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男爵の願いと魔法使いの選択

 湖賊を大人しくさせ、シルバスに到着したと思ったら、港が暴徒に占拠されていた。

 想定外のトラブルに頭を頭を抱えたが、まさか彼らを蹴散らして上陸するわけにもいかない。偵察にでもだそうか思案していると、暴徒たちの方から私の乗る船にボートを出してきた。


 「マルギルス、暴徒の代表者があんたに面会したいってよ」


 船室で待機していた私に、セダムが報告した。代表者か。一応、統率するものはいるのか。しかし長年町を統治していた男爵を(いくら不人気とはいえ)追い出そうとしている人々だ、まともな話ができれば良いのだが……。


 「あら? 男爵様?」

 「!?」


 船室にやってきた小太りと長身、二人組の青年を見たエリザベルが素っ頓狂な声を出した。んん?


 「うほぉ、エリザベルちゃぁん! 相変わらずかぁわぁいぃぃ!」

 「ひぃっ」


 小太りの方の青年は不気味な抑揚で叫んだ。長身の方と同じ、見すぼらしい労働者風の服装だが……まさか。いや、何だ? これは?

 エリザベルは顔を引きつらせ、ディアーヌの陰に隠れてしまう。


 「ぶほほほっ。こんなところで再会できるとは、創造神リメイダーのお導きですかなぁ!?」

 「……」


 私を含め他の仲間も言葉がでない。

 こんな時、まっさきに雷のような一喝を発するクローラすら、あっけにとられた顔で硬直している。


 「……な、何だ何だ、この豚はよ!?」

 「おっとっと。いや、これは失敬失敬」


 ディアーヌのもっともな疑問に、小太りの青年はやっと私の方を向く。


 「私、『王法』によりシルバスの町と周辺三十八村を領有する、シィルオン・シン・シルバス男爵でございます」


 小太りの青年は床に膝をつき、こうべを垂れた。体型と服装はともかく、見事な作法だ。

 長身の青年も、そのやや後ろで同じ姿勢をとる。


 「……」

 「はっ!?」


 隣に立つクローラが、私より先に正気に戻ったようだ。彼女は私の背をつつき、『ご、ご挨拶を』と囁く。おお、そうだった。


 「んんっ。私がジーテイアス城主、魔法使いジオ・マルギルスだ。だ、男爵殿。わざわざの来訪、痛みいる」


 何とかクローラ先生の礼法教室で習ったとおりの口にすると、男爵も型どおりの返事を返す。


 「大魔法使いマルギルス殿に拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極に存じまする」

 「だ、男爵?」

 「左様でございます。まあ、世間では親しみを込めて野豚男爵などとも呼ばれておりますが!」


 小太り……いやシルバス男爵(それにしても名前は綺麗だな!)は、ガハハと愉快そうに笑った。絶対親しまれてないよな。


 「……と、とりあえず……。一体全体、どういうわけで男爵である貴方が暴徒の代表になっているのかな……? 事情を説明してほしいのだが」


 私の言葉に、仲間たちはがくがくと首を縦に振る。


 「おお、そうですなっ! ではお聞き下さい! シルバス男爵の驚きと驚異と驚愕に満ちた冒険譚を!」




 「……な、なるほど……」


 それから数十分かけて、シルバス男爵は彼らの冒険を語った。

 男爵と騎士団長の対立や、何で男爵が正体を隠して暴動の指揮をとってるのか? その理由は良く分かった。

 確かに驚いたというか、呆れたというか……。

 騎士団長ロバルドが、男爵を追い落とすために家令の娘を拉致していると聞いた時は流石に面白がるどころではなかったが。


 「大したもんだな」


 セダムの小声の感想が耳に入った。他の仲間達は礼儀正しく無言だったが、多くの者はセダムとは正反対の感想のようだ。


 しかし私はセダムと同意見である。

 男爵の道化じみた外見や言動で覆い隠されてはいるが、彼のここまでの行動が命がけの冒険だったのは確かだ。レイハたちが調査したところでは、男爵は戦いが死ぬほど嫌いということだ。その男爵がここまで大胆に行動し、(かなり成り行きの要素は多いが)結果として私と会談することに成功しているのだ。確かに、大したものである。


 さらに私が評価するのは彼の雰囲気だ。……いや、異様なことは異様なのだが。彼の表情や言葉には、陽性の活力が満ちている。要するに明るいのだ。

 普通ならエリザベルにあんな暴言吐かれたら私も不快になるだろうが、むしろ愉快な気持ちになってくる。もっとぶっちゃけると、ギャグキャラ補正という奴かも知れない。


 「というワケでして! 悪逆非道の騎士団長を退治し、シルバスに秩序を取り戻すためにはマルギルス殿のお力を借りるしかないと! どうかこの通り! 男爵家の秘宝も差し上げますので! ねっ!?」


 男爵は恥も外聞もなく床に土下座する。控えていた青年(護衛の騎士だとか)が、渋々といった顔で背負っていた荷物の中から、一枚の光輝く小盾を差し出した。


 「シ、シルバスの盾」


 クローラが呻いた。男爵の説明と彼女の態度からいって、家宝のような品なんだろう。


 「うーむ」


 個人的に男爵のことは気に入りはじめている。……そういえば、昔のTRPG仲間にもこういうノリのやつはいた。

 とはいえ、これから一国を預かるものとしてどう行動すれば良いか……?


 「我が君? 男爵様にお聞きしても?」

 「ああ、構わない」


 考え込んでいると、エリザベルが遠慮がちに私を見た。もちろん許可する。


 「何ですかなエリザベル嬢?」

 「……男爵様は、いま、全てを投げ打って我が君に助けを求められています。でも、何故、これまで一度も会ったことのない我が君を頼ることにされたのですか?」


 エリザベルは真剣な顔で男爵に聞いた。私と彼女が同盟を結んだ時のことを思い出したのかも知れない。今になって思えば、あの時のエリザベルは私のことを大して信用していなかったんだろうなぁ。


 「ふっ。私が信じたのは、マルギルス殿ではなく貴女だよ。貴方が私にマルギルス殿のことを語った時の目を見れば、マルギルス殿が信頼できる御仁であることは確実さ」

 「まあ……」


 男爵は気障ったらしく前髪を払って言った。エリザベル以外の皆はため息をついたが、彼女は少し嬉しそうに片手を頬にあてる。


 「おっ、恐れながら、マルギルス殿!」


 周囲の反応が悪いと思ったのか、男爵の護衛の騎士が顔をあげた。かなりのイケメンだが、必死の形相だ。


 「いま、男爵様が申し上げたことは全くの事実でございます! 私も、男爵様がそうおっしゃるのを聞きました! そ、それだけでなく、男爵様は不自由な身ながら各地の情報を集め、マルギルス殿の行動を検証した結果、信頼に足る有徳の士であると確信されたのです!」

 「あら」

 「ほう」


 騎士のフォローを聞いて、クローラやセダムの表情が和らいだ。まあ私も悪い気はしない。これまで、私の力を信じた者の多くは私の野心を警戒したものな。

 そう、最近でいえばあの大湖賊ハリドだ。彼は私についてかなりの情報を持っていたはずだが、それでも私の人格については見誤っていた。

 あれ? そう考えると、事前の情報だけで私の人格を評価してくれたのは、男爵が初めてだったりするのか?


 「その信頼は嬉しいな。ありがとう」

 「は? い、いやあ、その。それほどでもありますかな、がはは!」


 私が小さく会釈すると、男爵は頭を照れたらしく頭をぼりぼりかいた。その様子だけだと卓越した情報分析力の持ち主にはとても見えない。


 「ただ、今はまだ貴方の話を聞いただけだ。私が行動を決めるのは、やはり騎士団長ロバルド殿とも会ってみたい」

 「そ、そうっすか……」

 「その上で騎士団長が本当に悪党であるならば、力を貸しても良い」

 「おお! ありがとうございますぅ! これで安心ですぅ!」


 男爵は全く躊躇なく再度土下座した。ごりごりと額が床を擦る音が響く凄い奴だ。


 「安心するのは早い。私は力を『貸す』と言ったんだ」

 「はい?」

 「シルバスの問題は、あくまでも男爵である貴方が責任をもつべきだろう? 私の力を使って良いから、この問題を解決する策は貴方が考えるんだ」

 「はぃぃ!?」


 野豚ことシルバス男爵は仰け反って叫んだ。

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