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シルバスの三日間  一日目(三人称)

 魔法使いジオ・マルギルスが騎士団長と会談し、宿へ向かった後。

 会談場所であった屋敷、すなわちシルバス騎士団本部では一つの騒動が起きていた。


 「だ、駄目です! やはり何処にも居ません!」

 「牢の鍵はやはり開けられた形跡がないですっ」


 騎士団長ロバルドが、男爵を陥れる道具として拉致した娘が姿を消していたのだ。

 騎士団本部の地下には犯罪者を収容する牢獄が数多く設置されている。そのうち一つ、最も奥まった牢獄に監禁していたはずの娘だ。それが、牢の鍵もそのまま、見張りも気付かれずに脱走するなど前代未聞である。


 「……何なのだ、一体! 誰がどうやって娘を逃した!?」


 ロバルドはわめき、地団駄を踏んだ。

 金銀を散りばめた武具や彫像、神話の戦争が描かれた絵画で飾られた団長室だ。


 「だ、誰かが手引したと?」

 「当たり前だ! あの娘が一人で脱走などできるか!」

 「確かに……。あ、ま、まさか!?」


 現在、シルバスにおいて最大の権力と武力をもつのは騎士団だ。(外聞は別として)男爵その人は一方的に騎士団に押さえつけられ、実権はないも同然。行政を担当する宰相は中立だが、官僚としての権限以外には何の武力も諜報力もない。魔術師ギルドと神殿組織も中立という顔をしてロバルドの顔色を伺うばかりだ。盗賊ギルドとは暗黙のうちに同盟関係にあると言ってよい。

 すなわち、消去法で言えば……。

 小太りの副官は自分の思いつきに顔を青ざめさせた。だが、騎士団長は渋い顔で頷く。


 「……魔法使い、ならば鍵も開けずに姿も見られず牢獄から娘を逃がす、ことができる……のかもしれん」

 「マ、マルギルス殿が……」


 つい先程まで、魔法使いはこの屋敷に滞在していたのだ。娘の姿がないことが発覚したのは、それが立ち去った直後である。

 副官は騎士団長に、ジオが『魔法の力』で道を塞ぐバリケードを宙に持ち上げ撤去したことを報告している。その魔法が、娘の強奪(騎士団から見れば)にも役立つ能力なのかどうかははっきりしないが……タイミング的にも、犯人は魔法使いしか考えられなかった。


 「……むう……」


 つい先程の会談までは、男爵を追い落とす都合の良い相手と思っていた。その魔法使いが急に何か不気味な存在に思えて、ロバルドは身を震わせる。


 「し、しかし何故マルギルス殿があの娘を?」

 「……そもそも何であの娘を知っているのだ……」

 「団長! 報告します!」


 そこへ新たな知らせが飛び込んだ。

 魔法使いジオ・マルギルスの使いがやってきたのだ。




 「ご丁寧なおもてなし、ありがとうございました。さすがは、歴史ある都の騎士様ですね」


 魔法使いから派遣されてきた少女は、金髪のツインテールを揺らし優雅に一礼した。外交官、エリザベルである。華奢な体格のわりに豊かな胸元が、赤いブローチで飾られていた。

 背後には『護衛』として二人の戦士が付き従っている。一人は異形の鎧の大男、もう一人はエリザベルと良く似た顔の蛮族の少女だ。


 「い、いや何。この程度は当然ですな。しかし失礼ながら、この程度の用件であればわざわざ外交官殿がこられなくとも……」


 額に汗を浮かべた騎士団長の言葉は妥当であろう。

 エリザベルがわざわざやってきた『用件』とは、『宿を用意していただいた謝礼』を届けることだった。

 謝礼そのものは、小箱に敷き詰められた宝飾品でありロバルドが冷や汗を浮かべるほどだ。だがタイミングといい、わざわざ高級官僚とも言えるエリザベルを派遣することといい、その裏の意図を勘ぐるなという方が無理である。


 さらに、騎士団長と副長はエリザベルの胸元にも注目していた。別段、その胸を鑑賞していたわけではない。赤いブローチに『見覚え』があったのだ。


 「いいえ! 名高いシルバス騎士団の団長様にあのように厚遇していただいて……我が君も、私も感動しているのです。これくらい当然ですわ」


 ではあったが。

 百戦錬磨の外交官エリザベルの誠意に満ちた言葉と美貌に、騎士団長も頷くしかない。あまり追求して魔法使いの怒りを買うのは怖いというのもある。


 「あ、そうですわ! 私ったらうっかり……。あのう、これは副長様に」

 「わ、私にですか!?」


 エリザベルが顔を赤らめながら差し出した小箱を見て、副長が素っ頓狂な声をあげた。これは通常の儀礼ではあり得ないことだ。


 「ええ。シルバスの港についてすぐにご親切にしていただきましたから……我が君からの感謝の気持ちです」

 「さ、左様ですか……」

 「まあ良いではないか。有難く頂くが良い」


 儀礼に『ない』のと儀礼に『反する』のはだいぶ違う。感謝の印と言われれば断る理由もなく、副長はうやうやしく小箱を手にしていた。


 「それでは私、そろそろ失礼したします。この後、男爵さまの姉上さまにもご挨拶に伺う予定でして」

 「フィリィネ様に? いったいどのような用事が……?」


 年若い外交官の口から思いがけぬ人物のことが飛び出し、ロバルドは眉を吊り上げた。

 何しろ、(かつてレイハたちが暴露したように)ロバルドにとっては長年の想い人であり、野望の原動力にすらなっている女性だ。


 「まあ。それは申せませんわ。『巨人に囚われ』たくはありませんもの」

 「な……!?」


 エリザベルは優雅に口元を隠して微笑んだ。

 一方、ロバルド(と副長も)の顔色は青くなる。何しろ『巨人に囚われる』とは、この世界セディアでいうところの『人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ』と同じ意味の格言なのだ。




 「ええい! マルギルスめ! 一体どういうつもりだ!?」


 外交官一行が立ち去った後。

 騎士団長は前にもまして憤り、机に拳を打ち付けた。


 「だ、団長。それよりもあの娘の胸元……お気づきですか!?」

 「ああ、それもあったな! あのブローチは……あの娘の、家令の娘が着けていたものだ!」


 そう、エリザベルの胸元を飾っていたブローチは、牢獄から消えた娘の持ち物だった。脱獄を手引したと思わしき人物からの使いが、そのブローチをわざわざ身につけてきたということの意味は……。


 「あの娘を使って私を脅迫するつもりか!? 一体、私に何をさせるつもりだ!?」

 「い、いかがいたしましょう、団長?」

 「……むう……ええい!」


 副長の問いに、騎士団長は苛立たしげに拳を打ち鳴らす。


 「とにかく情報が足りん! 非番の者も含めて騎士団員を全員招集しろ! 兵士どももだ! 全員で手分けして、男爵の捜索とマルギルスの監視だ! もちろん、あの小娘どもも尾行しろ! 盗賊ギルドと魔術師ギルドからも人を呼べ!」




 外交官エリザベル一行は、無事に宰相の屋敷での仕事を終えていた。

 宰相の屋敷に半ば軟禁されている男爵の姉、フィリィネと会談し彼女との協力関係を築いたのだ。


 「うわっかわい!」

 「エリザベル嬢だ!」

 「やっぱあの戦士でけぇぇ……中身本当に人間なのか!?」

 「あの女戦士も凄い可愛いな……」


 馬車を使わず徒歩で移動する彼女たちは、とにかく目立った。

 シルバス市民たちは通行の邪魔こそしないが遠巻きに彼女たちを眺め、口々に囁きあっている。

 そんな中で。


 「それにしてもうまくいったなあ!」

 「そうですね。フィリィネ様からとても良いお返事がいただけて。我が君もお喜びでしょう」

 「そうだなあ! おれもうれしいぜ!」


 装備も雰囲気も正反対で顔だけが同じという、印象的な美少女二人が声高に『仕事』の成果を話し合っていた。

 取り巻く市民たちも、尾行している騎士団の者も、何やら魔法使いと男爵の姉の間で『良いこと』があったと思うだろう。


 「……お姉さまっ。もう少し自然に、自然に!」

 「む、無理だよぉ」


 令嬢は女戦士に小声で注意したが、女戦士は情けなさそうに眉を下げる。無論、大声でわざわざ喋った内容は、周囲の人間に聞かせるための言葉だ。


 「それにしてもよぉ、俺にはさっぱり分からねーぜ」

 「何がですか?」


 異形の鎧の戦士――レードという最強の護衛にして壁があるため、通りの中でも彼女たちは比較的自由に密談ができた。


 「何でわざわざ騎士団長のヤローに挨拶にいくんだ? そのブローチまでつけてよ……」

 「はぁ。全く、ぶ……いえ男爵さまのお話を全く聞いてないんですね……」

 「聞いてたけどよー」

 「……鏡だ」


 少女二人のささやき声の上から、重く低い男の声が被った。

 驚いて見上げる双子のような美少女の視線を受けるのは、異形の鎧の鬼神のような面覆い。


 「……人間というのは他人を見ていると思って、結局は鏡に映った自分を見ているということがある。ぶ……男爵は騎士団長に鏡を見せるつもりだ。今頃、奴はマルギルスを自分と同じ下種野郎だと思い込んでるだろうよ」

 「ですね」

 「はぁー……」


 戦族最強戦士の以外な長台詞とその内容に、美少女のうち一人は頷き、一人は目を見張った。


 「あんた、そんなに喋れたんだな」

 「こういうことにはご興味ないと思っておりました」

 「暗鬼崇拝者デモニストを追っていれば、いろいろと人間の裏を見ることもある」


 今ひとつ噛み合わない会話ではあったが。

 エリザベルとディアーヌにとっては、普段全くの無言である戦士の思わぬ一面を見れたことが嬉しくもあった。

 二人の任務に護衛をつけようとした時、彼は自ら名乗りを上げてくれたのだった。




 「ま、マルギルスめぇ……まさかフィリィネ様を狙っているのか!?」

 「いや、まさか……」

 「まさかとは何だ! フィリィネ様は絶世の美女だぞ!? しかも男爵家のご令嬢だ、誰だって欲しがるに決まっている!」

 「は、はぁ……」


 『鏡』を見せられた騎士団長の焦りと怒りはますます高まっていた。外交官が無言で伝えてきたメッセージは、彼の解読ではほとんど宣戦布告に近い。


 「と、とりあえずは……。家令の娘を捕らえた時使った騎士は二名だったな!?」

 「は。セジとリートですが」

 「始末しておけ。お前がな」

 「ははっ」


 騎士団長も副長も、残忍で冷酷ではあったが臆病でもなかった。自分たちを守り敵を排除するための手段を必死で探る。


 「盗賊ギルドから連絡はまだか!」

 「団長! ご、ご報告ですっ!」


 またしても、急な報告が騎士団長室に飛び込んできた。


 「だ、男爵さまがっ! は、発見されました! 裸で暴れていたところを捕らえたとのことです!」


 『シルバスの三日間』の最初の一日。その日最後の驚愕がロバルドを襲った。

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