あらかじめ倒されていたボスキャラ
目の前で平伏する、異常に長い後頭部の男。
司祭ザルザムが語った彼の半生と暗鬼崇拝者の秘密は、私にかなりの衝撃を与えていた。
「うーむ……」
『神体』に『鬼杯』。これはまぁ良い。前に見たものの、連中側の呼称が分かったということだ。
しかし『年を経た暗鬼が自ら焦点になる』だとか、『死霊のたまり場に焦点が発生する』だとかは聞き捨てならない。
さらに何より問題は、暗鬼崇拝者が気付いた『世界の真実』とやらだ。この世界は創造神の劇場で人間はその役者、いや人形だと?
いやもちろん、そんな話を鵜呑みにしているわけではない。しかし世界を『作り物』だと感じる、というのは……。
恐ろしいのは、私がそういう奴に心当たりがあるってことだ。
「おい、大丈夫か?」
思い切り渋面を作っているの気付いたのだろう。セダムが気遣ってくれた。
「あ、ああ。大丈夫、だ。とりあえず、続きを聞こう」
「何なりとお聞きくださいませ、我が神よ!」
「あー、じゃあ、あれだ。そろそろ、そこのミイラの話を。そいつや、暗鬼崇拝者がこのラウリスで何をしたか教えてくれ」
「ははっ!」
ザルザムは引き続き淀みなく語った。
そもそも『大司祭』であるツアレスがラウリスに目をつけたのは二十数年前。
きっかけはラウリス王族の末席にある若者が、『世界の真実』に気付き暗鬼崇拝の道に入ったことだった。
王族の若者がツアレスにもたらした情報の中には、ラウリスの神聖樹『慈母』にわずかに魔力を生成する機能が残っていること、王族だけが知る地下道を使うことで神聖樹の根元まで隠密に行き来できることなどがあった。
様々な障害によって北方の王国での神体や鬼杯の製造に行き詰まっていたツアレスは、ラウリスに暗鬼崇拝の触手を伸ばすことを決める。
暗鬼の死骸を神聖樹といういわば魔力発生機に組み込んだ上で儀式を施すことで、巨大な『神体』を生み出そうとしたのだ。
『喪失戦争』前のリュウス全域は、リュウス王国分裂からリュウス同盟成立までの熱気と混乱が冷めやらぬ激動期だった。
内乱の痛手から立ち直るべく奔走していた人々にとって、八守護聖人であるツアレスの来訪は大きな福音である。ツアレスはそんな人々の心情を利用し、年に何度もラウリスを訪問しては地下で邪悪な儀式を行い、暗鬼崇拝の根を広げていく。
「そうやって、ツアレスは徐々に『ラウリスの慈母』を神体と化していったのでございます」
「うむ……」
「とてもライルには聞かせられん話だな」
「……」
十年ぶりに『慈母』を間近で見たライル青年が感涙にむせんでいたのを思い出したのか、セダムが呟く。気持ちは分かるがそういうわけにもいかんだろ。
ただ、ここまでの話で気になったというか、確認すべきことがある。セダムの隣で仏頂面をさらす大男にだ。
「ラウリスでのこと、戦族は全く気付いてなかったのか? 巫の預言などは……?」
「うるさい」
「なかったんだな?」
「……」
バカでかいくせに無駄に整った顔の男は、口元を歪めたままそっぽを向いた。つまり、なかったのだ。
私とレードを苦笑しながら見比べたセダムが、顎を撫でながら疑問を述べる。
「あんたが前にいってた、『のっぺらぼう』とかいう奴は巫の預言にかなり干渉していたんだろう? そのせいじゃないか?」
「ああ、私もそう思う。で、その『のっぺらぼう』のことだ」
私たちが話し合っている間は大人しく平伏している、実に礼儀正しい邪悪な司祭へ視線を戻す。
「?」
私が真のエルフ、戦族の巫女とともに暗鬼の精神世界――暗鬼崇拝者風に言えば『外』を訪問したときに出会った『のっぺらぼう』。
彼は自分を古株の暗鬼崇拝者と言っていた。そして、暗鬼の精神や記憶に多少の影響を与え、巫に偽の情報を与えたこともあったと。
さっき聞いたザルザムの話と突き合わせれば、『のっぺらぼう』の正体は……。
「ははっ。我が神のおっしゃるとおり、その『のっぺらぼう』とやらは大司祭ツアレスの『外』での姿に違いございませんっ」
と、いうことだ。
ツアレスは四十年近く前に大司祭の地位を継いでから、類まれな能力で『外』に接触しそこから大陸中の暗鬼崇拝者に指示を出していたという。
「しかしツアレスはそのミイラだろう? ということは十年前にはもう死んでるんじゃないか?」
「うむ……どういうことだ?」
「はっ。それにつきましては……」
私が過去視で見た、宮廷魔術師アルガンの悲惨な最期。それを発端とする『喪失戦争』のはじまり。
ザルザムによって明かされるその秘密は、おおよそ想像通りだった。
ツアレスは十数回のラウリス訪問の間に、密かに神聖樹の根本に暗鬼の死骸を埋め込みそれに人間の血肉を捧げる儀式を行ってきた。
この時、神体と対をなすべき鬼杯の準備はしていなかったのは、さすがに客として滞在している都市でそこまで自由に動けなかったかららしい。
ともあれ、彼らの所業は小さな偶然から宮廷魔術師アルガンの知るところになった。
もしもツアレスが守護聖人の一人でなければ、激怒したアルガンに捕縛されるか焼き殺されるかで話は終わっていただろう。
しかしアルガンは、この世界でも最大級の権威を持つツアレスを公の場で弾劾することに恐怖してしまった。
裏でも表でも人の心の弱みを見抜くことを仕事にしているツアレスが、そこに付け込まないわけはない。
研究一筋の魔術師を言葉巧みに翻弄し、洗脳することに成功したのだ。
暗鬼崇拝者の手による洗脳。かつて、レイハたちダークエルフもその犠牲になっていた。
その手段は、司祭級の暗鬼崇拝者の脳内に発生する『闇蟲』を相手に寄生させることだという。
どうも、レイハたち謀略を生業とする氏族を暗鬼崇拝者の下僕にしたのもツアレスみたいだな。
「……あの気色悪い蟲か」
かつてシュルズ族の呪術官……ザルザムいうところの暗鬼崇拝者の司祭の頭から飛び出した蟲を思い出して、さらに気分が悪くなる。あれは、暗鬼崇拝者がその精神を『外』に接触していくうちに脳細胞の一部が変化してできるのだそうだ。
「闇蟲をアルガンに寄生させ、ラウリスでの手駒に……ひいては『鬼杯』へと変えていくつもりだったのでしょうが……。かの魔術師の精神力はツアレスの想像以上だったのでございましょう」
「忠実な暗鬼崇拝者になるはずが、自害してしまったと。しかし、彼から巣が生まれたということは、その時点で焦点も発生してしまっていたのか?」
「おおっ……!?」
私が過去の様子を語ったことにザルザムは驚いたが、すぐに大きく頷いた。
焦点というのは人間の強い憎悪から生まれる。闇蟲の影響も強かったのだろうが、アルガンがもともとそれほどの憎しみを抱えていたのも、ツアレスの誤算だったのだろう。
「アルガンから巣が生まれてしまった以上、大司祭といえどラウリスに留まることは危険でございました。しかし、ようやく儀式の完成が近づいた『神体』、神聖樹を放置することはあまりに惜しく……。ツアレスは一つの新しい儀式を行うことにしたのでございます」
それが、『ラウリスの杖』で自分と神聖樹(神体)を繋ぎ、自らの精神を『外』に常駐させる儀式だった。
ツアレスは暗鬼と同じ完全な『外』の住人に化身することで、暗鬼の王とより深く交流することを望んだのだという。
「その結果、ツアレスは暗鬼の王により近い存在となり、各地の暗鬼崇拝者や、時に暗鬼そのものすら操ることができるようになったのでございます」
「なるほど……」
「……ちっ」
私が渋面で頷いていると、レードはそれよりさらに渋い顔で舌打ちした。自分たちや、敬愛する巫を罠にかけた相手の話だしまあ当然か。
「だが、そいつはこいつと戦って消滅したんだろう?」
「……」
レードが、そいつと言いながらツアレスのミイラを、こいつと言いながら私に視線を向けてザルザムに質問した。
ザルザムが確認するようにこちらを見たので頷いてやる。
「確かなのは二ヶ月前から『外』からのツアレスの指示が無くなり、我々司祭が『外』に接触してもその気配すらないということでございます」
「やっぱりか」
私は改めて、巨木の幹に杖で串刺しにされたミイラを眺めた。
干からびた顔にはうっすら笑みを刻んでいるようにも見えるが、生気だとか意志のようなものはまったく感じない。
「待てよ? ということはだ。すでに暗鬼崇拝者の首領は倒してるってことなのか?」
セダムがちょっと釈然としない様子で呟く。
「そういうことになりまするな」
ザルザムは私の許可を待つまでもなく、肩をすくめて保証してくれた。