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偵察部隊

 三十人以上の使節団を引き連れ、レリス市に到着したのが昨日。

 そのまま派手な歓迎パレードやら贈呈式やら宴やらに突入し、くたくたになって寝た。

 翌日、レイハたちダークエルフはさっそくハリド暗殺に出発し、私はブラウズ評議長たちレリス市の重鎮と幾つかの会合を重ねた。


 プロジェクトのプレゼンやお偉いさんとの利害の調整の経験はなくもない。が、話のスケールが桁違いなことと、こちらの方がより『お偉い』の立場になっているせいで結局ずいぶん気疲れしてしまった。

 まあ、対暗鬼同盟や建国、湖賊退治にラウリス奪還と、こちらの計画全てについて協力を得られることになったので良しとしよう。


 シルバス経由でリュウシュクへ向かう船(チャーター便だ)の準備に一週間はかかるので、その間は一休み……とはいかないのが世の常だった。




 快晴。

 激しい向かい風の中。

 私は幻馬ファントムホースの背にまたがり飛行していた。つい一時間前まで、レリス市の議事堂で会議をしていたのが嘘のようだ。


 青白いオーラに包まれた三頭の幻馬ファントムホースは、一直線に北へ駆ける。

 一頭は私、一頭はレードが操っている。最後の一頭にはセダムと、とある青年貴族が二人乗りしていた。


 「……!? ……!?」


 セダムの背中に必死にしがみつく青年は何やらしきりと叫んでいたが、あいにく風音で遮られている。

 まあ、私が初めて幻馬ファントムホースに乗った時もかなりの醜態をさらしたし、仕方ないけども。


 彼には悪いが、今回の目的――廃都ラウリスの偵察――のためには幻馬ファントムホースでの高速移動が必要不可欠なのだ。




 一日、飛行すると左手、西に見えていた広大なリュウス湖が途切れ、眼下の光景が変わった。

 赤茶けた岩ばかり目立つ大地。『黄昏の荒野』だ。黒ずんだ濃い霧がその大地を覆い、実に危険度が高そうだ。『D&B』風に言うなら、通常の広野とは別種の『遭遇表』が必要になるエリアだ(もちろん、遭遇するモンスターはアンデッド系だろう)。


 「……そういえばここを開拓するんだった」


 以前、フィルサンド公爵にもちかけた計画を思い出した。

 セダムたちと黄昏の荒野について調べた時には、土地は痩せているが水源は豊富なので耕作や牧畜は可能という結論に至っている。そこをうろついているという大量のアンデッドを駆逐する必要はあるが。

 何にせよ十年単位の大プロジェクトである。


 「ま、一つ一つだ」


 目の前の偵察任務に意識を切り替え前を向く。地平線の向こうから赤竜山脈の威容がせり上がってきていた。




 何度も休憩は挟んだが、丸二日幻馬ファントムホースの背に揺られてようやく目的地が見えてきた。


 大陸の背骨とも言える、赤竜山脈の南端である。

 盆地の中央に歪な湖があり、そのほとりに都市が横たわっていた。


 湖岸には一般市民の住宅が集中しているようだ。切り立った山の中腹には、城や大きな屋敷が立ち並んでいる。

 遠目でも、整然と区画整備された市街や幾つもの尖塔を備えた立派な都市に見えた。


 上空からラウリスに接近するにつれて。私の目を引いたのは二つ。

 一つは、城の周辺や上空を飛び回る無数の影。この距離から視認できるということは鳥やコウモリではない。もっと大きな『何か』だ。

 もう一つが、城の中央から突き出た巨木だ。葉は全て落ち、焼け焦げて無残な有様だったが尋常ではない大きさである。


 このまま飛行すれば数分で間近まで接近できるだろうが、飛んでる連中が気になるな。


 「……!」


 横を見ると、セダムが下を指差して何か叫んでいた。

 彼も私と同意見のようだったので、私たちは一旦ラウリスの周辺に着陸することにした。


 「お……おおお……。ラウリス! 私たちの故郷……! まさか本当に生きて戻ることができるとは……!」


 湖を挟んで対岸、市街を観察できる岩場に着陸すると。青年貴族が感極まったように私の手を握ってきた。


 「マルギルス様! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 「う、うむ。それは良かったな、ライル」


 彼の名はライル・フィム・ランデル。

 レリス市で難民生活を送っていたラウリス貴族の一人だ。

 そう、十年前の『喪失戦争』でラウリスを追われた人々の多くは、難民として各都市でほそぼそと暮らしてきたのである。


 彼は、レリス市近郊に身を寄せるラウリス市民約千五百人のまとめ役でもあった。

 先日の会議で初めて顔合わせしたのだが、ラウリス奪還計画を知ると是非とも協力したいと言い、案内役も買って出てくれたのだ。


 「では教えてくれ」


 ひとしきり感動を表現したライルに私は聞く。


 「まず、あの城のまわりを飛び回ってるのは何だ? 暗鬼か?」

 「そうですね。私も直に見たことはないのですが、翼と嘴を持った暗鬼、『翼鬼よくき』のことだと思います」

 「あれがそうか。……確かに鳥のような姿だな。ただでかいぞ。巨鬼よりでかそうだ」


 セダムが黒い筒を覗き込みながら言った。例によって戦斧郷のドワーフから購入した望遠鏡だ。この世界ではかなり珍しく高価な道具である。

 ちなみにレードは着陸直後にふらっとどこかへ行ってしまった。


 「……うげ……」


 『遠見のレンズ』を覗き込むと、私にも翼鬼の異形が良く分かった。

 頭も、首も胴も手足も不気味に細く長い。確かにその口元はカラスのように尖っている。細い背からは皮膜状の翼が広がっていた。翼は三角形を描いている。滑空するような飛び方といい、鳥というよりはグライダーに近いな。

 槍や棍棒を握っているが、主武器は多分、足先から伸びる四本の鉤爪だろう。


 まあ何にせよ、他の暗鬼と同じく捻じれた漆黒の体と憎悪に輝くような眼は不気味極まりない。 


 「ここから見えるだけでも二百はいるか。速度はそれほどでもないが、あれを射落とそうと思ったら俺が五十人必要だな」

 「なるほど」


 つまり一人で四体の翼鬼を倒せると言いたいらしい。もし翼鬼の戦力が巨鬼並みだとしたらかなりの無理ゲーだが、そこは弓兵と飛行兵の相性の問題なのだろうか。


 「逆に私から見ると厄介だな。空中の相手には隕石一発というわけにもいかんし」


 以前、カルバネラ騎士団やレリス衛兵の訓練を見学したことがあるが、セダムレベルの弓使いは居なかった。そもそも、狙って的にあてられる弓兵自体数えるほどなのだ。

 翼鬼対策、真剣に考えておく必要があるな。


 頭の中に懸念事項を一つメモしてから、続けてライルに質問する。


 「では次に、あの大木は?」

 「おお! あれこそ、神聖樹『ラウリスの慈母』です! 懐かしい……そしてなんと悲しい姿か……」

 「ふむ?」


 ラウリス城のど真ん中から突き出す巨木を指さすと、ライルはまた崩れ落ちた。

 目頭を押さえる青年から、横へ視線を向けると解説のセダム氏がうなずく。もうこの辺はツーカーの仲である。……『ツーと言えばカー』。昔、職場の若い奴に言ったら、わけわからんという顔されたな……。


 「魔術師は魔生樹と呼ぶな。魔凝石は魔力を蓄えた鉱物だが、神聖樹は自ら魔力を生み出すらしい」

 「ほう、そりゃ凄いな」


 セダム氏によれば、神聖樹は魔力の源泉として『創造神リメイダー』から人類に贈られた存在なのだそうだ。常に魔力を放出し続けるこの樹は、生物を健康にしたり土壌を豊かにしたりと様々な恩恵を授けてくれる。

 その枝も、いわゆる『魔術師の杖』を始めとするさまざまな魔具の材料として珍重されていた。


 「ただラウリスの神聖樹はここに街を作る前から枯れ果てていて、魔力を生み出すということはなかったな」

 「たとえそうでも、『慈母』がラウリスの象徴であり誇りであることには変わりありません」


 ライルはきっぱりと言った。象徴か。枯れていても魔具の材料にはなるのなら、経済的にも重要だったんだろうな。

 なお、生きた神聖樹が現存するのは北方の王国シュレンダルの魔術師ギルド本部と、『最初の森』のエルフの都だけだそうだ。


 「しかし、暗鬼が都市を占領するという特異な行動を取っている場所にたまたま神聖樹がある、とは考え辛いな」

 「暗鬼が神聖樹を利用しているっていうのか? そういう知識があいつらにあるんだろうか?」

 「知識は分からんが、絶対に何か関係があるな。例えば暗鬼と神聖樹が合体するとか」

 「お、おぞましいっ!? いくら大魔法使い様でもそのような……」


 ライルは顔を青くしたが、最悪の事態を考えておくに越したことはないだろう。もし、これがTRPGのシナリオだったら、逆にブラフを疑うところだが。


 「まああくまでも可能性としてだな」

 「あ、ありえませんっ」


 「ここの暗鬼が他と違うことは前から分かっている」

 「何処に行ってたんだ?」


 ライルを宥めていると、レードがいつの間にか戻ってきた。セダムは普通に会話を続けているから、気付いていたんだろう。


 「……しかしここのところ連中の動きに変化があります」

 「!」


 しかしそのセダムも、レードの横に片膝をつく不気味な面覆いの兵士二人……戦族の耳目兵には気付かなかったようだ。


 「レード、彼らは?」

 「……」


 私の問にレードはそっぽを向いた。まぁいつものことだが。

 その様子を見た耳目兵が自己紹介してくれた。

 

 「……戦族は常時この廃都を監視しています。我らはそのために派遣されたもの」

 「そうか……。それは大変な役目だな。お疲れ様だ」

 「い、いえ……恐縮です」


 ごく普通に労っただけだが、二人の耳目兵はやけに慌てて平伏してしまった。

 今度は耳目兵を宥めつつ、ラウリスの暗鬼の状況について聞く。


 これまでラウリスで確認されている暗鬼は、小鬼、巨鬼、岩鬼、妖鬼、翼鬼。数は小鬼を主として千以上。岩鬼はこれまで二体確認され、翼鬼は三百ほどいるらしい。


 「小鬼と岩鬼はともかくとして、翼鬼三百は厄介だな」

 「……今回は城や町に隕石ぶちこんで終わりというわけじゃないからなぁ」


 既に破壊され尽しているとはいえ、ラウリスをクレーターにするわけにはいかない。これまでのダンジョンや荒野での戦いとは別物と思わないとな。


 「それで。変化、というのは?」

 「はい、この十年、奴らは廃都に人間を近づけないことを目的としているようでした。ところが……」


 ラウリスの暗鬼たちは見張りをしたり、偵察隊まで出したりと明らかに組織的な行動をしていたらしい。

 それが、二ヶ月ほど前から、統制を失った出鱈目な行動が目立つようになってきた、とのことだった。


 「二ヶ月前? 何かあったのか?」

 「いえ……我らが監視していた限りでは特に」


 好奇心で目を輝かせたセダムの問いに、耳目兵は首を振った。ふむう、二ヶ月か。


 「丁度、私たちが戦族の『宿』であれこれやっていた時期かな?」

 「そういえばそうだ」


 戦族の宿。

 あそこで私は戦族のかんなぎ、真のエルフ『知識を保管する女』と会ったのだ。

 かんなぎの案内で暗鬼の精神世界に侵入し、『暗鬼の王』や『のっぺらぼう』と戦った。……それ・・これ・・に関係があるのかどうか……。ありそうだな。


 「これはやはり、ラウリスの内部まできっちり偵察する必要があるな」

 「うむ」


 セダムが重々しく言った。その頬が少し緩んでいる、が、その提案自体には私も完全に同意だ。


 「暗鬼の変化か、その実態を確認する必要がある。それにもともとの予定どおり、『ラウリスの杖』も探さないとだしな」

 「そ、そのとおりです!」


 『ラウリスの杖』はラウリス王家の権威を象徴する魔具である。

 ラウリスに潜入し偵察するとともに、その象徴を手に入れることで、ラウリス難民やリュウシュク市民の信頼を得ようというのが今回の遠征のもともとの目的なのだった。


 まあしかし実際、直接来て良かったな。フラグがぼこぼこ立ってるよ。


 久々の戦族専用甲冑に身を包んだレード。やる気満々のセダム。怯えながらも決意を漲らせたライル。そして耳目兵二人。

 男だらけの偵察隊を引き連れ、私は【亜空間移動ムーブアウタープレーン】の呪文を唱えた。

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