と区切られ、建物は石造りの堅牢な防壁で囲まれている。
埠頭も防壁を備えた防波堤で守られ、立派な灯台も設置されていた。これまでに見かけた商用船や漁船だけでなく、装甲や弩級を備えた軍船も出入りしている。
「仮にもリュウス最大の戦力の中枢だからな」
「気を引き締めてかかりますわよ?」
左右に立つセダムとクローラの顔にも緊張が見えた。私ももちろん、少しばかりうわついていた気分を引き締める。
大湖賊ハリドの情報操作によって、リュウシュクを統治する『中央良民軍』や市民たちは私のことを詐欺師や悪党と信じ込んでいる。湖賊は壊滅させ、情報操作も止まっているが一度下された評価はそうそう変わっていないだろう。
彼らの信用を得て、ラウリス奪還戦に協力してもらうこと。そしてリュウス大会議の場で、対暗鬼同盟の締結に賛成してもらうこと。
この二つは、この先私たちがリュウス同盟を暗鬼から守るために絶対に必要だ。
「うむ……」
「ジオさん、頑張って!」
天使、じゃないモーラが励ましてくれた。
気合を入れて自分の頬を叩いていると、リュウシュクの港から小型の軍船が向かってくるのが見えた。
あちらも、待ち受けていたというわけだ。
今回は閑話のようなお話でした……。
次回からリュウシュク編です。なるべく早く更新したいと思っています。




