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代官の優雅な生活(三人称)

 リュウスはセディア大陸最大の面積を誇る巨大な湖だ。

 豊かな水系と水産物は、十以上の都市と数百の村を潤している。


 その数多くの村の一つ、ランジはリュウス湖東岸に位置する典型的な漁村だった。

 人口約四百人のランジ村は近隣の都市国家に従属しており、その都市から派遣された代官が統治を行っている。


 五年前に代替わりした代官は、村人から敬意を集めていた。村に商人を呼んで水産物の販路を作ったり、芸人を招いて娯楽を提供したりと、信じられないほど村のために尽くしてくれたからである。しかも、横領や賄賂の要求はほどほど・・・・だった。『喪失戦争』で受けた損害からようやく回復しつつある村にとっては、得がたい存在なのだ。


 その、代官の屋敷で。


 「では、収穫祭を楽しみにしているよ」

 「ええ、ええ。影絵劇の一座に来てもらえるなんて、この村始まって以来ですからねえ。本当にありがとうございますジャバジ様」

 「いつもうまい魚を食べさせてもらってる礼だよ。税収も上がっているしね」


 簡素な門の前で村長に微笑んだのは代官ジャバジだった。役職を示すゆったりしたローブ姿だ。理知的だが地味な容貌も含めて、平凡な役人としか見えない。


 「もちろん代官様のお陰ですが、あれですね。あの方……大魔術……じゃない、魔法? 使いでしたかな……」

 「大魔法使いマルギルス?」

 「そう! その大魔法使い様のお陰でもありますなあ! あちこちで暗鬼の軍団レギオンを倒していらっしゃるとか! その噂を聞いて、村の衆も生活に希望を持てるようになりましたから」

 「なるほどね。それなら私も彼に感謝しなければいけないな」


 この時期、大魔法使いジオ・マルギルスの名はリュウス同盟全てに鳴り響いていたと言って良い。

 噂というのは様々な歪みや虚飾を含むものであり、彼の正確な姿が伝わっているわけではないが。それでも、リュウシュクのような例外を除けば、ジオに対する民衆の評価はこのように大変に好意的なものだった。


 「こんにちは。ジャバジ様。村長さん」

 「おお、ラークか」

 「お久しぶりですな」


 立ち話をしていた二人へ、屋敷の新たな客が声をかけた。背中に大荷物を背負った男だ。

 ジャバジの紹介で村を訪れるようになった商人である。扱う品が骨董品ということで、ほとんど代官くらいしか客がおらず、村に立ち寄るのも一年に数度というところだった。


 ラークは、代官に注文の品を届けに来たのだと告げた。


 「そうですか、ご苦労様です。では代官様。私はこれで……」


 村長がにこやかなまま立ち去ると、代官と行商人は屋敷に入った。

 代官の執務室で向き合うと。


 「……お前が直接出向いてくるとは、何があった?」


 ジャバジは別人のように冷たい目と声でラークに聞いた。


 「マルギルスは昨日レリス市に到着しました。三日後にシルバスに向けて船を出すようです」


 ラークも無表情に報告する。先ほどまでのにこやかな行商人の顔ではない。その顔のままラークは、部下に調べさせたジオ一行のリュウシュクまでの旅程を細かく説明した。


 「思ったよりも早いな。大会議まで30日以上あるが……」

 「実は、他にもう一つ予想外の動きが」

 「それが、『つなぎ』を使わなかった理由か」


 屋敷の住人は、代官一人だけだ。通いで家事を手伝っている村の老婦人は帰宅している。

 その、静まり返った屋敷で交わされる会話は、決して一介の代官と行商人がするようなものではなかった。


 「マルギルスはレリスの広場で、『贈答品』のお披露目をしたのです」

 「……なんだ、それは?」

 

 代官ジャバジ……を仮の姿とする大湖賊ハリドは、今度こそ首を傾げた。




 大湖賊ハリド。彼はとにかく猜疑心が強い。

 十五年以上かけて千に近い部下を集め、リュウス同盟内の盗賊ギルドの多くを屈服させた悪党としては当然であるが。彼は何よりも味方の裏切りを恐れていた。

 そのハリドが、リュウス中に張り巡らせた情報網の中枢に居ながら、絶対に自分の正体が露見しないために選んだ場所がランジ村であり、その代官という仮面であった。


 ランジ村を領有する都市の下級官吏に少々賄賂を渡すだけで、新たな代官として村に入り込むのは簡単だった(その官吏はしばらく後に『事故』で亡くなっている)。

 地理的には、レリス市やシルバス、リュウシュクといった大都市と程よい距離に位置している。そのわりに法の街道からはやや外れるため、余所者の出入りが非常に少ないのも好都合だった。

 また代官ともなれば、何も知らない村人から詮索されることもない。むしろ少しばかり恩恵を施してやれば、村人は『頼りになる代官様』としてこちらを慕い、良い隠れ蓑・番犬として役立ってくれた。


 正体を知るものを側に置くとそれだけ危険は増える。その法則を信じるハリドは、村にほとんど部下を置かなかった。唯一の例外は、彼の盾となり剣ともなる側近中の側近だけだ。


 部下や傘下の盗賊ギルドへの指令、連絡も当然、『個人的な人脈で呼び寄せた商人や芸人』を使う。彼らのうち半分は裏も表もない本物の商人・芸人だ。残りの半分も、一人を除いて彼の正体を完全に知るものはいない。


 その一人の例外が、行商人ラークを名乗る男である。

 ハリドが信用する数少ない部下であり、現在はレリス市の盗賊ギルドにスパイとして潜入している。リュウスの盗賊ギルドの中で、唯一ハリドに従属していないのが、レリス市のギルドだからだ(ちなみにリュウシュクには盗賊ギルドは存在しない)。


 その、貴重で多忙なラークが直接ハリドの元を訪れたのは、以下のような事情だった。


 ジオ・マルギルスがレリス市を再訪した際、盛大なパレードが行われた。

 この時、レリスっ子の度肝を抜いたのは二つ。


 一つは行進の先頭で『導星』の描かれた大旗を捧げ持っていたのが身長3メートル近い石の戦士……動く石像ストーンゴーレムだったことだ。ジオが動く石像ストーンゴーレムの製法を魔術師ギルドに伝え、今後の暗鬼との戦いに投入する計画であるという情報は広まっていた。市民たちが歓呼の声を上げるのは当然だった。


 二つ目は、動く石像ストーンゴーレムの後ろに続く青銅の戦士ソルジャーオブブロンズ、ではなく。青銅の戦士ソルジャーオブブロンズたちがそれぞれ掲げ持っていた、『輝く浮き彫り細工レリーフ』の数々である。リュウス同盟各都市の紋章が刻まれており、ジオによって永遠に消えない魔法の明かりが付与されていた。

 感情を捨て去ったかのようなラークでさえ、『この世のものとは思えない』美しさだったと、ハリドに語った。並の美術商以上の鑑定眼を持つ彼をして、金貨十万枚は下らないとも評価している。

 ラークがハリドへ直接伝えるべきと考えたのは、この『輝く浮き彫り細工レリーフ』の情報だ。


 パレードの終点、議事堂前の大広場でジオ本人が市民に向かって宣言したのだ。『リュウス大会議の場で、大魔法使いからの”贈答品”として各都市に”輝く浮き彫り細工レリーフ”を差し上げる』と。


 「……しかも問題は。『輝く浮き彫り細工レリーフ』も動く石像ストーンゴーレムも、全て一隻の船に載せてリュウシュクまで運ぶということです」


 めったに見せない険しい顔で、ラークは報告を締めくくった。


 「……わざわざそれを言ったのか? レリス市民の目の前で?」


 事情と、それが導く未来を推測したハリドも渋い顔で呟く。

 総計金貨百万枚を越えるという財宝が、たった一隻の船に載せられてリュウス湖を渡る。それが意味するところは――。


 「まさか、我々を誘き出そうというのか?」

 「……分かりません。しかし」

 「もし、マルギルスの船が無事にリュウシュクに到着したら、大湖賊ハリドの名に大きな傷がつくな」


 ハリドの目的は、自分たちを取り締まろうとするリュウシュクの良民軍と大魔法使いを敵対させることだ。それを考えれば、最悪の事態とはいえない、が。


 「恐怖という鎖は一度緩んだら締めなおすのに莫大な手間がかかる。……面倒なことを考えたな」

 「やはりマルギルスという男は我々と同類のようです」


 これまで、ハリドは何度もジーテイアス城にスパイを放っていた。しかしその全ては一報も送ることなく『消え去って』いる。さらに、暗鬼の軍団レギオンを単身で滅ぼしただのという『ほら話』をさぞ事実のようにリュウスに広めている手腕は確かだ。


 そういった前提をもとにハリドが想定するジオ・マルギルスとは、『高度な諜報機関を所有する野心家。ただし本人もしくは部下が強力な魔術師であることは間違いない』という存在だった。


 もしハリドがジオの船を見逃せば、湖賊という組織にとって大きなダメージとなる。たとえ罠だとしても、ハリドの戦力を全てぶつければ負けるとは思えなかったが……。


 「……良民軍を使うか。三日あれば工作は間に合うだろう」

 「はい」


 人をおとしいれることにかけて、ハリドほど熟練した人間も少ないだろう。数分の熟考の末、ジオの罠を逆手に取り、さらに良民軍との不和を決定づける陰謀を組み立てていた。


 「おぉい!」


 静かな悪意に満ちた執務室の扉の向こうから、甲高い男の声がした。

 表向き代官であるハリドの応えもまたず、(鍵をかけたはずの)扉を開けてするりと室内に滑り込んだのは派手な格好の若い男だった。


 「ザザム。どうした?」


 ハリドは眉一つ動かさず若者に聞いた。

 表向き『いつの間にか村に居着いたごろつき』である若者は、村に住むただ一人のハリドの側近……早くいえば子飼いの暗殺者である。


 「ハリドさん、なんかヤベーぞ」

 「……だから、どうした」


 天性の殺人技術者であり、敵対者を数え切れぬほど葬ってきた若者が顔を青くしていた。ハリドも思わず腰を浮かす。


 「だからぁ、ヤベー気配がすんだって」

 「……ザザム」

 「ラークもいんのか。んだよ?」

 「……お前の後ろにいる女はなんだ?」


 ラークの視線の先、ザザムの背後。

 そこには、黒い肌の美女が静かに佇んでいた。


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