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野豚男爵の冒険 その1(三人称)

 ジオ・マルギルス一行が目指す領都シルバス。

 リュウス湖岸の河口に位置する城塞都市である。人口はおおよそ三千人ほど。栄華を誇るレリス市とは比較にならない小都市だ。城壁や建築物も古風……まぁ、古臭い。

 ただし、シルバスを統治するシルバス男爵はリュウス王国時代の所領として大小多数の村を支配下に置いている。その総人口や生産力は、リュウス同盟第三の都市として申し分なかった。


 その、シルバス男爵が暮らす豪華な屋敷。

 屋敷の最奥にある、広々とした居間。床には多数の彫像や剥製、壁には目が痛くなりそうな絵画や織物、メダルなどが飾られている。

 彫刻の施された大理石の大テーブルの上には大皿が並び、色とりどりの珍味が盛り付けられていた。


 「やだぁ、男爵さまってばぁ。触っちゃいやぁん……。嫌だっつってんだろ」

 「ぶへへへ……ぐほぉっ!? えへへ、ごめんよぉアリルちゃあん」


 肌もあらわな踊り子にビンタされた肥満体の青年が、シルバス男爵その人だった。

 上等な絹に奇抜な記号を刺繍したローブがパンパンになっている。赤く染まった頬を撫でながらニヤつく顔は……まあ確かに彼が領民の言うところの『野豚男爵』だと確信させる。


 ちなみに、男爵の頬を張り飛ばした踊り子はシルバスでも名の知れた一座の花形である。つい先ほどまで、男爵の要請で一座をあげてのショーを開催していたのだ。この手のショーは男爵の屋敷では三日もあけずに催されている。


 「シィルオン様! そんな風にのんきにしていてよろしいのですか!?」


 居間にいた最後の一人。簡素な革鎧に長剣、騎士の外套をまとった青年が男爵を咎めた。まぁ咎めるだろう。こちらは、鼻筋の通ったかなりの美形だ。


 「シィルオンって誰?」

 「俺だよ……。おいこら、ガイダー。その名前で呼ぶなっつったろ!」


 シィルオン・シン・シルバス。それが彼のフルネームであった。目を丸くした踊り子アリルを始め、領民や家臣のほとんどが知らない(というより忘れている)事実。

 男爵自身も、名前の響きと自分の現状のあまりのギャップが気になるようだ。


 「しかしシィルオン様はシィルオン様で……」

 「やめろってば!」

 「わかりましたよ野豚様」

 「野豚じゃないだろ!?」


 唖然とする踊り子を尻目に、道化の話芸みたいなやりとりをする男爵と青年。青年の名はガイダー・ギル・ダカン。男爵家に縁ある騎士の庶子であり、男爵の乳兄弟。現在は護衛を努めている。


 「そんなことより、いい加減にしっかりしてください。明日にはマルギルス殿がシルバスにやってくるのですよ?」

 「明日にはこねーよ」

 「は?」


 ガイダーは首を傾げた。

 確かに、『大魔法使い』としてリュウス同盟中に知られるようになったジオ・マルギルスの船は明日には到着する予定だったはずだ。


 可憐な外交官エリザベルのことだから聞いた話では、マルギルスはリュウス同盟の都市を結ぶ対暗鬼大同盟を構築したいのだという。いざという時、連絡一つで他所の都市の軍隊や魔法使いが助けにきてくれるのだ。

 軍隊嫌いの男爵が両手を上げて歓迎するのは当然の話だった。ただし、『うちの軍隊なんかいらんですな、がははは!』と言ったら外交官は困った顔をしていたが。


 とにかく、その待望の魔法使いとの会談である。疎かにして良いはずがない。


 「あ、じゃあ私ぃ、失礼しますねぇー?」

 「おうっ! アリルちゃん、元気でねぇー」

 「はーい……って、またぁ! 今度触ったら殺しますからね?」


 ぷりぷり怒った踊り子が居間を去り、主従二人となるとガイダーは主に詰め寄る。


 「シィルオン様はロバルトに対抗するために、マルギルス殿の足元に這いつくばって足を舐めるのでしょう? その予定が変わると?」

 「そこまでしないから」

 「というか、そもそも『明日マルギルス殿が到着する』という予定自体、宰相殿からもロバルドからも来てなかったですよね?」


 騎士団長ロバルドが、シルバスの実権を狙って男爵へ工作をしかけるのはいつものことである。そもそもこの屋敷自体が男爵を軟禁するためにロバルドが用意したものだ。あらゆる情報が制限されるのも当然である。

 屋敷の人間はメイドから料理人に至るまで、ガイダー以外は全てロバルドの息がかかっているといっても良い。先代から仕える忠実な家令もいるにはいるが、娘が何故か事故にあいかけて以来男爵に話しかけることもなくなってしまった。


 「そんな生け簀の豚……じゃない、生け簀のマスみたいなシィルオン様がどうやって外の情報を入手してるんです?」


 ガイダーが不思議そうに疑問を繰り返した。もちろん、ガイダー自身も男爵の巻き添えで似たような境遇になっている。


 「んぐっはぐっ……うめぇ……。アリルちゃんに聞いたんだよ」


 大皿に盛られたケーキの一片を掴み、口に押し込んでから男爵は答えた。


 「ええ? しかし、アリルはロバルドが選んだ芸人でしょう? シィルオン様に情報を流したりしないのでは?」

 「ロバルドも知らないが、あの子はシルバス盗賊ギルドの密偵だよ。ロバルドと俺の両方に探り入れてんだ」

 「ええ!? だ、だったら余計にどうして情報を?」

 「俺に惚れてるんだ」

 「嘘はいいですから」

 「買収したんだよ」

 「なるほど」


 やっと納得したガイダー。腕組みをして立っているだけなのだが、やけに絵になる。横にいるのが男爵だからというのも大きい。


 「ちなみに、庭師のベクも盗賊ギルドの連絡員だ。侍女のサラはロバルドの甥にひどい目に合わされたらしくて、こっちに情報を流してくれてる。家令の娘もこっそり手紙をくれるな」

 「おお……このガイダー、シィルオン様がそれほどの情報網をお持ちとは存じませんでした」

 「伊達に生まれてこの方、他人の顔色ばっかうかがってねえぜ。まあとにかくだ」


 幼馴染のガイダーですら知らなかった一面を披露した野豚男爵。彼は独自に集めた情報の分析結果を話して聞かせる。


 ジオ一行の商船は『本来の』予定であれば明日にはシルバスに到着する。これは間違っていない。ただし、その商船を大湖賊ハリドが襲うという情報があった。

 普通ならこの時点で、ジオは永遠にシルバスに到着しなかっただろう。だが、アリルが言うには、『湖賊の襲撃に参加した盗賊ギルドの幹部が誰一人帰ってこず、連絡もない』らしい。


 「それはつまり……」

 「ハリドは失敗したんだろうな。まずそれが凄いんだが……ロバルドもこの話は知っているはずだ」

 「はあ、やつは盗賊ギルドとずいぶん接近しているようですから」

 「ロバルドはマルギルスがハリドに襲われて到着できない、と思ってたみたいだな。だが、マルギルスは来る。するとどうなる?」

 「どうなるんですか?」

 「ロバルドは大慌てでマルギルスをもてなす準備をしてるだろうな。俺に会わせるのは後回しにして、彼と仲良くなろうってな」

 「それで、『明日にはこない』と。なるほど」


 ガイダーは前髪を払って頷いた。


 「ではこのままだと、ロバルドは先にマルギルス殿と会談し、シィルオン様についてあることあること・・・・・・・・吹き込むというわけですか。まずいですね」

 「そこは、あることないこと、にしとこうや」


 男爵は不機嫌そうに鼻を――大きくて不格好な鼻を――鳴らしたが、実際ロバルドは別に嘘を言う必要もないだろう。


 毎日毎晩、贅沢の限りを尽くした食事を貪り喰らい。

 踊り子、吟遊詩人、辻役者、絵描きに音楽家……少しでも珍しい芸を持つものは(特に女子)有無を言わさず屋敷に呼びこんで大金を与え。

 自分は吐き気を催すような絵画に夢中で、宰相ヨルスの苦言も通じず、遊び呆けている。

 最悪なのは遊ぶ金や希少な美術品の購入にあてるため、臨時の徴税を何度も行い民を困窮させていることだ。


 「いや、ほとんどはロバルドに強要されてますから。特に徴税とか。俺にそんな権限とっくにねーだろ」

 「強要されてる割には嬉しそうですが」

 「せめて楽しまなきゃやっとれんわ」


 数ヶ月前。先代男爵が急死してから続いた、男爵と騎士団長の争いの姿が、これなのだ。

 ロバルドはとことん男爵の権威を貶めるために、あえて彼の生活に『便宜』を図る。芸人を呼ぶのも美術品に大金をかけるのも、徴税も全て『男爵様のご意向で仕方なく』と。


 確かに、シィルオンはもともと男爵家の跡継ぎとして期待されていたわけではない。むしろ、芸術好みや女好きは元からだ。そういう下地があってのロバルドの戦略は確実に男爵を追い詰めている。


 「シィルオン様が昔からそうだから付け込まれてるだけですけどね」

 「そうだけどな! 親父が早く死にすぎたんだよ! いきなり事故で死ぬと知ってりゃ、もっと早く本気出してたわ!」

 「父無し子の私を前に良く言えたもんですなシィルオン様」

 「お前の親父は……んんっ。まあ良い。それよりだ」


 男爵は咳払いをして、両腕を後ろに組み胸を張った。全く絵になっていない。


 「ロバルドの馬鹿はいろいろと忙しい。これが俺にとって最後の機会だ。一発勝負するぜ」

 「どうするんです?」

 「そもそも、あいつが俺を殺さない一番の理由は何だと思う?」

 「……シルバスの盾、ですか?」

 「そのとおり」


 シルバスの盾。

 ラウリスの杖、リュウシュクの槍に並ぶリュウス同盟に名高い秘宝だ。魔術師ギルド創始者が作ったと言われている。

 代々のシルバス男爵が継承することになっているシルバスの盾はつまり、ロバルドにとって喉から手が出るほど欲しい一品だ。実際のところ、シルバスの盾を奪って、ハイ今日から男爵継承、とはいかないが。ロバルドが何よりも警戒しているのは、やけになった男爵がシルバスの盾を破壊することだった。


 その他にも、まだ中立を保っている宰相への遠慮や、男爵の姉へのご機嫌取りということもあるにはある。


 「あいつ、下手するとシルバスの盾をマルギルスに献上しようとするかもな」

 「えっそこまでしますかね?」

 「男爵の命令で、つってやるかもな。シルバスの民は農奴から騎士貴族まで大激怒だぜ。ついでに、マルギルスも余計なモン渡しやがってと俺を恨むだろ」

 「ははぁ。もし騎士団長がシィルオン様ほど性格悪いなら、そうするかもですね」

 「ただまあ、シルバスの盾は俺が持ってるからな。アリルちゃんたちも、ロバルドに捜すように言われてたらしい」


 男爵は自慢気ににやりと笑った。

 実際、ロバルドは盗賊ギルドにまで頼ってシルバスの盾の在り処を探していたがまだ発見できていない。


 「シィルオン様が殺されない理由は分かりましたけど。結局、最後の機会にどうするんです?」

 「俺の方から出向いて、マルギルスにシルバスの盾を献上しちまうんだよ」

 「はあ? 馬鹿ですか?」

 「馬鹿じゃねーよ。馬鹿がこの環境でのうのうと生きられますか!?」


 ガイダーが男爵を馬鹿呼ばわりするのも無理からぬことで。

 大魔法使いジオ・マルギルスといえば大英雄もしくは詐欺師として、知名度こそは最高であったが。その人間性については、『気に入らない人間を豚や石にする』だの『極度の色好みで部下は美女ばかり』という悪評がある一方、『蛮族にも慈悲を与える聖人』『無償で暗鬼を退治する英雄』と極端な高評価も多い。


 つまり、その人格に期待する行動はあまりにも運任せとしか言えないということだ。


 「うっせーな。俺が色々聞いた情報を集めて考えた結果だ。これしかねーんだ」


 男爵はぶつぶつ言いながら、テーブルの隅にあった大皿へ手を伸ばした。

 その上に乗った焼き菓子を掴むかと思えた短く太い指が、皿の縁を掴む。


 「何やってんです?」

 「だから献上品だよ、献上品!」


 焼き菓子を丁寧に別の皿に移した男爵は、掴んだ大皿を持ち上げた。巧妙に貼り付けた飾り布をビリビリと引き剥がすと……。


 「シ、シルバスの盾ぇ!?」

 「がはは! 恐れ入ったか!」

 「ご先祖が墓から蘇って殴りかかってきますよ?」

 「そん時は文句いってやる。殴る相手が違うってな」


 大皿は、薄い円形の金属盾の姿を取り戻していた。生地に細工があったのだろう、魔術師でない二人にもうっすら見えるほどの魔力を宿している。


 「いやですから、マルギルス殿なんてどんな奴かも分からないんですよ!? 第一、この屋敷から一歩でも出られませんよ……」

 「まぁ、そこはアレだよ。ちょっとした『冒険』になるな」

 「……」


 男爵は気取った笑みを浮かべた。つもりだった。絵にはなっていないが、口やかましい幼馴染を黙らせる程度の威力はあった。


 「それにだ。俺の分析によればな……」

 「よれば?」

 「ジオ・マルギルスって奴は、めっちゃくちゃ……」


 男爵は重大な秘密を告げるように、小声になって続けた。


 「良い奴だ」


お陰様で書籍第二巻、発売中です。

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[一言] 男爵クッソ有能やな
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