死の旋風
目の前で事態は進行している。
気になることは山ほどあったが、今すぐ行動を選択しなければならない。
「まず、奴らを追跡するぞ」
私の宣言に皆頷いた。
怪しい姿の暗鬼崇拝者――戦族言うところの達した者――が出てきた建物も気になるが、今現在引きずられている人々を救出することを優先しよう。
八人の達した者は、真っ直ぐラウリス城の入り口へ向かうようだ。
ちなみに、【達人の目】をかけてある私の目には、【■■/25歳/戦士8レベル】といった彼らの『D&B』換算したステータスが表示されている。本来なら種族が表示される部分がバグってるのは……まあつまり、そういうことなのだ。
達した者は、暗鬼の力を取り込み異形化しているというから単純なレベル以上の能力を持っているのだろう。
彼らもほとんど声を出したり無駄に暴れたりはしていないようだった。時折、頭上を警戒する素振りも見せている。縄で引きずられる人たちも、猿轡をかまされていた。
レードたちに聞いていたが、暗鬼崇拝者でも暗鬼は平等に襲うというのは本当らしい。
私たちも今この場で奴らを攻撃して、頭上を飛び回っている翼鬼や他の暗鬼達を呼び寄せるわけにもいかない。
「奴らどうやってここまできたんだろうな」
「うーむ……」
セダムが首を傾げるが、もちろん誰にも答えられない。
彼らはそそくさと入り口を開け、城内へ消えていく。私たちもその後を追った。
亜空間を使って移動している限り、追跡自体は全く簡単な仕事ではある。
「おー」
「……おぉぉ」
ラウリス城の本丸は直径数十メートルある神聖樹を中心とした、「口」の建築物だった。
一階に入ると、中庭にあたる部分がほとんど神聖樹の幹で占められているのが分かる。どうやら、神聖樹の根の部分は城の地下にあたる部分まで続いているようだ。
達した者どもを追いながら、その光景を見た私とライルの口から似たような声が漏れたが、そこに込められた感情は全く別物だろう。
黒ローブの集団は、いくつかの階段を下っていく。
「この先は……王族か神官でなければ立ち入れない『慈母』の……」
ライルの呟きの先を聞く必要はなかった。
奴らの先頭が、ラウリス王家を示す神聖樹の紋章が刻まれた大扉を開く。その向こうに広がるのは、超巨木『ラウリスの慈母』の根本だった。
地下はかなり拡張されているのだろう。ちょっとしたスタジアムほどの広さだ。
幹が地上へ伸びる部分の穴から日光が差し込んでいるが、狭い範囲しか照らしていない。それ以外の部分には、薄く白い光――以前見た、魔力の光だ――が灯っていた。
幹を中心に、大人の何倍もの高さの根が放射状に伸び横たわっている。
その巨大な根の間に、幅10メートルほどの石段が設置されていた。全長は50メートル以上あるかも知れない。太い根にそって曲がりくねりながら幹まで登っていけるようになっている。
石段を登った先は、神聖樹の幹から突き出たテラスだった。
テラスには数名の先客が立っている。さらに石柱やら祭壇やら、奇怪なオブジェやらが飾られていて、いかにも祭儀場といった雰囲気だ。
私たちは大扉を潜ったところで、全体の状況を確認していた。
石段まで20メートルほどあるだろうか。
「どう見ても、生贄の儀式に捕虜を引きずってきたという塩梅だな」
セダムが望遠鏡で祭儀場を観察しながら分析した。私も遠見のレンズで覗いて頷く。
祭儀場の先客は明らかに高位の暗鬼崇拝者だ。
不気味な文様入りの黒ローブに、もっと不気味な容貌をさらした中央の男はまさにそれだろう。
顔色は異常なほど白い。瞳はもちろん濁った黄金だ。髪をはじめ体毛が全くない。全身が縦に細長く、特に後頭部が妙に長く伸びて全体のシルエットをさらに異形にしていた。
とどめが、【達人の目】で確認した彼のステータス。【■■/48歳/僧侶15レベル】である。
僧侶の左右には両手持ちの斧を携えた暗鬼崇拝者が控えていた。その両腕は異常に肥大している。この二名も、戦士レベル10と、中々の強者だった。
「ここなら外の暗鬼どもに気づかれることはないだろう」
『やるか?』という表情でセダムが言った。
レードはとっくに背中の大剣を引き抜き、耳目兵たちも小型の石弓に矢を装填していた。
私は頷きを返すが、その前に確認しておくことがある。
縛られた人々を引っ張る達した者どもは、石段の一段目に近づいていた。細かい打ち合わせをする時間はない。
「捕虜を助けることはもちろんだが。……今回はあの偉そうなのを捕獲することも目標にしよう」
「無駄だな」
私の提案をレードは切って捨てた。まあ、分かるよ。
コーバル男爵やフィルサンドで尋問した呪術官の例からして、暗鬼崇拝者を尋問したり懐柔しようとしてもまず徒労に終わるだろう。
普通の方法では、だ。
「人の精神を支配する呪文を使う。だから彼は殺すな」
「……」
内心の躊躇を押さえつけながら、レードに強く言う。ここで十年前に起こった出来事だけではない、暗鬼崇拝者の情報を得るのに今以上の機会はもうないかも知れないのだ。
「分かった」
レードは微かに頷いた。大剣を肩に担いで、視線を石段を登ろうとしている達した者一行に向ける。
「俺は奴らを片付ける。お前は向こうだ」
「……よし」
レードが『片付ける』と断言した。その言葉が驚くほど私に安心感を与えてくれる。
だから、亜空間から物質界へ戻るため意識を集中しながら、私は迷わず最低限の指示を出すことができた。
「セダム、ライルを頼む」
「任せろ」
「お、お気をつけてっ。ランガーの加護を!」
私たちを包んでた亜空間が消え去り、周囲の光景に自然な色が戻った。
当然、テラスに居た奴らが気付き、大声を出す。
「この呪文により……」
達した者たちがこちらを振り向き、身構える。
私が最初の呪文を唱え始めると同時に、レードが吠えた。
「おおおおおっっ!!」
太く重い雄叫びを上げながら、レードは疾走した。戦族の全身鎧を身に着けているとは思えない獣のような瞬発力だ。
「なんだっ!?」
「戦族だっ殺せっ!」
「ギャハァッッ!」
達した者どもの反応も素早かった。
引きずっていた捕虜のことも眼中になく、ローブを脱ぎ捨てて戦闘態勢をとる。
四本の腕に四つの剣を持つもの。上半身が黒い獣毛で覆われたもの。腰から蛇の尾を生やし、その鎌首をもたげさせるもの。全身の肌が青銅のような光沢をもつもの。その異形ぶりは悪夢のようだった。
レードは僅か3秒ほどで達した者の先頭に接触した。
ちょ、まだ最初の呪文の途中だよ。仮想の私も焦るが、まだ呪文書庫にもたどり着いていない。
「死ねっ!」
「ふっ!」
シンプル極まりない気合とともに、達した者はレードに向けて鋼鉄の棍棒を振り下ろす。
関節が普通より一つ多い腕の長大なリーチを活かした打撃だ。恐らく普通の板金鎧程度なら粉砕する威力があるだろう。だが。
《バシュッ》
2メートル以上の巨体とほぼ同じ長さの大剣の攻撃範囲はそれを上回っていた。
ダッシュの勢いそのままに旋回した鋼鉄の刃は達した者の胴を横薙ぎに両断する。
「あああっ!」
「シャギャアッ!」
次いで二人……というか二体の達した者が左右からレードを襲う。
四本腕の男は、二本の剣を前に立てて防御しながら、肩と背中に無数の長い棘を生やした男は、数本の棘を発射する。この棘にしても金属鎧を貫通する威力はありそうだ。
「ぬんっ!」
「ぎゃふっ」
二本剣の防御は、最初の男を叩き斬った勢いのまま回転する大剣に対して全く無力だった。
四本腕は攻撃に振り下ろした剣も含めて全ての剣を叩き折られ、胸を一文字に切り裂かれて鮮血を噴き出す。
「ギッ!?」
レードはただ攻撃のためだけに体ごと剣を振り回しているのではなかった。
一回転のたびに軸足を大きく踏み出し、一瞬たりとも同じ位置にはとどまらない。それはつまり、狙いを定めた射撃攻撃は虚しく空を貫くということだった。
「ギャヒッ!?」
二射目のために力んだ瞬間、三回転目の死の旋風が棘男を巻き込み、首を吹き飛ばした。
「戦族めぇぇ!」
「死ね死ね死ねっ! ……ぎゃっ!?」
残り五人の達した者は、青銅男と獣毛男を前衛にして隊列を組んだ。
後衛にまわった一人には、耳目兵が放った石弓の矢が胸と腹に刺さり崩れ落ちたが。
「……時の歯車を止め世界を我が一人の支配下に置く。その支配期間は1D4足す1ラウンドなり。【時間停止】」
さっき、レード自身が『手強い』と言ってたしな。いわば人質もいるし、特殊能力持ちが大勢いるしで、もう少し苦戦すると思ったのだ。
だから奥の手の呪文で少しでも有利に進めようと思ったのだが……。
まあ別に悪いことではない。彼がしっかり自分の仕事をしてくれているのだから、私は私の仕事を果たそう。
停止した貴重な時間の中で、私は安堵と不満の混じったため息を一つ吐き出し、呪文を唱え始めた。