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ユウレ村

 熱いシチューで腹を満たしてから、セダムは律儀にいろいろな話をしてくれた。

 お陰で歴史や地理など、この世界セディアで生活するのに最低限必要な常識は理解できた、と思う。もっとも途中で横道にそれることも多かったので、抜けもたくさんあるだろう。


 それにしてもセダムの知識は豊富だった。

 例えば、リュウス同盟の四方にあるシュレンダル、レインドダル、ラン・バルト、フェルデといった国家について。彼はそれらの成り立ちからリュウス同盟との関係まで説明してくれたが、モーラなどはリュウス地方の外のことはほとんど何も知らないと言っていた。冒険者たちの中でも、クローラとトーラッド以外はモーラと似たようなものだった。


 冒険者の野営につきものの夜の見張りも免除されてしまった私は、借りたテントで眠りについた。



「すいません、あと五分っ待ってくださいっ」

「いや、待つのはいいが……」


 朝。


 冒険者たちは日の出とともに起き出して、てきぱきと朝食を平らげ、野営の後始末を終えた。

 そんな彼らに必死な声をかけながら、膝に乗せた呪文書に目を走らせる。

 『D&B』の魔法使いは毎朝こうやって、使ってしまった呪文を『準備』しなければならない。現実の私が呪文書の最初の方のページに書かれた呪文を繰り返し読み込む間に、『内界』の私が呪文書庫内で白紙の書物に呪文を書き込んでいく。昨日からいくつも呪文を消耗しているので、本来なら最大数である81回分ちゃんと『準備』しておきたいところだが、今回はこの一つだけで良い。


「よし、できましたっ。この呪文により不可視の従者が私の荷物を運び付き従う。【見えざる運び手スプライトポーター】!」


 突貫もいいところで『準備』した呪文を早速使う。


「浮いた……」

「浮きましたわね……」

「ほら、浮いたでしょう!」

「お待たせしました。出発しましょうか」


 浮いたのは、ジャーグル像とモーラの荷物だ。

 昨日もこの呪文を使っていたのだが持続時間が切れていたため、どうやって運ぼうかと思案し、結局出発を遅らせることになってしまった。

 ジルクかテッドに言えば運んでくれそうな気もしたが、モーラの荷物はともかく石像は重すぎるだろうしな。物語ならこういう細かいことは端折られるのだろうが、現実は甘くない。


「……やはり魔力は見えませんわね。マルギルスさんの『魔法』と私たちの『魔術』、完全に別物と断言できますわ」


 クローラがぶつぶつ言っている。

 独り言にしては声が大きいが、どうせ聞いても後回しにされるだろうから放っておいた。確かに、転移する前に『見守る者』も同じようなことを言っていたし、彼女の推理は当たっているのだろう。

 しかし何故、モーラが自慢そうなのか。



 その後の行程は順調だった。

 季節は初夏といったところか。風が爽やかで、見晴らしのいい平原を歩くのは中々気持ちが良い。

 地平線に小さく見えていた影が、数時間歩いたところで田園に囲まれた村だとはっきり視認できるようになった。そこからやや北にずれて、白くて巨大な構造物も見えてくる。


「あ、ユウレ村ですよ!」

「あちらに見えるのが、カルバネラ騎士団の拠点である白剣城ですわ」

「昼飯は鉄鍋騎士亭で食えそうだ」


 私が世界セディアについて無知だということが認識できたのか、モーラや冒険者たちは頼まなくても色々と解説してくれるようになっていた。しかし、凄い雰囲気のある名前の宿? だ。



 ユウレ村は思っていたよりもずいぶん大きな村だった。

 建物は街道沿いに集中していて、しっかりした木製の壁で張り巡らせている。見張り台もいくつか見えた。

 ただ入り口の門は開け放たれているので、物々しい雰囲気ではない。なお、村の中に持ち込むのは流石に怪しすぎるということで、ジャーグル像とモーラの荷物は途中の藪に隠してきた。

 私たちがぞろぞろと門を潜ろうとすると、見張り台の上から当番らしい村人が声をかけてくる。


「セダム! 一緒にいるのはモーラちゃんか? 山賊から取り返してきたんだな!」

「いや、モーラを助けたのはこちらの大魔法使いさ!」

「そうなんです!」


「え、ちょ」

「魔法使い? とにかく凄いじゃないか! ありがとよ!」

「え、あ、はい……」


 いきなりそれか、ちょっと予想外だった。もっと隠したりするのかと思っていた。日本で犯罪に巻き込まれたとかそういうノリではないのだと、今更ながら痛感する。

 村のメインストリートは街道と同じく石畳で舗装されていたし、あちこちに荷馬車や商人らしい姿も見える。

 一際目を引いたのが、私の胸元くらいの身長にがっちりした体躯、長く濃い髭の人々……間違いない、ドワーフだ。商人と談笑したり、荷物を運んだりと完全に村に同化していた。


「この村はリュウス同盟の中じゃ一番東の端っこにあるんだが、ドワーフとの交易の拠点になってるからな」

「父も、ドワーフさんたちと取引してるんですよ」

「なるほど。ところで……私のことは、あまり大げさにされたくないのですが……」


 私は気になっていたことをこそこそとセダムに言った。そもそもモーラと出合ったのは偶然だし、助けたのも使える呪文を使ったというだけで、大した苦労をしたわけでもない。自分の仕事の成果を露骨にアピールするのは品のない行為だというのは、私の年代の日本人なら誰でも共通してもっている感覚だろう。


「そうなのか? それは悪かったが……」

「どの道、すぐに皆が知ることになりますって! マルギルス様の大活躍は!」

「いやしかし……」

「ああもう! 苛々しますわね! ちょっとお聞きなさい!」

「痛いっ!?」


 クローラに耳を引っ張られた。ううむ、こんなことをされるの何年ぶりだろう? クローラは私の耳を摘んだまま顔を近づけてまくし立てる。


「貴方はおどおどし過ぎなんですわ! 強力な『魔法』を使えるのは確かなのですから、それなりの態度をとっていなければかえって人の疑念を招きますわよ!?」

「そ、そうですよっ。ジオさんは凄いんですから、凄いようにしてないとっ」


 何故かモーラまで、私とクローラの間に物理的にぐいぐい割り込みながら説教してくる。

 ジルクとテッドは顔を引きつらせていたが、クローラに手出しできないようだ。


「……離してあげないと、それなりの態度もとれませんよ?」


 トーラッドがご婦人方を引き離してくれた。さすが神官戦士。


「マルギルス殿、貴方は自分を一般人と言います。しかし、それは通らないことはお分かりでしょう? クローラのいうとおり、英雄は英雄らしくしていただかないと周囲は不安になってしまいます。それだけならまだしも……言いたくはありませんが、貴方が弱気な人間だと思われたら、それにつけこんでくる輩すらいるかも知れません」


 ううむ……。理屈はまぁ分かるんですが……。


「つまり、『強大な力を持つ英雄』なら人は安心するが、『強大な力を持つ弱気でおどおどした男』ではその逆だということですか……?」

「そのとおりですわ!」「そうですよっ」「そうだな」


 くそう、確かにもっともだが……。


「わ、分かり……」

「よぉー! セダム! それにモーラじゃないか!」


 私が背筋を伸ばして言いかけた台詞を、太くて大きな男の声が遮った。……まぁ例によってお茶を濁すような台詞だったし、良かったのかも知れない。

 駆け寄ってきてセダムの手を握ったのは、骨太で筋肉質だが小柄な男だった。ドワーフだろう。


「ダーバルスさんです。村に駐留してるドワーフさんの代表なんですよ」


 モーラが解説してくれた。


「良かったなぁ、モーラ。イルドのやつ、目も当てられないほど心配しておったぞ!」

「きゃあっ」


 ダーバルスという名のドワーフは豪快に笑いながらモーラを持ち上げくるくる回った。


「イルドは鉄鍋騎士亭で待っておるぞっ! 早くいってやれ!」

「あ……は、はいっ!」


 モーラを下ろしたダーバルスはメインストリートの奥、広場に面した大きな建物を指差した。遠目にも、騎士のような絵の画かれた看板が見える。

 モーラも、ここにきてテンションが上がったのだろう、上気した顔で走り出した。


「よぉし、今日はイルドの奢りで飲み明かすとするか!」


 私たちもモーラの後をついて建物……宿に向かおうとすると、ダーバルスは当然のようについてきた。


「……ところであんたは? 見かけない顔に姿だが?」


 途中、やっと気付いたというように聞かれる。


「あー……」


 クローラやセダムの視線が痛い。


「……ええと。私はジーテイアス出身のだ、大魔法使い、ジオ・マルギルスです……だ。結構……いやかなり、強くて偉い……です」

「良く分からんな」

「…………」

「へたれですわね」


 仕方ないでしょ! 偉そうな口調なんてTRPGでしか経験ないわ! 謙虚なのは日本人の本能なんです!


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