出発前夜 その2
モーラたちメイドの参戦によって、広間の雰囲気はすっかり和んでいた。
アルノギアとアグベイルもこれ以上騒ぎを起こさぬよう、お互いを礼儀正しく無視している。
「どうぞ、公子さまっ」
「……ん? あ、うん……」
……アグベイルは、どちらかといえばササラに注意がいってそれどころではないという感じだったが。ていうか赤くなってるよこの青年。性格は捻てるのに女の子との会話は苦手とか。昔の私なら親近感を持ったところだ。
「採掘権の一部、と申しましても我々が戦斧郷に鉱夫を送り込むわけにもいきませんね?」
「ええ、ですからこちらが、マルギルス殿が所有する採掘権をお借りする形をとろうかと」
フィブルとイルドは、先程の魔凝石の採掘権について熱心に交渉していた。
交渉といっても、あちらがくれるというものを受け取るための話だ。穏やかなものである。
……穏やかでないのは私の心中だ。
「あ、あー、フィブル? ちょっといいか? その鉱脈は安全なのか?」
「は? え、ええ。それはもちろんですぞ」
フィブルは即答したが私の不安は払拭されない。
確かに我が城の財政を考えれば、濡れ手に粟の儲け話だしドワーフ達のせよ私との関係を強化できるいいチャンスと思っているんだろう。
魔凝石は非常に貴重なこの世界のマジックアイテム、魔具の材料の一つだ。私の錬金術で扱うこともできるも知れない。それがタダ同然で手に入るとは……。
だが、現実にこんな都合の良い展開があるわけがない。……いや、現実だからこそ真の偶然としてこういうことも起こり得るのだろうか?
とはいえこの状況で私がとれる選択肢は限られている。
「……すまない、君たちを疑っているわけではない。ただ……あー、これは魔法使いの直感なのだが」
「ちょ、直感ですか。拝聴いたします」
「……?」
これでフィブルの柔和な笑顔が緊張で引き締まるのだから、魔法使いの仮面の威力は恐ろしい。アルノギアとアグベイルも何事かとこちらに注目した。
「本格的な採掘を始めるまえに、冒険者を使うなどして十分に鉱脈の周辺を調査すべきだな。なんなら、その分の費用はこちらで持っても良い」
「な、何か危険なことでもあるのですか? 暗鬼が潜んでいるとか……」
「それは、分からない。だが、そういった危険が潜んでいる可能性もあるということだ」
私も真剣な顔で忠告すると、フィブルも少し顔を青くして承知してくれた。
「まあそれで、近いうちに私たちで廃都ラウリスの奪還をしようと思っている」
建国のことと少し話題が前後してしまったが、今後の予定の一つということで廃都奪還についても伝えておく。
戦斧郷とフィルサンドはともかく、カルバネラ騎士団は同じリュウス同盟の勢力として同意しておいてもらわないと困る。
「……それは、良い考えだと思います。父……騎士団長や司令部と相談しますが、カルバネラ騎士団はマルギルス殿のご決定を支持するでしょう」
幸いアルノギアは即座に答えてくれた。ただ気になるのは、どうも表情が硬いことだった。
「父上が言ってましたがラウリスには多数の貴重な魔具や美術品、財宝なんかが眠ってるそうですよ。……いいなぁ」
(多分)他意なく余計なことを言うアグベイルにも、アルノギアは特に反応しなかった。
「若様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だよ」
シチューのお代わりを断ったアルノギアに、モーラが心配そうに言った。彼は首を振るが……まあ、見るからに大丈夫ではないくらい表情が曇っている。
「先程のことなら、もう気にすることはないぞ?」
「は、はい……いえ、マルギルス殿っ」
私も声をかけると、美少年騎士は少しの間迷い……顔を上げた。
「その、ラウリス奪還作戦、私もお連れくださいっ」
「んん? ……どういうことかな?」
廃都の奪還作戦。私も最初はかなり軽く考えていたが、隕石で都市ごと暗鬼を吹き飛ばすわけにもいかないわけだ。
ジーテイアス城から兵士を出すことはもちろん、リュウシュクの『中央良民軍』の協力も必要になるかも知れない。カルバネラ騎士団も協力してくれるというなら願ったり、だが。
「私も? とは?」
「そ、それは……」
アルノギアが非常に申し訳なさそうに言うには、カルバネラ騎士団は例によって資金難で、とても廃都まで部隊を遠征させる余裕はないらしい。
「ですから……せめて、私だけでも協力させてください!」
この少年がここまで感情的になるのは初めて見た。……いや、さっきも見たが。ギリオンかリオリアあたりが着いてきたがるかな、とは思ったがまさか彼がねえ。
「……もしかして投票のことを気にしているのか?」
「!? ……う……は、はい……」
投票とは。私がこの世界へやってきた当初から話のあったカルバネラ騎士団の次期団長を決める、騎士たちの投票のことだ。
騎士団長であり、アルノギアの実父でもあるサーディッシュ卿の健康は上向いてきたが、年内には投票を行い次期団長を選出することになっているという。
「……つまり売めぃ……ぐっ!?」
アグベイルが例によって余計なことを言いかけたが、ササラが神速で彼の足を踏んづけて事なきを得ていた。
……なるほど、しかし、そうか。
団長選挙についてはギリオンより消極的かと思っていたアルノギアだが、そういう欲もちゃんとあるんだな。ただ気になるのは……。
「今のところ候補者は君とギリオンだけだろう? 彼には悪いが、選挙になれば君が勝つんじゃないかね?」
最初にあった時に比べれば、ギリオンも随分大人しくなった。だがそれでも、白剣城内の勢力でいえば、現団長の実子であり戦闘指揮の腕も上げているアルノギアが圧倒的に有利なはずだった。
「そ、そうかも知れません。ですが……私は、騎士としてギリオン殿よりも上だと認められた上で団長になりたいのです」
『騎士として上』……この世界風の言い方だが、要するに腕っ節とか武功において勝りたいという意味だ。ますます、この少年を見誤っていたな。
「……」
ちらりと横目でイルドを見れば、彼は渋い顔をしていた。まあ当然だろう。アルノギアの騎士としての戦闘力はせいぜい『普通の騎士』程度だ。一兵士としては優秀だが、暗鬼との戦いに客人扱いで加えるにはリスクが高すぎる。
少年の熱意は理解できるが、はいそうですかと言える願いではない。
「……サーディッシュ卿には、私は騎士団の選挙には干渉しないことを約束している。君にだけ肩入れするようなことは、できないな」
「……そ、そうですか……」
露骨にがっかりする美少年の姿にこちらが悪いような気になってくるが、それでもきっぱりと拒否を伝える。……まったくもって意地の悪い話だが、この程度で諦めるようならそれまで、ということだ。
翌日、まずは客人たちの出立を見送った。
彼らはそれぞれの拠点へ帰り、私の……私たちの建国という決意を伝えてくれるだろう。
そして、その日の午後。
「我らが城主! 大魔法使いジオ・マルギルス様にぃ敬礼っ!!」
「「はっ!!」」
『下の中庭』。開け放たれた城門の前にサンダール卿の朗々たる声が響いた。それに続いて、100名以上の整列した兵士が一斉に武器を掲げる様は壮観の一言だ。
その兵士や使用人たちに見送られる、リュウス大会議使節団は以下のとおりである。
私こと、城主(国王)ジオ・マルギルス。
魔術顧問クローラ・アンデル。
探索顧問セダム。
外交官エリザベル。以下外交補佐官三名。
書記官ノクス。
護衛官(非公式)レード。
密偵頭レイハナルカ・ハイクルウス・シ。以下ダークエルフ四名。
ゴーレム担当ログ、テル、ダヤ。
護衛小隊長ディアーヌ。副隊長テッド。以下兵士、シュルズ族戦士十五名。
メイド長モーラ。以下メイド二名。
大所帯だが、こちらも国を名乗ろうという集団だ。サラリーマンの出張とは違い、体面というものがある。
「いってらっしゃいませ、マルギルス様。朗報をお待ちしております」
イルドが感極まったような顔で私に一礼した。
思えば、家臣という意味でいえば彼が一番の古株だ。これが正式な『建国』への第一歩だと思うと、私まで少しうるっときてしまう。
「後のことは任せた。サンダール卿やジルクと協力して城を守ってくれ。何かあれば、秘術の葉書ですぐに連絡を」
「承知いたしました」
「……それにしても雑多な顔ぶれですわね」
「そうだな」
両掌を胸にあて、しとやかに一礼したクローラが苦笑しながら言った。
これだけの人数と、食料その他を運ぶ数台の荷馬車(ここまではまあ普通だ)。魔術師に冒険者にダークエルフにシュルズ族。戦族。おまけにゴーレムと陸走竜まで連れている。
もちろん一番異質なのは、青白いオーラに覆われた幻馬にまたがる大魔法使いだが。
「それが良いんじゃないか? 私たちの国は、こんな国だって誰が見ても分かるだろう」
ここに仲間と興す国。その目的は暗鬼から人々を守ること。ではあるが、その国自体がまともでなければならないのは当然だ。
情けないことに、さほど独創的に皆を幸せにするような方法は思いついていないが、少なくても出自で差別される国にだけはしたくない。……そういう意図を天下に知らしめようと、あえてこんなメンバーにしたのも確かだ。
「流れの主様」
レイハが私の足元に跪く。
そう。彼女たちは私を「流れの主」と呼んでいた。この「流れ」を「流れ者」と解釈するならば……今の状況を言い当てていると、言えなくもない。
「流れ者の王国、か。悪くないな」




