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『未熟者』同士の会談

 シィルオン・シン・シルバス男爵。

 話に聞いていた以上の変わり者の青年だったが、私は嫌いになれない。何かに突き動かされるような行動力と明るさは、あのギリオンを思い出すところもある(まあギリオンもギリオンで捻くれてはいるが)。


 そもそもこの世界セディアの法において、正統なシルバスの統治者は彼なのだ。男爵が統治者としての責任感に目覚めて、それをシルバスの人々が認めてくれるのが一番良いことなのは間違いない。


 一応、仲間たちを見渡すが特に異論がある様子はなかった。


 「……分かりましたよ」

 「ふぅ」


 正統な統治者は、いかにも渋々というように頷いた。背後の騎士は一息ついた、という顔だ。


 「それで? これからどうしますの?」

 「まずは騎士団長と会うことだな。とりあえず、上陸しよう」




 私はようやく、シルバスの港に上陸した。

 『動く石像ストーンゴーレム』を先頭に、エリザベルら外交官たち、セダムやモーラ、そして兵士たちを引き連れている。さらに、背後には黒ローブの謎の人物を二名尽き従えていた。


 「おおー!」

 「本当に魔法使い様だ!」

 「何だあの石像は!?」

 「う、動いてる! 歩いてる!」


 シルバスの人々は、まず『導星』の大旗を掲げる動く石像ストーンゴーレムの姿に度肝を抜かれる。


 「な、何だよあの馬鹿デカイ戦士は……」

 「とんでもなく物騒な鎧に大剣だなぁ……」

 「ただものじゃねぇ……」


 さらに、ゴーレムに匹敵する巨体に異形の鎧、禍々しいまでの大剣というレードの存在に息を呑む。


 「おお! エリザベル様だ!」

 「ああ、魔法使い様の外交官の!」

 「ほんとに可愛らしいなぁー結婚したい」

 「なんかそっくりな顔の女戦士がいるぞ……?」


 若い男たちは外交官エリザベルの可憐さに目を奪われ、極上の笑みに魅了される。……そして、側に立つ蛮族の女戦士に威圧される。


 「あれはレリス一の冒険者セダムじゃないか!」

 「セダムも魔法使い様の部下なのか……凄いな」


 見識の広い一部の者は、セダムにも注目する。

 私の仲間たちが人々から評価され、賞賛されるのは何だか気持ちが良いものだな。クローラやレイハも居たら(主に野郎どもからの)歓声はさらに激増していただろう。ちなみに、積荷(例の『輝く浮き彫り細工レリーフ』などだ)を守るため、クローラには船に残留してもらっている。レイハたちダークエルフも、まだ湖賊の拠点の島から戻ってきていない。


 そして。


 「あー、シルバスの諸君! 私がジーテイアス城主にして魔法使い、ジオ・マルギルスである!」


 魔法使いとして人々に声を張り上げるのにも少しは慣れてきたな。それにしても、私を取り囲むシルバス市民の身なりや体格は貧相だった。そもそも、暴徒と化したのは貧民街の住民だったそうだが、港全体の雰囲気をざっと見ただけでも不景気だとすぐ分かる。


 そんな人々は、杖を掲げて名乗った私に視線を向けて。


 「おお、魔法使い様!」

 「マルギルス様だ!」

 「……何か、思ってたより普通だな……」

 「あれ? 凄いじいさんじゃなかったっけ?」

 「俺は絶世の美青年って聞いたが」

 「……着てる物や杖は物凄いが……普通のおっさんに見えるな……」


 うん、まあ。歓迎はしてくれているんだよ。多分。


 「おほんおほん! 諸君らの代表から、話は聞いた! シルバス男爵の悪事が真実ならば、大変な問題だろう!」


 気を取り直して演説を続ける。これには、暴徒たちも激しく反応してくれた。


 「おお、そうだそうだ!」

 「マルギルス様、野豚男爵を懲らしめてやってください!」

 「俺たちを助けてください!」


 拳を突き上げて一斉に叫ぶ暴徒。……これもまた、この世界セディアにきて初めて経験する状況だな。


 「私はまず、騎士団長ロバルド殿と面会し、今後のことについて相談したい! その時に、諸君らの今回の行動は不問とするよう要請もしよう! だから、今は耐えて解散し、自らの仕事に専念してもらいたい! 私を信じてくれ!」

 「……」


 私の説得に対し、暴徒たちは顔を見合わせる。そのうち、一人の男が進み出てきた。


 「あ、ありがとうございます。魔法使い様。でも、バリケードの向こうは騎士団が包囲しちまってて……」





 私は暴徒たち(既に落ち着いているようなので暴徒ではなく市民か)に案内され、港の出入り口へ向かった。

 荷車や樽、何かの木枠などを積み重ねて作った急造のバリケードの向こうには、確かにお揃いの鎧に身を包んだ部隊が陣取っていた。


 「あー、私がジーテイアス城主にして魔法使いジオ・マルギルスである!」


 バリケードの隙間から、彼らに本日二度目の名乗りを上げる。

 騎士たちの反応もまた、劇的だった。


 「まっ魔法使い!? マルギルス様!?」


 悲鳴のような声が上がるや、彼らの中から部隊長らしき恰幅の良い騎士が慌てて走り寄ってきた。バリケード越しに彼が叫ぶように言う。


 「真にマルギルス様でありましょうか!? 私はシルバス騎士団副長のサージと申します!」

 「ああ、ジオ・マルギルスとは私のことだ……」


 私はサージと名乗った副長に、騎士団長と面会したいこと、暴徒たちは既に沈静化していることを伝えた。副長は、どこかほっとしたようにガクガクと頷く。


 「そ、それはもう! 団長のロバルド様も是非マルギルス様にお会いしたいと! おい、早くこのガラクタをどかせ!」


 私への敬意に満ちた対応とは真逆の怒号を部下に浴びせる副長。まぁいるよなこういう奴……などと思っていると。


 「……」

 「ん?」


 ちょんちょんと、背中を突かれた。振り向けば、黒ローブの小太りの人物――いやまあ、シルバス男爵なんだが――だった。


 「こういう時、魔法の力で一発! バーンと! バリケードを粉砕とか、できないんすか? あの副長にマルギルス様の力をアピールしとくと後で良いことがありますよ?」

 「……」


 まだ、男爵に力を貸すと決めたわけではないのだが。騎士たちが手作業でバリケードを撤去するのも待つのも退屈だし、別に手伝っても問題ないか。


 「この呪文により……」





 「いやはや! 凄まじいのですなぁ、魔法の力というのは!」


 【念動力テレキネシス】の呪文でバリケードを撤去したのは、確かに効果があったかも知れない。

 副長や騎士たちの(元暴徒の市民たちも)の態度がさらに恭しいものになり、騎士団本部の屋敷に直行で案内してもらうことができた。


 私たちは一旦客間に通され、それから私だけが別室で騎士団長ロバルドと会談することになった。


 そのロバルドは今、私と差し向かいでソファに座っている。

 長身痩躯に、尖った顎、細く長い髭。騎士の正装は板についているが……正直にいって人相だけなら確かに悪党だ。


 「私の魔法については、いつかたっぷりお見せする機会があるだろう。それよりも、今後の予定について確認させていただきたいのだが」


 白々しく聞くと、騎士団長は神経質そうに髭をいじり出す。


 「ははっ。まずは一旦、宿でご休憩いただこうかと。明日の晩餐には、宰相ヨルスと男爵家のご令嬢フィリィネ姫も出席されますので……」

 「それは光栄だが、シルバス男爵ご本人とはいつお会いできるのかな?」

 「そ、それは……ですな」


 ロバルドも千人を超える規模の騎士団を指揮し、一国の主を追い詰めるほどの野心家だ。当然、それなりの威厳も威圧感も備えているのだが……どうもあまり迫力を感じない。

 私に度胸がついてきたというよりも、レードたちの本物の殺気やフィルサンド公爵のような本物の悪党の威圧を間近に感じてきたことで少しは場馴れしてきたのだろう。

 私は冷静に、目の前の騎士団長の様子を観察することができた。


 「うう……も、申し訳ない、マルギルス殿!」

 「ん?」


 ロバルドはいきなり頭を下げた。


 「じ、実は昨夜から男爵様は行方が分からぬのです!」

 「何と?」


 ロバルドは私に、『シルバス男爵は自分の悪行を魔法使い様(私のことだ)に暴かれ、罰せられるのを恐れて逃げ出した。現在、全力で捜索中である』と説明し、謝罪した。


 「うーむ」

 「はっ! 真に、真にお恥ずかしいっ……我が主ながら、男爵様は臆病なところがありまして……」

 「そうなのか? ……風の噂では、何やら民に重税をかけたり、女遊びが過ぎる……というような話も聞くな」

 「そ、それはっ!」


 またしてもわざとらしく呟いた私の言葉に、ロバルドはがばっと身を乗り出した。


 「残念ながら、それらの噂は全て事実でございまして! 先代に甘やかされたのでございましょう、男爵様の金遣いの荒さは……。さらに、道楽のために男爵家の財産を使い潰し、足りぬとなれば民から搾り取るという……」


 自分が仕えるべき主の悪行を喜々として語りだしたロバルドを見て、私は内心ため息をつく。

 まあ確かにこういう奴もいるよ。だがなぁ、この状況でこの台詞は……。船を降りる時、男爵と騎士団長、双方の話を聞いてからどちらに味方するか考えると言ったが、答えはすでに出つつあった。


 後は、現在客間で『待機』しているセダムたちがロバルドの悪事の『確認』をしているかどうか、だ。


 「港を封鎖していた市民も似たようなことは言っていたな。困ったものだ」

 「そ、そう思いですか! マルギルス殿は、暴徒ども……いや市民たちに何かお約束なされたとか!?」

 「うむ……まあな」

 「それは!?」


 ついにロバルドは立ち上がって私を覗き込んできた。ここで、市民たちにした話を聞かせてやれば、喜々として私に『男爵を排除する手伝いをしてくれ』と言い出しかねないな。

 しかし、私が今それを聞いてしまったら、私がどうにかせにゃならん事態になってしまう。ここはあくまでも、当事者同士で決着をつけてもらいたい。


 しかし考えてみるとあれだな。この程度の虚言や賞賛で私を動かせると思われるとは。私に大魔法使いらしい威厳や威圧がないからということなのだろう。

 まったく、ロバルドを馬鹿にしている場合じゃあない。まだまだ修業が足りないよ。


 「今現在、男爵殿がご不在なのは残念なことだ。だが、シルバスから逃亡したというわけではないのだろう? 男爵と直に会談させていただき……そこで『色々と』考えさせていただきたい」


 私の言葉に、騎士団長は細く長い髭を揺らしがくがくと何度も頷いた。


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