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シルバスの三日間  三日目②(三人称)

 「てめぇーらひれ伏せい! こちらにおわすは、これからシルバスの正式な支配者になられるお方だぜぇい!」


 舞台役者のように大仰なポーズを決め、シルバス男爵は叫んだ。

 今や、シルバス市民からの嫌悪を一身に集める青年の登場に、人々は大いにざわめく。


 「野豚男爵がなんでここに!?」

 「やっぱり騎士団に捕まってたんじゃねーか」

 「正式な支配者って誰のことだ?」

 「……まさか騎士団長が!?」


 人々は予想外の事態に互いにわめき合い、舞台の上の男爵や騎士団長に視線の様子を見ようと身を乗り出す。

 大広場を警備している騎士や兵士たちが抑止力になっているのだろう、暴走するものはいない。もっとも暴走しようにも、何もかもが混乱した状況では難しい。


 「だ、男爵様っ! 一体どういうことですか!?」

 「騎士団長殿……ご説明ください!」


 騎士団長ロバルドに並んで座っていた神官長や各ギルドマスターたちも、さすがに口々に説明を求めた。これも当然である。


 「ふふふ。もちろん! 聞くが良い!」


 得意絶頂、という顔をした騎士団長は大きく腕を振って群衆を黙らせた。


 「ここにいるシルバス男爵は先代からその位を受け継いで数ヶ月! 民のことシルバスのことなど放置して酒食に溺れ! 気まぐれに重税や兵役をかけて皆を苦しめた!」

 「……」


 ここまではシルバスで広く信じられている情報だ。居並ぶ有力者や群衆は固唾を飲んで騎士団長の言葉を待つ。


 「私も男爵家への忠誠のため、苦しい思いをしながらも男爵の命令に従ってきた! だがそれも限界である! 男爵はただ無能というだけでなく、私利私欲のためにそこの魔法使い……いや詐欺師マルギルスに男爵位を、シルバスの町を売り飛ばそうとしたのだ!」

 「……!?」


 騎士団長はマルギルスに指を突きつけ、高らかに告発した。またも、予想だにしない発言。人々はその指につられ魔法使いを凝視する。


 「……」


 詐欺師、と呼ばれたマルギルスは反論するでなく、黒塗りの杖を握りしめて立ち尽くしていた。寄り添う外交官も同様だ。その態度が、騎士団長の言葉に一定の説得力を持たせる。


 「もはや、この野豚にシルバスの統治を任せることはできない! 私は彼を説得し……本日ここに、男爵位を継承することとなった!」

 「そのとーり!」


 再度の団長の宣言に、男爵は大きく何度も頷く。


 「お待ちなさい、騎士団長ロバルド・ザーベル! そのような横暴が許されるとお思いですか!?」

 「くっ」


 ここで立ち上がり、鋭く騎士団長を非難する声が上がった。ふくよかなシルエットを持つ貴婦人、フィリィネだ。

 『愛する』女性がマルギルスを庇う姿に、ロバルドの顔が醜く歪む。


 「フィリィネ様……貴女もこの詐欺師に騙されているのです。その証拠をすぐにお見せしましょう」

 「証拠?」


 フィリィネと人々は団長の言葉に思わずまたマルギルスを見た。その瞬間。


 「うぐー」

 「わ、我が君っ!?」


 豪華な装飾のローブをまとったマルギルスが、胸を押さえ膝をついた。そのまま、力なく舞台に倒れ、うずくまる。金髪の外交官が必死の形相でその身体にすがりついた。


 「うぐぐ……く、くるしい……」

 「我が君!? しっかりなさってください!」

 「ロバルド……あなた、まさか魔法使い様に毒を!?」


 顔を伏せるようにして呻く魔法使いを見たフィリィネが、顔を青ざめさせた。一方のロバルドは得意満面といったところだ。


 「いささか姑息な手ではありましたがな。しかし、こやつの正体を暴くためには必要だったのです。さあ、魔法使い? お前は魔法でどんな毒や病も癒せるのだろう? その程度の毒は怖くないのではないか?」


 レリス市において、毒殺されそうになった評議長をマルギルスが救ったことは噂として広まっていた。そのマルギルスが無様に舞台の上で苦しむ様子に、人々や有力者たちはまたもざわめく。


 「……おい、本当に魔法使いじゃなくて詐欺師なのか?」

 「毒なんか平気っていう話だったよな」


 倒れたマルギルスを庇うように膝立ちになったエリザベルは、『きっ』と騎士団長を見据える。


 「卑怯者! 今すぐに解毒薬をよこしなさい! いえ、そちらの神官長様!」

 「わ、私か!?」


 エリザベルは刃のように吊り上げた赤い目を、ロバルドから神官長へ向けた。鬼気迫る迫力である。そわそわと成り行きを見守っていた神官長も、思わず立ち上がろうとするが。


 「そのまま、お座りください」


 背後に立っていた警備の騎士が、その肩をがっちり押さえつけた。他の有力者たちも同様である。


 「く、くるしいー」

 「そうかそうか。マルギルスよ? これまでの罪を告白し許しを請うのであれば、命だけは助けてやっても良いぞ? なにしろ私にこれがあるからな! おい!」

 「ははぁっ!」


 男爵は、背負っていた銀色の円盤……シルバスの盾を躊躇なく騎士団長に手渡した。騎士団長は大笑いしながら、シルバスの権力の象徴ともいえる秘宝を頭上にかざす。


 「このシルバスの盾はあらゆる毒を中和することができる! 私に跪くのであれば、助けてやっても良いぞ!?」

 「おのれー卑怯者め……――うげっ」

 「わ、我が君!? お気を確かに!」


 マルギルスは何とか顔をあげた。その抑揚のない声が途切れる。心配そうに寄り添う外交官が、さりげなく手にした銀の杖を脇腹に押し付けていたようだが、人々からは死角になっていた。


 「げほっ……わ、わかった……正統な男爵を支持することを……ち、誓う」

 「ふははは! それが賢明だな、『魔法使い』!」


 男爵は勝利を確信していた。苦しそうなマルギルスを見下ろし、シルバスの盾を向ける。この世界セディアの魔具も、特殊なものは魔術師以外でも扱える。その特殊な魔具の一つであるシルバスの盾は、清浄な白い光を発し、倒れたマルギルスを照らす……が。


 「げほっ! げほっ! ぐほぉっ!」

 「ああっ!? 我が君!」


 マルギルスは一向に回復しないようだった。それどころか、口元を押さえた手の隙間から赤黒い液体が噴き出す。


 「なんだ? 確かにシルバスの盾は起動しているはずだ。マルギルス! この期に及んで見苦しいぞ! 効いていない振りなどやめよ!」

 「ううっげほっげほっ」


 ロバルドが苛立たしげに怒鳴りつけても、マルギルスは派手に咳き込むだけだ。舞台の上で次々に繰り広げられる光景に、人々は引き込まれていった。


 「何でマルギルスは治らないんだ? 騎士団長はやっぱり殺す気なのか?」

 「いやでもそういう感じじゃないぞ……」

 「ロバルドにはシルバスの盾を使う資格がないのか?」


 実際のところ、シルバスの盾を使うのに資格や条件は特に無い。そういう魔具だからだ。しかし、人々は何かと目の前の出来事に理由を求めるものだ。

 シルバスという都市国家の象徴である魔具に、神秘的な特性を見出すのも自然な反応だろう。


 そしてさらに、騎士団長にとっても人々にとっても予想外の出来事が起きた。


 「これは一体……うっ!?」

 「どうされました……ごほっ!?」

 「ぐっ……ごほっ……まさかっ……」


 拘束されたままの神官長やギルドマスターたちが、胸を押さえて咳き込んだのだ。


 「何っ!?」

 「騎士団長殿! ……貴殿は……ぐっ!? まさか私まで……?」


 騎士たちも騎士団長も驚愕する。非難の声をあげた宰相までもが崩れ落ちてはなおさらである。


 「神官長様やギルドマスターまで!?」

 「うちのマスター死ぬのか!?」

 「騎士団長は町の有力者を皆殺しにするつもりか!?」


 固唾を飲んで見守る群衆がそう判断するのも、また自然だろう。


 「ロバルド! 見下げ果てました! いますぐに、皆さんを治療なさい!」


 そこへ、フィリィネの凛とした声がかかる。人々の意識は完全に『その方向へ』固定されてしまった。


 騎士団長ロバルドにしても、ここにきて予想外の連続である。

 毒は、盗賊ギルドに命令して芸人一座に紛れ込ませた暗殺者に使わせた。毒を飲ませたマルギルスに忠誠を誓わせ、シルバスの盾で救ってやる予定だった。シルバスの象徴である盾を使うことで、自分が支配者であることを印象付けるためだ。もちろん、そのまますぐに男爵に譲位を宣言させる計画であった。


 マルギルスと男爵さえ屈服させれば言いなりになるであろう、神官長やギルドマスターたちなど眼中にない……のだったが。


 「こ、これは、違う。誤解だ!」

 「ロバルドさまぁーーー!」


 うろたえる騎士団長の足元に丸い人影がすがりついた。シルバス男爵である。巨体を震わせ、男爵は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で団長を見上げた。


 「す、すいませんーー! ご命令どおりこいつらには毒を飲ませましたがっっ! 姉上だけは! 姉上にだけは、毒を盛れませんでしたぁ! お許しくださいぃー!」

 「何を言うか貴様!?」


 シルバス男爵のやけに良く響く叫びが、人々の疑念をさらに加速させる。男爵に対する最低まで落ちた評価が、これが男爵の陰謀であるなどという思考を思いつかせもしない。


 「げ、げほっ! ロ、ロバルド殿っ……我々まで殺すつもりだった……のか!?」


 神官長たちは驚愕と恐怖と、怒りに満ちた目を騎士団長に向ける。

 群衆も、有力者たちも、騎士たちでさえこれが騎士団長の陰謀だと信じ込んでいた。有力者たちが飲まされた毒は、団長の計画とは関係なく踊り子アリルが盛ったのであるが。


 「お、おのれぇぇ……この、裏切りもの!」

 「ぐへえっ!?」


 ロバルドは激怒して男爵の肥満体を蹴飛ばした。そのまま腰の長剣を抜き、斬りつける。


 「ぶへえっ!?」


 背中を斬られた男爵は舞台の上でのたうちまわる、が。

 人々の騎士団長を見る目はすでに冷え切っていた。何しろ、今の一言が決定的なのだ。『裏切りもの』。


 『騎士団長は舞台の上の有力者【全員】に毒を盛ろうとしたが、男爵が『裏切って』フィリィネにだけはそうしなかった』。


 それが、この大広場にいる人間の共通認識になっていた。


 「いくらなんでも酷すぎる!」

 「フィリィネ様にまで毒を盛ろうとするとは!」

 「騎士団長も野豚と同じじゃないか!」


 舞台を取り巻く群衆が怒声を上げた。警備にあたる騎士や兵士たちも、混乱の極みである。


 「だ、団長!? 一体どうすれば良いのですか!?」


 急展開する状況に頭が追いつかないのだろう。副長は混乱しきった顔だった。とはいえそれは、団長たるロバルドも大して変らない。


 「ぐっ……お、おのれぇぇぇぇ……! 貴様の仕業か!?」


 血まみれの長剣を向けたのは、ゆっくりと立ち上がったマルギルスだ。


 「私は何もしていないが。ともあれ、貴殿の罪も重いぞ。大人しく投降したまえ」

 「ひぃっひぃっ! ふ、ふひ! ふひひっ!」


 毒で苦しんでいたとは思えない声だった。それに被さる男爵の咳混じりの嘲笑が、ロバルドの混乱しきった脳に最後の一撃を与えた。


 「こうなれば手続きなど知らん! 俺は力でこの町を支配してやる! 構えぃ!」


 ヤケクソも極まった命令だ。だがそれでも、厳しい訓練を課した騎士の混乱を断ち切る効果はあったようだ。

 舞台の上の騎士たちは、ほとんど反射的に剣を抜く。魔術師も、はっとして大魔法使いの杖ウィザードリィスタッフを掲げる。


 「がっ!?」


 その魔術師の肩に、どこからか飛来した一本の矢が突き立つ。自らの苦痛に耐性など持たない魔術師は、杖を取り落とし膝をつく。


 矢を放ったのは冒険者セダム。彼は大広場を見下ろす屋敷の屋根に潜んでいたのだ。念のため、二の矢をつがえながら小さく呟く。


 「やれやれ。ようやく出番か」

 「全くですわ。何故、わたくしがこのような裏方を……」


 セダムに同調して愚痴を呟く金髪美女クローラは、舞台上の騎士たちを次々とアイスアローで戦闘不能にしていった。


 「団長……!」

 「ええい何をしている! 総員抜剣だ! 私の邪魔をするものを皆殺しにしろ!」


 舞台の下にも騎士や兵士は大勢控えている。ロバルドは喉を枯らして叫ぶ。そこへ。


 「ギュオオォオォォォ!」


 天から巨獣の咆哮が降ってきた。

 同時に、夜空を滑空し大広場を横切ったのは赤い竜。マルギルスが事前に呪文で生み出しておいたドラゴンである。


 「なっなんだぁぁぁー!?」

 「ドラゴンだぁぁぁー!」


 騎士も市民もない。次々に起こる常識外れの出来事に人々はただ叫び逃げ惑う。


 「諸君! 心配はいらない! あのドラゴンは私の下僕である!」


 混乱しきった人々に魔法使いの声が届いた。





 「ギュオォォォ……!」


 赤いドラゴンは時折雄叫びを上げながら、大広場の上空を旋回していた。どうやら襲ってはこないと理解した人々は、虚脱したようにそれを見上げている。


 「さて。団長殿。そろそろ、そのシルバスの盾を正当な持ち主に渡してはどうか?」

 「正統な持ち主だと?」

 「フッフヒッ! そ、そうっ! 能力も人格も全てにおいてシルバス男爵に相応しい、盾の正当な持ち主……フィリィネ姉上にな!」


 血まみれで呻いていた男爵が楽しそうに言った。掠れてはいたが、その声は力強く響く。


 「な、フィリィネ様だと!?」

 「失礼!」


 突如、騎士団長の背後から一人の騎士が手を伸ばし、シルバスの盾を奪い取る。


 「き、貴様っ……ぐわっ!?」


 ロバルドは当然剣を振り上げる。だが、同じく突如姿を表した異形の鎧の戦士が、一撃でロバルドを殴り倒した。

 騎士はガイダー、戦士はレードだ。【透明化インヴィジビリティ】によって姿を消し、最初から舞台上で待機していたのである。


 ガイダーは恭しくシルバスの盾を貴婦人……フィリィネに差し出す。


 「……」

 「……」


 人々も、騎士も兵士もドラゴンからフィリィネに注意を移した。

 血を吐いていた宰相や有力者たちも同様だ。何故か、毒の症状は弱くなっているようだった。

 ……実のところ、彼らが飲んだのはただの弱い呼吸器系の麻痺毒でしかなかったのである(ちなみに、仮病に最適なその毒薬を提供したのはエリザベルだった)。


 彼らは全員、今何が行われているか理解した。これが、シルバス男爵位の継承式なのだと。


 「……始祖から受け継ぎ、父と弟が守った男爵の位。慎んでお受けいたしましょう」


 フィリィネは厳粛な面持ちで盾を受け取った。頭上にかざせば、神々しい白い光が広がり、まだ咳き込んでいた有力者たちと、血まみれの男爵の傷を癒やしていく。


 「おお……シルバスの盾の奇跡が!」

 「これからはフィリィネ様がこの町の支配者だ!」

 「これでもう安心だ!」


 フィリィネの言葉に、人々は歓喜の声を上げた。

 騎士たちは不安そうであったが、殴り倒され気絶した団長の姿を前に沈黙することしかできない。


 「魔法使いジオ・マルギルスの名において。フィリィネ・シルバス嬢の男爵位継承を祝福する!」


 魔法使いの声に、歓喜のボルテージはさらに高まった。




 「ふ、ふひひっ。ところで早く治療してくれ……しぬ……」


 歓喜の声に男爵のか細い声はかき消された。

 まあ死にはしなかったが。


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