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湖上会議

 湖賊への対応はとりあえず終わった。

 私の悪評を流し、リュウシュク市の良民軍と敵対させようとしていたハリドはすでに排除している。


 残る湖族の幹部や配下の盗賊ギルドの連中も、あれだけ脅しておけばしばらく悪さはしないだろう。

 襲撃船団に乗り込んでいたり、湖賊島に居たのは湖賊の中でも中心的な人材だ。そいつらのほとんどは、大ダコに船を引きずり込まれたりホラー系モンスターに追い掛け回されるなどたっぷりトラウマを刻み込まれている。

 特に屋敷でハリド(偽)の周辺にいた大幹部連中には、超級マスターレベルモンスターである邪神の幻影を見せた。第九レベル呪文【六つのルーン文字シックスルーン】の効果の一つだ。これから彼らが心安やかに眠れる日はこないだろう。


 とはいえ彼らがこれまでやってきた悪事を考えれば、甘い処遇だと思う。アロサウルスに喰われたりして死んだ湖族の下っ端には、逆に同情するが。


 ……それもこれも、湖族を壊滅させることと、リュウス同盟全体の犯罪者たちのパワーバランスを大きく崩さないことを両立するための苦肉の策だった。

 ハリドはもともと部下たちの前にもほとんど顔を出さずに命令を出していた。それを逆手にとって、レリス市の盗賊ギルドマスターに今後ハリドとして彼らを見張ることを依頼しているのだ。

 あの屋敷で、ハリド(中身はレイハ)は『これからはリュウス中の盗賊ギルドがマルギルス様の要請に逆らわないように見張る』と宣言している。要請というのは、強姦や殺人などの重犯罪を行わない、ということだ。

 これで今後、レリス市の盗賊ギルドを通じて、各地の盗賊ギルドの動向を牽制できるだろう。


 牽制どころか、全部の盗賊ギルドを壊滅させれば、という考えもないこともなかった。

 だが法制度や警察組織が未成熟なこの世界セディアにおいて、犯罪者や犯罪者予備軍を統率する盗賊ギルドには一定の社会的存在価値がある。

 温めの和製ファンタジーTRPGに登場する、PCが所属するような盗賊ギルドレベルに悪事を抑えられるなら、それで良しとしよう。


 あの、やけに色っぽいヒルメとかいう女湖賊にも【強制の呪いギアス】をかけて、盗賊ギルドを見張るようにさせたしな。

 ……うん、あの女湖族はかなりエロかった。彼女以上にエロいレイハを見慣れていなかったら、思わずガン見してしまったかも知れない。紳士的に視線を外すことには何とか成功していたと思うが、見透かされてそうで嫌だなぁ。




 「マルギルス?」

 「ん? おっと、すまん」


 などと、明後日の方向に漂っていた思考が、クローラの声で引き戻された。


 私たちはまだ借り切った商船の上に居た。正確には中だが。船長室である。

 私は客室を借りれば良いと言ったのだが、船長から拝み倒されて船長室に滞在させてもらっていた。

 簡素だが快適な部屋には、クローラやセダム、エリザベルといった主要メンバーが揃っていた。今回の作戦の都合上、レイハとダークエルフ四姉妹はまだ湖賊の島に残っている。


 「シルバスでの行動方針について貴方のご意見は?」


 次の目的地であるシルバスで我々がどうするか? それを話し合うために皆を集めたのは私だった。


 「まずおさらいしておくが。シルバスの領主であるシルバス男爵は、私の方針を歓迎している。それは良いな?」

 「はい。男爵様は喜んで我が君と同盟を結び、またリュウス大会議においても我が君を支持すると断言されましたわ」


 エリザベルが微妙な表情で頷いた。


 「ただし、シルバス男爵の考えは極端で、暗鬼との戦いは全て私に任せたいとすら思っている、と」

 「そうですね。そもそも、男爵様は騎士団長ロバルド殿と激しく対立しております。すでに軍事についての指導力は失っているも同然です」

 「困ったもんだな」


 レイハたちの報告によれば、シルバス男爵は領民から『野豚男爵』と呼ばれるほど嫌われている。ただしそれは、表向き誠実な騎士団長を演じているロバルドが、自分の悪事を男爵になすりつけているためらしい。

 ロバルドは先代男爵が存命のころからシルバスの実権を狙っていた。今では男爵に味方はほとんどおらず、屋敷に軟禁同然の状況らしい。

 しかもロバルドの行動の根本には、権力欲だけでなく男爵の姉を娶りたいという欲望があるのだとか。


 「ただでさえ最近は物価も上がって生活苦しいのにねえ。酷い話っす」

 「騎士団長のロバルドは、勝手に税を取り立てたり徴兵しているんでしたわね? 全く、領主の権利を奪うとは『王法』にもとりますわ」

 「自分の領地でもないのに徴兵するとは、本来なら極刑ものですよね」

 「通常の税に上乗せしてるんだろ? 頭にくる話だな」


 シルバスでのロバルドの悪行に仲間たちも憤慨している。

 ただ、彼らの怒りのポイントは微妙に異なっているな。テッドやセダムは民を苦しめるロバルドの悪行に対して、クローラとエリザベルは『徴税・徴兵』という領主の権利が侵害されていることに怒っている。

 ちなみに、給仕に専念しているモーラはテッドの意見にコクコク項ていた。


 別にクローラたちに人情がないと言いたいのではなく、異世界の価値観はやはり現代日本とは違うのだなぁ、ということだ。


 「まあ、しかしとはいえだ。だから、私がロバルドを排除すれば良い、という話じゃあない」

 「……ですね」

 「ええ? そんな悪党、我が君がぶっ飛ばせば良いじゃねーか?」


 エリザベルとディアーヌ。瓜二つの顔がそれぞれ真逆の言葉を述べる。


 「マルギルスは別に巡回法神官じゃあないんですのよ? いちいち、他所の悪党を退治してまわる義務も権利もありませんわ」

 「湖族の場合は表にはでないように処理したし、そもそもあっちから喧嘩を売ってきたわけだからな。ロバルドはマルギルスのことはむしろ歓迎してるんだろ?」

 「ええ。男爵様の意向はともかく、騎士団長殿はラウリス奪還作戦には是非参加したがるでしょうね」


 レイハの調査だと、ロバルドは男爵の姉を娶ることを世間に認めさせるために、特別な武功を求めているのだという。そりゃあ、ラウリス奪還なんて聞いたら利用しようとするだろう。それに騎士団長なら、男爵のように暗鬼対策を私に丸投げしようなどとは思わないはずだ。

 困ったことに、男爵よりも騎士団長の方が私と利害が一致してしまっている。


 「それで? 結局貴方としてはどうされるおつもり?」


 クローラが両手を腰にあてて聞く。


 「まず、根本的な目的はリュウス大会議の場で、シルバスの代表に私たちの計画や建国を支持してもらうことにある」


 そのために、わざわざ会議の予定日よりもかなり早めに出発しているのだ。


 「……あとはまあ、男爵と騎士団長双方に会って話してから考えるしかないな。もし騎士団長が本当にどうしようもない悪党で、男爵が噂よりももう少しまともな人間だったならだが。その時は男爵に味方しても良いかもしれん」

 「まあ、そうおっしゃると思いましたわ」


 例によって玉虫色の私の行動方針を聞いて、仲間たちはやれやれという顔をした。

 これがTRPGのシナリオなら、悪党騎士団長を退治することを即断しても構わないのだが。

 しかしそれくらい、魔法使いの力は慎重に使わなければならない。



 「今頃、男爵や騎士団長も頭を抱えてるんじゃないかね」

 「何に対してですの?」

 「そりゃあ、『大魔法使い』に対してだろ」


 セダムとクローラのやり取りに、皆は興味を持ったようだった。


 「はっ。悪党の騎士団長は逃げ出す準備でもしてんじゃねーか?」

 「逆にマルギルス様への贈り物の準備してるかもっすよ」

 「男爵様は、難しい局面ですね。私のように一か八かで我が君におすがりすることを考えるかも……」


 確かに。

 私というイレギュラーへの対応を見るのは、知らない相手の人間性や能力を測るのに良い方法かもな。


 「ちなみに、エリザベルが騎士団長だったらどうする?」

 「わ、私ですか?」


 大悪党であるフィルサンド公爵の血を色濃く継いでいるエリザベルの意見が、この場合参考になるだろう。……いや、別に彼女が腹黒いと言うわけではないが。多分。


 「そうですね。まずは男爵様と我が君が接近しないようにしますね。できれば、自分が我が君と親しくなるように接待や贈り物をするでしょう」

 「ふむふむ」


 案外普通の対応だった。それくらいなら、会社員時代にも経験がある。


 「男爵様と我が君が合う時にはなるべく大げさで厳粛な場を用意して、そこで男爵様に仕掛けますね」

 「し、仕掛ける?」


 企業クライム小説くらいでしか見たことない展開になってきたぞ。


 「ああ、ありますわね。公衆の面前で恥をかかせる『作法』が」

 「そうですね、良くある話です。それだけに効果は大きいですし」


 クローラとエリザベル、リュウスとフィルサンドを代表する令嬢二人が何やら意気投合していた。


 「そ、そんなことって本当にあるんっすか? 貴族さんたちの世界には?」

 「もちろんです。私なんか、何度メイドの失敗で泥水を浴びせられたことか」

 「わたくしも良くパーティの招待状が紛失しましたわ」


 ……平民には縁のない高貴な人々の心温まる懐古談だな。しかしちょっとこの場合とは違う話では……。


 「つまりマルギルスとの会談の場で、男爵に恥をかかせるってことか? それで、マルギルスと男爵が険悪になると?」


 セダムは呆れたように言った。そりゃあ、私がこういう・・・・人間だと知ってる君だから言える感想だよ。


 「軽い牽制としてはそれくらい考えられるということですね。ああ、そうそう。乾杯の時のグラスの中身が酢だったこともありましたね」

 「ああ、それ! フィルサンドでも使われる『作法』なんですのね? わたくしもありましたわ」

 「……すげぇな貴族。それで、その時二人はどうしたんだ?」


 私の質問に二人は声を合わせた。


 「もちろん、最高の笑顔で全て飲み干しました(わ)」


 やだこの令嬢ども、男らしい。

お陰様で27日に無事二巻が発売されました。

活動報告にRyota-H先生のイラストラフの一部などを掲載する予定です。是非ご覧ください。

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