会議は踊らない、されど進む
「いまのマルギルスとセダムの不愉快極まる発言は置いておくとして」
席に戻ったクローラは氷点下の視線を私とセダムに向けながら言う。
我が陣営には美女がそろっていると主張しただけなのだから、そう怒らなくてもいいんじゃないか?
まあ、セクハラは相手がそう受け取ればセクハラだって会社でも散々言われたしな。
「次はそちらでしてよ? ラウリスで一体何がありましたの?」
「……うむ」
居残り組の次は私たち偵察部隊が報告する番だった。
「……とまあ、そんなことがあったわけだ」
どっぺんぱらり。
私は廃都ラウリスで起きたこと、知ったことを皆に話して聞かせた。
ラウリスを占拠していた暗鬼の数や状況についての報告は、特に質問もなかった。もともとの予想に近い結果だったので、これは当然だろう。
「アルガン殿のおかげで恐ろしい計画を防げたのですね。しかしその代償が『喪失戦争』とは……」
「皮肉なもんだな」
『喪失戦争』の発端となっ宮廷魔術師アルガンの悲劇は、皆の感嘆とため息を集めた。
「常々、あの方々は頭脳がおかしいと思っておりましたが、まったくその通りでしたわね。……いえ、まさかそのような方向におかしいとは思いもしませんでしたが」
「さすがに理解できませんね……」
当たり前だが、暗鬼崇拝者がいう『世界の真実』には全員があきれ返っていた。いや、ここで『なるほど、そうだったのか!?』とか言われても困るが。
この世界は現代日本とは比較にならないほど、人の命が簡単に失われる。そんな世界で懸命に生きている人々にとって、世界が仮想かどうかなどはあまりにもどうでもいいことなのだろう。
暗鬼崇拝者の最高幹部である司祭ザルザムを従属させ、スラードで戦族に協力させることにした件については、一部に心配する声もあったものの受け入れてもらった。
「何にしても一番重要なのは、これで彼らの組織は壊滅状態になるということですね」
イルドがほっとしたように呟いた。
北方の王国の盗賊ギルド幹部だという司祭や、行方の知れない司祭も残っているが。
司令塔だけでなく情報伝達まで一人でやっていた大司祭ツアレスが倒されていたのでは、大規模な陰謀を企てるのは難しいだろう。
「ワンマン組織の欠点というやつだな」
「……」
会社員時代の記憶を思い出しながらしみじみ呟く。大した意味はない。が、仲間たちはどこか複雑そうな顔をした。
「私たちもそうならないよう、自戒すべきですわね」
「そうだな」
クローラとセダムの言葉に、みんな強く頷いている。
言うほどワンマンか、私は? いや多分、能力的なことを気にしているんだろうなぁ。
私の……私がたまたま拾った『大魔法使い』の力が私たちの中心にあることは間違いない。決して、それが全てだとは思わないが……。
驚愕というか大反響だったのは、やはり神聖樹の復活についてだ。
「神聖樹ってあの神聖樹ですよね? あれが復活? 本当ですか?」
「魔生樹のことですわよね? あれはほぼ完全に命を失っていたはずでは? 魔術師ギルド本部でも再生不可能でしたのよ?」
クローラやイルドでも信じられないという顔だ。
「間違いないさ。これが証拠だ」
セダムが自分の背負い袋から、緑に輝く葉を茂らせた枝を一本取り出した。神聖樹の枝である。
「おぉ……」
「た、確かに……これは神聖樹ですわね……」
「ぼ、僕は初めて見ました……」
クローラたちは感極まったように枝を見つめた。その表情を見ると、リュウス出身者にとって、やはり神聖樹は特別な存在だということがよく分かる。
そう思っていると、一枝そこにあるだけで何やら空気が涼やかになったような気になるな。……いやこれは多分、雰囲気に流されているだけだろうが。
「なんて素晴らしい。ラウリスの民、そしてリュウス同盟の諸都市は大きな希望を得ましたわ」
「慈母が復活する場面を目撃するとは俺も運が良かった」
「ええ。『喪失戦争』で失われた慈母が復活するとなれば、どれほどの人が勇気づけられるでしょうか」
リュウスっ子たちは感激してくれたようだ。
クローラが両手を組み合わせ、青い目を潤まして見つめてくれたので、私は大いに照れた。
「なに、ひょうたんから駒というか、怪我の功名というやつだがね」
「人間が管理している神聖樹は確か北方の王国にしかないんですよね? これって物凄い経済効果ですね。さすが我が君です」
「金が儲かるのか? よく分からねーけどさすが我が君」
他国人のエリザベルとディアーヌの感想は現実的だった。
リュウスっ子たちは少々複雑な顔をしていたが、私が気にしていたのもその点である。そして、ラウリス難民の代表であるライル青年の懸念でもあった。
「例えばこれまで難民の方々にお金を貸していた都市や商人は、神聖樹の利用について利権を要求するでしょうね。当然」
「よその軍隊が攻めてきたら守れねーんじゃねーか?」
「……」
従妹コンビのやけに息の合った指摘。
これまでの援助に対して、ある程度の見返りを求められるのは仕方がないが。それだけで済むほど世の中が優しいわけはない。
『貸していたお金、返していただけますよね? ええ、言い忘れてましたが以前のあれも、先日のこれもすべて差し上げたのではなく貸したお金ですから』
『復興のための労働者が足りない? それなら我が都市の失業者や浮浪者を使ってもらえませんか? ええ、もちろん賃金はそちらもちで』
こんなのは可愛いというか普通な方だろう。
『兵士が必要なら派遣しますよ。なんなら神聖樹そのものまでしっかり守りますから』
などと言い出して実質ラウリスを占拠しようとする都市や勢力すらあるかもしれない。
ライルもそれが分かっているから、準備のための時間がほしいと言ったのだ。
「とはいえ、それはラウリスの問題であって私たちには関係ないとも言える」
「それはそうですが……」
沈黙を破った私の言葉に、イルドは渋い顔をした。他の者も似たような反応だ。
「正直にいえば私は人間同士の争いに関与したくない。そういうことに使うには、魔法の力は巨大過ぎる」
大々的に『大魔法使い』がラウリスに肩入れしているといえば、十分な抑止力にはなるだろう。魔法を無制限に使えば三百対五千の戦いで三百を勝たせることもできるだろう。
しかし、私はこれからリュウス同盟の全都市と同盟を結ばなければならない。つまり各都市は公平に扱う必要がある。それに万一戦争になったとして、勝たせる三百にも負かす五千に対しても生じる責任は、私には重すぎる。
私が大魔法使いとして名と力を使うのは、あくまでも暗鬼という人間の天敵との戦いのためだけだ。
「しかしまったく関わらないというわけには参りませんでしょう? そもそも、神聖樹を復活させたのはマルギルスじゃありませんの」
クローラがやや非難するような口調で意見した。まったく正しい意見だ。というか、彼女にはいわゆる『ノブレス・オブリージュ』の精神がある。
悪く言えば傲慢だが、良く言えば高潔。彼女たちに対してどうにも腰が引けるのは、そういう精神性のギャップもあるよな。
要するに私には眩しすぎる。
とにかく、彼女は私が言おうとしていた流れを先取りしてくれた。
いま述べたのはあくまでも建前だ。
「ああ、そのとおりだ」
「? ですわよね?」
私はクローラに頷く。
あっさりと前言を撤回するとは思わなかったのだろう、彼女なきょとりと青い目を見開く。
「見方を変えてみよう。神聖樹はリュウス同盟全体が暗鬼と戦っていくために不可欠な力になるはずだ」
「? 確かに魔生……いえ神聖樹は魔具の素材として不可欠ですが……」
「見方を変える? リュウス同盟全体? あっ」
可愛らしく小首を傾げていたエリザベルがぽんと手を打った。さすがに政治や外交分野においてはこの中で抜きんでた理解力だ。
こういうと私の政治センスはみんなより優れているようだが、単に異世界人だから客観的に全体を見られるというだけだろう。
「リュウス同盟全体を、暗鬼と戦う一つの組織を考えた時、神聖樹を得たラウリスはお金の面での要となるということですね?」
「そうそう。そういうことだ」
「……なるほど。リュウシュクは軍隊を同盟内に派遣しているように、ラウリスは資金と資源を提供すると」
イルドも理解してくれたようだ。
私がリュウス同盟の対暗鬼戦略に協力するとしても、当面はリュウシュクの軍事力やレリス市の政治力、経済力に頼らざるを得ない。いや正直、一時的には各都市の負担は増大するはずだ。
そもそも、各都市が対暗鬼の十分な軍事力を持てない大きな原因は資金不足である。
それを、ラウリスが補う。
これは恐ろしく重要な役割であり、私が特別に支援する十分な理由になる。
「最終的にラウリスが独立してやっていけるようになるまでだが、出来る限りの支援をしよう。もちろん、ラウリスの人々が私の頼みを聞いて暗鬼との戦いに参加してくれればだが」
「ランデル男爵には私の方からマルギルス様のご意向を伝えておきます」
「ブラウズ評議長をはじめ、信頼のおける方々にはそれとなく根回しをしておきますね」
「私もラウリス難民の足元を見ることがないようレリス貴族たちに一言申しておきますわ」
イルドたちが打てば響くように自分がやるべきことを決めていく。
目的が統一されていて志が高くてやる気と能力に満ちた人々でやるならば、会議というものも悪くないな。
しかしまあ、結局のところいろいろ理由をつけてはいるが、私もラウリスの人々と神聖樹を利用しようとしているのには違いないんだよなぁ。
この中で汚い大人は私だけか……。
小さくため息をついて頬杖をつく。と。
「マルギルス?」
「ん?」
「私たちは、貴方のお役に立てていますかしら?」
突如、おかしな質問をされて私は慌てた。
「意味がよく分からんが。役に立つどころか、君らがいなかったら私はとっくに何処かで……うーん、やさぐれていた、かな?」
正直、この場にはいないがモーラをはじめ皆と出会っていなかったら、大魔法使いの力に振り回されてヤバイ状況になっていた自信がある。
「それは光栄ですわ。マルギルス? 貴方の世界にそのような考えがないのかもしれませんが、差し出せるモノがあるというのは幸せなことですのよ?」
「んん?」
やけに優しい顔で諭すようにいうクローラの言葉の意味がやっぱり飲み込めない。
「ラウリス市民も同じだと思いますわ。故郷を奪還し、心の支えである慈母まで蘇らせてもらい……それに何の見返りも求められないというのは、かえって苦しいことでしょう」
「弱みに付け込まれるのとはまた別の話ですよ、我が君?」
「そうだぜ……恩だけ受けて我が君のために剣を振れないなんて地獄みてーなもんだ」
みんなが辛抱強く説明してくれたので、やっと分かった。
私が、私欲でラウリス市民を利用したと沈んだことに気遣ってくれたのか。
「……ありがとう」
最近年のせいか涙腺が緩いんだ。あまり刺激しないでもらいたい。
そんなわけで。
翌日から私たちは、手分けしてレリス市内で各所に根回しをしてまわった。幸か不幸か、レリス市内なら私の名声と権威は揺るぎない(ものになってしまった)。
ラウリス難民への不当な行為はかなり抑制できるだろう。
そして廃都から帰還して二日後。
私たちジーテイアス使節団一行は特別チャーターした豪華客船に乗り込み、シルバスへ向かうこととなった。
計画ではこの船は、シルバスまでの航路上で大湖族ハリドの船団に襲撃されることになっている。




