野豚男爵の『答え』
私は騎士団長との会談を切り上げた。一旦、皆が待機している客間へ戻る。
そこには、想像していた中で二番目に残念な光景があった。騎士団長ロバルドの悪事の『確認』の結果だ。
私が騎士団長と話をしている間、仲間たちも行動していたのである。【透明化】や【壁抜け手袋】を使っての救出作戦は成功していたようだ。
男爵やガイダーに黒ローブを着せていたのもこの作戦のためだ。学生時代、盗賊のプレイヤーがいないときにわざわざ人質救出シナリオを用意された時、必死に頭を捻った経験が活きたというわけである。
「うっ……ううっ……」
「大丈夫、もう大丈夫ですから……」
ただし、救出された人物……ロバルドが男爵を追い落とす陰謀に利用するために拉致した、男爵家家令の娘の姿は、哀れだった。
床にうずくまり泣きじゃくっている。宥めるエリザベルも、こちらが悲しくなるほど沈痛な表情だった。仲間たちも同じような表情をしている。
彼女が拉致されている間、何が起きたのか。聞くまでもなく明らかで、聞く気にもとてもなれない。
「我が君……」
「静かに。……この呪文により……」
潤んだ赤い目で見上げるエリザベルを片手で制して、【完全治療】の呪文を使う。娘の身体のあちこちに刻まれていた酷い痣や傷は、柔らかい光に包まれ消えていく。
「あ……この魔法……」
身体の痛みが引いたからか、娘は眠りに落ちた。しかし無論のこと、心の傷は……。
「……」
私は久しぶりに腹の奥から湧き出す怒りを感じていた。
現実的に考えれば、騎士団長の悪事の話を聞いていたときから想像はできたことだ。この怒りに判断を鈍らせてはいけない。怒りや憎しみは判断の材料ではなく、判断の結果としての行動を支える力としなければならない。それが、会社員としての生活で学び、領主として実感した原則だ。
「……ぐ……」
黒ローブを脱いだシルバス男爵も、思い切り歯を食いしばり何かに堪えていた。
先程のロバルドの言動に、これまでの男爵の行動、そして今彼が必死に顔を拭ったり首を振って隠そうとしている涙。
これでようやく、私の行動は定まったな。
私たちはロバルドが用意した宿屋に移動した。
ロバルドはよほど私と親密になりたいのだろう、シルバスで一番の高級宿を丸ごと借り切っていた。
町中の有力者からの贈り物もひっきりなしに届き、エリザベルの部下たちが必死に受取記録をつけている。
そんな中、私たちは一番広い客間に集合した。
私、シルバス男爵、護衛騎士ガイダー、セダム、レード、エリザベルにディアーヌ。宿屋の者を出入りさせるわけにはいかないので、モーラは忙しく茶菓を運んでいた。
家令の娘、スクラは別室で眠っている。
彼女を私たちが救出したことは気付かれていない。タイミング的に私たちがやったと思われる可能性もあるが……置いてくるわけにもいかなかった。
「さて。結論を言えば、私はシルバス男爵を支持することに決めた」
「当然だな」
「そうですね」
「あったりまえだぜ!」
「……」
セダムたち仲間にも異論はなかった。レードも、何となくだが頷いたように見える。モーラは口には出さないが、明らかにほっとした顔をしていた。
「……ありがとうございます」
「マルギルス様! 感謝いたします!」
シルバス男爵は不機嫌そうだったが、折り目正しくお辞儀をした。ガイダーも何度も頭を下げる。
「ただし、先程言ったように私は男爵に力を貸すだけだ。君の判断で、シルバスに秩序を取り戻したまえ」
「……うっす」
男爵は頷いた。ふてぶてしい態度だ。
「シ、シィルオン様……。まあ、家令の娘を救出できたのですからロバルドの悪事の証拠はすでに十分でしょう! あとは彼女に証言してもらえば……」
「おいふざけんなよ!」
「……酷い! ……あっ」
とりなすように言ったガイダーに、ディアーヌとモーラが噛み付いた。モーラはすぐに立場を思い出して口を積むんだが、ディアーヌはギラつく目でガイダーを睨んでいる。
「そいつは少し酷ってもんだろうな……」
「……」
セダムも苦い表情で呟いた。エリザベルの表情も暗い。レードは恐ろしいほど無表情。彼らは、理性ではガイダーの言い分が正しいと認めているのだろう。
「し、しかし、彼女が証言さえしてくれれば、ロバルドを処罰しシルバスの民を救うことができるのです。辛いとは思いますが、何とか説得して……」
「てめーには女の辛さが分かるってのか!?」
ディアーヌの剣幕にも、ガイダーは必死に抵抗していた。現実的に考えれば、彼の言うことはもっともなのだ。多数を救うために少数を犠牲にする。統治者ならば誰でもやること……いや、やらねばならないことだろう。それに第一、彼女も傷つくだろうが別段死ぬわけではない。
何しろ、男爵と反比例するようにロバルドの人望は篤いのだ。それをひっくり返すには、これくらいのインパクトある暴露が必要とも言える。
……と。
他にどうしようもなければ、そのような判断をしても仕方ないかも知れない。
「……ぶふぅー……」
腕組みして唇を突き出し(悪いがそういう顔をすると確かに豚っぽい)じっと考え込む男爵を見ながら私は思考を巡らせる。
男爵が、家令の娘スクラを証言台に立たせるという答えを出したら、私はそれを手助けするべきだろうか?
「ちょっと、シィルオン様! 何とか言ってくださいよ!」
ディアーヌの剣幕や、他の皆の冷たい視線に押されまくったガイダーが悲鳴を上げた。
「ぶほぉ! ええい静まれ静まれぇい!」
突如、シルバス男爵は雄叫びをあげ、派手なポーズで掌を突き出した。
「何ですか、ついにおかしくなったんですか?」
私たち皆がしたかった突っ込みを、一番しちゃいけない護衛の騎士がする。
「ふっひっひっひっ! おかしいのはお前だろぉー? ロバルドの馬鹿を引っ掛けるのにあんな娘要らん!」
「ほう」
要らんときたか。何となくワクワクしながら、私は続きをうながす。
「この俺はやはり天才だったな! 三日待ってくれ! お前らに本物の陰謀ってやつを味わわせてやるよぉぉ!」
「私たちに味わわせちゃ駄目でしょう……」
エリザベルが毒気を抜かれたように呟いた。