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恐怖の島 または女賊ヒルメの災難 その4 (三人称)

恐怖の島シリーズはこれで完結です。

活動報告に二巻の書影を公開しましたので、是非ご覧ください。

 大湖賊ハリドがリュウス湖の小島に構えた拠点。

 港や船大工の作業場は当然として、倉庫や宿泊施設などいくつかの建物が設置されている。

 その中でも特に厳重な防備が施されているのが、現在ハリドや幹部たちが集まっている屋敷だ。


 ハリド直轄の湖賊の精鋭はもとより、幹部たちの屈強な私兵など二百近い兵が周囲を固め、城塞なみの防壁に弓兵も完備している。兵の中には初歩的ながら魔術を扱える者も多い。

 なによりも執拗な情報操作によって、拠点の存在そのものが全く当局に知られていない。


 その、各都市の盗賊ギルド本部以上に『安全』な屋敷の広間にいるはずが。


 「……シガン? おい、どうした!?」

 「なんだぁ、このカエルの声は!?」


 自らが統べる盗賊ギルドに戻れば誰からも恐れられる幹部たちは、足元が崩れ奈落へ落下していくような不安を感じていた。

 あの、最強の剣士でありハリドの暴力の象徴でもあった『狂剣』シガンが、白痴そのもの醜態を晒している。


 「ふは? あばびゅ?」

 「ふざけとる場合か! ちゃんとマルギルスの船を襲撃したんだろうな!? 財宝はどうしたんだ!?」

 「ぶふぁーっ」


 幹部の一人が恐怖を振り払うようにシガンの両肩を掴み、揺さぶる。だが屈強な肉体を誇る剣士は駄々っ子のように身体を揺すり、床に転がっていく。


 「ああ、もうっ! そいつに何を言っても無駄だよ! マルギルスの野郎に、心を壊されちまったんだ!」


 床でもがくシガンを抱き起こしながら、女賊ヒルメが毒づいた。

 『マルギルスの野郎』。冷酷非情な幹部たちの背筋に冷たいものが走った。『隕石を落として暗鬼の軍団レギオンを薙ぎ払った』『生意気な口を叩いた冒険者を豚に変えた』『ドラゴンや巨人を呼び出して使役する』……巧妙な情報操作の結果だと笑い飛ばしてきた噂の数々が脳裏に蘇る。


 ……まさか。……まさか? 本当に?


 「だから、どういうことかと説明しろと言っとるんだよ君ぃ!」

 「わ、私だってワケわかんないわよっ! でもねっ……」


 ヒルメが所属するジラルス市盗賊ギルドの幹部が重ねて聞くと、ヒルメは叫ぶようにリュウス湖で体験した『怪異』を話し始める。



 「……ちっ」


 その場に集まっていた幹部たちは十数名。

 そのうちの半数はヒルメの話を固唾を飲んで聞いている。だが、もう半数は理性よりも本能に従うことに決めたようだった。


 「……ハリド! 俺たちは周囲の警戒をしてくるぜ!」

 「そ、そうだなっ。任せておいてくれっ」


 ソレール市盗賊ギルドのカイゼスを始め、五・六名の幹部たちは私兵を引き連れて屋敷を飛び出した。

 もちろん、警戒などではなく脱出するためだ。ハリドの怒りに触れるのはもちろん怖かったが……それどころではない・・・・・・・・・と、彼らの勘が最大レベルの警報を鳴らしていたのだ。


 「俺は一旦部屋に戻ってからいく。またな」

 「……馬鹿が。先にいくぞっ」


 カイゼスは一緒に広間を出た幹部たちとは別行動を取った。

 上級幹部のカイゼスは、彼らも知らない抜け道に向かったのだ。慌てて屋敷を出て港に向かう他の幹部たちにそれを教えないのは、もちろん囮になってもらうためだ。


 「……くそっ。本当に、どうなってやがるのか……」


 カイゼスは地下道を走る。腕の立つ五人の私兵を連れているが、本能の警報は消えてくれない。むしろますます強くなっていく。

 私兵に持たせたランタンの頼りない明かりが、彼ら自身の影を化け物のように見せていた。

 地下道は島の反対側まで続いている。そこに、ハリドと極小数の幹部しか知らない隠し港があるのだ。


 「あそこまで行けば……んっ?」

 「カ、カイゼス様……」

 「何やってるっ! さっさと進め!」


 先行させていた私兵の一人が呆然と突っ立っていた。

 カイゼスは私兵の背中を蹴りつけるが、彼はよろめき、崩れ落ちてしまう。


 「ああー……あああー」


 倒れた私兵は頭を抱え胎児のように丸まる。あまりの恐怖に意識を現実から切り離してしまったようだ。


 「あ、あれ……は、何ですか、カイゼス様っ?」

 「なっ……」


 跪いた私兵が震える指を地下道の先に伸ばした。背後の私兵たちが、ランタンを上げてそちらへ明かりを向ける。


 そこに、『それ』が居た。

 直径三メートル以上ある地下道を、一杯に占領している。全体は灰色の泥山のようだった。だが、その表面はぶるぶると震え、波打っている。

 間違いなく。『それ』は生きていた。


 「はっ……ひっ……」

 「くひゅっ……」


 『それ』を認識した瞬間。

 カイゼルと私兵たちの心を圧倒的な恐怖が塗りつぶした。全身が凍えたように硬直する。


 『それ』の名は『裂け目に潜む者ルー・カーバ』。

 ジオ・マルギルスが【全種怪物創造(クリエイトオールモンスター)】で用意しておいた『D&B』のモンスターである。レベルは十。


 数値的に上位のモンスターではない。だが、その豊富な特殊能力は――。


 《ヒュルッ》

 「ぎゃあああっ!?」


 灰色の塊の表面から数本の紐が伸びた。紐は驚くほど鋭く強靭で、カイゼスの隣で立ちすくんでいた私兵の一人を串刺しにしていく。


 「……うわぁぁぁっ!」


 恐怖の呪縛を断ち切って走り出せたのはカイゼスだけだった。『裂け目に潜む者ルー・カーバ』の特殊の力の一つ『恐怖フィアー』が、他の者たちをなおも縛っている。


 「うわぁぁぁぁ! わああああ!」


 カイゼスは走った。子供のように泣きわめきながら。




 一方、カイゼスと別れて港へ向かった幹部たち。

 正門は警戒厳重だが、守る兵士はハリドの直属だ。それを避けるため、裏口からの逃亡である。

 年齢は高いが熟練の盗賊である彼らには、二十名以上の私兵が付き従っていた。中には魔術師くずれも数名まじっている。

 私兵たちの中には、安全なはずの屋敷から必死の形相で逃げ出す幹部の姿に首を傾げる者もいたが……。


 「ガアアアッッ!」

 「!?」

 「なっんだぁ!?」


 港へ向かう道の向こうから地響きと咆哮とともに迫ってきたのは。


 「ドラゴン!?」

 「トカゲか!?」


 二足歩行の巨大な頭部と顎、長い尻尾を持つトカゲ……肉食恐竜アロサウルスだった。言わずと知れた、ジオの呪文の産物である。

 レベルは十五。いや、レベルがどうという以前に、体高五メートル、体長十五メトール以上の巨体だ。人間が勝てる存在ではない。

 この世界セディアにおいては、南方に似たような爬虫類が存在している。もっとも、『この』アロサウルスも最近の地球における『恐竜』の姿とは大分違う。羽毛に覆われていない。科学的な事実ではなく、『D&B』というゲームがデザインされた当時の知識が元となっている存在なのだから、それも当然だ。


 「きっきたっ……ぎゃっ」


 あっという間だった。

 アロサウルスは彼らの目の前に到達し、顎で私兵を咥え込んだ。巨獣が夜空へ向かってのけぞれば、顎の先から突き出た二本の脚が『ジタバタ』するのが見えた。


 立ちすくむ幹部や私兵たちの全身に生暖かい液体が降りかかる。言うまでもなく、鮮血だ。


 「ガアアアァァァッ!」

 「わぁぁーーーー!」

 「たすっ……たすけてぇぇ!?」

 「お、おいてかないで……」


 人間の兵士や冒険者相手であれば。彼らもいくらでも勇敢に、残虐になれるが。これはあんまり・・・・だった。

 湖賊たちの士気は完全に崩壊し、ばらばらに逃げ出す。腰が抜けたり足がすくんだものがまず、アロサウルスの餌食になっていく。


 「ガアァァァ!」

 「グギュオォォォ!」

 「ひあっ!?」

 「こ、こっちにもぉ」

 「もう嫌だぁぁ」


 島の中には他にも何体もの恐竜、魔獣が生み出されていた。逃げ出した者たちは次々に狩られ、追い立てられていく。




 ハリドと残りの幹部、私兵たちはヒルメの悲痛な言葉を聞いていた。もっともハリドは先ほどから一言も発していない。


 「それで、あいつは言ったんだよっ! 湖賊は解散、殺しと強姦と麻薬をやめろって!」

 「……そ、そんなこと……」

 「だが、もし従わなかったら……」

 「あ、ああ。言ってたよ。従わなければ、『ああ』なるって」

 「「…………」」


 ヒルメと幹部たちの視線の先には、親指をしゃぶりながら床を転がる『狂剣』の姿。

 ジオの脅しは効果的だった。焦燥と絶望にまみれた沈黙が広間を支配する。


 「た、助けてぇっ」

 「ハリドさん、逃げましょうっ」


 そこへ、重武装した十名以上の湖賊が青ざめた顔で雪崩込んできた。


 「どうしたっ!?」

 「そ、外を……」


 《ゲコッゲコッ》

 《ゲコゲコッ》


 慌てて屋敷の外を見れば、既に異形の影が防壁の内部に侵入してきていた。カエルと人間の中間のような化け物と、それに従う杖を持った人間。さらに、多数の見たこともない不気味な怪物が屋敷を取り囲み、近づいてきていた。


 「こ、こ、これも全部、マルギルスの仕業なのかっ!?」

 「それしかねーだろっ! あいつはマジなんだよ! マジの魔法使いっ! 化け物なんだよ!」


 ヒルメはヤケクソのように叫んだ。

 幹部たちには言っていなかったが、実はヒルメはもう一つ深刻な問題を抱えていた。

 魔法使いはシガンとは別の『魔法』を、ヒルメの心に使っていたのである。【強制の呪いギアス】。

 女賊の精神には『リュウスの湖賊/盗賊たちがジオ・マルギルスの要請に従うよう全力を尽くす』、という呪いがかけられていたのだ。


 「あいつに逆らっても誰も勝てやしないよっ! 諦めて言うとおりにしなきゃ……」

 「今更さらそんなわけにいくか!」

 「ハリド様! どうすりゃいいんですか!?」


 激高した幹部がヒルメを突き飛ばし、ハリドを見た。

 大湖賊は、ついに小さく頷くとゆっくり立ち上がる。


 「ハリドさん……」

 「ハリド様……」


 町中にいれば、どこにでもいる中年男だ。それが、この状況でも平然としている姿に、湖族たちはわずかながら勇気づけられる。が。


 「俺たちは……マルギルス様のご命令に従う」

 「ハリドさん!?」

 「……本気か!?」


 平然……を通り過ぎて幽鬼のように無表情の男は、そのまま広間の天井に指を向けた。導かれるように、全員の(シガン以外の)視線が上を向く。


 そこには『不死者イモータル』が居た。


 全体には人型だが、緑の霊気に包まれ詳細は判別できない。頭の両側から長い角が、背中から蝙蝠の翼が生えているのはシルエットで分かる。左右の手に大剣と鞭。

 何よりもその、真紅に輝く両眼。

 『邪悪なる不死者イモータル、アーファルズクス』。

 『D&B』におけるプレイヤーの究極の敵だ。


 ……もちろん、流石に『これ』はジオが作った『モンスターで』はない。【六つのルーン文字シックス・ルーン】による超高度な幻影だ。が、目的は十分に達成していた。

 『アーファルズクスの姿』を見た瞬間、広間に残っていた湖賊は全員(シガン以外)意識を手放していたのだから。




 広間で気絶していた湖賊たちが気付いたのは朝になってからだった。

 地下道から命からがら逃げ戻ったカイゼスや、アロサウルスに追い立てられた幹部たちも、他に行く場所もなく屋敷に居た。


 屋敷を取り囲んでたカエルの化け物や巨大トカゲ、ましてや邪神の姿など影も形もなかった。

 だが、巨大トカゲに食い千切られたり、灰色の化け物の触手で貫かれた湖賊の死体はあちこちに転がっていた。

 カエルの化け物の『恋人』になった男たちの姿は……どこにもない。

 そうでなくても、あれほどの鮮烈な体験だ。

 カイゼスをはじめ、ヒルメや他の湖賊、私兵たち全員の心にはすでに強烈な烙印が刻まれている。

 すなわち、『ジオ・マルギルスに逆らうな』と。




 生き残った幹部たちをハリドが集めた。


 「ハリド湖賊団は解散とする。だが、私や直属の部下はお前たちを見張るとしよう。……マルギルス様の要請に逆らわないように」

 「そ、そうしてくれ」


 相変わらず淡々と言われた言葉に、居並ぶ者たちは激しく頷く。


 「い、いっそ盗賊ギルドも解散して……」

 「ああ、それに貯め込んだ財宝をマルギルス様に献上するってのはどうかな?」


 湖賊幹部たちも、積極的にジオに媚をうる手段を提案していく。


 「それはダメだろう。マルギルス様は解散しろとはおっしゃっていない。それに財宝を献上などしたら、マルギルス様と湖賊が結託しているように見える。……マルギルス様の望むところではないだろう」

 「な、なるほど!」

 「そうだな、マルギルス様に悪評をたてるわけにはいかないもんな!」

 「……」


 ヒルメも会議には参加し、ほっとしていた。もし、ハリドや幹部たちが気を変えてマルギルスと戦うことを選んでいたら、自分は大変なことになるところだった。とりあえず、【強制の呪いギアス】によって苦痛を与えられるような状況にはなっていない。


 (それにしても、あのハリドがこうまで従順になるとはねぇ。まあ、無理もないけどさ……)


 ジオの『力』を知ってしまったヒルメには、ハリドの変貌も納得できた。他の幹部たちも同様のようだった。

 ……誰も、この島に来たときからハリドの『中身』がジオ・マルギルスの『従属する者』であることに気付いていなかった。


 「……なあ自分で麻薬使うのはダメだろうか?」

 「もし手下がうっかり女を襲ったら俺もあんなに・・・・なっちまうのか……?」


 恐怖の一夜を生き延びた幹部たちの表情は、暗いものだった。むしろ彼らは、これから一生昨夜の恐怖に怯えながら生きていくことに絶望すらしていた。

 もちろん、ヒルメも。

 (……私は一生、こいつらがハメを外さないか見張ってなきゃなんないのかい? なんてこった……)


 ハリドから盗賊ギルドを見張るために力を貸すとも言われていたが。この先、自分の快楽のために戦い、奪うことはできないのだと思いヒルメは深い溜め息をついた。





 「…………マジで疲れた。ヤバかった。ほんと、ギリギリだった」


 湖賊たちが暗い将来設計について話し合っている頃。

 ジオ・マルギルスはシルバス市へ向かう船内で大の字に寝転んでた。


 湖賊船団が霧に包まれた時点から今まで、全てジオがレイハとともに練った脚本どおりに進められた。

 ただその脚本は、相当にシビアなタイミングを要求するものだった。【全種怪物創造(クリエイトオールモンスター)】のような持続時間が短い呪文が主力だったからである。そのためジオは一晩中、文字通りリュウス湖の上を飛び回り、時に飛び越えワープしてて呪文を使いまくったのだった。


 「湖賊たちの頭上で透明化してこっそりルーン文字を使うとか、傍から見たらコントだよコント」

 「ジオさん、お疲れ様でしたっ!」


 モーラがにこにこしながら、冷たい水で絞ったタオルをジオに渡す。

 少女はジオが『何やら』忙しくしていたことと、一度別の船から湖賊たちが乗り移ってきた(そして撃退された)ことしか知らない。ジオが疲れたと言えば、それを癒やすのが彼女の仕事なのだ。


 「ああ、ありがとうモーラ」


 冷たいタオルを顔にのせ大きく息をつく。

 昔むかし、学生時代に経験した『D&B』の公式シナリオにヒントを得た脚本であったが。

 自分が仕掛ける側にまわるとは皮肉なものである。


 「今後は、湖賊については問題ありませんわね。それに同盟全域の盗賊ギルドからもいろいろと『便宜』を計ってもらえましょうね。よろしゅうございましたわ?」


 クローラは少々不機嫌だった。何せこの作戦では全く出番がなかったのだ。


 「……流石に盗賊ギルドを支配下にするってわけにはいかないからな。壊滅させて治安が乱れるのも良くないし……まあこれくらいで良しとしよう」

 「では、少し休まれたら? ただし、その後でシルバス市での男爵との交渉について作戦を練りますわよ?」

 「……それもあったか……」


 船がシルバス市に着けば、また次の仕事がある。

 ジオはタオルでごしごしと顔を拭いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] コレ、しばらく偽ハリド常駐させなきゃいけないやつ?いや、新しい命令がなければ放置でいいのかな…表の顔の代官は失踪騒ぎになってそうやね。
[気になる点] ハリドは闇対影で死んだはずでは
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