出発前夜 その1
明日にはジーテイアス城を発ち、レリス市へ向かおうという夜。
ジーテイアス城主塔の広間である。
「本当に美しいですね……」
「いやあ、たまらんですな。是非、戦斧郷にも売ってもらえませんか?」
「……マルギルス殿の呪文をかけただけ? ……ずるいなぁ……」
シャンデリアの金銀の飾りが魔法の光を乱反射し、広間を輝きで満たしている。
その輝きの下、重厚なテーブルを囲んで感嘆するのは三人の客だ。
金髪の美少年はカルバネラ騎士団中隊長、次期団長候補アルノギア・ギル・サーディッシュ。
しきりに眼鏡を拭うのは戦斧郷交易の家のドワーフ、フィブル。
最後に、視線をそらしてぶつぶつ呟いた黒髪の青年はフィルサンド公爵の次男アグベイル。
リュウス地方の東側を代表する勢力の重要人物が揃ったのはもちろん偶然ではない。
私たちが国を興すことについての報告や、リュウス大会議での協力の確認など外交上必要があったため集まってもらったのだ。
根回しは、大きなプロジェクトを動かす時に絶対に欠かしてはならない。
「……そういうわけで、私は大会議において建国を宣言し、王を名乗りたいと思う」
建国のことを外部の者に話したのは初めてである。
人口千人にも満たない私たちが国として独立するというのだ。この世界においても普通ならば鼻で笑われるところだが。
生暖かい反応をされたら立つ瀬がない。と、少し心配していたがそれは杞憂だった。
「素晴らしいですね。きっと平和で豊かな国となるでしょう」
「人間同士のことには我々は干渉しませんよ。ただ目出度くはありますなあ」
「まさかリュウス同盟をまるごと傘下に収めるつもりですか?」
約一名のアグベイル君を除いて好意的な反応だろう。そのアグベイルも別に反対するつもりはないようだ。
「マルギルス殿はそんな野心をお持ちの方ではありませんよ。……貴方の父上じゃあるまいし」
「はあ? うちの父親は確かに悪党だけれども、部下に給料も払えないぼんくらじゃあないですがねぇ?」
「ええ、確かに我が騎士団は貧乏ですよ。しかし弱者から奪った財貨で贅沢をするよりはマシでしょう」
「奪ってませんが? 正当な税を徴収しているだけですが? 頭に栄養がまわらないからそんなことも分からないの?」
「ちょっ」
向かいあって座っていたアルノギアとアグベイルが、いきなり火花を散らして舌戦を始めた。
あの温厚なアルノギアが口を歪め、アグベイルはもともと悪い目つきをさらに陰険にして睨み合っている。
彼らは初対面のはずだが……なるほど。
お互いの素性は良く知っているのだ。誇りを持って民を守ることを誓った騎士と、陰謀大好き悪役貴族次男の気があうはずもなかったな。
なおフィブルは自分で言ったように人間同士のいざこざには我関せずと、美味そうにシル茶を味わっていた。
「君たち? ちょっと落ち着こうか?」
「そもそもマルギルス殿の力を利用しようというのは貴方達フィルサンドでしょう?」
「『シャルゥラは軍旗を振らない』って格言も知らないの? 腕っぷし弱そうなんだからせめて知識を増やしたら?」
「……試してみますか?」
陰険な笑みを浮かべてアグベイルが放った一言は、正確にアルノギアの逆鱗に直撃したようだった。美少年の声が一段低くなる。
いかんな、二人共頭に血が登っていて私の声が耳に届いていないようだ。アルノギアはあれで中々熱い性分な上に、自分が非力であることを気にしている節があった。今まで見たこともないほどに、キレている。
私の横にはイルドも控えているが、次期騎士団長と公爵家次男の言い争いにどう口を挟めば良いか迷っている。
一応、二人の名誉のために言っておくが、普段の彼らなら絶対にこんな醜態は晒さないだろう。組み合わせが悪かったのだ(それと、アグベイルの煽りスキルが予想以上だった)。
「……ア」
「お待たせしましたぁー! 晩餐の準備が整いました!」
アルノギアが唇を噛み締めて立ち上がろうとした瞬間。私の制止よりも先に、太陽みたいに明るい声が響いた。
扉をあけて突入してきたのは、モーラを先頭として、メイドダークエルフ四姉妹。みないつものシンプルなメイド服を白いフリルで飾っていた。今日は同盟勢力の外交担当三名をもてなす晩餐ということで、気合を入れていたのだろうが……。
「おぉ、待ってました。ヴァルボからこのお城の料理は絶品だと聞いていますのでねぇ」
その美少女たちが運搬してきたのは、数台のワゴンに載せられた料理の数々。
最近は城で飼育している家畜から肉や乳、卵が採れるし菜園からも収穫が上がるようになっている。料理番アンナがモーラたちと腕を振るった今夜の晩餐は、大食らいのドワーフでなくても涎ものだろう。
「……」
「……」
「さっどうぞ若様! ユウレ村の今年の新酒ですよ?」」
「甘くて美味しいですよぉー」
睨み合ったまま硬直したアルノギアに、モーラが甲斐甲斐しく給仕しはじめた。憮然とするアグベイルには、四姉妹で最も愛嬌のある末妹のササラがじゃれつくようにワインを勧める。
私もここ数ヶ月の城主生活で少しは作法を覚えたが、彼女たちの動きは全ての段取りをぶち壊している。それが、少年と青年がとっさに反応できない理由の一つだろう。どちらも礼儀作法にはうるさいご家庭育ちだ。
「むむ」
一瞬、私の方を見たモーラがウインクを送ってきた。ちょっとぎこちないところが可愛い。
それで、横のイルドが頷いたので私も遅ればせながら理解した。彼女たちは、というかモーラは、広間の雰囲気を察して段取り無視で突入してくれたのだろう。流石だ。
「……お二人ともご遠慮無く。酒も料理もまだまだご用意していますのでね」
イルドが穏やかに二人に助け舟を出した。さすがに、これに乗らないほど彼らもアホではない。
「ご無礼を。……そうですね。ご馳走になります」
「すいませんでした、マルギルス殿。……恐縮です」
「気にするな。……喧嘩はするなよ」
自分たちの醜態に気付いたのだろう、決まり悪そうに頭を下げた二人に私は鷹揚に頷いた。ただし、釘を一本ぶっ刺しておくのも忘れない。
「それじゃお肉を取り分けますねっ。みんな準備してっ」
「「はい、モーラお嬢様!」」
少女たちの笑顔と声は、魔法の光などよりもよほど明るく、広間を照らしてくれた。
「まあそんなワケで、驚くべき僥倖だったんですよ。だから私も、この件のご報告のためにこちらへ伺うつもりでした」
「……ほう」
「す、凄い」
「……何でマルギルス殿が絡むとこうなるんだ?」
ワインを何杯も軽く飲み干したフィブルが愉快そうに報告してくれた。
現在工事中の戦斧郷からフィルサンドへの地下道で、貴重な鉱脈が発見されたのだという。
「採掘の家の者たちも驚いていましたよ。あれほど大規模な魔凝石の鉱脈が存在するとは、と」
魔凝石。
私も以前、クローラに少し聞いただけだが、自然界の魔力がある種の岩石に『溜まって』できる鉱石だという。様々なTRPGでもお馴染みの――魔力の電池として使えるのだという。
アルノギアとアグベイルの驚きは当然で、この世界では相当に貴重品だ。
「たまたまとはいえ、マルギルス殿があの魔虫で地下道を掘ろうとしてくださったから、あの鉱脈を発見できました。統治の家は貴方に鉱脈の採掘権の一部を進呈したいと考えております」
「……それは、ありがたいが。よろしいのか?」
「はっはっ。鉱脈は確かに貴重ですが、貴殿との関係を強化する方が『得』だと、戦斧郷の全員が理解しておりますよ。まあ、建国の前祝いとでも思っていただければ」
フィブルは……というより戦斧郷のドワーフは嘘をいうような連中ではない。私に恩を売りたいというのが本音で間違いないだろう。
……それにしても、この棚からぼたもちな感じ。
素直に喜べない。




